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『ヘッドハンティング』(4) レジェンド探偵の調査ファイル(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第四話】ヘッドハンティング

 才川氏に会ったのは、関西に本社があるというW社という建設機材会社から調査を依頼されたことに端を発していた。
 逮捕の四カ月前、梅雨前線が北上し、東京もそろそろ梅雨入りしそうな六月初旬のことだった。事務所に「調査のことで相談したい」という電話があり、私は、池袋にあるW社を訪ねた。
 建物を一棟借りしているようで、玄関にはその会社の名前しか出ていない。しかも、最近移転してきたばかりらしく、荷解きをしていないダンボール箱がいくつか置かれてあった。一階は広い倉庫になっており、私は二階の事務室に直接上がった。
 受付で名乗ると、間髪入れずに「どうぞこちらへ」と、女子社員に奥の応接室に通された。驚いたのは、百坪もあろうかというその事務室にいた社員全員が立ち上がって、私に深々と頭を下げたことだった。
 ずいぶん厳しく教育しているのだなと思った私は、応接室に入ってきた支社長らしき人物に感想を述べた。その人は、「ハハハ、まあそんなこともありませんが」とまんざらでもない様子で笑い、早速、調査の話に入った。
 依頼の内容は、おおよそ次のようなものだった。
「実は、うちの会社は工事現場で使う様々な建設機材を販売、レンタルし、関東圏進出を図っているのですが、東京にはT社という大手があり、なかなか食い込めないんですよ」
 T社は、一般的な建設機材も扱っているのだが、W社が売り込みたいのは、(ここは詳しく書けないが)ある特殊な用途で使われる機材で東京のT社がこの特殊建設機材のシェアを、六割近く持っているという。ネックはT社が、特殊建設機材を発注するゼネコンの特別な情報網を押さえていることだった。
 「うちの会社でも何とかその情報を入手しようと努力してみたのですが、ガードがとても堅いんです。探偵社ならどうにかしてその情報を得ることができるのではないかと思いましてね」
 その建設機材を販売、もしくはレンタルするとかなり利益率も高いのだろう。門外漢の私にはいまひとつピンとこなかったが、村井と名乗ったW社東京支社長は、私の顔をじっと見つめ話を続けた。
「当社ではこのプロジェクトに対し、すでに二億円の先行投資を行っていますこれが成功しなければ倒産するかもしれず、スポンサー筋も非常に困ることになるんです。費用のほうはある程度覚悟していますので、何とか引き受けて欲しいのです」
 私は、スポンサー筋という言い方がちょっと気になったが、村井知社長は必死なのだろう。額に汗さえ浮かべ説明した。
 いまや企業の成否は商売に繋がる情報をいかに掴むかにかかっている。サラリーマンであろうと村井支社長が藁にもすがる思いで「その情報収集」を一介の探偵である私に依頼する気持ちはよくわかった。
 確かに企業の運命とはそんなものかもしれない。会社経営に無関係な人には信じられないだろうが、ほんのちょっとした情報で「死に体」の会社が蘇生する場合もあれば、反対に、全く根拠のない風説を流布され、あっけなく倒産に至ることもある。
 余談だが、私は脱サラを図って、神田駅前の十坪の事務所を借りて独立した頃のこと。ある建設機械メーカーの依頼で、ライバル社が販売する特殊機材の製造台数を調査したことがある。
 私が驚いたのはその成功報酬の額である。比較するために書くが、私の事務所の家賃が一ヶ月五万円だった時代に、依頼企業は三千万円の成功報酬を支払うと言うのである。それだけ対象会社の進出に危機感を抱いていたのだろう。
 話を戻す。
 私は、自分より少し若いくらいの依頼人の村井支社長に、
「わかりました。ただ、依頼を引き受ける前に、私なりに基礎調査をしてみたいと思いますので、お返事は後日ということでよろしいでしょうか」
 こう言って、丁寧に挨拶をしてW社を出た。

(5)につづく

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