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『盗聴(みみ)』(10)  レジェンド探偵の調査ファイル(最終回)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第七話】盗聴(みみ)

 回数が多ければ多いほどいいと聞いた依頼人が「費用のほうは心配しないでください」と言うので、それから数回、マルヒの尾行調査を行った。マルヒは相変わらず週二、三回、笹木のマンションを訪れていた。私たちはその都度、出入りの写真を撮るのだが、何となく虚しい作業に思えてきた。
 私はついにある決心をした。「二人のあいだに肉体関係がある」という決定的な証拠を掴もうと思ったのである。
 読者はどうして決定的な証拠を掴んだか、その調査方法を詳しく聞きたいだろうが、いろいろと差し障りがあるので、かいつまんで報告したい。
 決行当日の昼の一時半。マルヒの車が不倫相手のマンションに向かったことを確認して、マンション近くで待機していた調査員に、カメラの用意とともにある「工作」を命じる。
 これに先だって、私は現場に行って、マンションの外観や内部の構造を綿密に調べていた。マンションは四階建てで、笹木の仲間は三階にある。建物はやや変則的な構造で、裏に回ると対象者(笹木)の部屋のベランダ部分は中二階ぐらいの高さになっている。このとき、対象者宅の寝室がどこにあるか見当をつけておいた。これをもとにどんな工作をしたか、詳しくは書けないが、調査員はものの数分で「工作」を終えたはずである。
 二時七分、黒系のTシャツにパンツ、黒のヒールを履いたマルヒが車を止めて、駐車場から出てくる。
 三人の調査員はこの日が「貴重な一日」になることを承知しているので、いつもより緊張している。ひとりがマルヒをカメラで追い、残る二人はマンションの裏手で録音態勢に入っている。
 二時十二分、マルヒが笹木の部屋に入室。
 二時二十四分、シャワーの音を捕捉。
 二時四十二分、マルヒと笹木の話し声が明瞭に聞こえる。
 この後、どんな音が録音されたか省略するが、マルヒが笹木のマンションから出てきたのは、夕方六時二十四分だった。

 ホームページを見て依頼してきた大手商社の重役、吉村氏の妻の浮気調査はこれが最後の調査となったのだが、何と五ヶ月に及ぶ長い調査になった。この間、依頼者とは幾度も会い、調査以外の話に花が咲いたこともある。そして、お互いの身の上話もした。私は冗談めかして「長い単身赴任の間には、結構面白いこともあったでしょう」と水を向けたこともあったのだが、依頼人はごく真面目な顔で「私は神に誓って妻を裏切るような事はしていません。僕はクリスチャンですから」と言ったものだった。
 弁護士が「これなら裁判でも負けることはないでしょう」という報告書を作成し、依頼人に渡してしばらくたったころである。依頼人が私の事務所に来て、
「所長さんに言われたことをよく考えてみました」
 としんみりした顔で言った。
 一瞬なんのことかわからなかったのだが、依頼人は大企業の重役とは思えない照れたような笑みを浮かべ続けた。
「妻のこと、今回は許そうと思っているんです」
 そして、
「できるかどうかわかりませんが、努力してみるつもりです」
 こう言って帰っていった。依頼人を見送ったあと、ソファにしばらく座っていた私に、助手の恵美子が、
「どうしたの? 依頼人とは何の話だったの」
 と聞くので、いま聞いた話をした。恵美子は満面に笑みを浮かべ、
「いい話ネ」
と言って、ついでに「所長も年をとったわね。十年前だったらそんなアドバイスできたかしら」などと言う。
 この人とも長い付き合いになった。すっかり読まれている。

【第七話】盗聴(みみ) 完

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