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”長さ”とは何か?地球の周長とエラトステネスの伝承

現在私たちは長さの単位としてメートルを使用しています。「 1メートル 」と言えば日本だけでなく外国に行っても同じ長さを表すことができるので、「メートルという単位は絶対的なものである」という感覚があるかもしれません。当たり前すぎて「長さとは何か?」と改めて考えることもないと思います。今回は、昔の人達は長さをどのように扱っていたのかを調べてみました。

古代の単位系とメートル法

古代では多くの地域で体の部分を基準とした身体尺が使われていました。例えば古代エジプトの長さは、腕尺(キュビット)、掌尺 (パーム)、寸(デジット)という単位で表されました。1腕尺 キュビットは指先から肘までの長さで、1掌尺 パームはてのひらの長さで指4本分、1 デジットは指の幅です。

地球の周長_1

時代が変われば腕尺 キュビットの長さも変わりますが、一定の期間であればエジプトのどの地域でも同じ 腕尺 キュビット が使われていました。標準となる定規を定めるのは王の役目でした。

一方、ヨーロッパでは昔から多くの民族が混在していて、度量衡 どりょうこうが統一されていませんでした。特にフランスでは、単位の名称だけで800以上あり、さらに町や村ごとに単位の大きさが異なっていたので、長さだけでも数万あったとされています。ものの長さや量を測る単位が地域ごとに異なると、他の地域と交流する際に不都合が生じます。フランスが長さの単位を統一しようと取り組んだのは18世紀になってからのことでした。意外と近年になるまで単位が統一されていなかったのですね。

このとき、標準の長さの単位となるメートルは、地球の周長を元に決められました ( 現在は、メートルは光の速度を基準にして決められています )。パリを通過する子午線の北極から赤道までの長さの1000万分の1を長さを1メートルとする、と定義されたのです。

さて、最初にメートル法の基準とされた「地球の周長」はいつ頃から知られていたのでしょうか。「地球の周長」を測ったのは古代ギリシアのエラトステネスだとされています。エラトステネスはどのように地球の周長を算出したのでしょうか?まずはエラトステネスとはどのような人物だったのかを見てみましょう。

古代ギリシアの科学者、エラトステネス物語

エラトステネスは、ヘレニズム期を代表するギリシアの科学者としてとても有名で、後の著作にたびたび出てきます。エラトステネスは、現在のリビアにあるキュレネに生まれ、しばらくの間学園都市アテナイで学んだ後、紀元前244年ごろに、プトレマイオス王朝の王子の家庭教師として招かれ、エジプトのアレクサンドリアにやってきました。紀元前236年には、大図書館の館長に就任し、終生をアレクサンドリアで過ごしたといわれています。

エラトステネスに関しては、とても多くの逸話や業績が伝えられています。詩人、音楽家、文学の批評家など多才で、喜劇の著作まであります。数学や天文学に関する業績も多数あります。しかしこれらが書かれたのはローマ時代で、ギリシア人はもはやエジプトの支配者ではなく、ギリシア科学は存亡の危機にありました。当時のムセイオンとよばれる科学研究所はローマ皇帝の援助で成り立っていました。

エラトステネスはアルキメデスから手紙をもらっており、当時でも一流の学者と認められていたようです。しかしあまりにも多くの分野に手を染めたため、どれか一つに抜きんでていたというわけではなさそうです。同時代の学者からは、ギリシアのアルファベットの最初の文字アルファ( α )ではなく、2番目の文字をしめすベータ ( β )と呼ばれていたようです。つまり、どの分野でも第一人者ではなく二番手だったということです。数学史の専門家の中には「エラトステネスは大図書館に所蔵されていた文書のほとんどに目を通し、大変な博識ではあったが、自分の業績は何もなかった」という人もいます。

エラトステネスのふるい

「エラトステネス」という名前がついた計算方法をご存知ですか?エラトステネスのふるいと呼ばれるもので、一度にたくさんの素数を求めることができる方法です。素数とは 1 と自分自身以外に約数を持たない自然数のことです。今回のテーマである ”長さ”  からは少し離れますが、どのような方法か簡単にご紹介しましょう。例えば50以下の素数を全て求める場合、下の図のように1から50までの数を書き、1から順に素数でないものを消していきます。素数以外の数をふるいにかけて落とすようなイメージです。

