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『盗聴(みみ)』(3)  レジェンド探偵の調査ファイル(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第七話】盗聴(みみ)

 依頼人、吉村武雄氏は妻の浮気調査を依頼するに至った敬意を話しはじめました。
「かれこれ十年ほどでしょうか。私は北米エリアの支社長としてアメリカに赴任していました。最初は、妻の明子(四十五歳で夫より十歳年下)も一緒に行ってくれたのですが、言葉も不自由で食事も合わない。そのうえ友達もいないから退屈だと言いはじめまして。私も気を遣って妻にゴルフを教えたりしたんですが、結局、半年もしないうちかに妻は帰国してしまいました。ひとつには子供たち(娘二人)の問題もあったのでしょうが……」
 依頼人のアメリカ赴任が決まったとき、子供たちはそれぞれ中学、高校で受験を間近に控えていた。アメリカに赴任している間、子供の世話は奥さんの両親に頼んだのだが、奥さんは子供と離れて暮らすことへの寂しさもあったのだろう。奥さんが帰国した後、依頼人は本社で会議があるときや年末年始には帰国するものの、ほぼ十年間、アメリカに単身赴任という形になり、本社の重役として帰国したのは昨年秋だったという。
 「帰国してやっと家族水入らずで暮らせるようになったと喜んだのですが、どうも妻の様子がおかしいんです。携帯電話が鳴ると慌てて自分の部屋に入り、コソコソ何か話をしているし、そんな電話の後、私が知っている女友達の名前を言って、会ってくると夜遅く出掛けることもありました。最初は、私もそれほど気に留めていなかったのですが」
 (もしかして妻は浮気しているのかも)という疑問を持ったのは、ある日、リビングのテーブルにあった妻の手帳を見たときだった。
「妻の手帳には、男か女かわからないのですが、“笹木”という名前が頻繁に登場し、『十時・吉祥寺』とか『十二時・新宿N』といったぐあいに、ちょこちょこ会っている様子だったんです」
 それから奥さんのことを注意して観察するようになったにだが、こう思って見ると不審な行動がいくつもあった。
「妻を問い詰めてみようと思ったのですが、まずしっかり調べてからと考えましてね。それで今日のご相談にあがったのです。」
 私は「それは賢明でしたね」と答えた。下手に奥さんを問い詰めると、「私を信じられないの?」と泣いて誤魔化されたり、あげくは、浮気の証拠隠滅を図られる恐れもあるからだ。

 長年の経験で言うと、妻が夫の浮気に気付くのは半年から一年かかる。夫の場合は、一年から二年、つまり妻の倍以上かかってやっと気づく。
 特に専業主婦は夫の浮気に敏感である。仕事を持たないため、夫への関心(監視?)が強くなるからだろう。帰宅時間がいつもより遅ければ「どうして?」となるし。ポケットからホステスの名刺でも出てこようものなら目が吊り上がる。
 一般的に、女性は男より執拗で、一度夫や恋人の行動に疑問を持つと徹底的に調べ上げようとする。ただし、利口な女性は疑問を持ってもすぐには夫を責めたりしない。まず、秘かに“潜行調査”を行うことが多い。帰宅時間を入念にチェックし、カバンや財布を密かに覗き見る。財布に入っていた五万円が二万円に減っていたら、「どこで三万円使ったか」を明らかにするため、領収書を調べる。夫の手帳に自分の知らない名前や電話番号が書いてあれば、間違いなくメモされる。夫が風呂で鼻歌を歌っていると、「バスタオル、ここにおいとくわよ」と何食わぬ声で言いながら。「浮気している女のことを考えているに違いない。いまに見ていろ」と歯軋りしている……。妻をなめたら大変なことになるのである。
 こんなことを知らない夫は、最初こそ妻に浮気がばれないように注意して、ことさら妻に優しくしたり、あるいは気に染まない夫婦生活を申し出たりするのだが、半年ほどで妻に対する警戒心が緩んでボロを出す。
 これに対して、妻の浮気は、夫がなかなか気づかない。夫は仕事が忙しいこともあるのだが、長年連れ添った妻にはそれほど関心がなく、自分の妻が浮気するなどとはほとんど考えないのである。妻が髪を切ろうと、新しい洋服を着ようと気付かない、関心がない夫が大半である。比較的観察力があるほうだと自負している私も、妻の洋服を見て「新調したの?」と聞いて、「何言ってんのよ。五年前から着てるわよ。私には何の関心もない証拠ね」と反撃され、しまったと思うことがしばしばある。
 そういうわけで、夫が妻の浮気に気付くのは、妻のそれに対して格段の差がある。特に専業主婦の浮気や不倫は、夫が仕事をしている日中ということが多いため、夫に発覚しにくい。日中、郊外のラブホテルやレストランのあるシティホテルで浮気をすれば、夫にばれることはほとんどない。
 浮気や不倫をしているときは、ついうきうきしてしまうものだが、妻は夫がうきうきしていると「なんか怪しいな」と思うが、夫はといえば、妻の機嫌が良いうえ、寝室でせがまれないからこれ幸いと考える。また、妻は浮気すると、多少の後ろめたさもあるのか、夫に優しくなり、夫への小言もなりをひそめる。表面的には家族円満になるのである。
 ただし、奥さんの女友達などは浮気に気づく場合がある。不倫している奥さんは周囲が驚くほど美しくなるからだ。いわゆる「知らぬは亭主ばかりなり」というやつである。

(3)につづく

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