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クーンツ「ベストセラー小説の書き方」読了

この本は、作家を志す人やベストセラー小説を書きたい人達の夢を挫くに充分な、ウンザリするような忠告で満ち溢れている。

しかし作者のクーンツ自身は、自らの経験のほぼ全てを惜しげもなく大盤振る舞いしている風で、アイデアの出し方やスランプからの脱し方など、あまり類を見ない手引書だ。ハウツーものというより、米国における作家という業界が、如何に過酷な世界であるかを解説した本だと言えよう。

この本が出版された当時、トマス・ハリスはまだ売れていなくて、登場しない。 
レッド・ドラゴン」で登場したハンニバル・レクター博士は、人食い精神科医という異色の名探偵で、映画「羊たちの沈黙」において、サイコ・サスペンスを古式ゆかしい探偵物に仕立て上げたのは、エポックメイクだったと言えよう(アンソニー・ホプキンスはどこかジェレミー・ブレットに似ている)。
その後、檻の中に収監された天才が鉄格子越しに捜査官に助言を与えるシチュエーションが、どれほど撮られた事だろう。

この本で書かれている重要な助言の一つに「ジャンル小説はベストセラーにならない」というものがある。
これは単に「分類不能な小説を書け」と言っているのではなく、「一般小説家として書け」という方が相応しい。
スティーブン・キングについて触れているが、彼の作品はホラーという領域を遥かにはみ出している。彼はホラー作家と言われる事がない。普通に書いているものが恐い、という方が百倍恐い(笑)。クーンツもしかり、そういう枠を全く意識せずに創作する作家だ。ただし彼の場合はいくぶん戦略的で職業的とも言える。

ベストセラーはジャンルを超えている。それは新たなジャンルを作っているとも捉えられる。
しかしその実は、エンターテインメントに徹するが故に、自分が書いているものが何であれ、自分は一般小説を書くのだ、という大前提だ。

そしてそのテクニックとしてリアリティを要求してくる。
この本は駆け出しの作家や作家志望の素人向けには書かれていないのだ。
勿論、出版業界の実態などについては、いくぶん素人向けに書かれていよう。しかし、こと手法や描写については、読みやすさとテンポを重視し、極限まで推敲する根気と拘りを要求しているところなど、かなり粗製濫造を繰り返した強者に対する助言のように思えてならない。
何よりも、クーンツがジャンル小説という枠を否定する最大の理由は、人間描写と心理描写だ。最低限ここにリアリティがなければ、決してベストセラーになり得ないだろうと助言する。
作家が作家にしか教えられない事をメインに構成した珍しい本だ。決して入門書ではない。

あらゆる意味において、この本は矛盾する真理を教えてくれているように思う。ベストセラー小説というジャンルは存在しない。売れる本を書きたいという野望を持つなら、まず売れるか売れないかを念頭に置かない事だと。


2024.1.20


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