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1/4|『サービスデザインの教科書』刊行トークイベント

さる11/1、青山ブックセンターで開催された『サービスデザインの教科書』刊行記念トークイベントの模様を、全4回にわたりレポートします。第1回は、武山教授による著者解題。『サービスデザインの教科書』に込められた思いが語られています。つづく第2回、第3回では、元IDEOデザインディレクターの石川俊祐さんとの対談を、第4回では会場からの質疑応答を収録しています。

サービスデザインの教科書』(NTT出版) 刊行記念
〈競争〉から、〈共創〉へ

武山政直 × 石川俊祐 トークイベント
日時|2017年11月1日19:15~20:45 
会場|青山ブックセンター本店 小教室

武山政直|本日はお集まりいただき、ありがとうございます。私は、デザインコンサルティング会社ACTANTでコンサルタントをしながら、慶応義塾大学の経済学部で教壇に立っています。研究・教育とビジネスコンサルティングの実践を組み合わせて活動するなかで、大学で取り組んでいるサービスデザインの手法開発の成果をビジネスの実践に活かそうと日々取り組んでいます。こうした両方の経験をもとに、本書『サービスデザインの教科書』をまとめました。

まず話の前提として、サービスデザインがどういう経緯で生まれてきたのか、ということからお話します。

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サービスデザイン小史

サービスデザインは非常に若い分野で、1980年代の半ば頃に誕生しました。「デザイン」という名前がついているものの、この言葉はビジネスの世界を起源としています。アメリカの経済がサービス中心に移りつつあった当時、プロダクト開発やマネジメント領域では合理的な方法が浸透していたのですが、サービス分野となると経験や勘が幅を利かせていました。それに対して、シティバンクの当時副社長G・リン・ショスタックが、サービスのプロセスにもプロダクトの合理的な管理手法を導入しました。このスライドは靴磨きのプロセスを描き出したフローチャートですが、こんな素朴なところから、サービスをデザインするという発想がスタートしました。

1990年代に入ると、デザイナーのなかでも、特にデザイン教育の分野から、サービスデザインを体系立てて人材育成しようという動きが出てきます。その基盤となったのが、コンピュータと人間の対話に注目するインタラクションデザインの分野です。ただし、インタラクションは、コンピュータと人間の対話にとどまるものではなく、人と人、モノ、場所などとの様々な対話が連鎖するダイナミックで総合的な対話から、ひとつのサービスの体験がつくり上げられるようになると考えました。

サービスデザインにとって、もうひとつの重要な源流が北欧にあります。北欧の国々では、公共サービスやコミュニティのサービスを市民参加の形につくりかえていこうという動き、デザインのプロセスにステークホルダーを巻き込んで、参加型でいいものをつくりあげようという発想が育まれてきました。そのように様々なインタラクションを繋いだサービスや体験をデザインするという動きと、生活や社会を参加型でデザインしていくという動きの2つの源流が結びついて、サービスデザインの方法論が1990年代に出来上がります。

21世紀に入ると、イギリスのロンドンに、世界を代表するサービスデザイン専門のコンサルティング会社が登場します。彼らがグローバル企業の新しいサービスの立ち上げや改革を手がけていくなかで、サービスデザインという分野や人材が次第に世の中に認知されていくようになります。その結果、イギリスがサービスデザインの先進国になっていきます。

最近では、ユーザーを中心にサービスと人間のインタラクションを総合的に設計するという考え方から、サービスを動かすバックヤードの人たちの働き方、あるいはサービスにふさわしい組織、サービスの改革に継続的に取り組める柔軟な組織の在り方などが、重要なテーマになっています。ユーザーはもちろんのこと、組織も含めていかにサービスをいいものにしていくか。企業のなかにサービスデザインがどっぷりと入り込み、時間をかけて、組織をつくり変えながらサービスを生み出すという、総合技に変わってきています。

