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「システミックデザインの実践」ブックトーク後編:本には載っていない具体例を知ろう

『システミックデザインの実践』の著者、クリステル・ファン・アールを招いてのブックトーク。今回はそのレポートの後編となります。クリステルは自身でデザインファームを経営するデザイナーであり、理論と実践を行き来しながらこの分野をリードしています。彼女ならではの経験が語られた後編では、前編の話をベースに、自身がヨーロッパで手掛けてきたプロジェクトの具体的な詳細を知ることができました。書籍内で語ることが難しいクライアントワークに関わる実例は、理論を補完するような興味深い内容ばかり。私たちが今後日本でどのように実践すればいいのか、具体的なイメージが湧いてきます。

前編はこちらからご覧ください。


システミックデザインの実践事例

Case 1:貧困に苦しむ妊婦を助ける

さて、ここからはシステミックデザインの実践例を紹介していきましょう。1つ目は「貧困に苦しむ妊婦を助ける」という、2015年に取り組んだプロジェクトです。システミックデザインツールキットの最初のバージョンをつくり終えた頃でした。数年間社会問題に取り組んでいた、とあるクライアントにこのツールキットについて話すと、「一緒にシステミックデザインでプロジェクトを進めよう」と言ってくれました。実際のプロジェクトとして始めることができて、本当に嬉しかったです。

このプロジェクトは、ベルギーの行政サービスを簡素化しようとするもので、健康や疾病について扱う部署とともに取り組みました。ベルギーでは、貧困にあえぐ妊婦という問題に対して、定期健診や技術的な支援によって彼女たちを助けるプログラムを用意していました。しかし、彼女たちはこのプログラムを頼ることがなく、その理由も分かっていませんでした。

そこで、私たちはシステミックデザインの方法論に沿って、まずは彼女たちの視点を理解することから始めました。インタビューでは、多様なバックグラウンドの6〜12名程度の人々から話を聞くようにしています。そうすれば、手に入れるべきインサイトの約95%を得られるからです。たとえば、今回の例では、女性の貧困は移民であることに由来していたり、世代間で受け継がれていたりすることが明らかになりました。

このプロジェクトでは8人の女性にインタビューをしたのですが、その際にカードを使いました。たとえば「あなたのパートナーに問題は?」「あなたは飲酒している?」などのセンシティブなトピックの場合、こうしたカードを私たちと彼女たちの間に置くことで、会話を和らげたり活発にしたりする効果があります。5〜10分ほどして彼女たちが人生について自分から語りだすと、私たちはいたたまれない気持ちになりながらも、深いインサイトを得ることができました。

インタビューの後は、全ての情報をまとめてインサイトを分類していきます。全てがどのようにつながり合っているのかを把握すると同時に、マッピングを通して彼女たちが語ってくれたストーリーをあらためて理解することも重要なポイントです。

たとえば、彼女たちは行政が提供するケアシステム特有の「コントロール」しようとする態度に不安を抱いていました。行政に助けを求めることは、彼らにコントロールされる、さらには罰せられるという風に感じていたのです。一方で、妊婦たちは妊娠を人生の大事な時期と捉え、変化に対してオープンに、自分自身や子どもたちのために良い方向に変えていきたいと考えていることも分かりました。同時に、自己隔離・社会的排除がエスカレートしていることも見えてきました。特に何世代にもわたって貧しい家庭に生まれた女性は他の女性に対して劣等感を抱いており、そのため自助会に行くのを恐れ、家に籠もりたがっていたのです。

マッピングをしてレバレッジ・ポイントを見つけた後は、「どんな価値を創りたいのか」「どこにどうやって介入していきたいのか」を考え、最終的な介入モデルを策定しました。最も重要なコンセプトは、彼女たちと行政システムとの間に信頼できる人として助産師を配置することでした。助産師はすでにシステムの中で「現れつつある主導権」を握っていますし、妊婦とケアシステムの間にもいました。この介入策ならば最初はテクノロジーなしでも実践可能ですし、規模が拡大すればアプリやウェブサイトなどでサポートしていくこともできるでしょう。

このプロジェクトは保健省に引き継がれ、私たちが考案してからすぐにパイロット版が実施され、数か月後にはベルギーでの公式な手法として採用されました。私たちにとって最初のプロジェクトがすぐにソーシャルインパクトを発揮できたのは大変嬉しい経験でした。

