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安息の季節
冬の陽射しが降り注ぐ。緯度の低い九州ならではの赤味がかった太陽光が、風景を暖色系に染め上げている。公園の花壇には、ガウラや小菊など数種類の秋の花がまだ少し咲き残っているが、それももうじき終わるだろう。
草花たちの命は失われることなく、来春までのひととき、大地の静寂の中へと安らいでいく。
先日、高齢者施設で働く知人から、102歳で亡くなった女性のことについて話を聞いた。数日前まで意識は明晰で、芯の通った会話ができていたが、亡くなる数日前から急に食事も水も口に入れることを拒み、最後は花が枯れるように、安らかな美しい死顔を残し旅立ったという。
花のように枯れ、その肉体から離れる。
何て素敵な死に際なのだろう。
***
人の「生と死」を想う時、真っ先に思い浮かぶ故人がいる。
1960年代に名を馳せたレーシングドライバー、浮谷東次郎氏(1942-1965)。
彼は、何をやるにしても、いつも自由奔放に、がむしゃらに生きた若者だった。
中学3年生の夏休みには、ドイツ製の50ccのバイクに乗って、当時はほとんど未舗装だった東海道を走り、千葉県市川市から大阪市間を往復した。その記録は『がむしゃら1500キロ』と題し、私家版として出版された。
彼はこの本をホンダ技研創業者本田宗一郎氏に送り、
「あなたの息子の本田博俊さんと友人になりたい」と希望した。
見知らぬ少年からの手紙と手記に心を動かされた本田氏は、息子の博俊氏に浮谷と友人になるよう勧めたという。
その後、高校生の時には独力で単身渡米し、現地の高校に留学。バイクによる大陸横断や、多くの親密な交友関係などを日記に書き残し、後に『俺様の宝石さ・わがアメリカ横断紀行』と題した本を出版した。
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「人生に助走期間なんてないよ。 あるのは、 いつも、いきなり本番の走りだけなんだ。」
帰国後、国内の有名なレーシングドライバーの影響もあって、トヨタ関係者に自ら売り込みの手紙を書き、念願叶ってトヨタの契約ドライバーとなる。
デビュー後の2年間、彼は華々しい活躍を見せた。トップレーサーと共に参加したレースで優勝したり、海外のレーシングスクールでは運転の優秀さを評価され、将来的なサポートを約束されたりもした。
しかしながら、鈴鹿サーキットでの練習走行中に、コース内に侵入してきた見物客を避けるためにハンドルを切り、コース横に設置されていた水銀灯の柱に激突し、車外に放り出され、事故の翌日亡くなった。
彼は事故直後、まだ意識が残っていたときに、「コースに人がいちゃ走れないよ」という言葉を残していた。23歳の若さだった。
この事故死に関してネット上には、当時の施設の不備や観客のモラルを指摘する声と共に、運転した開発途中のマシンにシートベルトが着いていなかったことが原因だったという指摘があるが、この死亡事故にはもう一つ別の重要な背景があると思う。
それは彼の母親が生前彼に伝えていた言葉だ。
彼の著書にはこのように書き残されている。
「人の死か、自分の死か、どちらか選ばなければならない咄嗟の時は、自分の死を選べ」
このような言葉を我が子に諭す母親は、世界中どこを探してもいないのではないか。もしいたとしても、その言葉を忠実に守り、自ら死を選んだ息子もまたいないだろう。
***
私たち現代人は、如何に自分らしく生きるか、どうすれば幸福になれるか、何をすればより豊かに、安心して生き続けることができるかということについて、随分と理解を深めることができるようになった。その一方でいまだに、死は悲しむべきものとして、できるだけ意識から遠退けるべきものとされているような気がする。
しかし安らかな死はひとときの休息のようなものではないかと思う。
愚生の経験として、人間の肉体と重なって存在するエネルギー身体には、生まれ変わりの記憶が眠っていることを知った。
これまで幾度となく人類は戦争を繰り返してきた。無残な死は、死の恐怖や怨念などが潜在意識の奥深くに影響を及ぼすことになる。対人関係や職業の選択が難しいものとなり、他者と共存し、愛を分かち合い、希望を抱いて生きることを困難なものにする。
しかしながら、生と死を超えた先に意識を向けることができたとき、幸福と不幸の先には何か五感では捉えることができないような、この世の大きな秘密が潜んでいるという気がしてならない。それを知り、理解することが何度もこの世に生まれてくる真の理由なのではないかと思う。
冬を迎え、ただ自然の摂理に身を委ね、枯れてゆく花。
その姿を見て、安息という言葉をふと思い出す。
花は枯れて死ぬのではない。
春が再び訪れ、新たな芽吹きが始まるまでの、いっときの安息の静寂に身を委ねるのだ。
もしかしたら、浮谷東次郎が咄嗟にハンドルを切ることができたのは、「人の死か、自分の死か、どちらか」を選択したからではなく、生と死を超えて存在する安息を、愛の世界を、彼はすでに感じていたからではないかと思う。
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私が「死ぬ」と言う場合、真の眼目は「強烈に生きる」ということにある。
本当に言いたいのは、情熱的に生きなさいということだ。
生を全うしてもいないのに、死ねるはずがない。
完全な生の中にこそ、死はある。
そしてその死は美しい。
情熱的に、強烈に生きれば、死は自ずとやって来る。
沈黙として、深甚なる至福として。
私が「死ぬ」と言う場合、生に反することは一切意図されていない。
あなたが死を恐れているとすれば、実のところ、生をも恐れている。
生は死を運ぶ。
だから死を恐れる者は生をも恐れる。
敵を恐れるあまりドアを閉ざすが、そうすると友も入って来れなくなる。
人間は、死への恐怖から生を恐れるようになった。
人間が生を生きないのは、生の頂点において常に死が浸透しているからだ。
私は生の熱愛者だ。
生を愛しているからこそ、死も愛している。
死は生の一部だ。
生を愛し切っているのに、死を避けることなどできるだろうか。
死も愛さざるを得ない。
花を深く愛していれば、花の朽ちていく様をも愛する。
女性を深く愛していれば、その老いていく姿をも愛する。
いつの日か訪れる、その死をも愛する。
それは女性に不可欠のものだ。
老いは外からは来ない。
内からやって来る。
今では美しい顔に皺ができてしまった。
あなたはその皺をも愛する。
それは愛する女性の一部だ。
あなたは男性を愛する。
彼の髪は白くなってしまった。
あなたはその髪をも愛する。
白髪は外から来るのではない。
偶然のものではない。
あなたは拒まない。
あなたは愛する。
そうしたものもその人の一部だ。
いつの日かその男性は死ぬ。
あなたはそれをも愛する。
愛はすべてのものを愛する。
愛は愛以外のものを知らない。
だから私は、死を愛しなさいと言う。
死を愛することができれば、生を愛するのはとても簡単になる。
死さえも愛せるようになれば、問題はなくなる。
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福岡県営中央公園 花の丘
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Pucciniana · Henrique Gomide
ありがとうございます
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