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神のみぞ知るってやつ

■はじめに
本作品は、ご本人の了承を得た上で、バイク川崎バイク(BKB)さんの作品『電話をしてるふり』を下地とし、そのサイドストーリーとして個人が作成をしたものです。公開することに対して許可はいただいているものの、その内容にBKBさんの意向が反映されているものではなく、また、『電話をしてるふり』の公式な続編の類ではない旨、ご了承ください。

物語は読み手の生い立ちや、価値観、想像によって創られていくものだと思いますが、何千、何万通りあるうちの一つの想像としてとらえていただけると幸いです。


※        ※        ※

「最後に言っとくが、私は警察だ。警察の娘に手を出してただで済むと思うなよ!」

「はい。分かりました」

「お前、もう何かしたんじゃないだろうな?」

「いや何もしてないです」

「本当だろうな?」

「はい」

「よし。今日のところは許してやるから、さっさと娘から離れてどっか行け!」

「はい。じゃ、電話代わりますので」

「これを機にナンパなんかやめろ。わかったな?」

「はい。すみませんした」


目の前にいるナンパ男は、神妙な面持ちで頭を下げる。口先だけではなく、心から反省しているようだ。そのことに安堵しつつも、私の頭はまだ混乱している。

どうして話しをすることができた?妻にも娘にも、今まで十年以上、何度も何度も何度も耳元で声をかけてきたが、一度だって私の声が彼女たちに届くことはなかったのに。

「も、もしもしパパ」

ナンパ男からスマホを受け取った娘が、スマホに向かって話しかける。
話せる。とうとう娘と話せる。その動きを止めて久しいのに、心臓が鼓動する気さえする。

「聞こえるか?聞こえるか?私の声が聞こえるか?」

「うん、ごめんね。ありがとう」

「おぉ・・・聞こえてるか?聞こえてるんだな?」

「そんな感じ」

「そんな感じってことは聞こえてるのか?どうなんだ?返事をしてくれ!」

「じゃあね、バイバイ」

「・・・」

娘がぶつっと電話を切った。こぼれかけた涙が、すっと引っ込む。
何だ今の素っ気ない感じは?十数年ぶりの会話だぞ?それも、死んだ父親との会話だ。普通、もっと驚くなり感激したりするだろう。二十歳を超えた今になって反抗期か?

私はガラケーを片手に立ち尽くす。

「ね、話せたでしょ?」

隣で様子を見守っていた女が、唇に笑みを乗せる。
さっき会ったばかりなのに、昔からの知り合いかのように口調が人懐っこい。零れそうに大きな黒目に、ちんまりとした小さな鼻。今の娘と同い年くらいだろうか。

「あぁ・・・、ほんとだな。驚いたよ」

手にしているガラケーを女に渡す。

「でも、どうしてだ?」

「どうして?どうして話せるかってこと?うーん、それはわからない。まさに神のみぞ知るっていうやつ?ふふふ」

女がクスッと鼻を鳴らす。

「ただ確かなのは、生きてる人と死んでる人が、電話越しだと話せるっていうこと。でも、条件がふたつあるみたい。ひとつは、生きてる人は死んでる人を想像しながら話さなきゃいけないってこと。もうひとつは、死んでる側も電話を持ってなきゃいけないってこと」

そこで一呼吸置き、

「どうしてそうなのかは、神のみぞ知るってやつね」

再度同じフレーズを口にすると、死者とは思えない陽気さでころころ笑う。
女の笑いには乗らず、

「・・・何で電話なんか持ってるんだ?」

私は、女が手にしているガラケーを指差す。

「あ、これ?気になるよね?それは神じゃない私でも答えてあげられる」

女は私の右手に視線を落としながら、

「あなたの右手のそれ、死ぬ時に持ってたでしょ?」

私は顔を下に向けて、自分の右手に握られているものを見る。警棒だ。
女の言う通り、死ぬ時に警棒を持っていた。

運が良いのか悪いのか、自転車に乗ってパトロール中、宝石店から飛び出してきた強盗犯と出くわし、揉み合い、刺され、事切れた。



今さらながらに悔やまれる。「強盗!」という店員の叫び声が聞こえた時、本当はその場で捕まえるつもりなどなかった。今見逃したところで、どうせすぐに捕まるだろうと思ったから。それに、強盗の手にはサバイバルナイフが握られていた。娘はまだ小学生だ。万が一にも死ぬわけにいかない。

ただ、店員の大声に動揺した強盗は、逃げるのを止めた。そして、立てこもろうとしたのか、宝石店の前にいた一般市民を捕まえ、店に引きずりこもうとした。それを見た私は、自転車を投げ捨て、強盗に飛びかかっていたというわけだ。

