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前編|POP UP ACTANT#3「SERVICE DESIGN FOR MOBILITY:パターンランゲージでデザインする未来の移動」

日時|2019年7月30日17:30〜20:00
会場|SHIBAURA HOUSE
スピーカー|アパー・トゥリ

世界でいち早くMaaSプラットフォームを実現したフィンランドの「Whim(ウィム)」。このサービスのリード・プロダクトデザイナー、アパー・トゥリさんの来日にあわせ、第3回POP UP ACTANTを開催しました。

MaaSというしくみが登場したことによって、モノやアプリ、情報システムがつながるIoTのような世界観に加えて、空間や場所性がデザインの対象として浮上してきました。私たちの身体的な体験やライフスタイル、ワークスタイルに、これまで以上に大きな変化がもたらされると言われています。日本ではビジネスとテクノロジーを中心とした議論が活発ですが、デザインの観点からは、人の生活や地域性、文化的要素を中心にした議論もまた欠かすことができません。それは、サービスデザインの多角的、包括的なデザインアプローチが本領発揮する分野であるとも言えます。デザイナーは今後、何をどのようにデザインしていけばいいのでしょうか。MaaSのデザインにおいて先駆者であるアパーさんの、人や社会に対する優しい視線をもったデザイン思想は、日本の文脈で議論をしていく際にも、とても良い参考になるでしょう。本レポートでは、イベント前半に行われたレクチャーのダイジェストをお伝えします。

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馬から自動車へ──過去のソリューションがもたらしたもの

「都市のモビリティの未来をデザインする(Designing the future of urban mobility)」と題されたレクチャーは、まず移動をめぐる過去の変化を辿ることから始まりました。

約100年前の大都市。かつて道路は、人が集まり、商売が行われ、子供が遊びまわる、都市の文化が生まれる“箱”のような場でした。そんな当時の路上には、「クロッシング・スイーパー」という、富裕な人が通行する時に道を掃除する少年たちがいたそうです。彼らが掃除していたものとは……馬糞。毎日何万頭もの馬が行き交う19世紀の大都市では、放置された馬糞が重大な都市問題になっていたのだそうです。

「自動車は、馬糞問題を解決するために発明されたわけではありませんでしたが、自動車がもたらしたテクノロジーがこの問題を消し去っていきました。そして、馬や人々と入り混じりながら、自動車も都市景観の一部となっていきます。現代の道路は、初めからこうだったのではなく、変化してきたのです」

人々に移動の自由をもたらした自動車。しかしアパーさんは、かつての解決策であった自動車が、現代の私たちの問題になっていると指摘します。自動車は、個人の移動の自由を約束するプロダクトである一方、より大きいシステムの一部として、都市のスケールではデザインされてこなかったからです。

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「私たちは、道路空間の80%を交通インフラに捧げています。そして自分たちが作り出した交通網のせいで、毎年1,200万人、つまり30秒に一人が事故死しています。デザイナーにとって、これは恐ろしい統計値です。自分たちの都市をよりよく生きる場所にするために、できることはもっとある。変化を起こすかどうかは、私たちにかかっているのです」

MaaSというアイデア──都市のコンテクストに沿ったモビリティ

続いてアパーさんは、〈靴〉や〈馬鞭〉といった移動を支えてきた“モノ”に着目します。人々の行動範囲とともに拡大してきた都市。しかし、都市に最も大きな影響を与えたものは〈自動車のキー〉、つまりそれが表す「モビリティの所有システム」でした。

「これこそ都市が成長し、人口が増える状況を生み出している要因です。北京などの大都市を見ると、今どれだけ多くの自動車があるかということに驚きます。私たちは世紀を超えて、新たな“馬糞危機”に直面しているのだと言えるでしょう。これは以前のように自動車では解決することのできない問題です。そこで、正しい問いを問うことが重要です。私たちは、“どのようにより良い車をデザインできるか?”ではなく、“どのようにより良い都市をデザインできるだろうか?”と」

