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後編|POP UP ACTANT#2「SERVICE DESIGN FOR SUSTAINABILITY:みんなが共生していくためのサービスエコシステムのデザイン」

日時|2019年7月4日 18:00〜20:30
会場|Inspired Lab.
スピーカー|フランチェスコ・マッツァレッラ博士(ランカスター大学&ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション リサーチフェロー)、イダ・テュラルバシック博士(ラフバラ大学ロンドンキャンパス プログラムダイレクター)
企画協力|玉田桃子(リサーチャー、ラフバラ大学博士課程在籍)

〈サステナビリティ(持続可能性)〉をテーマに開催された第2回POP UP ACTANT。レポート後編となる今回は、サービスデザインのアプローチを軸に、コワーキングスペースにおけるサステナブルな共創の仕組みづくりに取り組んでいる、イダ・テュラルバシック博士のプレゼンテーションの様子をお伝えします。

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コンプリメンタリーカレンシーとは?

イダ氏のプレゼンテーションのタイトルは「コワーキングスペースのためのサービスデザイン:起業家たちがビジネスのアーリーステージ(起業直後の段階)を生き抜く戦略としてのコンプリメンタリーカレンシーを共に創る(Service Design for Co-working Spaces : Co-designing Complementary Currencies as Resilient Strategies for Early-stage Entrepreneurship)」でした。

ここ数年で広く社会に浸透した「コワーキングスペース」。そのためのサービスデザイン、というメインタイトルは想像できそうな一方で、「コンプリメンタリーカレンシー(Complementary Currencies)」という耳慣れない言葉の入ったサブタイトルは少し分かりづらく感じられたかもしれません。一般的に「カレンシー」と聞くと、円やドル、ユーロといったいわゆる「貨幣」を想像しますが、「カレンシー」には「(習慣・考え・言葉などの)流布、普及、受容、通用」というもう少し広い意味があります。この意味を含んで考えると、「コンプリメンタリーカレンシー」とは「地域または特定のコミュニティにおいて、一般的な貨幣に並行・追加して、もしくは補完的に普及しているもの」と理解することができます。

イダ氏のプレゼンテーションの内容から外れますが、日本のコンプリメンタリーカレンシーの一例として、1995年に公益財団法人さわやか福祉財団が運用を開始した「ふれあい切符」というものがあります。高齢者など援助を必要とする人々に対して家事サポートなどを行った場合、その行為に要した時間をクレジットとして貯め、いずれ自分や家族がサポートを必要としたときに引き出して使うシステムです。
コンプリメンタリーカレンシーは多くの場合、何かしらの実体を持ちますが、あくまでそれは、コミュニティの「共通認識」や「共通概念」を具現化した結果です。「ふれあい切符」は、採用団体が共通認識とする「『困ったときはお互い様』という互酬・互助の精神」がひとつのシステムに体現され、コミュニティ内部に流通しているというわけです。

これらを踏まえて、イダ氏のプレゼンテーションのタイトルを今一度振り返ってみると、「ビジネスの黎明期にある起業家が生き抜く戦略として、(彼らが多く利用し、コニュニティを形成する)コワーキングスペースにおける(コミュニティ内の共通認識を具現化するシステムである)コンプリメンタリーカレンシーの共創を、サービスデザインの観点から考える」。こんな風に解釈できるのではないでしょうか?

問題点を、希望や可能性として捉え直してみる

イダ氏のプレゼンテーションは、彼女が博士課程で行ったリサーチに基づくものでしたが、コワーキングスペースや起業家に焦点を当てようと決めた背景には、2008年の経済危機があったそうです。リーマン・ショックとそれに連鎖して起こった国際的な金融危機の中で、特に起業家たちは、資産や資源を十分に得られないことが原因でもがき苦しんでいました。そこで、イダ氏は「これらの問題点を、どうにかして好機として捉え直すことはできないだろうか?」と考えました。

アーリーステージの起業家たちは、コワーキングスペースを利用している場合が多かったこと。そして、当時彼女が在籍していたミラノ工科大学は、ヨーロッパにおけるサービスデザイン誕生の地とも言える場所であったこと。この2つの要素から、リサーチの問いを「コワーキングスペースで、サービスデザインをどのように活用することができるか?」に定め、その過程で、問題点を希望や可能性として捉え直し、起業家たちがこの苦境を生き抜いていける強靭な戦略に転化できないだろうか、という立脚点に行き着いたとのことでした。

一連のリサーチは、文献調査を通じて理論的フレームワークを固めたのち、実際のコンプリメンタリーカレンシーの事例検証、そしてパティシパートリー・アクションリサーチへと展開していきました。初めの理論的フレームワークの構築にあたっては、経済学、社会学、サービスデザイン(学)の3分野において、主にネットワーク、種別、モデル、コミュニティがそれぞれどのようになっているか、依拠する理論への理解を深めていったのだそうです。

事例の検証:25のコンプリメンタリーカレンシー

次に、コンプリメンタリーカレンシーの現状を把握するため、イダ氏は、実社会に存在している25の事例を5つの視点から調査しました。プレゼンテーションでは、以下で取り上げているベルギーの事例(トレケス)のほか、イギリス最大規模のコンプリメンタリーカレンシーである「Bristol Pound(ブリストル・ポンド)」など、いくつかの事例が紹介されました。

