大学院と就活とツイッターの話

前回までのあらすじ
 
思い出語りまとめ
 https://note.com/denkaisitwo/n/nd3f3c20ff832
 大学3~4年:漫画描きながら研究
 https://note.com/denkaisitwo/n/n48fa59742dc8
※この話は現実を元にした完全なるフィクションです

ネットの仲間達

ミクシィ
 流行りのソーシャルサイトに登録した。ミクシィというものだ。これは人が交流するためのサイトだそうだ。招待制という仕組みで、既に登録しているユーザーから招待されなければ登録することができないらしい。この仕組みによって、生きた人間同士の繋がりとしての友達から友達へとユーザーを伝播させていくという思想らしい。しかし僕はここで2ちゃんねるの力を使った。ミクシィ招待スレという掲示板を探し当て、そこでお互いに匿名ユーザー達が友達のフリをして依頼することで登録したのだった。

自分のWEB漫画が面白い
 自分の漫画を自分で読んでいると笑ってしまう事がある。自分が面白いと思って描いたのだからなにも不思議な事ではないのだが、公然とは言いづらい。自分の事が大好きだと思われる事にはちょっと抵抗がある。

創作について思う事 
 画力ってなんだ?僕の創作のルーツってなんだ?四六時中思考を巡らせる。匿名掲示板の意見は案外見当違いなものが多い気がする。そういえばネットを始めた頃は、ネット掲示板には頭のいい人ばかりだと感じて圧倒された気持ちだった。しかし今は、気づきのある書き込みと出会える確率は少なくなったと感じる。

ねとらじ
 リアルタイムで自分が喋っている様子をストリーミングで発信できる「ねとらじ」というものが最近流行っている。m3uという拡張子のついたURLをクリックすると、カミナリのマークのwinampというアプリが起動し、ネットラジオが聴けるのだ。視聴者コメントについては2ちゃんねると似たような方式の掲示板がその都度用意され、視聴者とのインタラクティブな雑談配信が可能となっている。そして、新都社でもこの「ねとらじ」という仕組みを使って、漫画作家や文藝作家が様々な自分語りをはじめるようになった。あの漫画を描いている人が、実際に喋っている音声をリアルタイムで聴くことができる。あまりにも画期的だ。それを聴きながら自分の作業も捗るのだった。

動画配信
 「ニコニコ生放送」や、「USTREAM(ユーストリーム)」や「Justin(ジャスティン)」といったサイトでは、漫画を描いている様子をWEBカメラでリアルタイムで配信をしている人もいた。新都社で漫画を描いている人々がそうして黙々と作業している様子が放送されているのを観ると、自分も漫画を描きたくなってくる。

今年の自作ゲーム
 年に一度の大学祭。自分の所属しているサークルの展示を観てみよう。例年のように、体育館の中に長机が並べられ、その上に立ち並ぶ数台のパソコンがあって、今年も僕は新しく自分で作ったゲームを展示させてもらっている。子供達が実際に僕のゲームを遊んでくれている様子はやはり感動的だ。

野中さんとの邂逅
 僕のゲームの2つ隣のパソコンでは、サークル部員のイラストがスライドショー形式で流されている。それを観ていると、突然、新都社で何度も見た事のある絵が出てきた。
(あれ?)
 混乱した。確かこの絵は、新都社の作品だ。どういうことなんだろう。家に帰って、その作者について調べてみた。彼のブログには、このように書かれていた。
「今日は大学祭でした!自分の描いたイラストを展示させていただきました。」
なんと驚くべきことに、同じ大学のサークルの後輩の一人が、新都社に漫画「天国への扉」を投稿している作者と同一人物である事がわかった。彼の事は既によく知っていた。近未来バトルファンタジー漫画を描いていて、ブログの中では思った事を真っすぐ純粋な感情表現で投稿する、あの人だ。野中先生だ。

サークルに入った事
 元々このサークルは兄がきっかけで入った。自分は年に数回だけ顔を出し、学祭でゲームだけ出す、いわゆる幽霊部員に近い存在になっていた。そんななか、ネットの新都社とリアルのサークル、それを結びつける思いもつかない存在が突然現れた…野中さんという後輩が現れて、僕は嬉しくなった。現実とは数奇なものである。

接触
 テンションの上がった僕は、彼の活動を調べ、彼のミクシィにメッセージを送った。
「もしかして、同一人物ですか?」
「うわあああああ!!!その通りです!!!!!!」
マジか!偶然というものはあるものだ。彼はこう言った。
「一度、一対一(サシ)で、会ってみませんか?」
こんな形で、人と会う事なんて、人生で一度も無かった。ある訳が無かった。一応、彼とは同じ空間に居た事はあるはずだが…。それにしても、こんな自分でも人間と交流することができるのだろうか?新都社という共通の話題があるから大丈夫だろうか?
 人生で、初めて、ネットとリアルが繋がる時なのだ。

後輩の呼び方
 後輩に「さん」を付けて呼ぶのは僕にとって自然な事なのだが、一般的には後輩に「さん」を付けない。一般的な慣例に従って、「君」で呼んでみようかな、と一瞬思ったが、やっぱり違和感があって駄目だ。後輩だからというだけの理由でわざわざ喋り方を使い分けたくない。そういう体育会系の文化は気にくわない。それに、野中さんは尊敬するに足る人物だ。なぜならどんな理由にせよ、僕と同じように新都社という最高にクールなサイトに辿り着いた。その共通点があるからだ。

