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[奇談綴り]本に落ちる影

最近起きた怖いこと

「最近また怖いことが起きてるんだけどさ」
友人から電話がかかってきたのは、まだ寒さの続く時期のことだった。怖い話を聞かせるために電話してきたらしい。
どうやらこちらに実害のある話では無さそうなので、喜んで聞くことにした。

「少し前にね、残業帰りで遅い時間のバスに乗ってたの。乗客は運転手さんまで入れて3人ぐらいのがら空きでね。
ものすごく空いてるんで、それぞれ離れた席に座ってたんだけどさ。」
「なんだか肩をつつかれるんだよ。ツンツン、ツンツンって。
振り返っても誰もいないし、肩に当たるような何かがあるわけでもなくって。
気のせいかと思ったんだけどずっとツンツンってされるの。」
「これはヤバイやつだと思って、慌てて降りたんだけどね。その日からなんか家の中に居る気がするんだよね…。」

また面倒くさそうな事に引っかかってるな…。毎度思うんだけど、視えるなら防御すればいいのに。
まさか自分に面白おかしく話すために、わざと引っかかってるんじゃないだろうな。
「そんな訳無いじゃん!
この程度ならまだ平気だと思うんだよね。具体的に怖い事も起きてないし。
誰か居るな、っていう感じと、本を読んていると本の上にスーッと誰かが覗き込んだような影が落ちるんだよね。
それだけだよ!」

影響出てるじゃん、早くちゃんとしたところに相談に行ってこい、と言うと、このぐらいなら平気だと言って聞かない。
相談できるところはあるが、あまり借りを作りたくないのだそうだ。
しかもまだ変なことがあるらしい。

「駅から家までの途中に、大きなお寺にくっついてるなんとか会館っていう冠婚葬祭用の建物があるんだけどね。
そこの前を通りかかると、変な声がするようになったんだ。」
変な声?
「うん、ブツブツ言ってるような低い声。聞き取れないんだけど、そこの前を通るときだけするんだよね。」
えーっと…払ってもらってこい?
「やだよ!まだ全然たいしたことないからこんな事で借りを増やしたくない!」

どういう関係の相談先なんだろう…。
それにしても、本人が平気だと言い張るので、こちらとしてもそれ以上どうしようもない。
怖い話をありがとう、とお礼を言って、話は終わった。

終わらない怪異

季節はめぐって新緑の頃。
音沙汰がないのでてっきり終わった話だと思っていたのだが、ついに「相談」で電話がかかってきた。
些細な怪異は一向に止まず、体調が悪くなってきたらしい。

「どうしていいかわからなくて。考えをまとめたいんだけど、付き合ってもらえる?」

どうするも何も、とっとと寺でも神社でも霊能者でも行って来い。
そう伝えると、どうやら単純に払って終わりにしたくない事情があるらしい。
友人に憑いて居るらしい何かは、事情があって一時的に留まっていて、その事情を、お寺の前のブツブツや、夢で少しずつ伝えて来たのだそうだ。

「お寺の前で声がするって言ったじゃん?それが始まった日、そこで葬儀があったんだって。」
えーっと…憑いてるひとの?
「そう、葬儀があって、死んだことも分かってるんだけど、伝えきれてないことがあって。
それでどうにかしたいと思ってたら自分を見つけたんだって。」
理由があるからって赤の他人に取り憑いていいわけないだろ!ご退場願って?

「だって、もう預かっちゃってるんだよ。ご家族に渡さなきゃいけないの。
ねえ、どうしよう?」
幽霊?から何を預かってるのか知らんが、お寺に聞くぐらいしか調べようないだろ。
分かった、そこまで言うならそのお寺に行こう。付き合うよ。お寺の施設で葬儀があったってことは檀家だろ?
「そうなのかな?」

檀家でもない人の葬儀は基本的にお寺でやらないから。
こういう事は早く終わらせるに限る。もうかなり長い間取り憑かれているようだし、とっとと縁を切ってもらおう。

日取りを決めようとするとまた何かごね始めた。行きたいけど行きたくない、怖い、でもでも、でも…。

「決めた。再来週の日曜日ね。駅前集合で、来なかったら家まで行くぞ?」
まだなにか言ってるのを「行くから」で終わらせる。
何が待ってるか知らないが、どうやら元凶はそのお寺だ。こちらの身分を明かして理由を話したら対応してくれるかもしれない。

お寺にて

さて当日。
友人が来るかどうか五分五分だと思っていたが、きちんと集合時間にやってきた。
だがやっぱり様子がおかしい。

「ねえ、今日はもうよして、このまま遊びにいこう」
「やっぱり怖いよ、ウチでマンガでも読もう?」

「ダメ。絶対お寺に 行 く か ら!」

問答無用で腕を掴んでお寺へ向かう。
途中からおとなしくなったけど、時折「でも、やっぱり」などといいかけてはこちらの表情を確認してはションボリしている。
これはただの勘なのだけれど、なぜかそのお寺に行けば解決するという自信があった。むしろ行かなければ長引くだろう。

