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試し読み:『ひとり出版入門』 まえがき

ひとり出版を始めるために必要な編集と出版流通の情報をまとめた書籍『ひとり出版入門 つくって売るということ』を刊行していただくことになりました。同じくひとり出版社を運営するよはく舎さんから 2022年9月23日刊行予定です。

本書は、本をつくって売りたい方に向けて、本の制作と販売、出版社登録、書誌情報登録、書店流通、在庫管理、翻訳出版、電子書籍、さまざまなひとり出版の運営についてまとめた読み物です。2020年から青山ブックセンターで毎年開催していただいている「クリエイターのためのセルフパブリッシング講座」の内容をもとにしています。書籍発売と講座開講に先がけて、本書のまえがきを掲載いたします。

ひとり出版入門 つくって売るということ』
https://hanmoto.com/bd/isbn/9784910327082


はじめに

自分がつくりたい本を自由につくることができたなら、どんなに楽しいでしょうか? 編集者、ライター、著者、翻訳者、デザイナー、イラストレーター、写真家、印刷関係者など、本づくりに関わったことがある人ならば、一度はそう思ったことがあるかもしれません。自分が書きたい文章、載せたいビジュアル、好きなデザインで、こだわりの本ができたら……。

同人誌ならばそのような本をつくりやすいのですが、出版というビジネスの中でつくる場合には刊行スケジュールや製造コストも守らねばならず、「もう少し刊行時期を延ばしてもらえたら、造本にお金をかけられたら、いい本になったのに……」ということも少なくありません。

実際、出版社から書籍を刊行する場合には、その本を出版して利益が出るのかどうかを検討しなければならず、会社の資金繰りの都合で刊行スケジュールを延ばせなかったり、一定の利益を確保するために製造コストをあまりかけられなかったりすることもあります。また、出版社の意向でタイトルやデザインを変えたり、価格や部数を調整したりする場合も少なくありません。ときには売れそうなタイトルに変えたり、文字を大きくしたり、著者やデザイナーが望まない変更を加えたりすることもあります。それで本が売れればよいのですが、売れなければ誰も報われません。

そうした反動からか、本のつくり手が製造から流通まですべてをコントロールし、納得のいく本、著者にも読者にも喜んでもらえるような本をつくりたいーーそのように考え、個人で出版を始める方が近年増えてきています。いわゆる「個人出版、ひとり出版」と呼ばれる業態です。個人でも書籍を流通できる仕組みが整ってきたことや、SNSの利用で刊行告知がしやすくなったことなども追い風になっています。

特に、アートやデザインなど、ビジュアルが中心になる書籍では、こだわってつくるタイプの本が多く、凝った造本の本も増えています。これらの本は、多くの部数が見込みづらく、製造コストもかかるため、既存の出版社では採算がとりづらく、融通のきく個人出版のほうが取り組みやすい側面もあります。個人であれば、「この本はあまり利益が出ないけど、次の本は出そうだから、その年度内の会計で収支を調整しよう」と、フレキシブルに動けるのです。多くの出版社では決められた製造コストやスケジュールを守らなければならないため、「もっと柔軟に本をつくりたい」と思っても、なかなか難しいのが現状です。

そんなこともあり、2018年に芸術書のひとり出版社を始めました。最初に刊行した書籍は『うさぎがきいたおと』という絵本でした。絵本といっても子どものための児童書ではなく、大人のためのアートブックで、本のジャンルとしては芸術書に相当します。木版画家の繊細な作品を高度な印刷技術で再現して、手製本で1冊ずつ丁寧に仕上げていただきました。すべて手作業で製本しているため、時間もコストもかかっていますが、納得のいく仕上がりになったと思います。丁寧につくられた本をほしいと思ってくださるお客様や取引先に支えられ、1000部をほぼ売り切りました。

 こうした本は、既存の出版社では採算がとれず、出版の企画が通りにくいのですが、ひとり出版では、カフェなど書店以外の店舗で販売したり、原画展を企画して原画とともに販売したりできるため、多角的な販売が可能になりました。ひとり出版だからこそ出せた1冊といえるでしょう。

ひとり出版をしていると、「自分も出版を始めたいので、始め方を教えてほしい」「過去に出した本が絶版になってしまったので、版権を引き上げて、自分で出版したい」などの相談を受けることが増えてきました。編集者やデザイナーなど、本づくりにかかわる仕事をしている方々から、「本のつくり方は知っているが、出版流通の仕組みがわからないので、教えてほしい」と相談されたこともありました。私自身も長らく出版社の編集者として本をつくってきましたが、いざ自分で出版業を始めるとなると、出版流通や書店営業をどうすればよいのか、わからないことだらけでした。先に始めたひとり出版社の方々にいろいろと教えていただきましたが、情報収集に苦労したので、「こんな本があったら、もっと楽だったな」と、当時の自分がほしかった情報を本にまとめようと思いました。

