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前編|POP UP ACTANT#1「SERVICE DESIGN:モノとサービスをつなぐビジネスの創造」

日時|2019年6月27日 18:00〜20:00
会場|Inspired Lab.
スピーカー|武山政直(慶應義塾大学経済学部教授、ACTANT共同設立者)

本レポートでは、POP UP ACTANT第1回で実施した、弊社メンバー武山政直教授によるレクチャーの模様を前後編に分けてお伝えしていきます。

今回取り上げたキーワードは、〈モノ〉と〈サービス〉。どちらもなじみ深い言葉ですが、IoTやAIが身近なものになってきた今日のビジネスシーンにおいて、その意味合いは大きく変わってきています。この変革期をどう捉えればいいのか? サービスデザインを取り入れることで何を変えてゆけるのか? レクチャーを通じて、現代のものづくりに求められているアプローチとマインドが明らかになりました。

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モノはサービスを届ける手段

まず、〈サービス〉と〈モノ〉はどのような関係にあるのか、それぞれの意味を整理するところからレクチャーは始まりました。「奴隷(slave)」を意味するラテン語の「セルウス(servus)」から、「召使い、使用人、給仕(servant)」へと受け継がれ、「人の役に立つことを役務として届ける様々な活動」という今日的なイメージにつながった〈サービス〉という言葉。その本質について、武山教授は次のように解説します。

「原点に立ち戻って考えてみると、〈サービス〉の本質は“自分の力を他の人のために使うこと”にあると言えるでしょう。人間は生まれてから死ぬまで、自分ひとりでは生きていけない、つまりサービスがないと生きていけない存在です。同時に、ひとりの人生の中だけではなく、社会もまた色々な能力の交換、つまりサービスで回っていると捉え直すことができます」

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では、このサービス交換のプロセスにおいて、〈モノ〉はどのような役割を果たしているのでしょうか。ペットボトルのお茶を例に取ると、そこには、製茶や保存、持ち運びやすい容器の製造といった様々なノウハウが詰めこまれています。消費者はこれを、食事をより美味しく感じたるために飲んだり、熱中症対策のために携帯したりしています。

「どんなプロダクトにも誰かの能力が注ぎ込まれていて、それをユーザーが自分の目的に合わせて使用することで、何らかの“成果”につながるという関係があります。つまり、〈モノ〉は〈サービス〉を届けるひとつの手段だと解釈し直すことができるのです。
では、なぜ社会にこれだけ多くのプロダクトが生まれたのか。人間同士でサービスを交換する場合は、同じ時間と場所に人が居合わせなければなりません。ところがプロダクトを介すると、“人のために自分の力を提供するという行為”=〈サービス〉が、時間と空間を飛び越えて世の中に広がっていくことができる。そう考えてみると、〈モノ〉と〈サービス〉は本来的に密接な関わりがある。あるいは、〈サービス〉を広げるために〈モノ〉が生まれてきた、と捉え直すことができます」

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モノありきから、サービスありきの時代へ

そしてここから、今回の本題、製造業をめぐる話題へフォーカスします。スポーツウェアや照明器具、航空機のエンジン、建設機器、自動車など様々な分野のメーカーの事例を紹介しながら、テクノロジーの活用によって可能になった、ビジネスモデルの変化が解説されました。これまで、モノを通じてサービスを届けるという「売り切り」型だったビジネスは、モノの利用の段階までをサポートする「サービス」を売っていくモデルへ、大きくシフトしているのです。

「かつては、プロダクトを提供すること自体が問題解決と密接に結びついていたので、何が不足しているか、それをどういう製品で補うことができるか、いつどこで売ればいいのかということでビジネスが回ってきました。
ところが、プロダクトを提供する側も利用する側も、もはや製品単体の価値ではなく、ソフトウェアや接客などを全てリソース(資源)として組み合わせ、どう活用するのか、どんな新しい成果につなげていくか、ということに関心が変化してきています。所有することは必ずしも前提ではなくなり、どこでどう使用するかが重要。そんな時代に移行してきています」

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生産側が努力して良いモノを提供していればビジネスが成り立つという発想が中心的だった、「モノありき」の時代。しかし今や、ユーザーの領域も含めた様々なリソースの組み合わせとして、自社のビジネスの新しい意味を問い直す必要が出てきています。

「成果の達成は、お客さんひとりの力はできませんし、プロバイダー1社だけでも難しい。色々なプロバイダーが連携して、顧客の成果を“共創する”必要があります。すると、我々の顧客は何ができると幸せなのか、何を成果として捉えればいいのか、ということ自体から考え直す必要が出てくる。そこから、必要なリソースは何か、どう組み合わせて成果に近づけるかという戦略が見えてきます」

機会を見つけ、仕組みをつくるサービスデザイン

ビジネスの構造的転換に対応していく「サービスありき」の発想。そこでIoTの技術を活用することの有効性に触れつつ、話はサービスデザインの果たす役割に続きます。

「これまで“モノありき”で発想してきた企業にとっては、大きな事業の変革が求められます。個人は社会のルールに従って振る舞い、そのような個人の振る舞いが社会のルールを支えています。同じように個々の企業のパフォーマンスと業界や産業も、相互に支え合うように循環的に動いています。生活やビジネスは、このような仕組みや制度のおかげで安定していつものやり方を繰り返すことができます。
けれども、この日常的なループを続けている限り、新しい事業をつくろうという動きは出てきません。そこから抜け出して、本当にこのままでいいのかと問い直し、新しい可能性を検討する必要がある。そこを応援していくのがデザインなのではないか、と私は理解しています。
サービスデザインが注目を集めているのは、多くの人を巻き込み、人々に備わっているデザインの能力を引き出しながら、新しいビジネスや社会の仕組みを共創していくときに、デザインの力が重要になってくるからだと思います」

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このサービスデザインの方法の特徴を、武山教授は大きく二つのステップに分けて説明しました。ひとつは、新しいビジネスのチャンスを成果共創の機会として発見すること。二つ目は、発見できた機会をどうやって実現するのか、その仕組みをつくること。特に共創の機会を探すためには、日常の暮らしや業務といった個の活動への理解と同時に、社会や時代の変化を捉えることが重要だと指摘します。

「マーケットの規模に対する意識が強いと、どうしてもターゲットの属性から理解しようとしがちですが、サービスデザインの場合は、人間を色々な文脈から“質的”に捉えて、満たされない欲求や不満を見つけていきます。それから、モノや活動、自分自身の行い、業務といったものの意味合いや役割を問い直す。ここが難しいのですが、とても重要なプロセスになります」

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その実例として紹介されたのは、家電や照明、ヘルスケアの事業を手がけるフィリップスによるAmbient Experienceというプロジェクト。子ども用のCTスキャナー室を開発するにあたり、エンジニアの観点からだけでなく、様々な専門的知見を組み合わせて、子どもの共感や理解を形成しながら、病院での一連の体験プロセスをデザインしたものです。

「技術だけでものづくりに取り組もうとすると、どうしてもあるパラメーターの精度を上げることで課題解決しようとする方向で発想してしまいます。しかし、このプロジェクトチームが問い直したのは、患者の検査という体験をどのように捉えるか、検査とは一体どうあるべきかということでした。病院の体験全体として子どものケアに取り組んだ結果、フィリップスが持つ照明や医療機器、プロジェクションといった技術的リソースを、新しいフレームワークで統合したソリューションを実現したのです」

<後編へつづく>
(2019.7.26)