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ヤリガイのあるカラダ


お金もかかるし、治るかわからないし、予定も立て込んでるし、と言い訳を並べながら、なかなか電話できなかった。
が、朝起きたときに首が激痛で右を向けなくなった。さすがにここまでくれば、行くしかないと思った。
電話をすると、本当は時間外だけれど、新規ということで特別に入れてもらった。

土曜日。カンカン照りの陽射しの中、退屈がる子供たちを連れて公園に行き、疲弊している体だった。しかし夕飯真っただ中の予約時間のため、急いで食事の準備をした。こんな日に限って夫も用事がある。

初めて行く場所だからと、あれだけ計画性を持って家事を進めたのに、直前で時間がギリギリになってしまった。
息子たちに「おりこうで留守番してるから、ゲームできる時間を延ばしてほしいんだけど」という交渉をかけられ、時間を取られたからだ。

足早に目的地まで向かう。
方向音痴な私は夫から「こちらが早道」と言われた道ではなく、申し訳ないが遠回りでも確実な道を選ぶ。早足でせかせか歩くと、表皮から汗と疲労が噴き出し、頭はのぼせていく。

予約をためらったのには、理由がある。
私は、カタスギルからだ。
「肩凝ってますね〜!毎日お疲れですもんね〜」とか言ってもらえる凝り方ではない。
本当に凝っている人を触った瞬間というのは、みなさん「えっ、」という間がある。
何年か前に行ったスーパーの一角にある整体院、マッサージ屋さん、美容師さんのサービスでのマッサージ、いかなる場所でも共通の反応をしていただくのだ。
わかってますよ、他の一般の方よりも秀でて凝ってるんですよね私。そんな一瞬の間を積み重ねて生きてきた結果、とにかく私は「ガチガチでガチにヤバい奴」という事を、もはや骨身に染みて知っている。

右の首を押してもらい、治ったかと思いきや、今度は左の首が痛くなる。あっちの骨を押せばこっちの骨がヒュッと突き出る、建て付けの悪い、設計ミスみたいなカラダなのだ。

夕暮れが深くなり、街灯がつき始める。
その整体院は、駅を降りると、大通りから少し引っ込んだところにあったが、丸いフォントで整体院と書かれた看板が優しいスポットライトで照らされていた。遠目から見てもすぐわかった事に、ほっとして駆け込んだ。

おそるおそるドアを開けると、焦げ茶色の木目調でできた落ち着いた店内。ひとり分座れるくらいのソファーに低い机、本棚とウォーターサーバー。必要なものだけがシンプルに置かれている空間だった。
ついたてで仕切られた、静かなこぢんまりとした奥の部屋から、威勢のいい発声が聞こえた。

「時間、押しちゃっててすいませんね!お水ご自由にお飲みください!」
「ありがとうございます」

どうやら、店主の男性、ひとりで切り盛りしているようだ。
先に施術している中年女性は、診察ベッドに寝ているというより、温泉から上がってだらけて寝ているかのような風貌で、全身脱力しながら、有線で流れてきた曲の話題で笑い合っているのが聞こえる。

本棚には筋肉や骨に関する雑誌がずらりと並んでいて、テーブルの上にも、ぜひ読んでくださいと言わんばかりに筋肉に関する雑誌が置いてあった。
予約より10分ほど時間が超過したころ、先の女性が終わり、120分コースの代金を支払って店を出て行った。

「遅くなっちゃってすいません。こちらへどうぞ!」

いよいよだ。
いそいそと診察ベッドの方へ歩く。
彼は、私の歩き方を見ただけで、

「反り腰ですねー」

と言った。 
人を真横から見たときに、普通はきれいなS字カーブを描くのだが、私は腰が反ってしまって、お腹が前に突き出ている状態だと。これだとぽっこりお腹の原因にもなる。

ほう。触らなくてもわかるのか。
期待と不安を胸に、彼の前に立つと、さっそく原因箇所の取り調べが始まる。
「うーん、硬いですね。これは」
でしょう。
肩、首、腰、背中、どこをとっても硬いようだ。
レゴブロックで出来た人形の私が、ふらっと人間の整体院に迷い込んでしまったような気になる。

そしてさらに筋肉、骨、関節、一つ一つを吟味しながら探っていく。

「こちらに座ってください。ちょっと音出ますが怖くないですか?」
「はい、だ、大丈夫です」

私の背後に回り込み、肩から背中にかけて正してくれるようだ。
しわしわの洗濯物をパンパンパンとして、まっすぐに皺を伸ばしていくように、私の体はポキポキポキと、3段階で音を立てながら、上から順に正されていく。

その後、仰向けにされたり、うつ伏せにされたり、上半身だけ起こされ、首をぐわんぐわんされたり、とにかく簡素な診察ベッドが、私にとってはジェットコースターだった。
嗚呼、さっきの女性のように、温泉気分に浸りたかったのに。

肩は凝りすぎているので、普通の人なら「ああ、揉んでもらって気持ちいい!」となるところが私の場合は激痛で、気持ち悪ささえしてくる。初対面の方に、痛い痛い!やめてください、と言ったは回数は数知れない。

ちょっとは期待したのである。 
日頃の疲れを癒してくれるマッサージ。
肩をもみほぐす指技にうっとりして、施術中に掛けられたタオルがふわふわの毛布のような気がして、そのまま心地よくうたた寝してしまうような、そんな夢みたいな楽園・・・はまだ遠かった。

首のある一点に、激痛が疾った。
「ここ、痛いでしょう?」
「ひ・・・」
言葉にならなかった。
痛すぎる。そこだ!
そこが正解だ。
「弱めに押しましょうか?」
「大丈夫です。普通に押してください」
「痛すぎたら言ってくださいね」
「はい、すいません、私、硬すぎますよね」
「ハハ、色々悪いところが多いから、やりがいがありそうですねー!」

初めて出会う人を信頼するのは難しい。
今は治らないけど、何回か通うといいですよと言っていた人、根本的には治せないけど、マッサージを入念にして、その瞬間だけ気分良くさせる人もいたし、にこやかで丁寧な口調ながら、とにかく次回予約を取らせることだけに必死な人もいた。

「完全に治るのは難しいですからねー」

私のカラダに、匙を投げる人もいた。
でも、難しい・治しづらいというネガティブ単語を、この彼は、「やりがい」というポジティブ単語に変換してくれた。

「左の首が気になるんだよなあ、あと絶対に眼精疲労もあるから」

私が喋ったのではない。
その男は、とにかく私の「痛い」を取り除きたい一心で、原因をなんとかして解明したい探偵のようだった。

急激にあっちこっちの関節や筋肉を動かされた体は、「スッキリしている」というより「ビックリしている」状態ではあったが、肩周りは憑き物がとれたように、少し楽になった気がする。

「少し楽になりました。次は長いコースでやってください」
「また次回、じっくり診ていきますね!」

タオルを畳みながら笑う。

「ヤリガイのあるカラダだなあ」

バキバキのロボットだった私は、「ヤリガイのあるカラダ」に成りあがり、整体予約のスケジュール表にめでたく組み込まれていった。

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