サシオフ
 ネットの知り合いが一対一で会う事は「サシオフ」と呼ばれている。サシオフ当日、待ち合わせ場所と時間の事以外はなにも決めなかった。携帯で連絡を取り合いながら大学の構内のお互いに知っている場所を確認し、会った。
 まず、どうするか。僕は
「空き教室でお絵かきでもしますか?」
と言って、彼と一緒に誰もいない教室に誘導した。しかし、寒く閑散とした教室を見た野中さんは難色を示した。
「いやー、ゲーセンとかカラオケとかに行くのかと思ってましたが…ちょっとこれは…」
僕はなんて気の利かない奴なんだ。彼の言う通り、ゲーセンやカラオケに行った方がいいと思った。
「あ、なるほど…行きましょう…そうしましょう…」
気持ちを切り替えよう。まずはゲームセンターに向かった。そこで、最近ハマっている太鼓の達人で高度なプレイを一方的にかまし、ひとしきり満足した後、カラオケに行った。そこで新都社の話が始まると、すると、急激に話題が盛り上がった。好きな作品や作者の話や、当時コミュニティ内で暴れまわっていた人についてなど。
 「なにか歌いますか?」
と言われたが、僕には歌いたい歌が無かった。歌う代わりにお絵かきをした。
 彼は僕の事をこのように言った。
「電解質先生、オーラが凄かったです。びっくりしました。カラオケでお絵かきしている途中で店員が来ても、堂々と絵を描き続けていて、動じなくて、凄かったです。」
彼はそう言ってくれた。そんな事を言われるとは全く思っていなかったから、凄く印象に残った。彼の目に見える僕のイメージは新鮮だった。彼からみれば僕は人気作家だからそのように言われたのだろうか。
 その後日、彼と僕は、その出来事をお互いに漫画「オフレポ」としてネットに、新都社に投稿した。
新都社の人々からは、「偶然って面白いね!」といった反応もあれば「電解質先生はセンスがいいのに、野中はセンス無いな」だとか、いつものように遠慮のない意見が寄せられた。

新都社と野中さん
 新都社コミュニティの掲示板では、野中さんは叩かれがちな人だった。僕を叩く投稿はほとんど見た事が無いが、野中さんを叩く投稿は大量に書きこまれた。僕には少し不可解な現象だった。新都社の住人が何を感じているのかわからない。
 新都社の住民が尊敬するのは、ストイックに黙々と面白い漫画を描き、住民を楽しませる作家らしい。そんな作家には住民達は惜しみない称賛の声を送った。「覇記」「K」「熱い競馬漫画」等の作者は非常に尊敬されていた。
 では、叩かれる場合はどういうケースなのだろう。僕はいまいちその法則がわかるようで分からなかった。とにかく野中さんは叩かれ、僕は全然叩かれなかった。それでも野中さんは挫けることはなかった。彼は漫画家を本気で目指していた。彼の漫画を楽しみにしているコメントは確かにあったし、彼は真面目に漫画を描いた。

ネットで叩かれないように振舞う
 だんだん、ネットでうまく立ちまわる方法の理解も深くなってきた。野中さんのようなノリで発言すると叩かれてしまう。それは確かだ。僕は以前から慎重にしていたが、法則を得て、叩かれないような振舞いをしようと思った。

野中さんのコンプレックス
 野中さんと話していると、とにかく彼の口からは、
「リア充が嫌い」
という言葉が出てくる。リア充と呼ばれる人種に対するコンプレックスが本当に強い人のようだ。

りあじゅう
 「リア充」というのは、「彼女がいて充実した生活を送っている奴」の総称みたいなものである。野中さんには、それが本当に妬ましい様子だった。そんな気持ちを抱える一人の人間でありつつ、オタク趣味は恥ずかしいものだという気持ちも強く、ビジュアル系バンドのようなアクセサリーで着飾ってみたり、カラオケではデスボイスで歌っていたりしていた。僕には一見するとヤンキーに近い外見的な姿のように思われたが、実の中身はイメージとは全く違った。彼には彼のコンプレックスがあるようだ。そしてそこから生まれる漫画の表現があるのかもしれない。彼は僕とはまた毛色の違う歪みを抱えているようだった。僕は彼のような人と初めて関わったし、彼も僕のような人は見た事が無かったらしい。


サークルの飲み会
 サークル「パソコン研究部」の飲み会が開かれた。その場にはやはりあの野中さんもいた。この場に新都社民は僕と彼の2人だけだ。奇妙なことだ。分断されていたはずの現実世界とネット世界が、不思議な縁によってゆるやかに繋がり始めている。他のサークル部員と話をするのも良かったのだが、僕が一番興味があったのは、野中さんだ。それにしても、自分から席を立って、話したい人の隣に座る行為に勇気がいるのはなぜなのだろう。飲み会も後半になり、やっと野中さんと隣同士になった。
「電解質先生、ツイッターっていうのをご存知ですか?最近流行ってるじゃないですか。やってみませんか?先生なら歓迎されますよ。」
「うーん、まあ、いろいろ…。うーん…。えー、うん。やってみたいですね」
僕の受け答えはフニャフニャで…ともかく、ツイッターという謎の流行ツールには、好奇心と警戒心の両方を感じる。新しいコミュニケーションツールを使う事には謎の抵抗があって、なかなか始められなかった。僕は他人からミーハーっぽく思われるのが嫌なのかもしれない。

現実とネットのコミュニケーション
 家族や大学の人間関係よりも、新都社の人間関係の方が心地よい。ネットで話しかけてくれる人の方が遥かに多い。ネットなら僕に対して敬意をもって接してくれる。だけど、僕はどうコミュニケーションすれば、よりよい人間としての体裁を保てるだろう。そんなしょうもない事ばかり気にする。だが上手に対応できない。

ティシュー先生が来る

 新都社で漫画を描いているティシュー先生が、僕の住んでいる岡山に来るらしい。野中さんからのメールでそれを知った。そして僕と野中さんとティシューさんの3人で、少しだけ会ってみる事になった。かねてよりティシューさんの漫画にはセンスを感じていたから会えるのが嬉しかった。そして3者オフ会が始まった。マクドナルドで一緒に話して、ちょっとした落書きを描いて見せあった。いつもネットで見ている絵が、目の前で描かれる様子は感動的であった。こうしたやり取りを、ちょっとした漫画にして、各々はブログに投稿した。

ワンパンマン
 いつものように新都社を見ていると、めちゃくちゃ面白いバトル漫画だと評判の漫画があるらしかった。「ワンパンマン」という作品だ。読んでみると、ドラゴンボールのような、まさしく「バトル漫画の理想の形」のような熱いものを感じた。
 ワンパンマンは異例のスピードであっという間に人気を獲得し、どこまでもコメントが伸びていた。いつもなら少しだけ嫉妬心があるのだが、「なるほど、これだったら納得である。だって面白いんだもん!」素直にそう言える漫画だった。

ツイッター開始
 今、物凄い勢いでツイッター(Twitter)というものが流行っているのは言うまでも無い。勇気を出して、大きな流れに飛び込むような気持ちで登録作業が完了した。出来たばかりの自分のアカウントをどうすればいいのかわからない。とりあえず、よくある使い方を検索して調べたところ、有名人を100人くらいフォローするといいらしい。なるほど、フォローした人のツイートが流れてくる。
 その後、「ツイッター始めました」と、自分のブログ記事で告知してみた。すると一瞬にして7人くらいのアカウントからフォローされた。さらに翌日には、フォロワー数は30人近くに増えていた。僕の漫画の読者と、新都社の作家達だった。
「みんなが、ここに居る―――――ッ!」

