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熟達と認知的徒弟制(認知学習論)

大学院で学ぶ「学習のデザイン」今回は、教室で学ぶスタイルではなく、職人の世界の学び方についてです。


熟達とは

スポーツ選手、演奏者、棋士、落語家、大工、料理人など、その分野の優れた人たちは、いずれも長い年月をかけて1つの道を学んで極めて、熟達の域に達します。

初心者と熟達者の違いは、こんな点があります。

  • 目のつけ所が違う:大事な点に気づいて無駄な動きをしない

  • 記憶力が違う:流れで捉えているので再現性が高い

  • 課題遂行方法が違う:感覚的に法則や対応策を見出す(手続き的知識)

  • 自動化された技能が違う:理屈でなく身体で反応できる

車の運転で考えてみます。熟達者は、危険をいち早く察知し事故を回避するための方法を見つけて瞬発的に対応します。初心者は目の前のことに必死なので周りが見えず、何か起こった時にパニクってしまいます。

熟達者になるには、どのように学べばよいのでしょうか?この鍵となるのが「認知的徒弟制」というキーワードです。

認知的徒弟制とは

徒弟制とは、親方から弟子に技術を伝承する職人世界の学びです。教室で学ぶ学習方法はまだ歴史が浅く、近代以前の学びはこの徒弟制の方が一般的でした。(教育史の回を参照)

それに対して認知的徒弟制とは、親方に相当する熟達者が用いている方法を弟子に相当する初心者に教える学びです。違いはこのようになります。

  • 伝統的徒弟制:身体的スキル、属人的な知識

  • 認知的徒弟制:認知的スキル、一般化される知識

認知的徒弟制は1990年ごろ、服の仕立て屋が熟練する研究から着目されました。(こちらは心理学の回を参照)

僕が学んだ美術教育は、認知的徒弟制による学習スタイルの要素がとても強いです。熟達者である先生が教えるわけですが、背中を見て学べというわけではなく、教育として指導をします。

では認知的徒弟制の学習方法を、6ステップで見ていきます。

Step1.モデリング

まずは見て学びます。熟達者が描くデッサンの様子を初心者が観察して「こういう風にすると上手に描けるのか」というようなことに気づき、自分の中で概念モデルをつくります。

Step2.コーチング

次に初心者が取り組んでいる様子を熟達者がサポートします。デッサンをしている初心者に対して「ここはズレてるよ」とか「もう少しこうした方がよい」といったアドバイスをします。

熟達者のコーチングには、傾聴・質問といった相手への理解の姿勢を示す方法や、ヒント・ゆさぶり・フィードバックなど相手に刺激を与える方法もあります。

Step3.足場かけ

最初はちょっとしたキッカケを提供し、だんだんと自力でできるようにしていきます。上達のための一歩目は熟達者が丁寧に指導して(手本を見せたり、ちょっと手を入れてみたり)できるようにします。そのうちできるようになってきたら熟達者は関与を薄めるフェーディングを意識します。

足場かけは、できる人には必要ないかもしれませんが、初心者が失敗したときには介入する方法が効果的、という研究があります。一方で足場かけは、他の学習者からひいき目に見られたり、自分は他よりも劣っていると感じてしまうこともあるので、関わり方には配慮が必要です。

Step4.明確化

できるようになったことを問いかけます。初心者が「なぜこうなったのか」とか「こうすれば〜になる」といったように、熟達化した状態を述べられるようになると、身につけたことが認知的なスキルに定着します。

もし何かに失敗したなら、どうして失敗したのかを言語化することで、次は失敗しないための方法に気付けるようになります。生産的失敗といい、概念の書き換えに高い効果があります。

Step5.振り返り

自己評価します。自身がまだできていな点や、他の学習者と比べたりすることで、熟達者の認知モデルとの違いを自覚できるようになります。

デッサンでは講評会というものがあります。点数がつかなくても、自身の実力の現在地を嫌でも自覚させられれます。講評会が嫌いという人は多いと思いますが、認知できる場という意味では貴重な学習機会です。

Step6.探究

初心者が自分でさらに取り組むための環境を提供します。授業以外でもデッサンをする人がいるならば、熟達者はできたものを講評するように受け入れの姿勢を示すことが上達につながります。

探究には5段階のレベルがあります。

  • 0.Demonstration:熟達者の実演を見る(探究はしていない)

  • 1.Confirmation:熟達者が示したわかっている結果に対して確認する

  • 2.Structured:熟達者が示した手順に従って取り組む

  • 3.Guided:熟達者が示した問いに、自分で考えて取り組む

  • 4.Open:初心者自身が立てた問いに、自分で考えて取り組む

6ステップのうち1-3は伝統的徒弟制と同じですが、4-6は認知的徒弟制ならではの特徴です。自分が身につけていることは何かを概念的・客観的に認知することで、暗黙知から形式知への学びにつながっています。

学んだこと

学校教育のほとんどは探究レベル2までです。探究学習は探究レベル3-4が求められますが、4まではなかなか行きません。でもデッサンの学習は、ほっといても4まで行く人が出ます。

この違いは、おそらく「楽しいかどうか」だと思います。

デッサンでもスポーツでも将棋でも、優れた熟達者は誰に言われなくても、自ら進んで練習してさらなる高みを追求します。完全に内発的動機に基づいていて、好きだから・楽しいから探究しています。

いま、学校教育でも探究学習への期待が高まっていますが、学校からの指示ではなく、学習者たちの「好き」を見つけて、どれだけ意欲を支援できるかが先生に求められるスキルなのだと考えます。

今日はここまでです。


デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。