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サービス=自分の能力を人のために用いること

さて、ここからは「サービスデザイン」がどう誕生したかということから離れて、本書で、私がサービスデザインに込めた思いについて少しお話します。「サービス」や「デザイン」は、誰でも知っている言葉であるがゆえに、その意味合いをどう捉えるかによって、つまらなくも面白くもなります。よく知られている言葉だからこそ、意味づけを意識的に変えていく必要があります。私が強調したいのは、ハイテクからローテクまで、あらゆるタイプの「サービス」に共通する本質は、自分のもっている知識やスキル、身体能力などを自分以外の人の利益のために使う行為、だということです。

このように「サービス」の意味を捉え直してみると、じつはモノづくりもサービスの一種だということがわかります。例えば、一方に農夫がいて、もう一方に漁師がいるとします。農夫は畑仕事をして米や小麦をつくり、漁師は魚を釣って市場にもっていくわけですが、それが結局どう利用されるのかというと、農夫は漁師が釣った魚からたんぱく質をもらい、漁師は農夫の作った米や小麦から炭水化物をとっている、つまり、モノを媒介にして、お互いの能力を相手のために使っているのです。モノをつくることでも、自分の力を誰かのために使うという関係がうまく交換されています。この図式でビジネスや社会を見ると、違った風景が浮かんでこないでしょうか? 今の時代にサービスをこのように捉えてみるといろんな見通しが良くなる気はしませんか? これがまず「サービス」という言葉に私が興味をもったひとつの理由です。

次に、「サービス=自分の力を人のために使う」ことだとすると、数千、数万もの数を量産できるプロダクトは、サービスを、対面の状況だけに限定せずに離れた人々の間で非常に効率よく成り立たせることができます。また、誰かに何かをしてあげて、相手はそのお返しをするという関係にお金を介在させることによって、時間をズラしてサービスを与え、また受けることができるようになります。このようにサービスを交換する機会がどんどん拡がっていく。つまり、人間がお金を発明し、プロダクトをたくさんつくるようになったのは、自分の力を相手のために使うというポテンシャルを地球全体に広めるためだった、と解釈できます。

20世紀までは、このモデルが経済の中心を占めてきました。いろんな知恵と技術を投入して、いい製品をつくる。それを買ってもらい、所有してもらい、必要なときに使ってもらい、何かハッピーなことが起きるというモデルです。このシステムはすごくよくできていて、自分が直接サービスしなくても、好きなときに好きな場所で使ってもらえれば自分の能力が活かせます。規模のメリットもあり、安定して共通の値段をつけることもできる。これはプロダクトに限らず、保険商品のような無形のサービスにおいても、基本的な成功モデルとなってきました。

ところが、モノやお金を媒介させることで獲得した規模のメリットの一方で、いつの間にか、モノをつくって与えることや、モノを買って所有すること、お金をため込むことが目的化されるようになっていきます。そのように手段が目的化すると、自分の能力とそれを他者のために活かすことのギャップ、つまり提供されるモノやお金が、必ずしもそれを受け取る人の期待や幸せにつながらない事態が起こります。近年のイノベーションに成功しているビジネスを見ると、何を与え、所有し、ため込むかではなく、人はどういう成果を求め、そのためにモノやお金や人の振る舞いを資源としていかに組み合わせるかという発想、つまりサービスの原点に立ち戻ってきていることがわかります。じつは、ビジネスの世界だけでなく、公共の分野でも成果を中心にサービスの機会を捉え直すことが起こりつつある。それが、今の時代の共通の流れだと捉えています。

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「デザイン」によるアプローチ

こうした変化に伴って、様々な新しい試みが求められています。まず、作り手が一方的にモノの良さをアピールするだけでは成果に至らないので、お客さんの知識や経験を引き出し、一緒に達成する「共創」が必要になります。また、成果を達成するには、自社以外のビジネスパートナーと連携する必要があり、これが「協業」の機会となります。それから、今までの「モノを売る」ための業界ではなくて、「成果を一緒に達成する」ための業界が必要になってくるので、事業再編も起こります。そうすると、ある生産物をつくり出すために最適化していた組織の在り方も、当然変えなければならなくなります。さらには、新しい先端技術は、それを促進もし、脅威も与えうる。機会でもあり挑戦でもあることがどんどん課題になってきます。

