人的資本経営と人材育成(教育サービスの現状と未来)
大学院で学ぶ「学習のデザイン」。今回は企業の人材育成と社会人の学びについて紹介します。
資源から資本へ
これまで、企業は従業員のことを人的資源(Resource=コスト)として捉えていましたが、最近は人的資本(Capital=投資)として扱うように認識が変わってきています。
人的資本ってどういうことか?経産省はこう定義しています。
企業を木に例えてみます、果実の実が収益だとすると、収益を生み出す枝葉幹にあたる人材が強いことが企業の成長につながります。つまり、会社が成長するためには人に投資するのが一番、という考え方です。
この人的資本の経営を開示する動きは、企業規模に関係なく、スタートアップでも公表している会社はあります。公開することで新たな優秀な人材を獲得につながります。投資家も数値には表れてこない、非財務情報である人的資本に着目して、企業を評価しています。
目先の収益より社会性や持続性
人的資本に注目が集まった背景は、リーマンショックからの反省です。それまでは金融資本の理論が強いなかで経済が動いていましたが、結果としてビジネスが暴走して、社会のためにならず企業の持続性もない状況に陥りました。なので人的資本とは単にスキルを伸ばすだけでなく、社会に必要な活動につなげていくことまでを意味します。
人的資本経営の情報開示は、ルールメイキングが得意なEUが先行して2014年より義務付けをはじめました。アメリカが追って2020年ごろ。日本は2022年から出遅れて対応し、有価証券報告書での開示を義務化しています。キッカケとしては経産省が公表した人材版伊藤レポートがあります。
人的資本経営が重視される理由は大きく3点あります。
資本市場の無形化(製造業から無形資産への移行)
ESG投資の高まり(リーマンショックの反省)
労働市場の多様化(人材の流動化や人手不足)
日本はどれも後手対応な感がありますが、とりわけ顕著に表れているのが3つ目に関する人材不足です。もう少し細かく見ていきましょう。
人手不足(量)と人的資本(質)
日本の人手不足による倒産は過去最多の260件、7割の企業が人手不足を実感しています。これまで人手不足の状況は、高齢者や女性の労働参加でカバーしていましたが、実はこの方法での労働力拡大の余力は小さいとされています。
女性が働く割合は日本74.3%です。実はこれは世界的にかなり高水準で、アメリカやフランスより高い数値です。「日本は欧米に比べて女性の社会進出が〜」とよく言われるけど、統計データでは逆です。
では高齢者はどうかというと、65歳以上の就業率は25.2%で、これも世界の中でも最も高い国です。日本、働きすぎでしょう。
では外国人労働者に頼れるかというと、日本への魅力度ランキングは25位と先進国の中ではかなり低いざんねんな結果です。なのでこれ以上、人の量を増やす伸び代が期待できないのが日本の実情です。
生産性向上
そうすると1人あたりの生産性向上=質が鍵となります。
日本は時間あたりの生産性が低い国として知られていて、無駄な会議やプロジェクトなどがたびたび指摘されています。生産性を高めるためには大きく3つの観点があります。
デジタルを活用した省力化への投資
学習機会と学習者の意欲
多様性を受け入れる
1つめ、デジタル普及が遅れているのはご存知の通りです。それに加えて最近はAIテクノロジーが急速に成長しています。この流れに乗れないと、日本はさらに置いていかれますが、もしかすると逆に巻き返すチャンスであるかもしれません。
AIが追い風になるか
AIの発展は社員のリスキリングを後押しするプラス要素になるかもしれません。というのも、近年のテクノロジーは使いやすくなっているので、以前ほど高いリテラシーを必要としなくなっているからです。
例えば、プロンプト生成系ツールは誰でもテキストをタイプするか音声で入力できれば扱えます。なので技術へのリテラシーが低い人ほど、学習効果が高いといえます。
このような状況では、その人が培ってきた知識や経験があるほど優位です。例えば、語学がまだ十分に発達していない10代の若者よりも、言葉を生業にしてきた記者の方が、より的確なインプットができるからです。
インドなどはデジタルで一足飛びに経済発展をするリープ・フロッグ現象を起こしましたが、いま日本がリープ・フロッグを巻き起こすチャンスかもしれません。PCを使わずi-modeやスマホのappが伸びた流れと似ているかもしれません。
大人の学ぶ意欲の課題
ですが2つめのポイント、人的資本への投資が課題です。
企業が行う人材投資は、先進国に比べて1/10-1/20と極端に低いです。つまり人を資本ではなく、まだ資源(労働力)として見ています。さらに、従業員も社外学習や自己啓発を行なっていない割合は、他国の2倍以上と突出しています。日本やばいです。
これは日本の教育観が要因ではないかと考えます。大学までは勉強に専念して、就職したら仕事に専念して勉強は不要、というパキッと分かれている構造はいまの時代にはもう合いません。
政府はリスキリング推奨を打ち出していますが、当事者の危機意識が足りなかったり企業の支援が得られていないため、普及には課題が残ります。
DE&I
3 つめの、ダイバーシティやインクルージョンといったキーワードも、人材不足の対策や組織の同一性を解消する方法として、人的資本を高めることに大きく関係します。
中でも近年は、個々の状況に応じて公平に同じ機会を提供する、Eにあたるエクイティの考えに注目が高まっています。
マイノリティは差別につながることがあり、組織は差別を引き起こす構造的な問題に着目しなければいけません。例えば企業の中で女性や若手などはマイノリティとして過小評価されがちですが、機会損失につながっている可能性があります。マイノリティの潜在スキルへの着目が、人的資本を向上にもつながります。
日本の課題
日本で人的資本を高めるためには、個人・企業・国や政府、それぞれの異なるレイヤーで考える必要があります。
個人の学習意識の低さに対しては、危機意識を醸成させる必要があります。日本は20世紀の成功体験や価値観をいまだに引きずって、経済のグローバル化やデジタル活用などで大きく遅れをとっています。この現状を正しく認識できていないと、学び直す動機づけにつながりません。
企業に対しては、年齢に限らず従業員が学べる機会を提供すべきです。自身の経験を照らし合わせて見ると、20代は比較的余裕があり研修機会なども多くありましたが、役職を得た40歳ごろになると余裕がない毎日を送りがちです。このような構造的な要因を取り除くべきだと考えます。
そして国や政府は、リスキリングを主張するだけではなく、実質的な投資を促進すべきです。短期的な回収のデイ・トレード型ではなく、5-10年の中長期視点を持った大きな投資(Capital)をする視点が、人的資本に取り組むうえで大事な考え方ではないでしょうか。
学んだこと
どうも日本は、政策でも事業でも、短期的な視点で考える傾向が強く、これが学校教育にも影響を受けて「すぐに役に立つこと」の学習に偏っている印象があります。
でも本来、学びとは時代に左右されずに世の中を見通す力があるはずなので、学習評価を長期的な指標にすることが大事ではないかと考えます。なんだか知るほどに重い感じになってしまったので、前向きに楽しくなれる糸口を見つけていきたいものです。
今日はここまでです。