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モンテーニュの温泉愛と死への眼差し

宮下志郎 著『モンテーニュ 人生を旅するための7章』(岩波新書)を読んだ。欧米では『エセー』の選文集のような本が多くあるそうだが、本書はそれに準ずるような、いわば『エセー』の予告本となることを目して執筆されている。
まず「序章」でモンテーニュの生涯について触れ、以後7章に渡り『エセー』の本文を引用しながらモンテーニュの思想や生活が語られる。16世紀フランスの世相についても知ることができる。幕間にはコラムが挟まれるのだが、これもユニークで面白い。


そのコラムに書かれていた話なのだが、モンテーニュは相当な温泉マニアであったらしい。元々旅行好きな人だったらしく、旅先で見る知らない風景や文化、人との出会いなどを楽しんだ様子が手記に残されている。私はモンテーニュに対して隠遁者のようなイメージを持っていたので、彼のアクティブで外向的な一面を知り意外に思った。
そんな旅路の中で、温泉を巡ることが彼にとっての一大イベントになっていたのかもしれない。彼の旅行記には温泉地への印象や泉質への評価などが細やかに記されており、その文章からは単なる好事家の域に留まらない真剣さが感じられる。
モンテーニュは腎臓結石を患っていたそうなので、旅の目的には湯治も含まれていたのかもしれない。手記には入浴に伴う自身の病状の変化も記録されており、下の話なので詳細は省くが、とにかく結石には苦しめられていたようである。

こうしたエピソードを聞いて、「そういえばエピクロスも結石持ちだったな」と思い出した。気になったのでサイモン・クリッチリーの『哲学者たちの死に方』(杉本隆久・國領佳樹 訳、河出書房新社)を開いてみる。この本によるとエピクロスは腎臓結石と赤痢とに苦しみながら亡くなったのだという。
アタラクシアを唱えた哲学者の最期として、この話は私を暗い気持ちにさせる。ソクラテスのような勇壮さもなく、一部のストア派のような奇抜さもない。エピクロスの死はただ痛ましい死である。それだけに、今回のような関係のない文脈でふと思い出してしまうくらいに心に残っている。
なお、ディオゲネス・ラエルティオスの伝えるところによれば、エピクロスは苦痛にまみれた死の間際においてさえ快活さを失わなかったというのだから、これだけは慰めになるかもしれない。ある意味で、エピクロスは自らの学説を死によって完成させたのだ。

連想的に、『岩波 哲学・思想事典』の死の項を思い出す。ここでは渡邊二郎が哲学における死の問題を三つの立場に分けて説明しているのだが、死を生とは無関係なものとして考える立場の中にエピクロス、モンテーニュ、サルトルの名が挙げられている。
死は経験不可能であるから恐れる必要はない。死は人生の終極ではあるが目的ではない。死は人生の外部である等々。こうした考え方は信仰を必要としないし、魂の不死性を論証する必要もない。怪力乱神を語らずというべきか、救いはないがエコノミカルな死生観であると思う。
私はこうした死生観に共感を覚えるのだが、タナトフォビアのような感情から自由であるのかと問われたら、そんなことも全然ない。死について考えるとき、私は自身の中に何らかの唯物論的な態度を発見するのだが、それは緩慢で一貫性がないものだ。パスカルの比喩を借りれば、目隠しをしながら断崖に突き進んでいるだけである。目隠しを取れば容易に節を折るだろう。

翻って、モンテーニュも「目隠し」をしていたのだろうか。たとえば、『エセー』では「最期の死が訪れても、その死は、それだけ希薄にして、苦痛も少ないものと思われる――もはや人間の半分、いや四分の一ぐらいしか殺さないのではないか」(3・13「経験について」)と語られる。
生きる限りにおいて死は常に可能的に存在しているのであり、生は不断に死に晒され続けている。その意味で、我々はいつも少しずつ死んでいる。現実的な死というものが、そうした積み重ねの最後のひと押しだと考えれば、「四分の一ぐらいしか殺さない」というのも理解できる。語り口はユーモラスに過ぎるが。
この言葉は死の不安から逃れるための欺瞞であろうか。パスカルならばそういうだろうが、モンテーニュは却ってこの欺瞞を要請しているようである。モンテーニュが彼自身や読者を死の恐怖から逸らせようとするのは、確かに一種の誤魔化しではある。だが、それは生への慰めにもなる欺瞞として積極的な評価を与えてもいいように思う。

先に引用した「経験について」ではこうも語られる。「結石のおかげで、まぢかに迫った死の姿が拝めるというなら、それは、おまえみたいな年齢の人間に、人間の最期について考えさせてくれるのだから、なんとも親切なことというしかない」(3・13「経験について」)。
強がりである。この前の箇所で「本当は痛くて、痛くてたまらないくせに」と自分で言っているのだから、これはもう虚勢でしかない。それでも、感傷的なペシミズムに浸ることもなく、むしろ諧謔でもってその悲惨を誤魔化してみせる。この態度には我が身可愛さからくる凡庸な自己欺瞞とは異なる、ある種の気丈さを感じる。
モンテーニュの死への眼差しは楽観主義的だ。それが「目隠し」によるものだと咎めることは一つの誠実さであろう。パスカルは世話焼きなのだ。しかし、折角モンテーニュが気の利いた「目隠し」を用意してくれているのだから、ちょっと借りるくらいは許して欲しい。それこそ、お目こぼしを頂きたいところである。


……少し持ち上げすぎたかもしれない。
以前、パスカルの勉強をしていた頃に塩川徹也の『発見術としての学問』(岩波書店)という本を読んだ。その中の第3章でデカルトの「良識」とモンテーニュの「分別」との関係が論じられていて、これが面白かったのを覚えている。だが、そのとき私はモンテーニュについての知識が全然なくて、「どこかでモンテーニュのことも調べておきたいな」と思っていたが、当時は特に何の本も読まなかった。
古い宿題を少しは崩せただろうか。

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