フォロワーの様子
 様々な感情が入り混じる。自分はそんなに人と関わるタイプじゃないのに、こんな環境に飛び込んでいいのだろうか?しかしながら、フォロワーの皆のツイートが、どれも面白くてしょうがない。新都社作家の皆のツイートを読んでいても、ただ漫画をネットにUPしているだけで、普通の人間達である事がわかる。むしろ、読者の皆のツイートを読んでいると、意外と面白くて普通にニヤニヤしてしまうような事をつぶやく人もいる。全く興味を惹かれない発言もあるが、それも含めて面白い。漫画を描かないお前らの方がよっぽどセンスがあるのではないかと思う事もよくある。有益な情報や驚くようなニュースが無限に飛び出してくる。楽しい環境だ。開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったかのような気持ちになった。

ツイッターにハマる
 僕は携帯電話(ガラケー)に専用のツイッターアプリを入れた。研究室のPCのデスクトップに、JanetterだとかTwiccaだとか夜フクロウだとかラーメン大陸だとか、そういう名前のよくわからんツイッターアプリをなんでもかんでも導入し、常にタイムラインをチェックし続けた。みんなの生きた呟きがいつでも流れる。そんなツイッターはあまりにも面白過ぎる。見ているだけでも面白い。これは革命だ。ツイッター以前と以後で、世界が変わったような気さえする。

フォロワーとの交流
 熱烈なファンから多数のメッセージを受け取った。
「密着帰宅部24時、面白いです!ファンです!」
「電解質先生!俺と付き合ってください!!!11」
「うおおおお電解質先生ツイッターやってたのか!」
「俺と関わってください!なにとぞ!」
こんなメッセージを何十件も見ていたら、当然嬉しくなるが、嬉しくなりすぎて感覚が麻痺して恐怖や不安が募り始めるのを感じる。ここで浮かれてはいけない。自分なんて大した人間じゃない。電車の乗り方もよくわからないし敬語の使い方もわからない、世間知らずの自分にはネットの人々とちゃんとした交流ができないだろう。感情の整理が追いつかない。

自分語り
 やはり、ブログや2ちゃんねるなどを見ていると、こういう風潮がある。
「漫画描きなら自分語りをせず、漫画で語れ」
ねとらじやブログで自分の思考を語るのではなく、全部漫画で語ればいい。それが作品になるだろう。そして多くの人に届くだろう。プロ志望ならば尚更、そういう態度が期待される。


熱烈なファン


僕を追う者
 ツイッターを眺めていると、3番目にフォローしてきた、本当に最初期のフォロワーの人が、僕の漫画の事を熱烈に語り、僕の事を褒めまくってくれている様子が目に入って来た。全フォロワーの中でツイートの頻度も3番目くらいに多い。タイムラインを見ているとわかる。発言数の多い人は目立つ。この人は普段どんな発言をしているのだろうか。こっそりホーム画面まで発言を追ってみると、若い漫画オタクの女性のようだ。

白玉さん
 「白玉さん」という。アニメや漫画を大量に観ているようで、好きな漫画のキャラクターの良さについてハイテンションで語り続けている。少年漫画も、少女漫画も、それ以外の知らない漫画も、僕の知らないあらゆる漫画のキャラを凄い勢いで語り続けている。僕が帰宅部の新しいエピソードをUPすると、彼女は即座に反応した。誰に向けて言っているわけでもないような、いきなり「今回の師匠の会話めっちゃいい…」といった感じで、独り言を壁に向かってボールを打つようにツイートするのだ。師匠といえば僕の漫画のキャラなのだが、そのツイートの意味が理解できるのは僕の漫画のファンか、作者である僕だけだろう。まさか僕の漫画がめちゃくちゃ好きなのだろうか?多分そういうことだろう…。彼女はサイトを持っており、絵師としての活動をしていた。その絵柄もまた良い感じだ。この人は要チェック人物だな…と、こっそりマークした。お互いに興味を持っているのは明らかだった。

るろうに剣心を読んだ
 ある日、兄の部屋で「るろうに剣心」を初めて読んだ。そして、携帯を開いてツイッターでこのようにツイートした。
「るろうに剣心を初めて読みました。志々雄カッコいいです」
すると、あの白玉さんが「わかります」と返信してくれた。

白玉さん
 白玉さんはどうやら、僕に憧れている様子が見受けられる。こんな時に僕は積極的に人と交流ができない。2回も3回も返信すると、相手に迷惑なんじゃないかとか、この人とばかり関わっていると、他のフォロワー達をないがしろにするのではないかとか、そういう事を考えてしまう。僕はただ、「わかります」という返信をお気に入りに入れるボタンを押した。

エゴサーチ
 自分の漫画の話題を検索してみた。「帰宅部めっちゃ好き」「密着帰宅部ワロタww」「WEB漫画といえば帰宅部24時が一番好き」「電解質先生のセンスは異常」そんな言葉がずらずらと並んでいた。嬉しい言葉の数々だが、9割の嬉しさにはやはり常に1割の怖さが伴った。

フォロワー達
 フォロワー達が、
「電解質先生の漫画は本当に面白いですよね」
といった事を話している。その会話の様子をいつものように、こっそりと見ていた。きっと僕の事を
「偉大な人だからタイムラインなんて見ていないだろう」
と思っているのだろうか。気まぐれにその内の誰かに反応してみると、
「電解質先生から反応を貰えるなんて!!!」

と、驚かれた。まさか返信されると思わなかったのだろう。あまりにも僕の漫画をいつも話題にしてくれるので、こっそり見ている自分が少しだけ恥ずかしくなってくる。その後、基本的には見て見ぬフリをし続けていた。

ネガティブな発言ばかりするフォロワー
 フォロワーの人には様々な人々がいる。その中でネガティブな発言の多い人にも興味を惹かれた。
「つくづく絵が下手だ」
「一生彼女いません」
「今日も一日健常者のフリをするか」
などなど、彼らの自虐的なツイートは、ある種の居心地のいいものを感じる。
 その一方で、思う事がある。やんわりと危うさを感じる。自虐をアイデンティティにする危うさだ。もしもの話だが、一生彼女いませんとか言いながら、なんだかんだで彼女が出来たら、この人はアイデンティティを失って消滅するのか?そうなった時、自己矛盾をどう説明するつもりでいるのか?