Case 2:クロスボーダー・イノベーションを刺激する

2つ目のプロジェクトはイノベーションに関するものです。私たちは10年以上にわたって欧州委員会のイノベーション・エージェンシーと協働しているのですが、このプロジェクトの目的は、ヨーロッパ全土の中小企業、大学や商工会議所などを巻き込んだコラボレーションを促進することでした。クライアントから「我々のデジタルツールをどのように使えばいいのか? システムも不明瞭で困っている」と相談され、「これはシステミックデザインの出番だ」と思いました。そのため、まずはシステミックデザインを導入することからスタートし、次第にサービスデザインやデジタルツールのデザインをしていくことにしました。

まずはヨーロッパのイノベーション・エコシステムの構成員とそれぞれの関係性をマッピングし、次に、実現したい未来のシステムを関係者とともに考えました。最も重要な変化は、全ての関係者が地域の中小企業をクライアントと捉えるようになることでした。彼らはシステムへの「ドア(扉)」になるべきで、お互いの知識を交換し合う必要もありました。

さらに、サービスデザインに落とし込むためにカスタマージャーニーも作成しました。私たちはA0サイズの大きなダイアグラムをつくり、リマインダーとして機能するようにしています。数年前からレポートの代わりに、こうした可視化したマップや図を納品するようになりました。他にも中小企業が成長段階に応じて必要な支援をビジュアライズしたものもデザインしました。ここまでのプロセスでシステムやあるべきサービスを理解できたので、最後にデジタルツールの戦略を考え、生み出したい価値と具体的な行動のつながりを視覚化した図をつくりました。

Case 3:サーキュラー・エコノミーの理解と収益性を加速させる

3つ目のプロジェクトは、世界的にも有名なとある電子機器企業のために、一日でサーキュラー・エコノミーの理解を深めるというものでした。インタビューから始めて、この会社のサーキュラー・エコノミーを促進する要因と阻害する要因を調べました。

インタビュー結果を、戦略・デザイン・サービス・組織の4つのジャンルに分類し、ワークショップで「それぞれの要因の関係性は?」「レバレッジ・ポイントはどこか?」を考えました。今回のプロジェクトの目的は、システムマップをつくるだけでなく、社内のデザイナー自らがシステムマップをつくれるようになるということでした。マップの清書には「Kumu」というツールを使いました。

マッピングを通して、マネージャーが陥りやすい落とし穴である短期的思考と長期的思考の相違が浮き彫りになりました。また、「矛盾するインセンティブ」というレバレッジ・ポイントもありました。つまり、デザイナーは製造を速めることにインセンティブを与えられるため、それを組み立てたり解体したりするサーキュラリティのことが考えにくい組織形態だったのです。「顧客に対するインサイトの質」もレバレッジ・ポイントでした。この会社ではプロダクトを販売した後は別の会社に引き渡してしまうので、顧客がプロダクトをどのように使っているのかをほとんど知らなかったのです。このようにして、サーキュラー・エコノミーの実現を試みる会社の未来に向けての阻害要因をインサイトとしてまとめ上げました。

Case 4:健康に関するリテラシーの促進

4つ目は、健康に関するリテラシーの促進プロジェクトです。2022年に手掛けました。40以上の保健機関が、ベルギー国内の健康リテラシー向上を目指して数年前から活動していましたが、個々の活動が分散していて、実際の改善につながるような変化を起こせていないという課題がありました。そこで、システミックデザインを使って「全ての活動がどのようにつながっているのか?」「レバレッジ・ポイントはどこか?」を見ていくことにしました。

このプロジェクトではインタビューを行いませんでした。すでに何度も多くのリサーチが為されていたからです。別のプロジェクトで、ベルギーの1970年代からの医療支援に関する総合的なリサーチの結果が残っていて、それらは著名な教授たちも関わる大変優れたレポートでした。そのレポートから要素を拾い上げてシステム・マッピングを行いました。

ワークショップでは、様々なステークホルダーや教授たちとともに「何か欠けている要素はないか?」「重要な要素はどれか?」といったことを、オンラインホワイトボードのMiroを使いながら話し合いました。その結果、「人々の習慣」「健康の知識」「理解する能力」「実践する能力」という4つの領域に注目することにしました。

次のワークショップでは、レバレッジ・ポイントに着目しました。「最も中心的なダイナミクスは何か?」を問うことで、ひとつの大きなループ(システムのコアエンジン)を見つけることができました。既存の要素と介入策のポストイットを色分けすることで、システムの変化に必要な要素を分かりやすくする工夫もしました。

