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虚無感

10代の私は、必死に自分がワクワクできることを探して、音楽、アート、映画・・・気になるものは何でも接して生きましたが、それでも「何もうみだすことができない自分」に虚しさしか感じませんでした。

20代の私は、学生時代の友達がどんどん素晴らしい会社で働き、たくさんのお給料を稼ぐのに、私は大学にも行けなかったし、安月給の映画館で働いていることに自信が持てませんでした。

2000年に長男が生まれた時、25歳。
2005年に次男が生まれた時、29歳(私が誕生日前でしたので)

早く家庭を持つ!日本の出生率を超える!
・・・これだけは、なんとか私にもできましたが、共働きで夫の給料も私の給料も決して高くないし、夫も外国人だからコロコロ仕事が変わったりして、とてもまわりに自信を持って「幸せだ」と言える暮らしではありませんでした。

どこから私が、変わり始めたか?
それは、布ナプキンを使い始めたところだったと思います。

セラピー会社でデザインの仕事をしていた時、胎教博というイベントに出ることになり、私も会場に行き、ずっと気になっていた「布ナプキン」の本と生地を購入しました。

その際、本当は出来上がっている布ナプキンを買いたかったのに、どういうわけか私のお財布の中には、本と生地1m分の現金しかなかったのです。
お金がないという照れ隠しのつもりで、出展者の方に「どのくらい生地があると一度の生理に足りるんでしょうか?」と聞くと「あなた素人ね!!」と一喝(笑)それが『ひろがれひろがれエコナプキン』の作者・角張光子さんでした。

光子さん曰く、ひとりひとり生理は違う。あなたは自分の生理を知っているの? そう言われて、ハッと目が覚めました。

当時の私は、今と違って、裁縫なんて全くしないし、買ったミシンも押し入れで眠っていた状態でしたが、手に入れた本を読みながら、押し入れのミシンを引っ張り出し、からまり続ける下糸にギブアップしかけてミシンのサポート電話に問い合わせたりして(笑)

なんとか縫い上げたナプキンを使い始めました。

最初の半年くらいは、私の生理は、大暴れ状態で(汗)すごく少ないかと思う時があれば、常に垂れ流しみたいになり出血多量で死なないか?と思うほどの時もありました。

ただ、ものすごくよく眠れたのと、生理の後半からいつも当たり前のようにある腹痛や頭痛がなくなりました。

もともと「いずれは夫の国で暮らしたい」という気持ちもあったので、そこから何年かかけて、市販の使い捨てナプキンを減らし、着なくなった服などもナプキンに縫い直したりしながら、2年位で布ナプキンだけの暮らしになりました。

今の日本の暮らしは、とても便利な反面、女性も必死に働かなくてはならない忙しい社会になっています。

でも、それは私の望む幸せではない!と布ナプキンのおかげで、はっきりとわかるようになりました。

「人生の主導権は、私にある」

誰かに何か言われたから、あの人がこうだと言ったから、統計でそういう結果が出ているから、そういうことではなく、もっともっとシンプルに自分自身と対話をしたとき、

「私は自然の中で暮らしたい」と思えるようになりました。

2016年に、40歳で出産した娘は、出産した病院では紙おむつでしたが、退院してからは、お出かけする際も、保育園でも、布ナプキン&手作りのふんぱん(ふんどしパンツ 鼠径部をしめつけない)で育てることができました。

同時に、自然環境や衣食住など、危機的な状況がどんどん悪化していることも、目に見えてきました。

数日前、アメリカ・ロサンゼルスで暮らしている伯母と電話で話した際に「買って送ってほしい本がある、木内鶴彦さんの『生き方は星空が教えてくれる』という本!届いたら、先に読んでから送って!」と言われ

読んでビックリ!

私は木内さんのような臨死体験はありませんが、子供のころから何度か「見えない誰かが守ってくれたり、声をかけてくれてる」経験があり・・・それがずっと誰だったのか?をいつか知りたいと思っていたのです。

ネタばれになっちゃうので、ここには書きませんが、木内さんの本にはその答えがありました。

それと、いくつか前の記事に、お勧めの本として紹介した「宇宙人の宿題」
その本も、私にとって大切な原点であり、布ナプキンから始まって、できるだけ自然と調和した暮らしをしたいと心掛けてできる事から少しずつ実践してきたことが、点と点がピーーンとつながった感覚がありました。

木内さんについてもっと知りたい!と思って調べたら「地球蘇生プロジェクト」というキーワードが出てきて、それを調べたら、こんな素晴らしい短編映画集が出てきました!

しかも、私が大好きなパーマカルチャーのソーヤー海さんや、自然農を実践されている方など、一周まわって戻ってきたみたいな感覚になりました(笑)

若い頃の虚無感が消えたのは、どうしてなのか?

それは、「自分をもっと大切にしよう」→「自分をもっと知りたい」→「自分をもっと活かしたい」と思って、できる事から本当にちょっとずつ積み重ねてきた成果だと思っています。

気を付けなくてはいけないのは、マクロな視点での「自分」だとどうしても楽なことを選ぼうとするし、誰かが言った何か(特に教科書とか資格取得で学ぶ事、科学的な事)を自分の感じた物より優先してしまう事です。

どうしたらいいんだろう?

と思う時、私は何日も何日も、そのことを考えては忘れ・・・を繰り返します。そうすると、散歩してる時に木とか風から、サラサラ~っと回答が届くようなことがよくあります。

上記の短編集の中でも何度も出てくることなのですが
「太陽、空気、水は、私たちに無償で与えられている。」ということ。

働いて、お金を稼いで、そのお金で獲得していると思っているのは、大間違いで、本当はお金なんてなくても人間は、生きられます。

夫の国バングラデシュにも、お金が全然ない人たちもたくさんいます。
それでも日本より笑顔も幸せも自然もたくさんあるんです。
(移住も、本当に必要なことにお金を使うように生き方を変えてきたことで、収入は多くなくてもなんとか実現できる形になってきました)

バングラデシュでは、肥料や農薬もいらない、特別な栽培方法やエネルギーを使って手塩にかけて育てなくても、実りの時期が来れば、美味しいマンゴーがたわわに実り、ちょうど雨期の強風で、ドタドタドタ!とたくさん落ちてくる。

私も子供の頃は、この時期になると、そのへんになっているビワを取って食べるのが大好きでした(横浜市中区で生まれ育った私ですら)

でも、私の子どもたちには、そんなビワの木は、ありません。
あったとしても「これ、本当に食べられるの?」と聞かれたこともあります。

移住のために何度か行き来していると、夫の国で食べる野菜や卵が、私が子供の頃に食べていた味がして、あ~~懐かしい!と思うようになり

日本に戻ると、野菜も卵も、味がない・においがない
自然な形で育てられた良い品物は、高い

そこに大きな大きな違和感を感じざるを得ないのです。
この日本で育つ子供たちや若者たちのために・・・かつては虚無感しか感じていなかった私が、これからできること。

木内鶴彦さんの本を読んで、短編映画を拝見して、改めて自分の生きる道を確認できました。


3月ごろ、満開に咲いたマンゴーの花(バングラデシュ)

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