白玉さん、新都社へ
 白玉さんはある日突然、新しいツイッターアカウントを作って、複数アカウントを駆使して、なんと新都社の作家として活動を始めた。そして僕がフォローしている人を中心に漫画関係の人々をフォローしたのだった。しかも、僕以上に僕のフォロワー達とワイワイキャッキャと交流を始めたのだ。
 僕の見ている世界を追体験したいのだろうか?僕も白玉さんに好印象を持っていたが、彼女にそんなに好かれているのなら、シンプルに嬉しい。浮かれた気持ちになってしまう。むしろ、なにか出来過ぎているような。この人と仲良くならなければならないだろう。
 ツイッターのタイムラインでは、いつも白玉さんが僕のフォロワーと一緒に帰宅部について語っている様子が繰り広げられる。作者でありながら、その様子を指を加えて眺めている。僕は一日に5回くらいの頻度でツイートしていたが、白玉さんは一日に百回くらいツイートしていた。しかも、それを複数アカウントでやってるようだった。

白玉さんとのスカイプ
 白玉さんとは一度コミュニケーションを取った方がいいと思った。人にこんなに積極的にメッセージを送る事なんて無い。勇気を出してスカイプチャットに招待した。
「あわあああわ、あああああありがとうございま、めっちゃうれしいやああああん」
 ひらがなの羅列が送られてきたのを見て、つられてしまいそうだ。白玉さんは、僕と話せることにめちゃくちゃ喜んでいる様子だった。僕も嬉しくなってしまうではないか。彼女の感動しているようなテキストを見て、嬉しくならざるをえなかった。

白玉さんとのスカイプ2
 お互いの事について話していると、白玉さんは本当に純粋に漫画が大好きな人のようだった。そして、僕の漫画もめちゃくちゃ読んでくれていた。自分の事を話すと、しっかり的確にリアクションしてくれる。感情の振れ幅は大きく、理解度は深く、なおかつ面白く。彼女とチャットをしていると、気持ち良くなってしまう。どうしてそんなに自分の漫画が好かれてしまうのだろう。何故、こんなに誰かに好かれる存在になってしまったのか。

白玉さんとのスカイプ3
 白玉さんとは、新都社の話や、プライベートの話や、人生の話をした。学校や家族の話も。連日連夜、会話に花が咲き、深夜までチャットすることも頻繁にあった。僕の方はひとつの返信に1~2分の時間を要するのだが、白玉さんは10秒以内に返信してくる。返信が遅い時は「ごめんご飯たべてました」といった生活の理由がある。スピード感覚が違う。そうでありながら白玉さんはいつも、急かすことなく待ってくれる。テンポこそ違えど、それ以外のあらゆる全てに問題の無いコミュニケーションが成立している。

白玉さんとのスカイプ4
 こんなにもちゃんと人間とコミュニケーションした事は、果たして人生で一度でもあっただろうか?なにもかもをぶちまけられる、初めての存在のようにすら思える。子供の頃を除いて、間違いなく最も頻繁にコミュニケーションできる人間だ。白玉さんと話すのは、あまりにも気持ち良すぎる。何時間も延々とチャットで話し続ける日々を、何か月も送り続けた。
 彼女は、僕の漫画の中にらんま1/2やハンターハンターや幽遊白書のネタが存在するのを見て、共鳴するものを感じたらしい。そして、主人公の少年が好きで仕方がないらしい。ひょっとして白玉さんは朝木君(※主人公の名前)と僕を同一視しているから、こんなに僕を慕ってくれるのか?

白玉さんとのスカイプ5
 うっかり僕の妹の詳細な情報を話してしまった。白玉さんは僕の妹のアカウントを特定して、フォローしてしまった。そして相互フォローになってしまった。まさかの事だ。笑ってしまうほど変な出来事だ。

一般ファンの幻滅の話
 ある日エゴサーチ、つまり自分の作品名で検索をしてみると、全く知らない一般女性のブログが出てきた。一般女性は「最近、こういう漫画にハマってます!」という一言と共に、僕の漫画のキャラの絵が描かれていた。
 もしここで作者の自分がしゃしゃり出て、「ありがとうございます!」なんて言ったら果たしてどう思うか。読者と作者には適切な距離があった方がいい。そんなことを思いつつ無意識にツイッターのフォロワーをチェックしていると、フォロワー一覧にその人がいた。フォローされれば返す主義の僕はすぐにフォローを返した。
 人として性質が合うとは限らない。僕はツイッターでは面白いと思って「人糞カフェ」とか「うんこ爆発」みたいな、汚い言葉遊びをする事がある。その一般女性は「見たくないものを見てしまう事があるよね」とツイートした。確認してみると、フォローが外されていた。見たくないものとは、やはり僕の発言だったのだろう。

ネットの仲間たちについて
 ツイッターで何かを呟くと、フォロワーの誰かがなにかを返信してくれる。寂しくなく、救われるようだ。しかし問題は、フォロワーにどのように返信したらいいのかわからない事だ。人と会話をすることに根本的に不安を抱えている。失礼の無いようにしようと過剰に思い過ぎるあまり、無視してしまう事もあるほどだ。そうなれば本末転倒でしかない。話しかけて無視される痛みを自分も知っているのに、人を無視すると言うのか。これからは、一度か二度のリプライ合戦をして、ふぁぼ(いいね)で終わらせる、それくらいのコミュニケーションをしよう。あれこれ面倒な事を考えてしまう自分のツイッタールールだ。

作家と作品は別物だという話題
 掲示板でよく話題になる事だが、作者の人柄を知ったら作品が楽しめなくなる事があるという。その気持ちは確かに少しは分かる。好きな漫画の作者のツイッターをずっと見ていると、いつもなにかに怒っているような人で、少しだけ期待していた人格と違うような、「うーん…」というような気持ちになった事は確かにある。が、スレ住民みたいに、そこで作者の漫画まで嫌いになる事は無いだろう。作家と作品は完全に別物だと切り離して、一歩引いて見るのが大事だな、と思った。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と、憎しみに呑まれた存在にはなりたくない。ツイッターを眺めていると、好きな作者の事をあえて知らないようにして漫画を楽しんでいる人もいるようだ。こういった面倒くさい問題があるから、作者自身もある程度ミステリアスさを演出する方がいいのではないか。エンターテイナーとしては。そんなことを考えていた。