さらに次のワークショップでは、どうやって介入していくのかを具体的に考え、創造したい価値とアクションを結びつけるロードマップをつくりました。レバレッジ・ポイントを可視化したダイアグラムも制作し、40の組織が自らアクティビティを考えられるようにしました。

その後、丸一日かけたワークショップを開催して、組織それぞれがイニシアチブを持って行動できることをブレインストーミングしました。その結果、年次総会を開催したり、知識共有のプラットフォームを構築したりすることが決まり、組織ごとにやりたいことやそれらの活動が与える影響も可視化されました。2023年の初めには年次総会が無事に開催されて、好評を博しました。

質疑応答

トークの後は、参加者の方から寄せられた様々な質問にクリステルが答えていく、一問一答形式の質疑応答が行われました。いくつか抜粋してご紹介します。

Q. 複数の介入策を考えていくことにシステミックデザインの特徴があると感じました。予算や時間がないと、1つや2つの解決策に集中しようとしてしまいがちですが、複数の介入策を持つことがなぜ大事なのでしょうか?

介入策は、複数考えなければなりません。というのも、複雑な課題はある一部分だけが原因なのではなく、関係し合っているからです。そのため、複数の介入策によってシステムの振る舞いを変化させなければならないのです。クライアントから「どれから始めるべきなのか?」と聞かれますが、一度に全てを始めればいいのです。たとえば、知識共有の課題ならば、Facebookページやウェブページをつくるとか、個人間のコミュニケーションから始めてみるとか、実行可能な最小限のことから始めると良いでしょう。

Q. システミックデザインでは長期的にシフトを起こすことが必須かと思いますが、プロジェクトのタイムスパンはどのくらいかけることが多いでしょうか? どのくらいの時間をシステム理解に割いて、どのくらいの時間を介入策づくりに割いていますか?

平均的なプロジェクトでは6か月くらいです。IKEAでは、30人のステークホルダーが1週間ずっと一緒にいる方法でしたが、上手く行きました。インタビューの実施と分析、システム・マッピングにそれぞれ1週間はかかりますが、そこからは早く進むでしょう。レバレッジ・ポイントが見つかれば、参加者は希望を抱けますからね。インタビューもしていますが、複雑な問題はすでに学術的にリサーチされているので、それらを参照することも忘れません。

Q. システミックデザインのプロジェクトは、プロセスを組み立てづらいと思うのですが、このような実験的なプロセスの進行は、どのように組み立てていますか? また、ステークホルダーにはどのように説明しますか?

システミックデザインを信用したクライアントであることが大切です。また、多くの人が変えなければならないと感じている課題であることも必要でしょう。最も重要なのは、共通するビジョンがあることです。これまでのプロジェクトにおいて、共通するビジョンを持って合意に至らなかったことはありませんでした。「何についてか?」ではなく「どうやって?」について議論していける状況が必要です。ステークホルダーやスポンサーがエネルギーに満ちていることも大事ですね。

Q. システミックデザインのプロジェクトにおいて、ステークホルダーが俯瞰してシステムを見渡せることは大きな成果だと思うのですが、実際にクライアントやステークホルダーに起きた具体的な変化があればお伺いしたいです。

1つ目の妊婦にまつわるプロジェクトが分かりやすいでしょう。2つ目のイノベーション・エージェンシーのプロジェクトの例では、資金配分だけでなく考え方や意識も変わったと思います。価値ある課題に共創的に取り組めるようにコーチングもしています。

Q. レバレッジ・ポイントを特定した後、具体的にそこにどう働きかけるか、どう介入策に取り組むかが鍵ですが、優先度のつけ方やアプローチ方法のステップはありますか?

因果ループ図で、複数の矢が出入りしている要素が主なレバレッジ・ポイントです。専門家や研究者の意見を参考にすることもあります。

Q. レバレッジ・ポイントが明確になり、ロードマップを描いた後、実際の介入の実行に関わることはありますか?

パイロット版までは参加しますが、その後はクライアント自身に引き継いで進めてもらいます。そのために、パイロット版の時からコーチングモードで関わっています。共創的に取り組んでいるので、パイロット版が終わる頃にはクライアントも「後は自分たちでできる」と思ってくれます。

Q. 是非システミックデザインを実践したいと思っていますが、試みたことのない手法なので成果が出せるか不安があり、結果が出るのに時間もかかると思っています。利益をつくるプレッシャーがある中で、優先順位を上げて取り組みを正当化する方法はあるでしょうか?

