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ビジネスマンのためのブラックスワン対策講座(10)ブラックスワンはM&Aの絶好の機会


ブラックスワン的な惨事は、「頑健な」企業にとっては、M&Aの絶好のチャンスとなります。新型コロナによるパンデミックも、おそらく今後企業買収や企業の統合に繋がっていくと思われます。ここでは、M&Aとブラックスワンの関係を考えてみたいと思います。

1.ブラックスワンはM&Aの絶好の機会

企業買収をしたり、またしようとしている人ならだれでも感じることですが、いわゆるM&Aの世界では、他社を「買いたい」会社は多いですが、他社に「売りたい」会社が極端に少ないのです。

従い、会社方針として「●●億円規模の買収を考えています」と派手に花火を打ち上げる会社はたくさんありますが、実際にそれが実行できる会社はごくわずかです。お金をたくさん持って買収先を探しても「売りたい」会社はなかなか見つからないのです。特に、敵対的買収がたいへん難しい日本では、この「買いたい」と「売りたい」のギャップをどう埋めるのかが問題なのです。

そういう点から、「買いたい」会社にとっては、ブラックスワン的な事象はまさに「売りたい」会社を見つける絶好の機会です。

なぜなら、ブラックスワン的な事象で大きな打撃を受けた企業は、経営不振で倒産の危機に陥ったり、借金の返済を求められたりして、自社単独で生き延びることが難しくなり、他社に身売りを考えたり、外部から新たな資本の受け入れを検討せざるを得なくなるからです。

2.ブラックスワンに「脆い」会社

ブラックスワンがどういう種類のものなのか、たとえば金融危機なのか、地震、津波のような自然災害なのか、あるいは新型コロナウィルスのような疫病の蔓延なのか、等によって当然影響を受ける業界や企業は異なります。

たとえば、金融危機であれば、金融機関、負債の多い企業、スタートアップ企業などがダメージを受けるでしょう。疫病であれば、今回のコロナで明らかになったように、小売り、飲食店、旅行、宿泊、交通関係、それに伴い航空機や車の製造業、食品生産・流通まで幅広く影響が出てきます。

ブラックスワンに対して「脆い」か「反脆い」か「頑健」か。今までの講義で議論してきたように、各企業によって異なります。大企業といえどもその規模が災いして「脆く」なることもあるし、グローバル展開はだいたいの場合あまり「頑健」とは言えないのです。

「買いたい」会社は、こういうブラックスワンで「脆い」会社にアプローチしてM&Aの提案をしていくことになります。

3.「脆い」会社はM&Aで生き返る(こともある)

筆者が勤めていた部署で、このブラックスワン的な事象により影響を受けた、上場している2つの会社に多額の資本参加をしたことがあります。

1社は、買収や投資を重ねて借金が膨れ上がった企業で、年間売上約300億円の機械系のメーカーです。米国の新技術に200億円近い投資をしていました。2008年のサブプライム問題で信用収縮の中、赤字決算になったことも影響して借入金の返済に支障がでました。さらに保有していたデリバティブ契約が突然の円高で多額の債務に膨れ上がりニッチもサッチもいかなくなって、民事再生法直前まで行った会社です。

もう1社は、機械の卸で売上200億円、社員200名です。この会社は少し前者と異なり、財務面は十分とは言えないもののすぐに危ないということはありませんでした。しかし、2009年、主要な取扱い商品について、突然米国のメーカーから日本総代理店契約を解除されたため、多額の在庫を抱え、売り上げの大半を失ってしまい倒産の危機に直面しました。

このようなM&Aは、「ハゲタカ」的と言われ、あまり評判は良くないですが、やはり数少ないM&Aのチャンスなのです。両社ともに、一時的には大きく落ち込みましたが、両社員の経営努力もあり、その後は大きく立ち直りました。このM&Aがなければ、両社とも存続はできなかったでしょう。

ただ、この2社は、ともに明らかに「脆い」状態であったことは分かります。前者は借金の多さです。少し歯車が狂うだけで、あっという間にぶっ飛ぶリスクは極大化します。後者は言わば「一本足打法」。あまりに1社の取引先に頼り切っていました。ただ両社ともに、まったくあの「七面鳥」状態で、このようなブラックスワン的な出来事が起こる直前まで、何の心配もしていなかったのです。

4.残存者利得を狙う

ブラックスワン的な大惨事は、多くの企業にダメージを与えますので、新たに資本を受け入れたり、合併したり、売却したりして、なんとか業界に残るケースもありますが、そのまま消滅してしまう企業も数多くあります。

特に競争の激しい業界で、市場そのものが大きく伸びない場合、業界にいるプレーヤーが1社でも倒産したり、撤退したりすると残っている企業がメリットを受けることになります。それが「残存者利得」と言われるものです。

かつて、いわゆる最大手のスーパーであるGMS業界で、日本一の流通グループと言われていたダイエーが、90年代後半のバブル崩壊の時期に急激に売上を落とし経営危機に陥りました。

当時ダイエーは、イオン、イトーヨーカドーと並んで3大流通グループの一つでした。このダイエーの危機の際に様々な企業グループが支援を検討しました。その際、同業のイオンとイトーヨーカドーが支援を表明しなかった理由は、黙っていてダイエーが消えれば、この「残存者利得」が自動的に入ってくるからだと言われています。(但し、その後紆余曲折あり、最後は結局イオンがダイエーを100%の子会社にするに至りました。)

5.アップサイド・オプションを狙う

このように、ブラックスワン的な事象は、産業界においてはいろいろな変化をもたらします。倒産の危機に見舞われる明らかなダウンサイドの現象もあれば、これを千載一遇のチャンスとして活かし、大きな利益を上げる企業もあるわけです。まさに「反脆さ」であり、アップサイドのオプションの実現なのです。

ブラックスワンはいつどのような形で起こるか予測ができません。従い、このような惨事に遭遇して、如何に素早く動けるかが勝負となります。ましてブラックスワンによって人々の気持ちも萎えている時に、前向きの新たなテイクチャンスは勇気がいることかもしれません。

ブラックスワン、そしてランダム性、すべては「変化」「変動」です。このような「変化」に対して「頑健」または「反脆い」状態となり、「変化」を好み、そして「変化」を待つことが、ブラックスワンの攻略のための最も有力な方法なのです。