ツイッターの難しさ
 古参のフォロワーの人が、「複数アカウントを持っている奴は糞だ。一本で勝負しろ」と発言しているのを見た。言わんとするところは理解できる。確かにツイッターアカウントを複数に分けて別々に明るい顔と愚痴の顔を使い分けるのは、なにか気持ち悪いような気がする。アカウント一本で勝負するのが誠実なツイッターだと思える。

ツイッターを支配するルール
 ツイッターには様々なアイコンと発言が流れてくる。気になった発言のアイコンをクリックすると、そのアカウントのフォロー数とフォロワー数が表示される。この数字によって、そのアカウントがどれだけ支持されているかを判断する事が出来る。フォロワー数の多いアカウントは影響力のある良質なアカウントだ。フォローされている数が多い人は凄い人だ。基本的には。

ツイッターの腐敗
 近頃、お金によってフォロワー数を購入するだとか、自動的にそれっぽい事を発言するbotだとか、そういうお金のためになりふり構わずシステムを利用する存在が増えてきた。他人のアカウントのフォロー数やフォロワー数を見るにしても、そういう事情を加味したうえで見なければならなくなった。

ツイッターの実写アイコン
 キャラクターの顔をアイコンにしている人々でツイッターを楽しんでいるのに、時々、リアルの自分自身の顔写真をアイコンにしている人間がRTで視界に入ってくる。それが微妙に不快だ。なんで嫌なのかと言われればうまく説明できないのだが、(自分の顔が大好きなナルシストかよ)という気持ちになるのだった。文化が違う人だと思った。漫画の世界で生きている我々の世界に、ヤンキーがずけずけと入ってくるようで嫌だった。

皆が面白いと言っているコンテンツ
 皆が面白いと言っているコンテンツの面白さが、全然わからない事がある。自分の感性は死んでいるのか、皆と自分は感覚が違うのか、理由がわからない。いずれにせよ不安になってしまう。
 例えば、「脳内メーカー」というアプリが流行っている。「あなたの脳内はこうなっています」と、脳の形の画像にランダムに生成された文字が羅列される。僕はこれの面白さを全く理解できず、皆との感覚の違いにモヤモヤしたものを感じた。

ティシューさん再び
 白玉さんは僕とティシューさんの漫画が特に好きらしい。彼女とは非常に頻繁にチャットで交流した。もしかしたらいつか、ティシューさんも交えて三人でなにか漫画の合作とか面白い事ができるのではないか。そんなことを空想した。
 そう思っていたら、ティシューさんの方からスカイプで繋がりましょうとメッセージが送られてきた。野中さんとティシューさんと僕との3人で少しだけ話をした時以来、あまり関わることはなかったのだが、白玉さんという存在がきっかけとなり、ティシューさんとも再びチャットで交流するようになった。ティシューさんは言った。
「私は電解質さんを尊敬していますし帰宅部のファンですが、白玉さんとの恋のライバルみたいな…そういう設定でツイッターしてますよ。」
 嬉しい。新しい仲間ができた。僕もティシューさんに好印象を抱いていて、めずらしく積極的にメッセージを送った。
「出身地近いですね!!!」
「おお、そうなんですか」
ティシューさんとのチャットは楽しい。やはりセンスの近い人だと感じる。

お絵かきチャット
 「一緒にお絵かきしましょう!」
自然な流れで、僕とティシューさんと白玉さんの、夢の3人でお絵かきチャットをすることにした。白玉さんの絵にも良さを感じるし、ティシューさんの絵にも良さを感じる。そうして楽しいお絵描きの日々を送った。

フェイスブック
 最近はフェイスブックというやつが流行っているらしい。実名でのみ登録することができ、複数アカウントでも取ろうものなら削除されるという、ミクシィに似た思想の交流サイトだと思う。僕には縁のないサイトだと直感的に感じた。リアルの活動とネットの活動を同一にするなど、有り得ない事のように思う。もしそうなると…どうなるのだろう?正気を保てるのかどうかわからない。想像することが難しい。

リアルとネット
 家族…父、母、兄、妹の世界。ネット…新都社、電解質、ツイッター。ふたつの世界を完全に分けて、絶対に混同させずに生活し続けている。

就活


大学での様子

 研究室に行き、ゼミで試験片の加工と測定の作業をし、データをグラフにまとめる作業。機械が動いている間に、ゲーム制作やイラストの技術書を読む。

治具を作る
 金属部品を試験機にかけるための固定具、「治具」(ジグ)を作ることになった。ミスミ社のカタログから使えそうなものを探し、自分で図面を書き…とにかく、それをやった。大学の工場には頑固おやじみたいな人がいて、その人に図面を渡して作ってもらう。一見優しそうだが、僕がもにょもにょした事を言ってしまうと、「は!?ちばけてんのか?」と豹変する。非常に苦手なタイプの人だ。ちなみに、「ちばける」はふざけるという意味だ。
 完成した治具を使って、より制度の高い測定をする。得られたデータを元に、プログラミングの技術を使って、様々な解析をする。僕の研究のクオリティは上がっていった。


有能先輩
 知らない先輩が2年ぶりに帰国してきたらしい。今まで一番できるオーラのあった先輩をも遥かに超える研究っぷりを目の当たりにする。彼はよく携帯で通話しながらPCに向かい、日本語で電話をしていたり、英語で電話をしていたり、モンテカルロ法がどうだとか、ついていけない話をしている。話している様子は全く嫌味な感じは無く、ごく普通の良い人という雰囲気だ。何を質問されても率直な返事が返ってくる様子だ。しかも、ほとんどの事は的確に正しく答えられる。やはり、ごくまれにわからない事があっても知ったかぶりはせず、わからないと言う。本当にできる人間は知ったかぶりをしない…。
 先輩は、ヨーロッパの設計会社に就職が決まったらしい。

パソコンに詳しいキャラクター
 ところで僕は研究室内でパソコンに詳しいと思われていた。一応パソコン研究部だ。画像処理はわかるし、プログラミングも少しわかる。ウィルスの除去をした実績もある。測定器の都合で未だに使われている古いシステムのWIN95がブルースクリーンになったとき、黒画面のCUIからブート関係をいじって回復させた事もある。完全にマグレだったが。
 パソコンに詳しいと思われているなら、そういうキャラを守らないといけない。パソコンに詳しい奴という仮面を被っていなければならない。自作パソコンについては、大学生協に売っていた「自作PC最新版」みたいな本を読んで勉強した。そうして、グラボのATIラデオンや、NVIDIAゲフォみたいな、よく知らない事も知ったかぶりをし続けていた。