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2050年には世界の70%の人々が都市に住むといわれる中、今の交通システムが続けば、自動車数は倍増し、大気汚染も進みます。そこで、現在期待されているのが自動運転技術と電気自動車化ですが、大気汚染は減っても、無人の車がオンデマンドで走行することになれば、さらなる渋滞の増加も見込まれます。

そこで、都市問題の解決とサステナブルな未来へつながると考えられるのが、シェア型のマルチモーダルなシナリオです。アパーさんは、MaaSの基本理念となる考え方を次のように解説します。

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「まず、様々なモードの交通手段を組み合わせて移動できる〈インターモダリティ〉というアイデアがあります。そして〈モーダルシフティング〉、つまり人々の移動をサステナブルな方法に変えていくというアイデア。そのため、徒歩やサイクリングといった〈アクティブモード〉を正当な方法として、移動ネットワークの一部に組み入れています。これらすべてを行うことで、都市の平等、市民の健康、二酸化炭素排出削減に関するゴールを達成し、〈公共政策のサポート〉が可能になります。MaaSが目指すその本質は、“所有権”という考えを取り除くこと。モビリティへのアクセスという新たな方法で、人々の移動にソリューションを作り出すことなのです」

ユーザー中心の視点で、マルチモーダルな移動を捉える

Whimのサービスをデザインするにあたり、ヘルシンキの住民とともに取り組んだというアパーさん。ユーザーリサーチから得られた重要なポイントは、“モビリティは、人々の生活によって全く異なる意味を持つ”ということだといいます。日々どこにいるか、何をしているか、子供がいるか、仕事をリタイアしているか……。その人の生活によって、行動と行き先が決まり、それぞれの時にそれぞれのニーズがある。そうしたユーザー中心のマインドセットでモビリティを捉えるために使用したツールが、アパーさんの開発したカードでした。

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「“モビリティのランゲージ”と呼んでいるこのカードで、マルチモーダルな移動の原型を作りました。この原型を作ることで、すべての移動手段をリンクさせ、それがユーザー中心視点でどのような意味を持つか理解することができるのです。出発地点から到着地点まで、複数の手段を使って移動する時に何をしなければならないか。もしエンドユーザーにとって複雑なインタラクションだったら、それを解決するのがデザイナーの仕事です」

また、2つの交通手段が交わる乗り換えポイントの現場でも一般市民にインタビューを実施し、マルチモーダルな移動手段の開発と改善を進めていったそうです。

都市でMaaSを実現するために

あらゆる移動手段をサポートし、多様な人々の多様なニーズに応えるMaaSプラットフォーム。しかしアパーさんは、全ての人にとって住みやすい都市を実現するためには、サービスを作り出すだけでなく、都市もまた変わる必要があると指摘します。

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「もっと多くの人が、マルチモーダルな手段で移動するようになるには、都市のソフトウェアとハードウェアの両方を揃えることが重要です。道路にそのインフラがなければ、人々は自転車で仕事へ行くようにはなりません。それが快適にできるという確信がなければ、選択されないからです」

今多くの都市で、公共交通とサイクリング、徒歩のためのインフラづくりが進められているそうです。そうして、個人個人の欲求と住民全体のニーズの正しいバランスを生み出すことができれば、都市や道路はもっと効率的になるとアパーさんは語りました。

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「私たちは、21世紀のクロッシング・スイーパーだと言えるでしょう。優雅には聞こえませんが、デザイナーとして、エンジニアとして、政治家として、役人として、都市をもっと良くするために、人々がサステナブルな移動方法を選択できる交通ネットワークをつくりだすことが私たちの役割なのです」

「全ての人にとって住みやすい都市」というMaaSが目指す未来の姿。それを表すように、レクチャーの最後は、「先進的な都市とは、貧しい人でも自動車を使う都市ではなく、裕福な人でも公共交通を使う都市である」というコロンビア、ボゴタの前市長エンリケ・ペニャロサの言葉で締めくくられました。

<後編へつづく>
(2019.11.5)