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TOREKES(トレケス)」(ヘント、ベルギー)
高い失業率に喘ぐなど、ベルギーの中でも最も貧しいエリアとして荒廃状態にあったヘント市のラボト地区。この状況を打破しようと、管轄の自治体が住民の声に耳を傾けると、多くの人々は野菜や果物を栽培したり、植物を育てたりできる小さな畑を欲しがっていることが判明しました。そこで自治体は、近隣の放置されていた土地を細かく分け、年間150トレケスで住民に貸し出すことを開始。「トレケス」とは、このプロジェクトのために生み出されたコンプリメンタリーカレンシーで、地域のゴミ拾いや、公共の公園に花を植えるなど環境美化のためのアクションによって獲得できる仕組みになっています。これを通じて、ラボト地区は住民自らが環境に気を配る美しい場所になり、住民は良き振る舞いによって念願だった自分たちの小さな土地を手に入れる、まさに行政と住民がウィン・ウィンとなる関係が実現しました。

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起業家のためのコンプリメンタリーカレンシーを共に創る

リサーチの最終段階で採用されたメソッドは、パティシパートリー・アクションリサーチでした。これは、リサーチャーがリサーチ対象のコミュニティを第三者的に観察するのではなく、そのコミュニティの一員として様々な活動を共にしながら、時には当事者感覚と意識を持って対象に寄り添い、時には客観的に観察をするというものです。

イダ氏は、「理論を重視するアカデミックリサーチと、実践を重視するビジネスは対立しがちですが、特にサービスデザインの分野では、その両方をパラレルに見ていく必要があります。そして、コ・デザインとプロトタイピングの実践では、反復的(iterative)であることが重要です」として、このステージにおいては「理論と実践を常に両輪として進めていくこと」を特に大切にしていた、と語っていました。

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どのようなコンプリメンタリーカレンシーがコワーキングスペースで機能するかを探るため、まずミラノのコワーキングスペース「インパクトハブ」で、データの収集と分析が行われました。マネージャーと利用者である起業家へのインタビュー実施に加え、他の都市についても遠隔でデータ収集をしたそうです。その上で、ミラノとロンドンの2都市のコーワキングスペースで、利用者と運営側のメンバーも加えた、計9回のコ・デザインセッションが実施されました。

「クレディタ・ソーシャルカレンシーシステム」が育む関係性

これらのリサーチと分析の結果としてイダ氏が作り上げたのが、「クレディタ・ソーシャルカレンシーシステム(Credita Social Currency System)」 です。利用者は初期登録で1,000クレディタを得ます。このクレディタを介して、利用者間で情報やスキル、知識などを交換し、さらに交換した内容や対応などを評価して、お互いにレートをつけ合います。クレディタをどのように使うか、蓄積するかが、利用者自身の評判に直接的に影響するという仕組みです。

このシステムは、地域の企業や協力者、自治体がステークホルダーとして参画し、そこから金銭的な援助を受ける形で成り立っています。これにより、利用者はコワーキングスペース外でもクレディタを使える(例えば、ローカルショップで買い物をする際にクレディタを示すと割引を受けられるなど)ように考えられています。

貯めておくことよりも、使うことが促されるクレディタ。この仕組みが育むのは、ネットワーク内での信頼関係や新しい社会的な繋がりです。お互いに学び合う姿勢が醸成され、ネットワーク自体やそのキャパシティーの増強にも結びついていきます。イダ氏は、将来的に異なるコワーキングスペース(またはネットワークやコミュニティ)間でのクレディタの交換も視野に入れているとのことでした。

既に存在しているリアリティを変えるには?

最後にイダ氏は、リチャード・バックミンスター・フラーの言葉を引用して、このリサーチプロジェクトを通じて得られた最大の学びを言い表しました。

「目の前の現実と戦っても物事は変えられない。何かを変えるには、今あるモデルが時代遅れになるような、新しいモデルを作るしかない」

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「宇宙船地球号」という言葉を生み出し、その概念を提唱し続けたフラー。彼は人類の生存を持続可能にする方法を探り続けた人物として知られています。〈サステナビリティ〉をテーマとしたこのイベントの締めくくりに、とても象徴的な言葉でした。

POP UP ACTANT第2回開催レポートは、以上です。
ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました!

Ida Telalbasic (Dr.)|イダ・テュラルバシック博士
ラフバラ大学ロンドンキャンパス プログラムダイレクター、モジュールリーダー、プロジェクトリーダー。
ミラノ工科大学(イタリア)とトリノ工科大学(イタリア)にてプロダクトサービスシステムの修士号を取得。2016年、ミラノ工科大学において 博士論文 “Design for complementary economies. Resilient service models as strategies for long-term resistance in times of socio-economic crisis”.を提出し、博士号を取得。関係領域の国際カンファレンスでの発表やジャーナルへの記事の掲載多数。
https://www.lborolondon.ac.uk/about/staff/ida-telalbasic/

(2019.10.1)