誤魔化しをする
 ある日、あの優秀な先輩が僕に質問した。
「最近だったらバックアップ用のハードディスクを選ぶならどれがええんかなあ。エス君の意見は?」
 僕はこう答えた。
「まあ、最近は回転数が高くてUSB3の規格のもあるけど、それなりの…うーん。普通でいいんじゃないですかね。」
よくわからない事を言って、ふにゃふにゃして誤魔化してしまった。

家での様子
 家に帰って食事をし、自室のパソコンで新都社をチェックする。ねとらじスレで先生たちの配信を視聴しながら漫画を描く。わからない事はなんでもググって、世界の有り様を知ろうとする。現実の人間関係にはそれほど興味が無い。興味があるのはただ、帰宅部の続きをどうするかだ。

リーマンショック
 ニュースによると、リーマンブラザーズがどうとかで、歴史的な不況によって就活の状況は厳しいらしい。テレビのニュースも父も教授も、みんな口をそろえて言う。よくわからないが、こういうニュースを追わなければいけないのか。

同期の就活の様子
 「四季報」という青い本がある。同期達は先輩達からの伝統に従って、これを就活のバイブルのように眺める。安定した優良企業を追おうとする同期達の考え方には違和感がある。
「この会社、良くね?初任給が22万もあって…」
「それ、どこ?」
「N社。鉄鋼業界の最初のページ見てみ。」
「すっご!ヤバない?でも条件がびみょくね?」
「条件ってオメー、何を重視してんだよ。」
「わかんねえけど、俺は勝ち組になりてえんだよ!」
「オメーは勝ち組になれねーよ!」
そんな会話が聴こえてくる。勝ち組などという、大衆向けのドラマで聞いたような言葉を普通に使う人間の人生観には全く共感できず、臭いものを感じる。収入で人生の勝ち負けを決めようとする発想は歪んでいるように感じる。就職する理由は、それぞれの生き方の為に収入が必要だからだ。勝ちとか負けとか考える必要は無い。

人生観
 我々は、何のために生きているのだろう。昔からよく思う。しかし世の人々はこんな疑問すら持たないのが普通なのだろうか?終身雇用みたいな、定年まで同じ企業で働く事が全然良い事に思えない。年功序列みたいなシステムもなにか気分の悪いものを感じる。僕は今まで他人は他人、自分は自分である事を繰り返し思い出し他人との差異を受け入れてきた。「勝ち組を目指す」というのは人生を他人との勝負と捉えている。僕の受け入れたくない考え方だ。最終的に目指すべきは自由に創作をやる人生だが、ひとまず社会人をやってみる。社会経験はあった方がいい。

就活
 同期の就活ムードに流されることによって、なんとかギリギリ就活する気になった。本当に嫌だ。どうしてなのか。嫌は嫌なのだが、県外に独り暮らしする事になれば、遂に親から離れられる。それがモチベーションにもなる。
 関西圏の有名そうな企業を目指す事に決めた。説明会に行き、興味ありげな態度で企業説明を聞く。履歴書を書き、封筒に入れて発送。書類選考は通過。メールアドレスにWEBテストのURLが送られてきたので、パソコン上でテストを受ける。無事通過。スーツを着る。ネクタイの締め方を初めて学ぶ。母による身だしなみの厳正なチェックが入る。この格好で壁キックの練習でもすれば不信な目で見られそうだ。大人として振舞う義務があるようで緊張感がある。電車の乗り方にもまだ自信がないが、母のサポートによりなんとか乗ることができた。GoogleMapを駆使し、面接会場に到着。初めての面接に向けた戦略としては、事前に来る質問を想定しておいて、その返答を暗記しておく。しかし実際に面接官を前にして、自分の研究の成果を喋っていると、専門用語が通じず解説を求められた。そこで完全に言葉に詰まって無言になってしまった。「今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます」というメールを読んで、がっかりする。丸暗記作戦は、少し鋭い質問が来ればいとも簡単に綻びを見せる。じゃあ、どうすればいいのだろうか。

かつての級友からのメール
 突然、小学校時代に仲の良かった友達からメールが来た。通称「ボゴロスコ君」。彼の事はよく覚えているし、思い出深くて懐かしい。ボゴロスコ君は僕をマイクロソフトメッセンジャーのチャットに招待してくれた。
「よーす!」
「よーす?よーす!」
「ww エス君最近どう?俺は今就活やってる。」
「自分もだよ…」
「就活どこら辺受けてる?」
「こう、電気とか自動車とか、そのへん…」
「大学どこいってるんだっけ?」
「岡山最高の大学よ」
「岡大か…スバラシイ…俺は愛知周辺の医療機器メーカー志望してる。」
「ほう…」
ひとしきりチャットで就活の会話をした。小学校の頃のボゴロスコ君とネット的な交流をするのは新鮮だ。彼から勇気づけられ、就活への勇気が湧いてきた。

就活なう
 2ちゃんねるの就職活動スレを参考に、次に受ける企業を決めよう。
<大学推薦を使えば受かりやすい企業一覧表 Sランク 内定確率80%>
このスレを参考にして、会社を決めよう。履歴書を書き、封筒に入れて発送。メールアドレスにWEBテストのURLが送られてきたので、パソコン上でテストを受ける。無事通過。そして面接当日。スーツを着て、電車に乗り、面接会場に向かう。戦略は、熱意ある若者感をアピールする事。丸暗記が通じないなら、その場その場で元気な好青年を演じるのだ。待機用の椅子に座っていると、ついに呼び出された。回数を守ってドアノックし、部屋に入る。そして若干やり過ぎなくらい元気よく、
「失礼します!」
背筋を伸ばして歩く。椅子に座る時は許可を得た上で…
「動きがカチカチじゃないですか!もっとリラックスしていいですよ…。」
面接官たちが僕のぎこちない動きを見て笑っている。はきはきとしゃべり、真っすぐに目を見て、ウケの良さそうな事を話す。多少の嘘は仕方がない。
「人と話すのが好きです」
ここまで己を殺し、面接の模範解答のように振舞えば、多分受かるだろう。面接終了。ひどく精神的に疲労し、Twitterを眺めた。Twitterにはオタク達の本当の感情が書かれている。嘘ばかりの世界に疲れ果てた今の心を癒すには丁度良いものだ。今の自分には、電車の中でスーツを着てスマホでオタク達のTwitterを見ている事しかできない。