どうして、強盗はあの時素直に逃げてくれなかったのだろうか。

「死ぬ時に持ってたものは、死んだ後も手に持ってるみたい。それが私の場合は、携帯電話だったってこと。でも、今時ガラケーなんて流行らないから、スマホに変えたいんだよねー。アップルストアに行こうかな?ははは」

女は肩を揺らして笑ったが、浮かない表情の私を見て、笑うのを止めた。

「どうしたの?話せたのがうれしくない?」

「いや、うれしいんだけど・・・。なんというか、娘がまったく喜んでなくて。まるで、私の声など聞こえてないかのように素っ気なくて・・・」

女は何かを考えるように宙を見つめると、

「それ、きっと聞こえてないと思う」

「え?」

「あなた、死ぬ時に娘さんのこと思ってたでしょ?」

私は首を縦に振る。

「先輩に・・・、あっ、先輩って言っても学校や会社の先輩じゃなくて、死者としての先輩っていうの?と言っても、その人中学生くらいだったから私の方が先輩なんだけど、あはは。で、その人に昔教えてもらったんだけど、ほんとはね、死んだ後はみんな成仏してあの世に行くんだって。でも、この世に強い未練がある人は、私たちみたいにこの世をぷらぷらとしちゃうみたい」

女が淀みなく話し続ける。

「ここからは私の想像だけど、娘さんと話をできたら、余計に想いが強くなってこの世に未練が残っちゃうでしょ?だから、そうならないよう、直接話しができないようになってるんじゃないかな。まあ、あくまでも想像だから、ほんとのところは神のみぞ・・・、え?もういいって?あっ、そう。わかりましたよ。もう、そんなにムキにならなくてもいいじゃない」

言葉を途中で遮られた女が、頬を膨らませて抗議する。

「未練か・・・。確かにそうかもな。じゃあ、未練が残ってる限りはずっとこんな感じでこの世に居続けるってことか?」

女に問い掛けた。

「そうね」

そっぽを向いたまま、女が答える。
誰とも話しをすることができず、遊ぶこともできず、お酒を飲むこともできない。こんな状態がいつまでも続くと思うと気が滅入る。

娘が結婚するまでは安心できないから、それまではこれが続くってことか。

ん?待てよ。そうなると、目の前にいるこの女も未練があるということか。
そんな感じには到底見えないけどな。
依然としてふてくされている女に目を移す。

「あんなんで良かったかな?」

私の思案を遮るように、横から声が聞こえてきた。
声の方を見ると、先ほど立ち去ったはずの例のナンパ男が立っていた。

「はっ?」

驚きの表情を浮かべる私とは対照的に、

「ありがとう~、ばっちりだったよ!」

女が砕けた口調で応じる。

「そっか、じゃあよかった。それじゃ、約束忘れないでよ。今度絶対飲みに行こうね!」

ナンパ男は右手を軽く挙げると、その場を足取り軽く去っていった。
ナンパ男の後ろ姿に向かって大きく手を振る女。


状況がつかめず、茫然とする私に、

「あ、ほら。さっき言ったでしょ。話をするためには、死者を想像しなくちゃダメだって。だから、そうなるように彼にお願いしたんだ」

女は、いたずらを咎められた子供のように肩をすくめた。

「ちなみに、彼は生きてるよ。霊感が強いってやつ?でも、ナンパ好きは演技でも何でもなくて、私も青山墓地で声かけられたんだから。信じられる?生きてようが死んでようがなんでもいいんだって。でも話してみたらわりといい人で、そこらに置いてあった大福と缶ビールで朝までオールしちゃったんだ~」

