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【脳波解説2】なぜ私たちは機械のように同じ動きができないのか?

気が向いた時に脳波を解説する企画、連載第2回。今回は、私たちはなぜ機械のように完璧な運動を行うことができないのか?という素朴な疑問に答えたい。このテーマを通じて、脳波、特にアルファ波についての理解を深められるはずだ。


バスケットボールの勝敗を決めるフリースローの瞬間、観客が固唾を飲んでボールの行方を見守る。しかし、選手が放ったボールは無情にもリングに弾かれてしまう。次の瞬間ブザーが鳴り、チームは惜しくも敗退する。

大チャンスであるはずのフリースローを外した選手に対して「なぜ外したんだ!」と憤慨するファンもいるかも知れない。

考えてみれば不思議なことである。

プロのアスリートは何万時間という途方のない時間を練習に費やしている。

にも関わらず「全く同じ動きさえすればよい」フリースローに失敗してしまう(余談だが、TOYOTAのロボットは2000回連続でフリースローを決める)。

ゴルフのパッティング、ダーツ、野球のピッチングやバレーボールのサーブ、サッカーのPKでも同じことだ。

なぜ私たちは「機械のように全く同じ動きを繰り返すことができないのだろうか?」

この問いに納得のいく答えを導くことは、容易ではない。
選手が緊張したからだとか、観客の大歓声のせいで練習と異なる状況だったせいだとか、そういったことを考えるかもしれない。

だが、誰もいない体育館で100回フリースローをしたとしても、百発百中で成功できる訳ではないだろう。だから、緊張や大歓声だけのせいではなさそうだ。

何回もしたら疲労が溜まるせいだと思うかもしれない。だとしたら、きっちり休息をとって100回繰り返せばいい。それでも百発百中とはいかないだろう。

毎回、できうる限り状況を揃えたとしても、フリースローを百発百中決めることはできない。

緊張のせいでも、疲労のせいでもないとしたら、一体なぜプロでも失敗してしまうのだろうか…?

外部の環境が一定なのに、私たちの運動が一定でないのはなぜか?

「脳」を測れば何かヒントが得られるかもしれない。

プロゴルファーの脳波を計測する

それを調べるために、プロゴルファーの脳波を測ってみることにしよう[1]。

ゴルフのパッティングのときには頭部があまり動かないから、脳波計測にも都合がいい。

実験では毎回全く同じ条件でパッティングしてもらうことにする。
それでもプロゴルファーは失敗するのだろうか?
そのとき、脳には何が起きているのだろうか?

早速、ゴルファーにパッティングをしてもらった。

やはり、毎回成功というわけにはいかない。

うまくいったかと思えば、次のパッティングでは明後日の方向に行ってしまった。次は、惜しくもピンのギリギリのところでボールが止まってしまった。

12名のプロゴルファーに、ひとり100回のパッティングをしてもらったが、成功率は平均して62.5%だった。

失敗したときには何が起きていたのだろうか。
脳波を観察してみよう。

プロゴルファーの脳波を解析する

あえて結論から書こう。

失敗したときは、成功したときと比べ、「一次運動野付近のアルファ波が強かった」という結果が得られた。

何を言っているのか分からないと思うので、この興味深い結果を噛み砕いて説明しよう。

キーワードはふたつ、「一次運動野」と「アルファ波」だ。

キーワード1:一次運動野

まず、一次運動野とはその名の通り、運動をつかさどる脳領域のことだ。

具体的な場所としては、下図の赤い領域にあたる(Wikipediaより引用)。

一次運動野

一次運動野は何をしているか?というと、運動の出力をしている。
一次運動野のニューロン(神経細胞)が活動すると、その信号は筋肉まで伝達し、運動を引き起こす。

とはいっても、一次運動野のどのニューロンが活動しても、全身の筋肉すべてが活動するわけではない。

そうではなく、一次運動野のなかにも役割分担がある。

手の運動をつかさどる一次運動野のニューロンが活動すれば、手が動く。
足の運動をつかさどる一次運動野のニューロンが活動すれば、足が動く。

どの会社にも担当部署があるようなものだ。
東京支店に司令を出す担当者もいれば、ニューヨーク支店に司令を出す担当者もいる。
同じように、指先に司令を出す一次運動野のニューロンもあれば、腹筋に司令を出す一次運動野のニューロンもある。

これがひとつめのキーワード、一次運動野の正体だ。

キーワード2:アルファ波

次のキーワードはアルファ波だ。
アルファ波とはなんだろうか?

