ペテロの墓穴


あの頃、駅の北側にはまだぬかるんだ空き地が広がってて、その境界にはロープ一本貼ってあるだけやった。俺と、たかゆきと、しーちゃんと、ペテロは、学校から空き地に突撃してドロドロのサッカーボール追っかけたりぬかるみをほじくったりして毎日遊んでた。
落とし穴を掘るシャベルはしーちゃんが学校の用具倉庫からパチってきた。人殺せそうなやつ。掘った穴の入り口を木の枝でバッテンしてゴミ袋被せて土被せたら完成。せやけど落ちる奴がおらんかったからみんなで一回ずつ落としあった。穴は湿ってて、みんなどろんこ。そしたらペテロが「穴の中黒おて冷たあてきもちい」ていうから、みんなでペテロのお墓掘ったったんや。 地面にペテロ寝かせて、その横におんなじ大きさの穴掘る。しーちゃんのシャベルつこたら楽勝と思ったけど、泥が重おてきつかった。俺ら3人が交代で掘ってる間、ペテロは目えキラキラさせておとなしく仰向けに寝とった。 ようやっとペテロが中で寝そべれる穴ができたジブンにはだいぶ暗なってた。ペテロは穴の底で胸の上にてえ組んで、首からぶら下げた家の鍵を十字架みたいに握りしめて「落ち着くわー」ゆうてたから、俺らはそのままペテロほって帰った。

 次の日、ペテロの家に漫画奪いに行ったら鍵閉まってて、もともとペテロの親はほとんどおらんことが多い。いっつも首に家の鍵ブラ下げてるからペテロ。でもペテロもいてへんのか。もしかホンマにまだ空き地の墓穴で寝とるんちゃうやろなと思って、そんなことないやろいくらペテロでも、て言いもってたかゆきとしーちゃんと空き地に行った。空き地には水たまり、というか小さい池が二つできてた。小さい方は昨日掘った落とし穴で、一回り大きいんがペテロの墓穴やった。ほんでそこに、その底に、ペテロの白い顔が沈んどった。泥水を透かして、青いシャツと黄色いズボンが揺れてた。 俺とたかゆきは腰抜かしてへたり込んだ。しーちゃんはまっすぐ行って、置きっ放しのシャベルをペテロの体の下に差し込んで、テコみたいにしてペテロの体を揺すった。ペテロが、泥水の中から浮き上がってきた。だいぶ重いみたいで、しーちゃんは「お前ら手伝え」ゆうた。たかゆきは「あかんてしーちゃん、あかんて」て震えてる。 
 「何があかんのや。あかんかったら埋めたら終いやろ。とりあえずコレ引きあげやな。オら、早よやれや」しーちゃんに恫喝されて俺とたかゆきはおそるおそるペテロの服の端っこを掴んで、力一杯引き上げた。しーちゃんはぜったい素手でさわろうとせんかったけど、何を思ったんかシャベル振りかぶって力一杯ペテロの腹をしばいた。ペテロの体がびちっと跳ねて、口から噴水みたいにえげつない量の黒い泥水を吐き出した。 泥まみれのペテロは青白くて普段の倍ぐらい太ったみたいになってたけど、日光に当たってたらいつものペテロに戻った。お腹まくったらしーちゃんがシャベルでしばいたところがくっきり赤い跡になってた。

 「昨日あのまま寝てしもたんや。このへん空き地やおもてたけど、沼やで。掘った穴からじわじわ水しみてきてすぐに池になる。穴があんまりぴったりやったから、気いついた時にはどないしようもなくて、僕このまま化石になるんちゃうかおもた」
なんでそんな呑気なんか分かれへんかった。それにこんな穴、水染みてきてもすぐに出れたはずや。 俺は、ペテロはほんまは起きとって、俺らが来るときに合わせて穴に潜って死んだふりかましとったんやと確信した。せやけど、しーちゃんもたかゆきもえらいホッとして、その反動で3人で馬鹿みたいに騒いどったから何も言わんかった。俺はだから色々聞きたいと思いながら、一個だけ聞いたんや。
「なあペテロ、お前鍵どうしたんや? 」
ペテロはたかゆきにヘッドロックかけながら「えー何?」って言うてヘラヘラしてた。

 ペテロが沈んでから四半世紀が過ぎた。 その沼が今は影も形もなくて、キレイなタイル敷き詰めた公園になってる。ペテロの墓穴の上には立派な噴水が建ってて、当たり前やけど吹き出してる水は透明や。ほんで、何でか変な縁起がついて、みんながいらんなった鍵を投げ込みに来るんや。

よかったなあペテロ。

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