「な・・・」

私は二の句が継げなかった。驚いたのもそうだが、ついさっき会ったばかりの女が、どうしてこんなにも世話を焼いてくれるのかがわからない。

「あと、これはあなたにあげる」

女が私にガラケーを差し出した。

「え?でも、これがないと君が生きてる人と話せなくなるんじゃ?」

女はそれには何も答えず、

「それじゃ、もうバイバイするね。いつかあの世で・・・って死んでる人間がこんなこと言うのおかしいね、ふふふ」

笑い声を残し、その場をあとにした。



※        ※        ※



「ママには言ったんだが、今日で本当に最後の電話になると思う。パパもそろそろ、行かなきゃならなくてな」

目の前の娘は、聞き分けの悪い子供のように顔を何度も横に振る。

「でもな、お前が幸せに過ごせるようパパはずっと見てるから。安心してくれよ。しかし、立派になったなあ。あんなに泣き虫だったのにな。本当に立派になった」

娘は何か言葉を発しようと口を開くが、嗚咽で言葉にならない。

「結婚おめでとう。あ、これはさっき言ったか。ははは。幸せになるんだぞ。愛してる。お前はパパの誇りだ。じゃあな」

そう告げると、私はガラケーを耳から離した。


「娘さんと話をできたら、余計に想いが強くなってこの世に未練が残っちゃうでしょ?だから、そうならないよう、直接話しができないようになってるんじゃないかな」

何年か前の、あの女の言葉を思い出す。
明日娘は結婚をする。もう未練はなくなった。だから話をすることができたのだろう。

ただ、せっかく話をできたのに、娘はむせで泣くばかりで、終始何も声を発しなかった。

それでいいと思う。娘だっていつまでも私のことを引きずっていてはいけない。言葉を交わしたら、いつまでも私のことが頭に残り、未練になってしまうかもしれない。私はいつまでもこの世にいてはいけないが、娘はこの世をこれからも生きなければならないのだ。



電話を切った直後、体がふわりと宙へと浮いた。
そのまま、上へ上へと煙のようにゆらゆらとのぼってゆく。

ほう、何だかマンガみたいだな。
遠ざかってゆく妻と娘の姿を見下ろしつつ、他人事のように笑みがこぼれる。

視線を前に戻すと、50メートルほど先の方で、私と同じように上へとのぼってゆく人の姿が見える。未練がなくなり、あの世へと行くのだろう。

お互いよかったな、などと思いつつ、その姿をじっと見ていると、その人影が私に向かって手を振った。よほどうれしいのだろうか。私も同じように手を振り返す。

「おーい!」

そのうち、こちらに向かって声を張り上げ、平泳ぎの動きで宙を掻くようにして近づいてきた。私は目をこらして、その姿を見た。

「おひさしぶりー」

ガラケーをくれたあの子だ!
死んでいるから当たり前と言えば当たり前だが、昔に会った時と容姿は何ら変わっていない。

「君か!いや~、驚いたよ。その節は世話になったね」

女が照れたようにはにかんだ。

「未練はなくなった?」

「ああ、おかげさまで。娘が明日結婚することになってね。私はもう必要ないよ」

「そっか。よかった~」

心から安堵したように、大きく息を吐く女。

「君の未練もなくなったみたいだね」

女は鼻に皺をよせ、無言で頷いた。
それから二、三言葉を交わしていると、女の姿が少しずつ透明になり、空へと溶けてゆく。きっと私も同じなのだろう。


「・・・ごめんなさい」

突然、女が謝罪の言葉を口にした。

「ん?」

何のことかわからず、私は首を傾げた。

「あなたが死んだのは私のせい。私を助けようとして、あなたは強盗に刺されて死んだの」

女が絞り出すように声を出す。その言葉に、私はあの日へと引き戻された。

宝石店から飛び出してきた強盗。逃げようとした強盗は、足を止め、近くにいた女の子を乱暴に捕まえた。そして、そのまま店に引きずりこもうとした。悲鳴を上げる女の子。次の瞬間、私は強盗に向かって突進していた。
女の子は、娘と同い年くらいだった。

「宝石なんて買うお金ないのに、いつかお母さんにプレゼントしたいな、と思って見てたの。あそこに私がいなければ、あなたが死ぬことはなかった・・・。だから、ごめんなさい」

女がうつむいた。
肩まで伸びた真っ直ぐな黒髪が、ひらひらと風に揺られる。

「それともうひとつ。せっかく助けてくれたのに、私、病気で死んじゃったんだ。それもごめんなさい。長生きできなくてごめんなさい。ごめんなさい。頑張ったんだけど、ダメでした・・・」

薄らいでいく姿同様、女の声が消え入るように小さくなる。
無言のまま、私は女をずっと見つめた。

「それがずっと心残りで・・・」

なるほど、そういうことか。
私のこの世への未練がなくなったことで、この子も開放されたということか。

あの日、はじめて出会った時、突然に後ろから声をかけられたこと。「やっと見つけた!」と女が叫んだこと。娘と話しをさせようとしてくれたこと。ガラケーをくれたこと。記憶が頭を駆け巡る。

あらためて女に目を向ける。女の姿はほぼ透明となり、どんな表情をしているのかわからない。ただ、時々、鼻をすする音が聞こえてくる。
その間も、女と私の体はゆっくりと上昇してゆく。



「あの世ってどんな感じだろうな?」

私は、空を見上げる。
街は小さくなり、雲が段々と近づいて来た。

「・・・」


女はしばらく黙っていたが、

「さあ?それは神のみぞ知るってやつね。ふふふ」

笑い声と共に、その姿を消した。
姿がなくなったその後には、空が広がっていた。



ラブレター代筆屋。告白、プロポーズ、復縁、感謝、計100通以上のラブレターを代筆。「アウト×デラックス」「ABChanZoo」「おはよう日本」等出演。HP→http://dsworks.jp Twitter→@DenshinWorks