アルファ波とは脳波の世界で、一秒間に10回程度のリズムのことを指す。
一秒間に10回というと一種のマシンガンぐらいの速さだが、人によって想像するリズムは違うだろう。想像のために、一秒間に10回のリズムで指を叩いて試してみるといいかもしれない(限界に近い速さだが、脳波のなかでは穏やかな方である)。

第一回で述べたように、(頭皮脳波計によって計測される)脳波とは「数百万の大量のニューロンが、リズミカルに同期活動している状態」である。

大縄跳びをしている人たちがタイミングを揃えてリズミカルにジャンプするように、ニューロンたちもタイミングをそろえてリズミカルに活動する傾向がある。

そして、アルファ波は「一秒間に10回程度のリズムで」ニューロンたちが同期活動している様子を意味するのだ。

なぜそんなことが起きるのか?なぜ一秒間に10回なのか?
気になることは多いと思うが、一旦それらの疑問をぐっと飲み込んで「どうも脳にはそういうクセがあるらしい」と思って欲しい。

私たちが24時間周期で寝ては起きてを繰り返すように、ニューロンにも0.1秒周期(1秒間に10回のリズム)で活動の上下を繰り返すクセがあるようだ。

これがアルファ波の正体だ。

アルファ波に関するさまざまな疑問にはいずれ触れるとして、今は寄り道せず、「なぜプロでも失敗するのか?」という謎にまっすぐに迫っていきたい。

一次運動野付近のアルファ波が強いと失敗する

さて、「一次運動野」と「アルファ波」というキーワードを学んだ。

いま改めて、先ほどは意味不明だった実験結果、

失敗したときは、成功したときと比べ、「一次運動野付近のアルファ波が強かった」

のイメージをありありと思い浮かべてほしい。

ゴルフパットの瞬間、一次運動野に存在する大量のニューロンがパチパチと活動している。

失敗するとき、一次運動野のニューロンたちは、まるで私たちが大縄跳びを飛ぶように、息を合わせてリズミカルに活動している。

それはアルファ波と呼ばれ、一秒間に10回ほどのリズムだ。

成功するときは、そのリズム(アルファ波)が弱い。つまり、大縄跳びというよりはひとりひとりが自由に縄跳びを飛ぶように「非同期的な、バラバラな」活動をしているのだろう。

成功するときはバラバラ、失敗するときは同期的。

これが実験結果だ。

なぜ同期的だと失敗するのか?

さて、成功したときと失敗したときの脳波の違いが少しずつ見えてきた。
しかし、それだけでは腑に落ちない。

実験結果をもう少し考察してみよう。

なぜ、一次運動野でアルファ波が強い(つまり、一次運動野のニューロンたちがリズミカルに同期活動している)と失敗してしまうのだろうか?

余裕がある人は、1分ほど時間をとって考えてみてほしい。

ここからは実験結果を受けての私の考察だが、あながち外れてはいないと思う。

まず、フリースローにせよ、ゴルフのパッティングにせよ、非常に繊細な動作である。
ということは、正確に筋肉の活動を制御しなければうまくはいかない。

そんなとき、一次運動野から筋への信号はどうあるのが理想的だろうか?

それは、機械のように一定に信号が送られることだろう。
機械のように一定に信号が送られれば、筋の活動も「安定」するはずだ。

しかし、実際にはそうはいかない。
私たちの脳にはアルファ波という「荒波」が存在するのだ。
私たちの一次運動野は、荒波の中で運動出力をおこなわなければならない。

船の上でキャッチボールをすることを考えてみてほしい。
穏やかな海であれば、いつも正確にボールを投げることができるだろう(これはTOYOTAのロボットのような状態だ)。

しかし、波が激しかったら?
ボールをいつも正確に投げることはとても難しいはずだ。
これが私たちの一次運動野に課せられた課題なのだ。

一次運動野のアルファ波が強いとき、ニューロンは荒波の中で信号を筋に送らなければならない。ときには強すぎる運動信号を送ってしまったり、ときには弱すぎる運動信号を送ってしまったりするだろう。

そして、まさにこれがゴルフパッティングに失敗してしまう理由なのだ(と私は考察している)。

脳は機械のように一定ではなく、アルファ波という荒波が存在する。

すると、正確な運動出力をいつもおこなうことは難しくなる。
結果として、ゴルフパッティングに失敗する。

こういった違いがあるために、私たちは常に一定の運動を実現することができないようだ。

なぜ脳は不安定なのか?