地球の周長_2

まず1 は素数でないから消します。次に最初の素数2を残し、2の倍数(4, 6, 8, … 50)を全て消します。これらは2を約数として持つので素数ではありません。

地球の周長_3

次に進むと3に出会います。3は素数なので残し、3の倍数を全て消します。

地球の周長_4

この操作を続けると以下の数が消されずに残り、素数を見つけることができます。

2 , 3 , 5 , 7 , 11 , 13 , 17 , 19 , 23 , 29 , 31 , 37 , 41 , 43 , 47 

これはギリシア数学特有の論証ではなく、手続つまりアルゴリズムです。単に素数を見つけるだけで、素数に対する何らかの性質が明らかになったわけでもありません。素数は近世に入ってから数学者の注意を引き、数論という分野を作るもとになりましたが、素数の研究は純粋に理論のためだけのもので、なんの役にも立たないと思われていました。素数が大勢の人の注目を集めるようになったのは、20世紀に入ってコンピュータが発達したおかげです。現代ではコンピュータのセキュリティの保護のために素数はなくてはならないものになっています。エラトステネスのふるいは、大きな素数表を必要とする素数の研究者にとっては貴重なものでした。
このアルゴリズムにはエラトステネス名前がついていますが、素数の研究が盛んになった後世の誰かがこのアルゴリズムにエラトステネスの名前を割り当てただけかもしれません。

「 地球の測量 」の伝承

さて、「エラストテネスが地球の測量をした」というお話はどのように伝えられているのでしょうか。伝記などによると次のように言われています。

大図書館の図書館長であるエラトステネスは、ある日エジプトの年中行事の書かれたパピルスを読んでいて、アレクサンドリアの南にあるシェネという町で、夏至の日に深い井戸の底に太陽が映ることを知りました。エラトステネスは同じ夏至の日の正午、アレクサンドリアで真っすぐに立てた棒の影の長さを測りました。その影の長さから、棒と太陽光線がなす角は 7度12分でした。7.2 ÷ 360 = 1 / 50 ですから、7度12分は地球1周 360度の 1 / 50 であることが分かったのです。そこでエラトステネスは、測量士を使ってシェネとアレクサンドリア間の距離を測ると、その結果は「5000スタディオン」でした。スタディオンとは当時使われていた長さの単位です。シェネとアレクサンドリア間は地球の 1 / 50 ですから、地球の周長は 5000 × 50 = 25万スタディオンとなります。
1スタディオンが現在の単位でどのくらいになるかはいろいろな説があり、150メートルから180メートル前後と言われています。1スタディオン=160メートルとすると

250,000 × 160 m = 40,000,000 m = 4万キロメートル

となり、実際の地球の周長の 約4万キロメートルに非常に近い値となります。このようにしてエラトステネスは地球の周長を算出したと言われています。

偉人のエピソードと数学史

古くから地球の周長を長さの基準とすべきだという意見がありましたが、18世紀のフランスの科学アカデミーの会員たちは、その根拠として「古代では長さの基準は地球の周長であり、それはギリシアの哲学者アリストテレスの意見が元になっている」 と述べています。アリストテレスやピタゴラスなど古代ギリシアの偉人達が語ったとされる話は、長い歴史の中でたびたび引用され、時に脚色され伝えられてきました。今回とりあげたエラトステネスの話を含め、エラトステネスに関する逸話はたくさんありますが、後世に生み出されたお話が混在している可能性があります。

現在私達が当たり前に存在するものとして使っている「メートル」も、世界共通の単位として普及するまでには紆余曲折があったようです。数学は他の分野と切り離されて扱われることが多い学問ですが、歴史的背景に注意しながら見ていくことで、新たな発見がありそうです。

▼エラトステネスの地球の測量にはいくつかの疑問点が指摘されています。詳しく知りたい方はこちらの記事へ


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