ホン雑記859「世界離れ」
最近の日焼けはおもに近所(いうても3kmぐらい)の公園でやってる。前はちょいと離れた海岸まで焼きに行ってたんだけど、おじぇじぇも減ってきたしガソリンも高いんで近場にしてた。
昨日久々に、たぶん去年は行ってないんで、2年ぶりに海でアゴまで浸かってきた。結構岸から離れる。
まわりが海だらけになって(当たり前だな)、水平線の上には巨大な積乱雲の大山脈が見える。すんごいレベルのヤツだ。
ハッピーが溢れちゃったオレは海中でクルクルと回って(縦回転じゃないです。ゴーグルもしてないでな)、アヘ~っ! と得も言われぬ感情が噴き出してきて思わず、
「なんもいらねー」
と言っていた。ちょうど北島康介のテンションで。一字違いだな。
それは文字通りの意味だった。お金も(まぁ要るんだけど)、栄誉も、何もかもだ。いや、人は要るな。いまの人間関係は。
いや、やっぱ未来のも要る。
たしか、谷川俊太郎…か、そんな感じの人が言ってた「世界にあずかる(関与する、受け取る)」ってのはこの感覚か、と思った。いや、すでに悟った。
で、その瞬間に「あぁ、オレは死ぬまで大丈夫だなぁ」と強烈に感じたんだよねぇ。すべての「どうしよう」は所詮絵空事だと気づき切った感覚。もちろんそうはいうても「ワシ、今度こそアカンかもしれん」と思う日もまた来るんだろうけどさ(悟ってない)。
が、心がいつもヒリヒリしてるようなヤツにとって、それはしょうがない。「うわぁ~~~~~~っ!!!(あまり良くないやつ)」っていうあの焦燥感がないと何も詩・詞が思い浮かばないしな。ってことは良くないものでもないのか。
昨日はそこからもうちょい離れた内海ってとこまで行ってきた。愛知で海と言えばここってとこ。
帰り道でそのあたりの店舗の所在が載ったでっかい地図の看板があって、地図の下にはそれぞれのお店のロゴが書かれている。これを見た時にもま~ぁ静かなる「アヘ~っ!(いい感じのやつ)」がやってきた。めちゃくちゃな現実感(いい意味です)。
もう味わいようもないのでこれは完全な憶測だけど、インターネットができる前にオレが世界に対して感じてた感覚がこんなふうじゃなかったか、と思わせるほどだった。懐かしくて、とてもリアルな感じ。
起きてる間のかなりの時間をデジタルディスプレイに捧げてしまってることが、世界の世界観をこれほど薄っぺらいものにしてたのかと思って、それはもうビックリくりくりくりっくりだった。
この良い引き戻し感は、映画よりも活字の中にある気がする。で、それよりもたぶん強力そうなのは、いつでもキョロキョロしながら生きることのような気もする。子供の時みたいに。
しつこいようだけどね、こないだの洗濯機がそれを教えてくれた部分が結構あると思うんだ。
人でも機械でも世界相手でも、「これはこんな程度のもんだろう」と高を括る時には自分の嵩がちゃんと減っているんだな。
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【今日の過去詩リーズ】
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