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『ヘッドハンティング』(5) レジェンド探偵の調査ファイル(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第四話】ヘッドハンティング

 事務所に帰ってT社を調べると、同社はバブルが崩壊したあたりから急速に伸びた会社だった。業容をスリム化したいゼネコンにとって、T社の扱う特殊機材はまさに渡りに舟だったのである。W社が業界に売り込みたい建設機材は、T社の才川という取締役がほぼ一手に仕切っていた。
 T社はこの商品のお陰で急速に業績を伸ばし、特に、その特殊建設機材の市場に於けるシェアは拡大していた。ところが、”おいしい商売”に他社が手をこまねいているはずもなく、数年前から同業他社がT社に競合、一人勝を誇っていたT社のシェアも少しずつ侵食され、業績も鈍化気味だった。
 関西に本社を持つW社も、関東圏の市場に食い込みたい企業のひとつなのであろう——。
 こんな周辺事情を知った私は、数日後、池袋のW社を再訪問し、村井支社長に依頼を引き受ける旨を告げた。村井支社長は満面に笑みを浮かべ早速打ち合わせに入った。
「すでに二億円の先行投資をしている」と言っていただけに、村井支社長は驚くほどT社の内情に詳しかった。才川取締役の車内での立場や力関係まで熟知していた。私は、少々憂鬱になった。村井氏社長の激しい情熱に気おされ、思わずたじろぐ自分を感じた。本件を私の事務所で引き受ける前に、すでにW社はかなり動いていることはわかったが、このW社が関西に本拠を持つ広域暴力団のフロント企業で、支社長の村井氏がいわゆる企業舎弟であることを気付かなかった。
 さっそく調査を開始した。
 しかし、とりかかってみると意外と困難で、T社はもとより、中心人物の才川氏もガードが堅く、T社の販路などはわかるのだが、才川氏の情報入手の方法が見えてこない。虚しく時間だけが経過してゆく。
 その間、依頼人も手をこまねいて待っているはずもなく、毎日のように調査の進捗状況を聞いてくる。私も三日に一度は経過の報告を兼ね、依頼人の会社を訪問した。そのたび事務室の全員が起立をして私を迎え、「いらっしゃいませ!」と言い「ありがとうございました!」と見送ってくれる。
 最初のうちこそ感心もし、感動さえしたが、そのうちだんだん鬱陶しくなり、プレッシャーにさえなってきた。

 そんなある日、見習い探偵の竹田が一枚の紙切れを持って、「所長、あれって、こんなものですかね?」と言いながら私の部屋に入ってきた。わが貧乏探偵事務所もこのころは少し広いところに移り、来客用のスペースを、間仕切って別室を造り、そこに私の机を置いていた。
 竹田の差し出した何枚かの書類を見た私は、正直飛び上がらんばかりに驚き、そして喜んだ。「値千金」とはまさにこのことだろう。
 その書類の中に、最近、夢にまで出てくるT社の「今月の受注リスト」が含まれていた。話を聞くと、竹田の友人がT社の清掃を請け負う会社で働いていて、その友達から渡されたという。
「そいつに今回の件で愚痴をこぼしていたら、T社の夜間清掃をしているって言うんで、ダメモトと思って、何でもいいから拾ってきてくれって頼んだんです。そしたら、ゴミ箱に捨ててあった書類をごっそり持ってきてくれて、その中にこれがあったんです」
 私はさっそくW社を訪問した。
「うん、これだよ! よく手に入れたね」
 と言って、村井支社長を小躍りせんばかりに喜んでいる。
「これをどこで手に入れたの?」
 などと聞いてきたが、私は曖昧に答えておいた。誰に対してであれ、ニュースソースを言う必要はない。
 毎月同じものを届けて欲しいと言う依頼人と正式に報酬契約を交わし、事務所に戻った私は、まだ残っていた調査員らを食事に誘い薄暮の歌舞伎町に繰り出した。当然ながら、殊勲者の竹田も含まれていた。私は彼にビールをつぎながら、
「お前の友達にしばらく会社を辞めるなと言ってくれ。その代わり、毎月二十万円出す」
 と言って、竹田にも臨時ボーナスを渡した。
 W社はあの資料を上手く使ったのだろう。数日後、村井支社長が、
「どうにか新規開拓できそうです、これからも頼みますね」
 とはずんだ声で伝えてきた。
 ところが、世の中そうそう上手く行くものではない。どこかで「情報漏洩」があったことに気付いたT社では、管理体制を引き締めたらしく、翌月、竹田の友人が持ってきた「ゴミ箱情報」は、文字どおりゴミの山だった。私は竹田を自室に呼んで、今後の調査方法についてあれこれ打ち合わせ、密かに指示を与えた。竹田は、「わかりました」と言いはしたが、いかにも自身なさげだった。
 私は、竹田に、友人の口利きでT社専属の清掃会社に入社させようとしたのだ。「産業スパイ」——言葉にすれば簡単なようで、どんな世界にもありそうな話だが、普通の生活をしている人が聞けばとんでもないことであろう。何でもありの探偵稼業で、私自身の感覚も麻痺してしまっていたようだ。

(6)につづく

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