本書では、そうした課題に対する有効なアプローチとして「デザイン」を捉えます。ただ、「デザイン」という言葉も、先ほどの「サービス」と同様に、どのように意味づけるかによって、面白くもつまらなくもなります。スライドでお見せしているのは、「デザイン」という言葉を、「慣習モード」と「デザインモード」という大きなフレームで特徴づけたものです。世の中に同じようなことが繰り返し起こる、中世の封建社会のような安定的な時代には、習慣や制度やマニュアルがとても役立ち、「慣習モード」が優勢な社会といえます。ところが今の時代のように、環境が大きく変化し、予想外のことが次々と起こると、過去の成功パターンが使えなくなります。生き残っていくためには、従来の前提を疑い、ほかの可能性を想像し、それを実現するよう挑戦する必要がありますが、それは「デザインモード」が優勢な社会といえます。そのような時代は、過去にも何度か訪れています。

こう捉えると、デザインは特段新しいものではないし、人間や社会がもっている基本的な能力なのではないか、と考えられないでしょうか? ミラノ工科大学のエツィオ・マンツィーニ教授は、そういう意味でのデザイン能力、すなわち、批判する能力、想像する能力、それを形にする能力を、誰もが生まれつき持っていると言います。もちろんデザインのエキスパートと非エキスパートができることは違いますが、それは対立するものではなく、複雑化する今の時代にはむしろ、双方を結びつける必要があります。組織をデザインする場合も、いわゆるエキスパートのデザイナーだけでは対応が難しくなっています。

もうひとつ、今日は深く触れませんが、デザインの役割として、複雑で難しい問題を解決する側面と、新しい意味や価値観・感性を生み出す側面があります。時々これが分離して語られてしまうのですが、実際はこのふたつの営みは繋がっています。このように、エキスパートと非エキスパートが協力し、そして問題解決と意味創造を組み合わせてデザインの総合力を発揮していかないと、正解のない複雑な問題には太刀打ちできません。それは、多様なコラボレーションのチャンスでもあります。

本書では、それをどんなふうに実践すればいいのか、そのプロセスや利用できるツール、世の中に出てきている実践事例について取り上げています。構成としては、今の時代に「サービス」をいかに捉え直せるのか、どのように「デザイン」を時代のなかにマクロに位置付けられるのかという話を、Part1とPart2で記述しています。これに基づいて、Part3では、サービスデザインの手法とプロセス、ケーススタディを、Part4では、「サービスデザインのこれから」として、新しい事業機会を見つける秘訣、組織のサービスデザインとはどういうことか、公共部門におけるサービスの改革という3つのトピックを取り上げています。

最後に、本書で取り上げているサービスデザインの代表的事例を簡単に紹介します。ひとつは、ポルトガルの空港全体のサービスを、総合的な戦略とビジョンのもとに、どのように改革していったかというものです。2つめは、石川さんもいらしたIDEOが取り組んだアメリカの病院メイヨークリニックのプロジェクトです。ラボのような組織を段階的につくり上げ、大きな組織のなかにサービスデザインのプロセスを入れていくうえで、いろいろなヒントが詰まった事例です。もうひとつは、観客体験が重視された2012年のロンドンオリンピックで、サービスデザイナーがどんな役割を担い、どんな取り組みをしたのかを具体的に紹介しています。その他にも、公共サービスにおいても、民間と同じようにパラダイムが変わってきているということを最後の章で紹介しています。以上が、ざっくりとではありますが、本書のダイジェストとなります。

<2/4|対談前編へつづく>
(2017.12.18)