小さく始めることでしょう。クライアントに「システム全体を変える」と伝えると怖がらせてしまいます。そのため、まずは1つか2つのツールを試すようにしています。スター・ウォーズのヨーダが「Patience(辛抱強くあれ)」と言っていますが、新たなマインドセットにはクライアントも慣れていないので、時間がかかるのは仕方がないですね。

Q. 日本から知ることができるシステミックデザインの情報は、一般的にはクリステルさんの本かイギリスのデザインカウンシルが提唱するシステミックデザイン程度です。それらとの連携や関連性をどのように捉えていますか?

補完的な関係にあると思います。英国デザインカウンシルのものは背景に関する説明が多く、『システミックデザインの実践』では具体的な手法を説明しています。

Q. システムに介入すると、新たな状況が生まれると思います。実践に移した後に、どのようにその変化を把握し、それに対応すべきでしょうか?

マッピングのプロセスの際に達成したいことは明確にしているので、それをもとに評価することができるでしょう。もちろん、途中で新たなステークホルダーと新たなプロジェクトが始まることもあります。

Q. 遠い未来を見据えるシステミックデザインは、どのようなプロジェクトの進め方をすればいいのでしょうか?

6か月などの限られた期間を想定してプロジェクトは始まりますが、5か年計画のような長期的なプランを立てて、一緒に取り組み続けることになる場合もあります。

Q. 企業でこのアプローチをとったことで収益が大きく向上した例などはあるでしょうか?

私たちは行政や非営利組織とのプロジェクトばかりなので、経済的な利益ではなく社会的なインパクトを目指している例がほとんどです。

Q. 因果ループ図をつくる時に気づいたことですが、リサーチを通じてある程度の因果関係を描くことはできるものの、自己強化型のループやバランス型のループのような、循環するループを発見することに難しさを感じました。ループの発見に何かアドバイスはありますか? また、情報の整理に何かコツはありますか?

コツは3つあります。1つ目は、インタビューを通して語られる「ストーリー」に注目することです。悪くなり続けたり良くなり続けたりしていれば、強化型ループです。行き詰っているストーリーならば、バランス型ループかもしれません。2つ目は、Kumuというツールを使うこと。インタビュー結果をまとめたExcelをインポートすれば、こうしたループを教えてくれますよ。3つ目は、まずは円を描くことです。円状に要因を配置して、それぞれを矢印でつないでいくことで見えてくるでしょう。

Q. 今日のお話の冒頭で触れられていた「スピリチュアリティ・デザイン」とは、どのような意味で「スピリチュアル」なのでしょうか?

これは、人々に「人生における意味(sense in life)」を感じてもらえるようなデザインのことで、人や自然とのつながりをもっと感じてほしいという意図があります。昔は宗教が担っていたのかもしれませんが、ヨーロッパではこのつながりが完全に失われてしまっています。具体的なデザインの例では、とある学生が他者や自然とのつながりを感じる「儀式としてのハイキング」をデザインしていました。他には、子どもたちが親を失った悲しみを克服するためのケアをデザインした例もあります。スピリチュアリティ・デザインのためのツールはまだつくっていませんが、今後重要なテーマになっていくと思います。

おわりに:コミュニティメンバー募集中

ブックトークのレポートはいかがでしたか? シデゼミでは、これまでの学びを日本での実践へとつなぐべく、12月より少人数のコミュニティによる実践的な活動にシフトしていく予定です。

若干名ではありますが、一緒に試行錯誤しながら活動を推進し、これからの社会に必要なデザインの枠組みを創造するコミュニティメンバーを募集しています。お申し込みの締め切りは10月15日まで。ご興味のある方は、以下の記事を参照の上、ぜひエントリーください。



■ お問い合わせ
ACTANTでは、興隆しつつあるシステミックデザインというアプローチを、日本の文化やビジネスシーンに合わせて改良しつつ、普及・実践する活動を進めています。「システミックデザインを自組織に取り入れてみたい」「システミックデザインを試してみたい」というお問い合わせも受け付けています。以下のフォームよりご連絡ください。

■ 情報発信
システミックデザインに関する研究開発のプロセスやアウトプットはnoteで発信しています。今後の活動にも、引き続きご注目ください。

■ コミュニティ
対話や議論、細々とした情報共有はDiscordで行っています。興味のある方は是非ご参加ください。複雑すぎる問題群に立ち向かうためのデザインとはどういうものかを、一緒に実践していきましょう!