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逃げるが勝ちだし、人生は一度きりじゃない|#1 VUCAな世界の住人たち

こんにちは、デザインエスノグラフィです。
私たちは未来に向けた企業の事業開発やブランディングを支援しながら、そこで役立つナレッジの開発を行っています。その一つとして、パンデミックを経た新しい時代の欲求リスト「VUCAを生きる30のマインド」(VUCA MIND 2021)を先日公開しました。

前の記事では、デザインエスノグラフィ社の考え方から、マインドを知ることが必要な理由、新しいナレッジを開発した経緯について書きました。こちらもぜひ読んでみてください。

さて、今回からは30のマインドへの理解を深めるシリーズが始まります。第1回となる今回取り上げるマインドは「ポジティブ逃避」「異世界転生」です。

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人生で度々起こる困難にどう対処するか。そんな時に現れて人を動かすこの2種類のマインドは、どのようなものなのでしょうか?

耐えない時代のはじまり

人生に行き詰まった時、今生きる毎日が辛い時、人はどうするだろう?

「逃げたら負け」
「人生は一度きり」

そう言って自分を奮い立たせ、じっと耐える。

逃げたら自分の挫折を認めることになる。失敗したらやり直せない……。そんな強迫観念に囚われ、どんなに辛くても耐えられる強い自分でいようと踏ん張る。それが正常であって、耐え忍ぶのが美徳という空気さえあった。

その空気は変わりつつある。この数年は過労死や自殺の問題、耐えすぎることが悲しい結末を招いてしまうという事実が特に目立っていた。「耐える」ことの危険性にようやく目が向けられ、体だけでなく心の健康に対する意識も高まっている。そのせいもあってか、最近は「耐える」以外の選択肢を持つ人々が現れているようだ。

ポジティブ逃避 ——「逃げるが勝ち」で軽やかに進む

採用のために求人サイトで就職活動中の人のプロフィールを見ていると、1年、2年ごとに小刻みに転職を繰り返している人がいる。かつては1年そこらで会社を辞めると根性がないとか、信頼できない人間に見られるから、「まずは3年続けてみろ」が人生の先輩たちからのアドバイスだった。

採用する側からすると、人生の先輩の言葉のイメージが先行して、そういった小刻みな経歴の持ち主に対しては不信感を抱かずにいられないのが正直なところだ。しかし、本人たちに転職の理由を聞いてみると、「なんか会社が合わなかったので」などと意外なほどあっけらかんとしている。

早々に会社をドロップアウトした自分を恥じる様子はなく、むしろ転職に転職を重ねた今、心も体も健康だし、自分のやりたいこともできていて、自分史上最高のハッピーライフを更新し続けているといったところだろうか。

「会社辞めます/休みます」だけじゃない。デジタルデトックスやSNSでの友達整理など、「私、やめまーす」ということを公言する人を見かけるようになった。自分の夢を公に宣言すると実現すると言われたものだが、最近は「やめる宣言」をするようだ。

また、ビジネスマン向けの自己啓発本といえば、高みを目指すストイックな生き方のノウハウを授けてくれるものだったが、この数年はビジネス書コーナーや書籍ランキングに「やめ方」関連の本が躍進した。

影響力のある人による先陣を切っての「やめる宣言」や、「やめ方」の指南書は、諦めたり辞めたりする、「逃げる」ことに対する恥を捨てる勇気を人々に与えているのかもしれない。後先は考えずとりあえずその場から逃げる、その勇気を持てた人たちは次々と心の荷を下ろし、身軽に前進していく力を手に入れている。

「ポジティブ逃避」というマインドは、困難に直面した時、それが良い変化を生むなら今すぐ「逃げる」ことを選ぼうよ、と背中を押してくれるのである。逃げるは恥だが役に立つ。いや、恥ですらなく「逃げるが勝ち」、そんな価値観が広がり始めている。

01_記事_ポジティブ回避

異世界転生 ——「人生は何度でも」始められるから気楽に

「耐える」に代わる選択肢として「逃げる」が現れたわけだが、その他に「別の人生をスタートする」という選択をする人もいるようだ。

SNSを見ていて、長らく沈黙を貫いていた知人の唐突な重大発表に出くわしたことはないだろうか。重大発表の中身は、移住、会社員を辞めて起業、あるいは大学進学、などなど。それが本人にとって重大な人生の転換点であることは間違いないが、なんだか人格まで入れ替わって、自分の記憶にある人物とは別人かと思うような変わりぶりに驚いたりする。

別の人生を始めるために生きる場所を変えるというのはわかりやすい。かつてはどこに生まれるかが人の運命に大きく関わっていたが、国境もリアルとバーチャルの境目も溶けかけている今では、生きる場所をいくらでも選び直すことができる。その行く先が遠く離れているほど、住む場所だけでなく、ライフスタイルや自分の周囲の社会をも一新する変化になる。

アニメやゲームのジャンルの一つに異世界転生というものがある。冴えない人生を送っていたある人物が、死後に異世界で生まれ変わって活躍するという筋書きだ。例えば移住した人にとって、それは異世界転生のように、生まれたての希望に満ちた状態から自分自身を形成し直す体験だったのかもしれない。

生きる場所を移すことに限らず、脱サラして起業したり、熟年離婚したりと、生き方がガラリと変わり人生観が覆される出来事を起こすことでも、別の人生は始められるらしい。その場合に過去の自分は顧みない。過去の上に積み上げることもしない。それまでの人生は中断したその地点に置いておいて、何度でもまったく新しい自分としてスタートできる人たちなのだ。

生まれた瞬間から続く途切れない人生のストーリーを全うすることに、人はプレッシャーを感じてしまう。それでも、現在進行するストーリーに満足していないなら、中断して別のストーリーを始めればいい。人生ゲームみたいにいろんなステージがあっていい。「異世界転生」は「人生は一度きり」の呪縛から人を解放し、何度でも違う人生を謳歌させてくれるマインドなのである。

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変化の激しい時代を風のように生きる

「ポジティブ逃避」も「異世界転生」も、困難に直面した時、立ち向かわずその場から立ち去るように人を動かすマインドである。

逃げることで前進し続ける「ポジティブ逃避」。
それまでのことは置いておいて新しい人生を始める「異世界転生」。

困難から目を背けるという行為は人の弱さを想起させるが、それは目の前のことに執着しない軽やかさとも捉えることができる。こうも変化が激しい時代に生きていると、目の前の状況もどんどん移り変わっていく。いちいち思い悩んでいてはキリがないから、先を見る、別の世界に目を向けることは処世術でもあるのだ。

ひとところに留まらない風のような生き方で、変わりやすい世界を生き抜いていく。この2つのマインドは、その術を人に与えるべく芽生えたものと言えるのかもしれない。

[文]及川結理 [イラスト]山本茂貴


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