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[奇談綴り]本棚

「ちょっと変な相談があるんだけど」

友人からそう言われたのは、電話での雑談の途中だった。
いつもくだらない話で盛り上がる仲で、その日もそんな話題で大笑いしていて、その隙間にポツリと相談をもちかけられたのだ。

友人のこういう相談は要注意だ。なぜならいわゆる「視える人」で、こういう言い回しの時はたいていオカルト絡みの相談になるからだ。
一方相談される方の自分はゼロ感で、目の前で怪異が起きていても全く気づかない。しかもまず最初に科学的にありえるかを検証してしまうタイプだ。
ただ怪談が大好きでそれなりに知識を溜め込んでいるので、友人はその知識をあてにして相談してくる、という訳だ。

「なんか最近、部屋が変なんだよね…。気持ち悪くて。」
友人はマンションで一人暮らしなのだが、その部屋の中に人影があるらしい。居間から寝室に向かって、男性のような影がスッと消えるのだそうだ。
慌てて部屋の中を改めても人はいない。ただ影だけが、かなりの頻度で目撃されるらしい。

異常は他にも起きていた。
寝室を中心に、異様な雰囲気があるのだそうだ。
どれほど異様かと言うと、泊まるつもりで遊びに来た親類に「そこの部屋(寝室)もお前(友人)も気持ちわるいから帰る」と言われたらしい。
この親類は幽霊が視えるようなタイプではなく、それなのに気持ち悪いと言われたことで、なにか対策が必要なのでは、と考えたらしい。

「ね、変でしょ?」
変ではあるが、雲をつかむような話でもある。だが怪異が『始まった』という事は、始まるような原因があるという事だ。
思い当たることがないか聞いてみると、最近購入したあるものが原因ではないか、という。

「実は少し前に買った本棚が怪しいと思うんだよね…。」
「おかしなことが起こり始めたのは本棚が届いてからだし、なんというか、本の隙間から人が見ている気がするんだ。だからちょっと怖いなって思ってて。でもすごくいい本棚なんだよ。捨てたくない。」
「業者しか入れない即売会に入れてもらって、一目惚れしてさ。すごく物がいいのに格安だったんだ!全部漆で塗ってあるんだよ!それが5万円!
スゴイでしょ!」
「あとね、目立たない位置に大工さんのマーク入りなんだ!」

『大工さんのマーク』で脳内にアラートが鳴り響く。家具に大工(本来は指物師)がマークを入れるというのは考えにくい。
そして目立たない位置だが隠していないという事は、見せる必要のあるものだ。該当するものは、おそらく家紋。

「総漆の家紋入りの本棚」が「5万円」なんてありえない。いや、そもそも家紋入りの家具が即売会に出ていることがヤバい。

「そのマークは家紋だと思うよ。」
そんなわけない、という友人を誘導して、どういう形のマークか確認し、PCで家紋のまとめサイトを検索して呼び出す。
友人の細かい説明と完全一致の家紋があったので、スマホで撮影して送ると驚きの声があがった。
更に検索して、本棚がどうやら水屋箪笥と言われる高級品で、中古でも安くて十数万、ものによっては30万円前後、上は天井知らずという5万円で流通するはずもない品物であることを確認し、友人にもURLを送りつける。
事態を認識して、電話の向こうで悲鳴のような声が上がった。

どうしよう?

「ねえ、どうしよう?完全にダメなやつじゃん!」
半信半疑で始まった相談が完全に曰く付き案件になってしまったせいか、友人の声も混乱している。
「すごく気に入ってるいい本棚だから、変な影も気のせい!相談したら平気だよって言ってくれるかも!」で済まそうとしていたらしい。
しかし友人は「視える」タイプだ。なぜ頑なに異常に気づかないふりをしたのだろう?
そう、気づかない「ふり」だ。おかしいと思っているのに「すごくいい本棚だから」という理由で無理やり目をつぶっているように思える。

「それほど怖いなら、リサイクルに引き取ってもらえば?」
私が出した結論は、至極普通だった。価格設定がおかしい上に怪異があるような代物、とっとと手放すに限る。君子危うきに近寄らず、だ。
友人はまだグダグダ言っていたが、よその家紋つき、という事実が徐々に気持ち悪くなってきたようで、近々リサイクル店に相談してみる、ということで話がついた。

引き取ってもらえない

数日後。
ちょっと困ったことになっている、と電話があった。件の本棚がどうしても引き取ってもらえないのだそうだ。
近所のよくあるリサイクル店の他に、買うきっかけになった業者に紹介してもらった家具屋など複数に問い合わせて写真を見せると「うちでは引き取れない」の一点張りになるのだという。

