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エジプト分数の割り算Part2 〜割り算って何だろう?〜

分数の割り算はどうしてひっくり返してかけるの?

 分数の割り算がよくわからない、という話をよく聞きます。「どうして分数の割り算は、分母と分子をひっくり返してかけるの?」つまり、「 a ÷ 3/4 は、どうして a × 4/3 で計算できるのか」という質問です。計算の方法は知っているのだけれど、なぜだかわからない。教えてもらったかもしれないけれど、理由は忘れてしまった。そんな方も多いのではないでしょうか。そもそも分数の割り算(たとえば 3/4 で割る)とはどういう意味なのでしょうか。

数にはいろいろな意味がある

 古代では“数”といえば個数を表す自然数だけでした。たとえば数 a の n倍とは「n個の a」のこと、つまり

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 のことでした。ここで n は回数ですから分数は許されません。たとえば「私は昨日あなたに3/4回電話しました」という言葉は意味を成しません。また、「1/5 × 3/4」は1/5と3/4が共に長さの場合は面積になりますが、共に重さの場合は意味を持ちません。数やかけ算はいろいろな意味をもっていますし、まったく意味がないこともあるのです。

かけ算と割り算の関係

 「分数倍」を考えるようになったのは、おそらく割り算を扱うようになってからだと思います。パピルスには次のような問題があります。この問題でかけ算と割り算の関係を見てみましょう。

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 この解答は次のようになっています。

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左側は 63 ÷ 10;1/2 の計算で、右側は 6 × 10;1/2 の計算です。左の計算表では 63 は与えられた数で、右の欄から和が 63 となるような数を選びます。つまり、x×(10;1/2) = 63 となる x を探しているのです。一方右の計算表では 6 が与えられた数で、左の欄から和が 6 となる数を選びます。したがって、右の計算表は 6 × 10;1/2 の値を計算していることになります。 この二つの表はまったく同じ形をしており、「割り算はかけ算の逆の演算」であることがわかります。おそらく、この問題には次のような基になる問題があったのではないか、と思われます。

016_図-4

 答えは、1人あたり 10;1/2個となります。すると〔問題1〕は、「63個のパンを何人かに公平に配った。1人あたり10;1/2個であった。何人に配ったか」という問題だったのではないでしょうか。このようにして「n等分」という概念が拡張され、「割り算」という概念が生まれたのではないかと考えられます。
 パピルスには次のような問題もあります。ここでヘカトとは、古代エジプトの容量の単位です。

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 「1/3回往復する」というのは奇妙ですが、「容器に 1/3 だけ入れて運ぶと」いう意味だと考えられます。「1ヘカト ÷ 往復回数」が求める容器の大きさになります。

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2行目は1行目の3倍、3行目は2行目のひっくり返し、4行目は3行目の2倍です。

割り算の定義

 古代エジプト人は“定義”という概念を持ってはいなかったでしょう。しかし、上で述べた計算の仕方から、次のように述べることができます。

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 現代ではこれを“方程式”を使って定義します。この方法はよく出てきますから覚えておくと役に立ちます。

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 このお話のはじめでてきた「 a ÷ 3/4 は、どうして a × 4/3 で計算できるのか」という質問に、上の定義に当てはめて考えてみましょう。

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この x に a×4/3 を代入してみましょう。

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ですから、a×4/3 は方程式 (3/4)x = a の解となります。エジプト風に言いなおすと、a×4/3 は「3/4倍すると a となる数」です。古代エジプト人は「a÷3/4」の意味を「3/4倍すると a となる数」と考えていたのだと思います。「3/4倍すると a となる数」は(4/3)aです。

エジプト分数から「分数という数の体系」を学ぶ

 古代エジプト人は、エジプト分数のかけ算をどのようにして獲得したのでしょうか。エジプト分数は、私たちが「分数という数の体系」を得るに至るとてもよい通過地点であったように思われます。エジプト分数は「自然数と単位分数の和」の形に表されます。すると「エジプト分数×エジプト分数」は次の形の和に分解されます。

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 計算を繰り返すうちに、自然数 a と n に対し、「a × 1/n,  1/n ×a,    a のn等分」が“同じもの”であることに気が付いたのだと思います。

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つまり、「自然数×単位分数」は、古代人でも分かる「自然数のn等分」という概念だったのです。

 割り算が加わったため、計算方法にバラエティーができました。たとえば「10÷3」の計算は、10÷3、(1/3)×10、10×(1/3) の3通りの計算方法で計算できます。

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一つ目は 10÷3 の計算表。3行目は1行目の「ひっくり返し」です。
二つ目は (1/3)×10 の計算表。1/3 を得るのに 2/3 を計算し半分にしています。2行目は

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と計算しています。
三つ目は 10×(1/3) の計算表。2行目は1行目の「ひっくり返し」です。このように計算表では 2/3倍、1/3倍をよく使います。現在の計算方法はやり方を覚えればいつでも同じ方法で計算できますが、エジプト分数の計算ではいろいろは方法があり、その都度工夫が必要でした。

数の歴史

 かけ算の意味や割り算の意味は、数の概念が発達するにつれて変わってきました。現在私たちが使っている分数は、人類が長い時間をかけて試行錯誤を繰り返し、開発してきたもなのです。学校で習う“数”は、発達してきた順に習うのではなく、整理され完成された形で習います。一見簡単なように思えますが、分数の概念を本当の意味で理解するのは難しいことだと思います。今回の記事で古代エジプトの人々がエジプト分数をどのように発達させてきたのかを考え、「分数」や「割り算」の意味を考えるきっかけになればと思います。


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▼数学Webマガジン・マテマティカ 『ピラミッドの謎』

エジプトのピラミッドには多くの謎が隠されています。マテマティカのWeb連載『ピラミッドの謎』では、ピラミッドのに関する3つの謎「円周率の謎」「黄金比の謎」「地球の緯度の謎」を取り上げます。古代エジプトの歴史やエジプト神話など、様々な角度からピラミッドの謎に迫ります!
noteの『古代エジプトの数学』シリーズで扱っている「古代エジプトの数学能力」を知ることが謎を解く鍵になります。ぜひ合わせてご覧ください。


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