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エジプト分数のかけ算 Part3 〜2倍法、2分法からの拡張〜

これまでのお話

 古代エジプト人は1より小さい数を扱うために2進分数を考えました。実用的には2進分数で十分だったはずです。なぜエジプト分数を考えたのでしょうか。古代ではまだ“近似”という概念はありません。1/3 とか 1/5 などという分数は、2進分数では表すことができません。古代エジプト人も純粋な理論的探求心を持っていたのだと思われます。
 パピルスに書かれた問題を見ると、古代エジプト人は交換法則分配法則を使いこなして、エジプト分数×エジプト分数の計算を行なっていたことがわかります。

▼これまでのお話:エジプト分数のかけ算 Part1, Part2

2倍、1/2倍に限る必要はない…q倍法への拡張


 自然数や2進分数の計算は2倍法2分法を使っていましたが、エジプト分数に拡張すると、2倍法と2分法だけでは計算が複雑になります。古代エジプトの人々は、2倍法の “2” は2 に限ることはなく、任意の数 q でよいことに気が付きます。これを〔q倍法〕と呼ぶことにします。

014-3_図-1

 現代の皆さんなら、5倍や7倍なども簡単に計算できると思いますが、古代エジプト人が用いた q は、ほとんどが次のものでした。

2倍、 3倍、 1/2倍、 2/3倍、 整数の10倍

 例題をいくつか見ていましょう。

014-3_図-2

「問題1」は 16倍ですから、2倍、2倍、2倍、2倍 と 4回繰り返してもできるのですが、10倍して2で割って5倍を作っています。1倍、10倍、5倍を合計すると16倍となります。これを現代の式で表すと、次のようになります。

014-3_図-3

もう一つ別の問題も見てみましょう。

014-3_図-4

 この問題は1/2倍を繰り返して計算をしています。このように古代エジプトでは、ほとんどの問題を、主に2倍、3倍、1/2倍、2/3倍、10倍の処理を使うことで計算していたようです。

〔 2/3倍表 〕を使って計算する

 古代エジプトでは2/3を特別扱いしていました。2/3の計算には次のような〔 2/3倍表 〕を使います。

014-3_図-5

 2行目の y は1行目の x の2倍です。3行目の z は1行目と2行目の和です。したがって、z は x の3倍、xは z の 1/3 です。この表は高々 9 個だから暗記できます。皆さんは九九を知ってますので、2/3 より 1/3 の方が簡単だと思いまが、古代エジプト人は 1/3 の計算は、まず 2/3倍を計算し、それを半分に割っていました。2桁以上の自然数の場合は次のように計算します。
 826 の 2/3 を考えます。8 は表の z欄にないので、8 にもっとも近い 6 を選びます。22 も表にないので21 を選びます。16 も表にないので15 を選びます。すなわち、

014-3_図-6

と分解できます。すると、2/3倍表のy欄を参照して

014-3_図-7

となります。2/3倍を使った計算問題を見てみましょう。

014-3_図-8

 5行目は1行目を 2/3倍しています。ここでは 7 × 2/3 を次のように計算しています。

014-3_図-9

前回のお話『エジプト分数のかけ算Part2』では 7;1/2;1/4;1/8 × 12;2/3 を計算しました。前回の計算をa×bとすると、今回はb×aを計算しています。この2つを比較すると a×b の値と b×a の値が一致しています。この例のように、エジプト人は a×b と b×a とが一致すること、つまり〔交換法則〕が成立することを、多くの計算をこなしているうちに体得したのだと思います。

〔ひっくり返し〕の手法


 上で述べた方法で、1/2, 1/3, 1/10, 1/5 倍の処理はできます。それ以外の単位分数については次の〔ひっくり返し〕を使います。

014-3_図-10

分数 s/t が自然数であるとは t=1 のことで、s/t が単位分数であるとは s=1 のことです。したがって s/t が自然数なら t/s は単位分数であり、s/t が単位分数なら t/s は自然数となります。上の行に s/t と u/v があるとき、これらに g= tv/su をかければ v/u と t/s の行ができます。したがってこの規則は上で述べた〔q 倍法〕の特別な場合です。

014-3_図-11

 目標は、左の欄に 1/5 と 1/10 を作ることです。以下に計算の手順を示します。

014-3_図-12

2行目は1行目を3倍しています。両方が自然数となったので〔ひっくり返し〕を適用すると3行目になります。3行目を2倍すると4行目が得られます。3行目と4行目に目的の 1/10 と 1/5 が得られたので、この行にチェックを入れます。チェックを入れた右の欄の合計は 1 となり、この1が答えです。

 おそらく古代エジプト人は、処理できない問題に出会うとそのつど新しい方法を生み出していったのでしょう。つまりはじめから“統一的な計算法”があったわけではないと思います。方法が増えると、計算技術を習得するのに多くの時間がかかるようになり、計算に卓越した人と未熟な人の差も出てきます。古代エジプト人はこの計算方法にとても熟練していて、非常に複雑な計算問題を解いています。現在私たちは電卓が使えるのでエジプトの算法に熟達する必要などありませんが、エジプト算法の原理を理解することで、「古代エジプトの数学文化」がどんなものであったかを知ることができると思います。

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▼数学Webマガジン・マテマティカ 『ピラミッドの謎』

エジプトのピラミッドには多くの謎が隠されています。マテマティカのWeb連載『ピラミッドの謎』では、ピラミッドのに関する3つの謎「円周率の謎」「黄金比の謎」「地球の緯度の謎」を取り上げます。古代エジプトの歴史やエジプト神話など、様々な角度からピラミッドの謎に迫ります!
noteの『古代エジプトの数学』シリーズで扱っている「古代エジプトの数学能力」を知ることが謎を解く鍵になります。ぜひ合わせてご覧ください。


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