お寺に着くと、ようやく落ち着いたらしい。事前に調べたらしい豆知識を披露してくれた。
車が入れないタイプの参道を通って、本堂の前に出る。
古刹だけあって堂々たる庭だ。
へー、こんなところにこんなに大きいお寺があったんだな、と感心していたら、友人が何故かすたすた本堂とは違う方向に歩いていく。
慌てて追いかけると「シーッ」というように口の前に指を当てる動作をして、そのまま進んで行ってしまった。

明らかに様子がおかしいので追いかけて手首を掴むと、とんでもなく体が冷えている。
何?どうした?と矢継ぎ早に質問をしたが、首を振るだけで答えはない。
そのまま古いお堂の前までまっすぐ行き、墓所の脇を通り、ぐるっと回ってまた本堂の前へ戻ってきた。
その間ずっと無言で、しかも迷っているとかではなく、明らかになにか目的があってそこを巡ったような雰囲気だった。

本堂の前へ戻ってきたその時、駐車場にタクシーが到着し、喪服を着た数人が降りてきた。葬儀がある場合はもっと様々に知らせが置いてあるので、法要に来られた方々なのだろう。

「あっ」
無言だった友人が一言つぶやいて、その人達に釘付けになる。続けてどうしよう、どうしようとつぶやいている。
どうしたのか聞いてみると、やっと答えが返ってきた。

「あの人達が家族なの!
すごい…これに合わせて色々調整されたんだ!
どうしよう、行って伝えたほうがいいのかな…でも…どうしよう………」
相変わらず何が起きているのか全くわからないのだが、自分の目的はひとつだけだ。

「それで、ちゃんと終わったのか?」

「うん、無事にあの人達のところに帰っていった。ありがとうだって。
預かったものも持っていって自分で渡すって。
でもどうしよう、今までのこと、話しに行ったほうがいいのかな?」

終わったならここにもう用はない。
本堂に行きかける友人を引きずるようにしてお寺を後にした。
時期で考えるとおそらく百か日法要で、そこに見知らぬ他人が「そちらの方の幽霊が憑いてました」なんて乱入して、まともに話を聞いてくれるはずがない。
それに、友人はもう十分すぎるくらい使われてしまっている。これ以上向こうに縁を繋がせたくない。

「必要なら後日お寺に問い合わせて話を聞いてもらえ。今は話しに行く時期じゃない」
そういって出口に向かって引きずっていくと、途中から諦めて一緒に歩き始めた。

そしてお寺の門をくぐって外に出た途端、友人が崩れ落ちた。
気絶とかそういうわけではないが、しゃがみこんで動けない。呼吸も荒いし体温が相変わらず異常なくらい低い。
季節は初夏、晴天で真夏のような気温の中、冷や汗をかいてうめいている。
肩を貸せば歩けそうだというので、そのまま一番近いファミレスに連れていき、この状態だと水分と炭水化物をとったほうがいいように思われたので、コーヒーとデザートのセットを頼んだ。

崩れ落ちるようにソファに座り込み、少しだけ水を飲み、しばらくぐったりした後、ようやく落ち着いたらしい。
コーヒーを少し飲んでから、やっと今さっき何が起きていたのか話してくれた。

「さっき人がいたでしょう?
あの人達が家族なんだって。今日は法要だって。
実はね、お寺の門をくぐった瞬間、なんか自分が自分じゃないような感じになっちゃってね。口を開いたら自分じゃない声でなにかいいそうで、怖くて声がだせなかったの。」
「自分たちは今日ここであのご家族に会うために誘導されたんだって。
でも、時間がすこしズレてたから、境内を回って調整したんだって。
もうずっとながいこと病気で、それで亡くなったんだって。
自分が死んだことは分かってたけど、気がついたらあの建物のところに居たんだって。
だから、話を聞いてくれそうな人に憑いてきたんだって。」
「箱に入ってる何かを預かってたんだよね。でも、今日ちゃんと出会えたから、自分で持っていったよ。
さっき門を出る時に『ありがとう』って言われた。
やっと終わったみたい。よかった。」

それ、完全にアウト…。
他人に取り憑いてなにやってんの!寺の前だよ!僧侶に頼んで!!!
安心しきってコーヒーを飲んている友人と裏腹に、こちらは怒り心頭だ。
幽霊だから本当の事をいうとは限らない。友人の言動は取り憑かれた人のソレであり、もっというならそのまま乗っ取っられかねないぐらいの状況だった。
都合のいい話ばっかりして、友人はそれで納得してるみたいだけど。
うっかりご家族とご縁がつながらないように出来てよかった…。

友人はどうしても自分に起きたことを伝えたいと言うので、落ち着いてからお寺に話しに行けばいい、その方が向こうのご家族も安心するだろう、というと納得したらしく頷いている。
その日は友人が回復した所で解散した。
しばらく様子を見たが、特に後遺症的なものはなく、体調不良も変な現象もなくなったと喜んでいた。

友人は後日、実際にお寺まで行ったらしい。
お坊さんがしっかり話を聞いてくれて、後日、ご家族に伝えてくれるということになったそうだ。
実は最初はあまり信用されていない感じだったのだが、憑いていた人に聞いた名前を伝えた途端、態度が一変したそうだ。
自分が知らないだけで、お寺にはたまにある事なのかもしれないな、と思った。

この一件のあと、友人は私を「変なところとつながっている」と言うようになったのだが、それはまた別の話。

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