「これはどこでも無理だと思います。」
食い下がったところ、ある家具屋が理由を教えてくれたらしい。
「たまにあるんですよね…店には引き取れない品物が。これはそういう品物です。お寺なら引き取ってもらえると思います。」

家具屋で引き取れないんだ…すごいな。完全に曰く付きじゃん。なんの曰くか知らんけど。

「お寺ってことは、もう戻ってこないってことだよね?」
ものすごくがっかりした声で友人が確認してくる。
オカルト界隈では、曰く付き家具の行き着く先は『お焚き上げ』と相場が決まっている。家具屋が引き取り拒否するほどの危険物なのだから、焚き上げないまでも戻ることはないだろう。
ただ、友人の気持ちもわかる。お気に入りの5万円もした本棚を捨てるも同然に手放すのはものすごく惜しい。自分でも相当凹む。

「平気なら使えばいいと思うんだけど、怖いんだよね?」
「うん…最近ラップ音もするんだ…。」
事態は思ったより悪化しているようだ。完全に本棚が怪異の原因で間違いない。怖いならお寺に持っていくしかないだろうと言うと、全く気乗りしない声で「でも…だって」と煮え切らない。
とりあえず対応してくれるお寺を探して相談する、ということになった。

目に見える怪異

電話を終えた後、どうにも友人の様子が気になった。
怖いといいつつ原因には目をつぶり、本棚は捨てたくないという。まるっきり「魅入られた人」の言動ではないか。

不安になったので、気休めでもないよりはましだろうと、普段からよくお参りしている神社で石付きのお守りを購入して渡すことにした。
イマイチ納得のいかない表情で受け取っていたが、なぜか本棚に吊るしたらしい。
そのお守りの石が。

友人が見守る中、ポトリと床に落ち、そのまま見つからなくなった。

まるで誰かが手に持っているようにゆっくり回って、本来外れるようなものではないのに、石だけがポトリと落ちたのだそうだ。
その瞬間とても怖くなり、やっと本気でお寺を探し始めたらしい。

いくつか問い合わせてやっと引き取ってくれるところが見つかった、と連絡があったのは、お守りを渡してから2週間ほどが過ぎた頃だった。
驚くことに、お寺もいくつか断られたらしい。
テキトーに連絡したわけではなく、伝手を総動員して対応しているお寺を探して問い合わせたのに断られたのだそうだ。

「やっと引き受けてくれる所が見つかって、もうすぐ持っていくことになってるんだ!」
「それでね、やっぱり全部渡しちゃうの惜しくって、棚板を一枚保存しておいたらだめかなあ?」

ヲイーーーーー!!!!!
何を言ってるんだこいつ? 正気なのかな? なにその取り憑かれフラグ?!

あまりのショックに、心の声だと思ったものが全部口から出ていたらしい。涙声で抗議されたが、棚板一枚だけなんて残す意味がわからない。
でもでもだって、と言い訳してくるのを「なにその死亡フラグ」で押し切って、まるごとキッチリお寺に収めることを約束させた。

実際にはギリギリまで悩んだらしいが、私の剣幕を思い出して怖くなり、思い切って持っていってもらったそうだ。
怪異より私が怖いのか…まあいいや。

「本棚が無くなったら部屋の雰囲気も元に戻ったし、変な影もないし、すごくスッキリした!ありがとう!」という報告をもらい、私もやっと安心したのだった。

後日談

怖い本棚がお寺に行ってめでたしめでたし、だと思われたが、ちょっとした後日談があった。
なんと、最初に収めたお寺で扱いきれず、一回り格上のお寺で処理してもらうことになったらしい。
友人も最初のお寺から「他のお寺に移しても問題ないか」と確認されただけで、何が起きたかは詳しく聞いていないのだが、ものすごく暴れたらしい。
どう暴れたのかは話してくれなかったそうだ。
ただ、そのままお寺に置いておけないレベルで怪異が起きたそうで、慌てて同じ宗派の格上のお寺に連絡をとって、持っていってもらう事になったらしい。
その後「きちんと収まって供養が始まった」と連絡があったらしい。

友人は懲りずに「本当に気に入っていたんだ。棚を残したかったなあ」と言っていたが、怪現象が消えて部屋が落ち着くにつれて、本棚のことは話題に出なくなった。
親類も泊りがけで遊びに来るようになったそうだ。

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