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[奇談綴り]来る

ある日、件の視える友人と私の家で宅飲みしようという話になった。
それぞれに酒や食べたいツマミを持ち込んで、まだ日が高いうちから飲み会が始まった。

実はふたりとも酒に弱い。
それが早い時間から飲み続けたものだから、当然早い時間に潰れてしまい、布団に転がるとあっという間に寝てしまった。

ふとトイレに行きたくなって起き上がると、寝ていると思った友人がまだ居間にいた。
窓を開けて、斜め下にある道路沿いのなにかを一心に見ている。
この辺は大きな道路が多くて空気が良くないので、自分ではめったに窓を開けない。
湿気が入ってくるのも嫌だな、と思って声をかけたのだが、唸り声のような返事が返ってきただけだった。

用を足してトイレから戻ってきても、まだ同じ姿勢で外を見ている。
開いた窓からはなんだか生暖かいような変な風が入ってきていた。怪談でよくある「生暖かい風が」という表現そのままの変な風だ。
いや、生暖かいのではなくてはっきりと熱い。
気味の悪い熱さを持った風が、ひゅ~ドロドロと吹き込んでくる。
トイレに行く前は風も吹いていなかったし、窓だけ熱いなんてこともなかった。

「外を見るのはいいけど、いいかげん窓を閉めて。もう寝よう?」
本当は今すぐ窓を閉めたかったが、友人がどっかり挟まっているのでそれも出来ない。もごもごと同意の返事が返ってきたので、仕方なく通り過ぎた…その時。

「あっ! うわっ!!!」
バタァン!!!!

悲鳴のような叫び声が上がり、壊れるような勢いで窓がバンっと閉められ、友人が寝室に走りこんでいった。
何が起きたか全くわからないが、とりあえず窓は閉まった。
慌てて寝室に入ると、布団をかぶって丸まって震えている。なだめてもすかしても震えながら首を振るだけで要領を得ない。

しょうがないので自分の布団に転がって寝てみようと努力はしたのだが、さすがにこの状態で寝られるほど図太くはなかった。
諦めて携帯ゲーム機を起動する。
ゲームを進めながら友人の様子を伺うと、時折布団から顔を出してはまた布団にこもる事を繰り返している。
最初のように声が出ない状態では無さそうだが、まだ怯えた様子で布団に潜っている。

どれほど時間が経っただろうか。
外の闇がすこし薄れてきた。夜明けにはまだ遠いが、どちらかというと朝に近い時間なのだろう。
友人が急に居間に移動して、窓の外を見始めた。
先程のように怖がっている感じではないが、息を詰めて何かの様子を伺うように一点を見つめている。

「………はあ~、やっと消えた!」
大きなため息と同時に崩れ落ちるように座り込むと、やっとまともに話ができる状態になった。
そこでようやく家主である私の機嫌が悪いことに気づいたらしく、何も言っていないのに慌てて説明を始めた。

「ごめん、すごく怖い目に遭ったんだ。
なんとなく窓から外を見たらさ、正面の公園のとこに人が居たの。
白い服を着て髪が長い人でさ。
変なとこにいるなあって気になってずっと見てたんだけどね、君が通りかかったあたりで急に向こうもこっちを見たの。

あっこれ人間じゃない、目が合ったしヤバイ、って思った次の瞬間ふっと消えて、逃げたのかなと思って前を見たら、目の前に顔があってさ。
すごく恐ろしい顔が目の前にあるもんだから、慌てて窓を閉めて逃げたの。

怖すぎてどうしようも出来なくて震えてたんだけど、気配が消えたから様子を見に行ったら元居た所に戻っててね。
公園のすぐ脇にマンションあるじゃん? そこから出てきた学生のグループに着いていったから、やっと安心できたんだ。
本当に怖かった…!」

あまりの話に、何も言葉が出てこない。
そんな恐ろしいものが窓の外に…って待って、ウチで何してくれてんの!
こっちはここで暮らしてるのに!!!
しかも着いて行ったって…大丈夫なのか、その人達。

結局「その人達平気なの?」と聞くのが精一杯だったが、「わかんない」というどうしようもない返事しか返ってこなかった。
寝不足と怒りで眉間のシワが一段深くなったのだが、それを見て取ったらしく、慌てたように言い訳を始めた。

「あれは多分この辺をウロウロしてるやつで、場所に留まるタイプじゃないと思う。
彼らは集団だったし、もうすぐ朝になるし、あの様子だとどっかお店に行くんだろうし、大丈夫じゃない?
それにしても、時間ってスゴイね!
あれが始まったのが丑三つ時ぐらいで、朝になればなんとかなると思って様子を伺ってたんだけど、3時を回ったあたりでふっと気配が消えてさ。
元の位置に戻ってたからやっと動けるようになったの。
時間って関係あるんだね!」

うん…そうだね、もう朝だしね…すっかり明るいもんね。
呆れすぎて怒る気力も失せたので、よかったね、と声をかけて少しでも寝ておこうと寝室に戻った。
友人はすっかり安心して勝手にコーヒーなど作って飲んでいる。
コイツはしばらく家には上げるまいと心に決めた。

翌朝確認した所によると、ただの幽霊ではなくて神社とかお寺とか、そういうのに関係のある巫女のような何か、だそうだ。
だからどうしていいか分からなかったらしい。
窓を閉めただけで対処出来るかも分からなかったけど、入ってこなくて助かった。この辺のかなり広いエリアをああやって人に着いて移動しているんじゃないかな、との事。

友人が恐怖で震えているさなか、私はあいかわらず何も視えていなかったが、窓からありえない熱風が吹いてきたのは事実だ。
友人の怖がり方がすごかったのでそれに影響されて、しばらくはカーテンを開けられなかったし、公園脇を通る時は緊張した。

アレが今どうしているかはわからないが、私は特に何事もなく過ごしている。

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