就活のストレス
 後日、封筒が届いた。なにか書かれた紙が入っている。このように書かれていた。
「厳正な審査の結果、ご期待に沿えない結果となりました。今後のご検討をお祈り申し上げます」
てっきり受かるだろうと思っていた。しかし、何がダメだったのかと言ったら、おそらく嘘が下手だった事だ。あくまで推測でしかないが。「人と話すのが好きです」だなんて、僕が普段絶対に言わない事といってもいい。僕は無力感を覚えた。気持ちが暗くなってきた。これから進む道が黒い霧に包まれているような感覚だ。就活にはとにかくストレスがある。本当は別に入りたくもない企業のために自分をよく見られるように取り繕って、そのうえで落とされる。そう思うと、就活とはわざわざ尊厳を踏みにじる事を目的とする儀式のようだ。起承転結のよくできた4コマ漫画のように、伏線を上手に回収する少年漫画のように。とにかく、就活の全てのプロセスが気に入らない。なぜかわからないが、そういう社会システムになっているので、しぶしぶ従うしかないのだ。

就活佳境
 面接7社目。正直すぎても駄目、嘘を付きすぎても駄目。その駆け引きを咄嗟にするだなんて事は難しすぎる。そういう事を除けば、少しずつ僕の受け答えもスムーズになってきただろうか。偉い人っぽいおじさんが聞いてきた。
「スポーツは何かやってる?」
「テニスをやります!」
本当はテニスなんて普段やってない。何年か前に一度やった事がある程度だ。だからギリギリ嘘ではないという事にして欲しいと思いながら放ったギリギリの嘘だ。
「ほう、テニスか。」
面接官はそう言って深く頷きメモを取った。
「会社に入ってどんな風に仕事をしたいとか、そういうイメージはある?」
「高い技術力を身につけたいと思っています。」
「どうして、技術力を身につけたいと思うの?」
「社会に役に立つ『ものづくり』で、世界に通用する人材になるために、高い技術力が必要だと思うからです。」
「ふーん…」
面接官はまた頷きメモを取った。

内定
 「ピロピロン…」
スマホの着信音が鳴った。つくづく心臓に悪い。就活中は着信音を頻繁に別の音に変えている。音にトラウマ感情を植え付けられそうになるからだ。就活が終われば設定を元に戻す。そうすれば、就活中の着信音を聞くことはもう無い。とにかく、就活担当の教授からの電話だ。内定が決まったそうだ。目を開いた。自分にも入れる会社があったのか。企業と個人の間に大学を経由する仕組み上、受かった連絡は間接的に来るものだそうだ。内定が決まったのは兵庫県のメカニック関係の会社である。就活の苦しみからの解放と、家族からの解放。僕にはそれがとにかく嬉しかった。別にそこまで教授にお礼を伝えたいわけじゃなかったが、思わず僕は電話で感謝の言葉を言った。
「ありがとうございます!」


これからの人生設計
 漫画が描ける。サラリーマン漫画家になるのだ。これからはお金の問題に真っ向から立ち向かって、漫画による副業収入を増やし、そのうえで会社は3年くらいでやめる。そうやって生きる。本気でやる。

消化試合のゼミ生活
 就職が決まっても、今までの研究の集大成として「修士論文」(卒業論文の大学院バージョンか?)を書かなくてはいけないという。正直言って、適当で済ませたっていいんじゃないかという気もするが、それは誠実ではない。自分の中のなにかが許さない。いままで自分が2年以上もゼミで生活してきた事が、科学技術の向上に少しでも貢献できるのなら、論文という形で自分の答えをしっかり形にしたい気持ちはある。

東日本大震災
 家に帰ると、テレビの映像を親が黙ってじっと観ていた。泥が町を覆いつくすような映像だ。映画かCGのようだが、フェイクではなく実際のヘリコプターの空撮として、生放送されている事がわかった。
(あっ!異常な事が起きている!)
と思った。ネットの反応が気になって、折り畳み式の携帯を開き、アプリでツイッターの様子を確認すると、尋常ではない、とんでもないスピードでタイムラインが流れていた。想像を絶する事が起きているらしい。親はテレビしか見ていないから知らないだろう。ネットの騒ぎの激しさを。僕はその騒ぎに衝撃を受けた。吸い込まれるように、今のツイッターで百人ほどフォローしているタイムラインを一日中チェックし続けた。ベッドの中でも、すぐバッテリーが無くなる携帯の充電をしながら常にツイッターを見ていた。この時だけは、寝る時も充電器を繋げてツイッターを見続けた。恐ろしい事が起きている。その反面どこかスリルのように感じている。あまりの情報の洪水に、流れてくる情報が初めて追い切れなくなった。ネットは混沌を極めていた。命の危機に瀕する人々を救おうと情報発信する人々、不正確な情報を流した事を謝罪する人々。フォロワー達も有名人達もデマに翻弄されている。事実だと信じて疑わなかった事が翌日には嘘だった事が明かされる。ネットは何が信用できるのか分からないなどと散々言われてきたことだが、このときばかりは本当にそれを実感した。
 生々しい現場の動画も、ネットの奥深い場所には投稿されていた。テレビしか観ていない父と母には見る事のできないような映像だ。好奇心から視聴すると、画質が良くないながらも充分にわかる。想像を常に上回るスピードで破壊される街と、死に直面する人々、住民の悲鳴。人は死ぬときはあっけなく死ぬのだという事。映画ではなく実際の映像だ。

ツイッターの反応
 ツイッターはしばらく異常な状態だった。明らかに荒れていた。混沌を極めていた。あまりにもめちゃくちゃで、見ていたい欲求が湧いてくる。だが、僕は卒論を仕上げなければならない。ツイッターを一旦閉じた。

徹夜で卒論を書く
 「学会」に向けて、卒論の最終締め切りが迫っている。やる事が本当に多い。Wordで本文を書くのは勿論だとして、大量のデータを処理し、グラフ作成ソフトでグラフ化し、レイアウトを決め、イントロダクションを英訳して、既存の論文からの引用を明記して、誤字脱字をチェックして、図や表の番号が間違っていないかをチェックして、とにかくあれやこれやをやらなければ完成しない。作業の見積りなんてつけられない。食事も菓子パンをかじる程度で、研究室の椅子で仮眠を取り、徹夜が続く。そうしてようやく、卒論は形になった。データをまとめ、教授に提出することができた。やっと家に帰る事が出来る。