ですから、本書は編集ノウハウについて書かれた本ではなく、「自分で本をつくり、全国の書店やネットで販売したい」という方のために書かれた本です。既存の出版社と同じように事業として出版を始めたい方に向けて、ひとり出版社を始めるにあたり必要な知識や具体的なプロセスを解説しています。

1章「本のつくり方」では、本ができるまでのプロセスを30工程に分類し、それぞれの工程でどんなことをすればよいのか具体的に説明しています。「企画を立てる」から「書籍の発売」まで、本の製造から流通に必要な各プロセスを紹介します。出版講座で質問を多くいただいていた翻訳出版の実務についても解説を加えました。本づくりは複数の仕事が並行して進んでいくので、全体のプロセスを把握して、スケジュールを管理することが必須です。「で、次は何をするんだっけ?」と思ったときの確認リストにもなります。

番外編では、翻訳出版の手続きについて解説します。海外で出版された本の版権を取得して、日本語版を刊行する場合と、それとは反対に、日本で出版された本の版権を海外に販売する場合の実務について説明しています。

2章「本の売り方」では、できた本を流通させるための方法を説明しています。始めやすい方法から難易度の高い方法までを紹介しているので、つくる本の内容や出版のスタイルによって、どの流通方法を選ぶか、検討できるように構成しています。紙の書籍のほか、電子書籍出版についても解説します。

3章「ひとり出版社の運営」では、さまざまなジャンルやスタイルのひとり出版社にヒアリングを行い、どのように運営しているのかを具体的にまとめました。すでに始めていらっしゃる方々の実情を知ることは、これから始める方々の参考になるのではないかと思います。

また、印刷所の紹介、紙などの資材、物流時の汚れを防ぐ方法や送料を安くおさえるコツなど、出版社を運営する上で役立つ情報はコラムにまとめました。

私が担当しているジャンルが芸術書のため、アート、デザイン、イラスト、写真など、ビジュアル中心の本をつくることを想定して、本書を執筆しています。これらの本は、著者がひとりで執筆する読み物の本と比べると、どうしても製造コストがかかってしまいます。そのため、本書は編集者、著者、翻訳者、デザイナー、クリエイターなど、自分でコンテンツをつくることができる方々を読者対象としています。その方の専門分野の作業を自分で行ってもらい、コストをおさえることが前提になっています。全部外注したい方や、出版によって知名度を上げてビジネスに活用したい方には、「期待していた内容と違う」と思われるかもしれません。

あくまでも、つくり手が納得いく本をつくり、それを求める読者に渡すこと、従来の出版ビジネスの中では刊行しづらい本を刊行することを目的とした本です。それによって、丁寧につくられた本が増え、読者が増え、さらに多くの本が世に出て行くことを考えています。ひとり出版が増えることで、多様性のある本が増え、出版文化がより豊かになっていくことーーそれが著者の願いです。

本書は、ただやみくもにひとり出版を勧める本ではありません。実際に自分で始めてみて感じた難しさについても正直に書いています。特に出版を続けるために必要なお金のことなども具体的にまとめました。実際、出版を続けていくためには、計画性や経営感覚も必要になってきます。 

「この本を読んだら明日から出版社が始められる!」と、みなさんの背中を無責任に押すのではなく、むしろ「始める前によく考えて!」という願いをこめました。本をつくるところまではできても、その先の売るところでつまずくことも少なくないのです。本を出版したら、その本が市場にあるかぎり、ずっと売っていかなくてはなりません。本当に出版を続けられるのか、続けていくことの覚悟と責任が問われる仕事でもあるのです。

「それでも自分で本をつくりたい」という方には、本書はきっとお役に立てると思います。これから編集者を目指す方や、いつかひとり出版を始めてみたいと思う方にもぜひ読んでいただきたいです。自分がつくりたい本をつくりたいようにつくる自由は、ほかの何ものにも替えられません。この楽しさをあなたもぜひ体験してみてください。

Book&Design 宮後優子
https://book-design.jp

・本書で紹介している情報は、2022年7月現在のものです。
・条件が変更される場合もあるので、必ず最新情報をご確認ください。


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