見出し画像

短編小説 いじめ防止法

20xx年某月、国会で『いじめ防止法』が成立した。その法律の成立を受けて、夕方の6時から首相の緊急記者会見が行われていた。井上首相は記者団を前にこう切り出した。「イジメは、相手に精神的または身体的な苦痛を与える極めて卑劣な犯罪行為です。昨年のイジメの認知件数は、200万件を超えて過去最多となりました。このままでは、いじめの増加を抑えることができません。そこで、いじめ対策を充実させ、いじめ加害者への罰則を強化することにしました」。

「みなさんがご存知のように、いじめは学校や職場で日常茶飯事になっています。そこで、公共スペースでの監視カメラの設置が義務付けられました。具体的には、教室や職場などには漏れなく監視カメラが設置されます。このことをプライバシーの侵害だという理由で野党に反対されましたが、これはいじめの削減に効果的だと我が党は考えています」。

「会社などでのパワハラ、モラハラ、セクハラなどは、撮影した動画と音声データから、AIで自動的に判別されます。軽微なハラスメントについては、最初は注意や警告となりますが、これが何度も続くと労働監督局に自動的に通報されます。もちろん、それ相応の刑事罰が科せられます」。

なおも首相が続けます。「未成年の学生のいじめについては、教育的な配慮から刑事罰は科せられませんが、重度なイジメ加害者については、文科省が新設する全寮制の”いじめ矯正学園”に強制的に転校させられます。また、いじめを放置した教員についても、”いじめ矯正学園”への職場移動が科せられます」。この後にも、首相による『いじめ防止法』に関する説明が続いた。

防犯カメラの設置義務のお陰で、いじめの数は激減していった。教室に監視カメラがあることは誰でも知っているので、表立ったいじめは明らかに減った。しかし、いじめ加害者が考えることは同じで、教室以外でのいじめ行為をエスカレートさせた。今日も某高校で、頭の悪いいじめ加害者がいじめをしようと、いじめ被害者を体育館の裏に呼び出していた。「カネは持ってきたか?」。「これは、ゆすりや恐喝ですよ」。「そんなの知ったことか。カネを渡せ!」。被害者がカネを渡して加害者が受け取ると、どこからともなく黒服の二人組がやって来た。「これで証拠は揃いました」。

「どうなっているんだ?。ここには監視カメラは無いんじゃないか?」といじめ加害者は慌てた。「教室にある監視カメラは抑止効果のためのものですよ。実際には学校の死角と思われる場所に多くの監視カメラが設置されています」。「騙された~」。「いじめを続けたアナタが悪いんですよ」と黒服たちはそっけなく言い放った。”いじめ矯正学園”に転校させられた学生には、ドライブレコーダのような”ライフレコーダ”と呼ばれる装置が装着された。この装置を使って元・いじめ加害者は24時間監視されることになる。

いじめは確かに減った。しかし・・・。こんな未来が訪れないことを願っている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?