見出し画像

分類その1「謎解きや犯人さがしを主眼に置いた作品」

推理小説をスポーツに喩えたのはヴァン・ダインだった。

推理小説についての私の基本的理論のひとつは、推理物語が公正に、正統的に構成されていれば、全部の読者を相手に解決を防止することは不可能だというにある。作者と同じ程度に俊敏な読者が常に相当数いることは避けがたいだろう。作者が犯罪とその手がかりの叙述と提出のしかたについて、適当なスポーツマンシップと誠実性を示せば、これらの洞察力をもった読者は分析、消去法、論理を駆使して、探偵と同時に犯人を指摘しうるだろう。そして、そこにこのゲームの妙味がある。

S・S・ヴァン・ダイン「推理小説作法の二十則」より ―翻訳:井上勇

推理小説という読み物を文学という芸術から敢えて遠ざけ、娯楽としての謎解きゲームに徹する事を宣言していると言って良い。
しかしながら、私達がおよそ小説に没頭する時、少なからず文学性を必要とする事も否めない事実だ。

「謎解きや犯人さがしに主眼を置く」という事に度が過ぎると、往々にして文学性を失い、物語を「動機」「機会」「方法」でしか捉えなくなる。これじゃまるでボードゲームだ(笑)。当然の事ながらその「動機」たるはおよそリアリティから遠ざかるであろうし、心理的情緒は無視されがちだ。

この作品は現在文庫になっているが、出版当初は大判の、まるで犯罪資料集のような作りだった。

当時は中学生だっただろうか?
本屋で見つけた時は狂喜乱舞し、買って帰って夢中になって捜査資料を繙いたものだった。
実に凝った作りで、一冊一冊手作り感が凄い。その割には当時中学生のお小遣いで買えたのだから、それでも採算の見込める出版だったに違いない。一億総自称名探偵時代だったのだなぁとつくづく思う。

証拠として同封されたカーテンの切れ端と血痕
その他遺留品等はビニールに入った本物。現場写真も印刷ではない

戦前のフロリダを舞台にしたクローズド・サークルもの。
まさに本格推理小説の中に登場するような事件ファイルそのものなのだが。
やはり何せ、小説ではない。
証言や現場検証が淡々と書かれているだけで、これを推理小説と呼んで良いものだろうか?

そして、ここではネタバレはしないが、結末がどうにも腑に落ちない(笑)。
この本には当時懸賞もついていて、私も応募する気満々だったのだが、今ひとつ事件の真相に確証が持てず、躊躇しているうちに解答が発表されてしまったのを憶えている。

話は変わるが、スミス゠ジョーンズ゠ロビンソン・パズルというのをご存知だろうか?
いくつかの条件文を精査・分析して、問題となっている質問にひとつの答えを出すというパズル。最も有名なパズルの名称を貰って、これらの類のパズルを総称して使われるパズル名だ。

スミス゠ジョーンズ゠ロビンソン・パズル

スミス、ジョーンズ、ロビンソンは同じ列車に乗務する火夫、制動手、機関士(ただし名前と職業はこの順序で対応しているとは限らない)。この列車には同名の乗客スミス氏、ジョーンズ氏、ロビンソン氏が乗っている。

1.ロビンソン氏はデトロイトに住んでいる。
2.制動手はシカゴとデトロイトのちょうど中間に住んでいる。
3.ジョーンズ氏の年収はきっかり2万ドルである。
4.乗客の一人で制動手の家のすぐ隣に住んでいる人の年収は、制動手の年収のきっかり3倍である。
5.スミスは火夫より玉突き(ビリヤード)が強い。
6.制動手と同じ名前の乗客はシカゴに住んでいる。

さて、機関士の名前は?

解答は次回に回すことにして、何を言いたいかというと、このようなパズルは与えられた条件を一つ一つ比較・分析して行けば、解答にたどり着くように出来ているという事だ。純粋に数学的な問題に過ぎない。
解答が判明しても、それは論理的に導き出された「正解」に過ぎないのである。
この「正解」に対する感慨は特にない。どの職業の人が誰だったとしても意外ではないし、問題とされている機関士の名前はどの道3つの候補しかなく、それを筋道を立てて解説する名探偵なんて名探偵じゃなくても良い。

これと同じ理由に於いて、「マイアミ沖殺人事件」を「推理小説」と呼ぶ事には、私は首をかしげてしまうのである。
文体が文学的でないとか、小説として文字だけで勝負していないとか、そういうところに難癖をつける気はさらさらない。
そうではなくて、「謎解きや犯人さがしに主眼を置く」という事が、推理小説の推理小説たるところではない、と言いたいのである。

この作品は舞台設定がクリスティ的であり、証拠品や写真なども、本格推理小説のムードを味わえるようには出来ている。その点では創作的であると言えるのだが、肝心の「仕掛け」については、むしろこういった非文学的な手法で表現してしまった裏には、「大したトリックが無い」という事情が隠されている。

ああ、今回もネタバレなしに作品を紹介し感想も書けた。
我ながら上手いなあ(笑)。


2023.3.16

是非サポートしてください。私も興味・関心のある事や人物には果敢にサポートして行きたいと思っています。