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レイヤー状の考え方


ときどき,のっぺりとした平べったい思考の人たちに出くわすことがある。こう言われても,わけが分からないと思うが,平べったいというのは,結論を出すための全ての判断材料が,のっぺりとした地平面の上に乗っていて,そこで結論を出そうとしていることを意味する。物事の結論は,いくつもの判断材料をもとに導き出すのが普通であるが,その地平面上に全ての判断材料が乗っているため,その全ての材料を同時に満足する解を求めようとしてしまう。しかし,それは,NP完全問題とも言える困難なものであるため,簡単に解は求まらず,結局,その人は,そのときの気持ちから出てくる結論を言ってくる。その結論は,その人の気持ちにはフィットしたものであるものの,折角の判断材料のほとんどは満足されていない,つまり,感情的で非論理的なものとなる。

もちろん人間は,社会や自然の全ての法則を理解しているわけではないから,論理的に完全に正しい結論を出せない場合も多い。しかし,人間がその法則を完全に理解していない事象に対しても統計学(確率・統計学)の力を借りれば,どれくらいの確率でどんなことが起きるのかということは分かる。そして,その確率も論理の一部とすれば,現段階で人間が理解し得る範囲において最も確からしい判断を下すことができる。ある1回の事象だけ取り出して考えれば,その判断が正しくなかったと揚げ足を取ることも可能であるだろうが,長期的に見て同様の事象が何回も起こると,その結果は,統計学でいうところの期待値に近づいていく。ということは,やはりある程度長期的な視野に立てば,統計学も駆使して論理的に正しい結論を導き出すことが可能となる。

人間が判断を下す以上,もうひとつ難しい問題がある。社会や自然は,本質的に多変数関数であるということだ。多くの因子,つまり,判断材料が絡み合い,とても人間の頭脳ではその全てを処理できない。まさに,最初に言った,多くの判断材料がのっぺりとした地平面上に乗っている状態であり,これはNP完全問題である。そこで重要となるのが,レイヤー状の考え方である。

レイヤー状の考え方は,ある事象に影響を及ぼす多くの因子を,想定される重要度合いの順に並べて優先順位を付ける。それぞれの因子が重要となる状況をそのレイヤー(層)と考える。そして,あるパラメータを使って,その値によりレイヤーを切り替えて判断していく。こうすれば,あるレイヤーでは,実際には多変数関数である事象をその因子だけの1変数関数として扱うことができて,人間の頭脳でも処理が可能だ。この方法を使えば,非常に複雑な多変数関数の問題を,人間の頭脳で解くことができる。

N個の判断材料,つまり,N個の因子がのっぺりとした地平面上に乗っている状態で解こうとすることは,数学で言うとN元連立方程式を解こうとしてるような状態だ。N元連立方程式を人間が解こうというのは無茶だ。また,本当はN次元の問題を2次元(平面上に乗せているという意味で)の問題として捉えていることも,本質的に解くことを難しくしている。一方,レイヤー状の考え方では,これを近似的にN個の連続した1変数の方程式に変換する。1変数の方程式であれば,人間でも手におえる場合が多いから,多少近似が入ったとしても解くことができる。数学的には,多変数空間の1点である解を連立方程式を解いて求めるのではなく,1次元ずつ着目して順次解に迫っていくとでも言おうか。

少し会話をしていると相手がレイヤー状の考え方をしているかどうか分かる。そんな相手とならどんどん議論を突き詰めて,興味深い結論をどんどん導き出していくことができる。しかも,ビジネスの場では,その解が,上記の統計学の意味で正しい場合がほとんどだ。

なのになぜ,レイヤー状の考え方をしない人がいるのか。そして,なぜその場の気持ちに任せた,正解からかけ離れた結論を採用しようとするのか。しかもレイヤー状の考え方では,その定義から,各レイヤーの問題は人間の頭脳で十分に解けるレベルのものだ。特段頭が良くなくても丹念に解いていけば必ず,現段階で人間が理解し得る範囲において最も確からしい結論に至ることができる。

最後にレイヤー状の考え方をウイルス感染症の問題に適用してみよう。感染拡大を止めるには,人の動きを止めればよい。一方,人間の営みには経済も重要であるから同時に経済も回す必要がある。まず,優先順位をつけよう。人間には,生きるということが一番重要であるから,優先順位は,(1) 生きる,(2) 経済 となる。パラメータは,例えば,その日の重症者数をとることができる。そして,あらかじめパラメータである重症者数が何人以上になれば (2) から (1) に優先順位を移すかを決めておく。こうすれば,重症者数がその基準値以下であれば,(2) を優先して経済活性化策を実施し,その基準値以上になれば直ぐに (1) を優先して人の動きを止めることになる。(1) は (2) より優先するということ,つまり,経済よりも生きるということが優先するということを理解していれば,重症者数が多くなった瞬間に,経済活性化策は直ちに止めた方がよいことが分かる。もちろん,重症者数が基準値以下に戻れば,経済活性化策を再開すればよい。実は,頭の中が (1) と (2) のレイヤー状になっていれば,簡単なことである。ただ,頭の中の地平面上に,(1) 生きる と (2) 経済 が同時に乗っていて,どっちも大事だと考えている人には答えは出ない。生きることも大事だけど,経済が悪くなっても嫌だと思うかも知れない。しかし,現在の人類の文明に,こんな性質の感染症ウイルスが現れた以上,最善の解は,経済が悪くなってもとにかく生き残ることであり,実はそれ以上の解が存在しない可能性があることも知っておく必要がある。

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