ここまでを理解すると、常にアルファ波を弱くすることができれば、フリースローもゴルフパッティングも百発百中成功させられるじゃないかと思うかもしれない。

たしかに、理論上はそのはずである。

しかし人間の脳というのはそのようにはできていないようだ。
ニューロンは、自発的に同期してしまうクセがある。だからときどきアルファ波が強くなりすぎて、フリースローに失敗する。

これはなぜだろう?

なぜ私たちの脳は、いつもことなる状態になってしまうのか?
機械のように一定ではないのか?
アルファ波のように、リズミカルな同期を自発的に生み出すのか?

なぜ私たちの脳は不安定になるように「進化」したのだろうか?
※「一定でない=不安定」では必ずしもないが、ここではそのことには一旦目を瞑っておく。いずれこのような議論についても触れられたら嬉しい。

きっと、私たちが機械とはことなる不安定な脳を獲得したのは、何か進化的な利点があるはずだ。

このことを、学部生に向けて講義をしたときに意見を募ったことがある。

すると、たくさんの興味深い回答をもらったので、その一部を紹介しよう。

興味深かった意見のひとつは、

突然の事態や環境の変化に対応しやすく、運動が不安定な種が生き残った

という意見だ。
私たちを取り巻く環境は、フリースローのように一定の環境ではない。むしろ、晴れの日もあれば雨の日もあるように、常に千変万化している。

となると、機械のように常に一定の状態を保っているよりも、常に柔軟な状態を保っていた方がよさそうだ。

私は小中学校のときにサッカーのキーパーをしていたのだが、どんなボールにも対応できるように常に足を動かしておけ、と教わった。
地べたに足をつけっぱなしでじっとしていると、あらゆるボールに対応するのが難しいのだ。

脳も同じかもしれない。咄嗟にあらゆる状況に対応するために、あえて不安定な脳状態を作り出しているのかもしれない。

他にも非常に興味深い意見として、

ゆらぎから生じた偶発的な行いから、予期せずより良い結果が出るかもしれないから。

というものがあった。
脳活動が不安定ということは、毎回ことなる運動が生まれるということだ(それがフリースローにおける「失敗」なわけだ)。

その多くは失敗かもしれないが、ときに想像もしていなかった新しい動きが生まれるかもしれない。

それは、機械のように毎回同じ脳活動をしていたらありえない。

私たちヒトは、長い歴史の中で偶然の発見を積み重ねてきた。
その結果、非常に高度な文明が生まれた。

これは、私たちの脳活動が不安定だからこそ生まれたものなのかもしれない。

その他、

エネルギー消費を減らそうとしたから

とか

安全を確保するために注意力を持続させなければいけないが、ずっと持続させると途中で疲れてしまって、しかしすべてを一気に消してしまうと、その一瞬に危機に陥るかもしれないから、少しずつずっと続けているのではないか。

といった興味深い意見が多くあった。

どれが正しいのかは分からないし、どれも正しいのかもしれない。
いずれにしても、機械のように一定でない私たちの脳活動は忌むべきものではなく、むしろ私たちのさまざまな活動を支えている大事なものなのかもしれない。

なにより、私たちの脳活動が不安定だからこそ(脳波が存在するからこそ)、スポーツの世界にはドラマが生まれるのだ。

アルファ波についての補足

かなり話が長くなってしまった。
以下は補足になるので、読み飛ばしてもらっても構わない。

アルファ波とは1秒間に10回程度の脳波のリズムであった。
これはどんな性質のものか、もう少し補足しておこう。

アルファ波とは、あらゆる脳波のなかでも最も顕著にみられるものである。

具体的には、目を瞑っているときに一番強くみられる。
より正確には、目を瞑っているときに「視覚野」で非常に顕著に現れる。

この観測事実から、アルファ波は「アイドリングリズム」とも呼ばれる。

つまり、何もしていないときに見られるリズムということだ。
目を瞑っているときは視覚処理をしなくてよい。だから、視覚野でアルファ波が現れる。

他にも、運動をしていないでじっとしているときには運動野のあたりでアルファ波が強い。
運動を始めると、そのアルファ波が弱まる(事象関連脱同期, Event-related desynchronization, ERDと呼ばれる現象だ)。

このことからゴルフパッティングの結果を再整理すると、運動野のアルファ波を適切に弱められない(ERDさせられない)→運動が不安定になってしまう→パッティングに失敗、ということが起きているのかもしれない。

ちなみに運動野のERDは「運動しよう」という意図の読み取りに利用できるから、脳卒中で体が動かせない患者のリハビリツール(Brain-Machine Interface)等にも活用されようとしている。このこともいずれ改めて詳しく紹介したい。