久々の帰宅
 久々に帰った僕の顔を見た母はかなり驚いたらしい。数日まともに食べてないせいでガリガリに見えたそうだ。

引っ越し手続き1
 父と母と一緒に引っ越しの手続きをすることになった。神戸の不動産のお店に行くと、担当のオニイサンが案内してくれた。ゴホゴホ咳をしながらも、やたらと早口で喋る人だ。車に乗せられ、次々に物件を巡り、部屋を見て、あれこれ説明してくる。僕は彼の雑談のスピードについていく事が困難で、適当に相槌を打った。まるで就活の説明会みたいに、相手の印象を良くするために本当は理解していないのに頷くばかりだった。「聞き取れませんでした」なんて言おうものなら、その場の誰かから馬鹿にされるだろうから、知ったかぶりをするのが当たり前だ。このマンションの部屋はいい感じだ。ここにしたいな。決めた。「ここにします。」
 あれこれ書類の説明を受けて、契約のハンコを押した。

引っ越し手続き2
 新しい部屋は「1K」だった。「ワンルーム」とも言うのかもしれないが、その辺はよくわからない。
 家賃は毎月7万と聞いていたが、インターネットが別料金でかかるという。不動産の担当に携帯電話で聴いてみた。
「家賃とは別にインターネットは別料金でかかるんですか?話ではそうじゃなかった気が…」
帰ってきたのはこういう言葉だった。
「私はインターネットありとは言いましたが、無料だなんて一言も言ってないですよ!」
「そ…そうですか…」
そういう事らしい。実際にはいろいろな事情で7万8千円になるらしいのだ。決まったものはしょうがない。与えられた条件で生きるだけだ。それにしても、「一言も言ってないですよ」なんていう圧力高いフレーズを直接聞いたのは初めてだ。
 久しぶりに体調を崩した。不動産の人のゴホゴホで伝染したとしか思えない。

学会

 「学会」が開かれた。学者達が集うなか、大学院の卒業生達が壇上でゼミの研究内容を発表する場だ。そこに僕が今までの研究の成果を発表し、学者達にアピールする場なのだ。僕の最後の研究発表は、学者達から「素晴らしい」と称賛された。ゼミの皆も、僕の発表が一番だったと言った。実はそれなりに頑張ったから、その成果が認められたのだろう。多少嬉しいと思った。その一方内心では、「だからなんなんだろう…」と思っていた。

大学・大学院の卒業
 大学も大学院も、卒業式は案外あっさりしたものだ。共通のホールに集まって卒業式が開かれたが、なにも印象に残らないような内容だった。
 その後のゼミの送別会の方が印象的だった。同期のまとめ役が手をパンパンと叩いて大きな声で言う。
「ハイ!きいてきいて!コラ!おい!これから教授が締めの挨拶をしまーす!みなさん静かにしてくださーい!」教授が立ち上がり、静まり返る。教授のスピーチが開始される。
「今までお疲れさまでした。」
拍手が上がり、続けて教授が言う。
「これからは嫌というほど、『辛い技術者としての人生』を体験することになるでしょう。」
 教授の最後のメッセージが話される。

飲み会の後に
 飲み屋を出て、最後に教授が僕に言った事がある。
「エス君が最初にプレゼンした時は、あまりにも酷くてこのまま社会に出たらミソクソになるんじゃないかと思った。だからゼミで訓練できて良かったかもしれんな。」

猶予期間
 いろいろな事が片付いた。そして1か月間ほど自由な時間があった。僕はプログラミングの本を読み、漫画も描き、ゲーム制作をした。父と母は僕の行動を見て、娯楽本を読んでゲームで遊んでいるだけだと思っているのか、僕を猛烈に批判した。
「時間があるんだから、例えばバイトとかすればいいのに…。今のエスはちょっとダラダラし過ぎ。有り得んよ…!」
僕なりに、最も価値を産むための行動を取っているつもりなのだが、親には理解できないらしい。

父親のテキスト
 父が僕にメールで何かを送って来た。それは「読め.txt」というファイルだった。父の編集したテキストは400行にわたり、父の長きにわたる経験から社会人としての心構えを集約したものだ。だが、実際に読み始めると徐々に不快感を覚えた。どうも目が滑る。言ってることはまともなのかもしれないけど、何故か読んでいられなくなる。
「その1 にこやかに笑顔で!笑顔は人間関係の基本だ。要するに…(中略)」
「その2 整理整頓が大事!(中略)」
「その3 早めの報告が大切!社会人として当たり前だ。(中略)」
………

父の教えは
 このように、社会人としての30カ条がしっかりと書かれていた。僕の事をしっかり教育したいという熱量を感じる。その一方で、書いてあることは、当たり前というか、それが出来れば苦労しないという内容だ。世間一般でこうすべきだと言われる事が書かれている。今までそれを頑張っても、僕にはうまくできなかったから苦労しているんだろ、と言いたくなる。父の言う事は僕に対して、やっぱりなにか根本的にズレているような気がする…。しかし、うまく説明できない。僕と父との考え方の違いだろうか。社会人になれば、わかるのだろうか。

そして就職へ
 学生生活は終わり、いよいよ就職することになる。業者のトラックに積み荷の段ボール箱を乗せていき、引っ越し作業が終われば、遂に初めての独り暮らしだ。漫画のネタにもなるだろうから、会社というものを体験してみたい。漫画を描いて成功して、会社は頃合いを見て辞めてやる。僕にはこっそり隠しているいろんな能力と実績がある。だからなんだかんだでうまくやれる。うまくやる。とりあえず、社会人漫画家に俺はなる!

少年エスの人生
 ここまで、少年エスの命の始まりから就職までを記述した。自由奔放に過ごした幼少期。周囲に流されたくない気持ちと周囲に流されざるを得ないジレンマに翻弄された少年期。WEB漫画作者「電解質」としてのアイデンティティを獲得した大学時代。そしてエスはこれから社会人になる。エスの人生はどうなっていくのだろう。しかし、エスはまだ知る由も無かった。苦しみと葛藤の日々が待ち受けている事を…

この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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