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『ヘッドハンティング』(6) レジェンド探偵の調査ファイル(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第四話】ヘッドハンティング

 約束の報告日がやってきた。竹田は「ダイヤモンドのゴミ」をやはり入手できなかった。例のたった一枚の紙切れを持たずに依頼人の会社を訪問した。支社長室でことの顛末を報告しながら恐る恐る依頼人を観察する。
「エッ、だめだったんですか」
 明らかに落胆する様子がわかり、こちらもいたたまれなくなった。
 私は、(今月分はもらわないんだから、グズグズ言うな)と思ったりしたが、言葉にできる性格ではない。ただひたすら詫び、今後の指示を待った。依頼人にしてみれば、当然今月も「あの紙」を手にできる、と思っていたはずである。それがない。
 ため息をつき、困りきった顔の依頼人は、沈黙したまま何も言わない。実際には数分だったかもしれないが、私にとってはとてつもなく長い空白の時であった。
 やがて依頼人は、「こういうこともあるんだな」と、ポツリとひとり言のように言って、自分に言い聞かせるようにこう言った。
「もうそんな他人任せのような方法ではダメだ。こうなったらヘッドハンティングでいきましょう」
 ようするに、受注のネックであるT社の取締役才川氏その人を、自分の会社に引き抜こうというのである。
 このとき私は平常心でいたら、変だなと気づいたはずである。T社にとって、才川氏は「金の卵」であり、要の人である。簡単に手放すとも思えず、才川氏自信も承知するとは思えなかった。
 しかし私は、依頼人の案に反論できず、依頼人の指名するターゲット、T社の取締役、才川氏に対するヘッドハンティングのための第一歩である身元調査を引き受けた。
 あとになって思えば、あのとき私は、困りきった依頼人を目の前にして、責任を痛感し、「何とかしなければ」の一心だった。約束をした仕事が不成功に終わり、ほかにこれといった代案がない以上、依頼人の新たな指示に従わざるを得ないのではないか。私は、知らずしらず追い詰められていた。

 私の事務所は、翌日から才川氏の身辺調査を開始した。
 才川氏は東北の出身で、国立大学卒。身長一八〇センチ、八〇キロはあろうかという堂々たる体格で、全体に勢いを感じさせた。T社の創業者とは会社がまだ小さく、どうなるかわからない時代からの関係で、まさに二人三脚で会社を大きくしてきた。それだけに、社長の才川氏に対する信頼は厚く、依頼人の会社がいかに好条件を示そうと、彼の気持ちが揺らぐとはとても思えなかった。
 それでも調査は確実に進行し、さまざまな事実が判明した。わが身に覚えのないことで、こんなにトコトン調査されるほうはたまったものではない。と、私は思う。才川氏には申し訳ないが、彼の秘密も知ってしまった。
 調査員は、来る日も来る日もT社に行き、退社後のマルヒを尾行した。才川は、練馬区の自宅からマイカー通勤をしていた。あるときは、朝自宅を出るときから会社までを尾行。些細な変化も見逃さない態度で、調査は進行した。まだ若いが、上場会社で事実上のナンバー2になるほどの男である。精悍で、その巨体からは、自信が漲っていた。
 よく英雄色を好むと言われるが、才川氏も例外ではなかった。会社を出ると、赤坂や銀座を飲み歩き、そのまま、ホステスとラブホテルにしけこむことも度々あった。勤務時間中、赤坂の喫茶店で、若く美しい女性と落ち合った才川氏は、泣いて何かを訴える女性を、うんざりした様子で、宥めていたこともあった。
 一方、自宅や家庭環境も、つぶさに調べ上げ、才川家が新興宗教の熱心な信者であること、専業主婦の妻は社交的な夫人で、一人息子に対する教育も非常に熱心であることなどが判明した。

(7)につづく

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