いろいろな補足

ここまで、ひとつの研究をもとに「なぜプロでも失敗するのか?」という疑問について考えてきた。

その過程で、わかりやすさのために省略した事項等があるので、ここでいくつか簡単に補足しておく。
これも、興味がなければ読み飛ばしてもらっても構わない。

一次運動野についての補足

今回の研究では「一次運動野付近」のアルファ波という表現を用いた。

より正確には、「手や腕に対応する一次運動野付近」であることを付記しておく。繊細なゴルフのパッティングにおいては足腰よりも手や腕の運動のほうがミスにつながりやすい、ということかもしれない。さらに前頭葉内側部のアルファ波も同様の関係性を示したらしいが、こちらの考察は難しく、今回の記事では触れなかった。興味がある人は[1]の引用を読み考察を深めてみるとよいかもしれない。

また、一次運動野「付近」と書いてあるのにも理由がある。
今回用いていた計測手法である「脳波計」は、空間的な精度が非常に低いという問題点がある。そのため、一次運動野辺りが大事そうということはわかったが、その厳密な座標を調べることはできなかった。ゆえに、今回見られたアルファ波の関係性が、一次運動野そのものなのか、それともその前後に位置する脳領域に由来するのか、厳密には判別が難しい。ちなみに論文では「primary sensorimotor area」と表記している。

ゴルフパッティングの結果をどこまで一般化できるかについての補足

今回の論文はゴルフのパッティングに関するものだったが、その結果をフリースローなどに一般化していいものなのだろうか?

これは重要な観点であり、実際にフリースローで実験をしてみないことには結論は出せない。しかし、フリースローでは頭部が結構激しく動いてしまうから、脳波を安定して測るのは困難だ。

したがって、現状の脳科学ではゴルフパッティングの結果を受けてフリースローでも似たようなことが起きているだろう、と推論するぐらいしかできない。

「脳活動」についての補足

ここはかなり複雑な話になるので、後々理解していけば問題ないが、大事なことではあるのでこの辺りで補足しておく。
ここまで、脳波は「脳活動」のゆらぎであると表現してきた。
ここでいう脳活動とは具体的に何か?

一般には脳活動というと「ニューロンの発火」のことを指す。発火とは、あるニューロンに十分な入力が入ったことによって、パチンと電位が跳ね上がり周囲のニューロンにたいして電気信号を伝える状態を指す。

しかし、脳波に計測される電気活動は「発火」だけではない。むしろ、発火は時間的に非常に短いあいだに起こる現象なので、脳波電極には意外と届きにくい(大量のニューロンが同時に活動し電位が重畳することが脳波電極に計測されるための条件だ。しかし発火というのは時間的に短すぎるから、他のニューロンと同時に発火し電位を重畳して脳波電極に届くケースが少ないようだ)。

では何が脳波電極に計測されるかというと、「シナプス後電位」の集合体であるという。シナプス後電位とは、あるニューロンAから別のニューロンBに信号が伝達したときに、ニューロンBの電位が上昇することをいう。このシナプス後電位は、発火とはことなり、しばらくの時間電位が上昇し続ける。よって、他のニューロンのシナプス後電位と電位が重畳しやすい。この累積が頭皮上にある脳波電極に計測されるようだ。

この辺りの詳細については、たとえばこの記事(良峯徳和, 脳波の謎:リズムとその存在理由, 多摩大学研究紀要「経営情報研究」No.21, 2017)に譲ることにする。

まとめ


結構長くなってしまった。
今回のテーマは、なぜプロでもフリースローやゴルフのパッティングに失敗してしまうのか?という話だった。

一見脳波とはあまり関係のなさそうな疑問だが、蓋を開けてみると、私たちの脳波という存在が深く関わっていることが分かった。

そのなかで、一次運動野とアルファ波というキーワードについても説明した。

一次運動野とは電気信号を筋に送り、運動を生み出す役割がある。

アルファ波は一秒間に10回程度の、リズミカルで同期的なニューロン活動だった。

そして、一次運動野付近のアルファ波という「不安定な脳活動」が、機械のように一定に運動を生み出すことを妨げるらしい。

脳波という不安定な脳活動は、一見すると不合理で邪魔な存在のように見える。

しかし、もしかすると私たちの脳活動が複雑な環境に適応し、偶発的な発見を生み出すために、進化的な利点があったのかもしれない。

なにより、私たちの脳には脳波という機械とことなる不安定さの源泉があるからこそ、スポーツの試合での奇跡的なプレーを見て魂を震わせられる。

そう考えると、脳波とは忌避すべき存在ではなく、愛すべき脳の特徴のようにも思える。


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