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差別なき世界(1)

  ガシャン ガシャン ガシャン ガシャン。一定のリズムを崩すことのない機械音。AIロボットが右へ左へと荷物を運ぶ。一体彼らはこの荷物をどこに運んでいるのだろう。ロックはこの灰色の工場でいつも不思議に思っていた。
現代ではAIロボットがなければ、社会は回らない。運送はもちろんの事、食料生産と計算された分配、科学技術運用と自然への影響を考慮したバランス調整。人々の健康管理など分野は多岐にわたる。彼はここでAIロボットの整備する仕事をしていて、社会のために必要なこの仕事に従事していることに生きがいを感じていた。

ロックは今日の八時間労働を行い、カードキーで退勤処理を行いゲートを出た。ゲートの出口から出てくる完全栄養ドリンクを受け取り、すぐさま飲み干した。このドリンクは出勤時もゲートから出てくるほか、昼休みにもAIロボットが各従業員のカードキーについているGPSを頼りに運んでくる。一日三回の栄養ドリンクでタンパク質からビタミンまでバランスよく補給することが出来る。これは個々の体重、発汗量などから算出されたデータにより、毎日の栄養の含有量が調整され届けられている。そのためここで働く人間達は非常に健康的な身体をしている。

彼は自宅に着くとドリームデバイスを起動するよう指示した。すると、アニメーションの女性が現れた。
「おかえりロック、今日もお仕事おつかれさま。」
「ただいまナオミ、今日もキレイだね。」
それもそうだ、自分好みの女性をAIが作ってくれるからだ。それにアニメーションなのだから老いることはない。常に綺麗なのだ。
「ロック疲れたでしょ、マッサージしてあげる。そこに座って。」
「あぁ悪いね。」
ロックはマッサージチェアのようなその椅子に座った。すると、頭の方からヘルメットようなものが降りて来た。手足もチェアにあるパッドで固定された。ヘルメットから映像が映される。
「今日もお疲れ様。いつもありがとうね。」
ナオミはそういうとロックに口づけした。ヘルメットから流れ出る電気信号により、ロックの唇には実際のキスのような、むしろそれ以上の感触を彼に味わせた。その後も電気信号、パッドの動きにより彼に喜びを感じせ、それは彼が果てるまで続いた。

この至福の時間をもたらす機器はoneから思春期になると配布される。oneとはかつて国と言われていたものが統一した世界政府のようなものだ。現代では国という形態がなくなり、百年以上が経っている。

oneは多くの人々に幸運をもたらす為に緻密に計算された管理体制をしいている。まず、人々の栄養管理。人々はoneから提供される栄養ドリンク以外は口にしない。というのもoneが彼らの地域の飲食店、食料品店を廃止したからだ。ただそれらを廃止しても個々に計算されたバランスの良い栄養ドリンクを摂取することで健康体は維持され、世界から飢えと栄養失調は無くなった。

またドリームデバイスによって理想の異性または同性との営みを味わう事が出来る。これも彼らにより管理されており、ドリームデバイスの使い過ぎにより欲に溺れないよう回数や時間が調整している。そして映像に現れる人物はアニメーションにする事で現実の人間への憧れを失わせている。

そして身体内蔵チップから現在の疲労度が計算され、微弱電波を脳に送り睡眠を促し自分の意思とは関係なく寝られるようになっている。人々は睡眠不足が解消され、健康に日々を過ごしている。

また金銭を廃止した。たとえ一様の給料支給ということをしても運用能力、日々の節約、浪費いかんでは、差が生まれる。そうなると他者への嫉妬が生まれ争いのきっかけが出来る。世界が平和であるためにも金銭は廃止された。

三大欲求が満たされ、身近の人間と差がない状態では人は揉め事を起こさない。

人は同級生や隣人が仕事で成功したり富豪になった事を知れば、嫉妬を起こすだろう。しかし、たとえ同世代であろうとも見ず知らずの遠い地に住むものが大きな成功を起こしていても、歴史上の人物が自分と同い歳の頃に偉業を成し遂げていてもすごいとは思っても嫉妬は起こさない。
 同様に居住地から遠く離れた所で戦争や悲惨な事件やテロが起こっていても、祖父母やそれ以前の世代が辛い目に遭っていたとしても、心の底から同情はしない。たとえ口では「可哀想だ」や「あってはならない事だ」など言っても他人事である。実際に何か行動に移す人間はいないし、何かと理由をつけて行動しない。

ONEはそれをわかっている。だから人々の欲求を満たすこと、溺れさせないこと、周りとの差を無くすこと、情報を統制することで平和と秩序を世界に実現させた。

ロックもこの平和な世界、平凡に過ぎていく日々に不満なく生きていた。しかし、不満が一切ない日々に悶々とする感情が芽生えていた。自分でもこれをなんと言っていいのかわかっていなかった。彼は不満がないものの同時に生きることへの渇望がなかった。

しかしそんな平凡な日々が変わる出来事が怒った。
彼は仕事が終わり居住区域に入った時、一人の女性がジロジロ周りを見ましているのに気づいた。
彼女は着ている服が周りや醸しだすオーラのようなものが違く後光が光っているかのように見えた。そして、ロックは彼女の顔を見て驚いた。
「ナ、ナオミ…。」
彼女はロックに気づいたのかこちらを見やった。しかし、彼女の見る目はまるで電車の中で叫び回る厄介者を見るかのようにとても冷たく蔑んでいるようだった。

第2話https://note.com/deni_deni/n/nb05574ab18d6
第3話https://note.com/deni_deni/n/n32c47f3450ee
第4話https://note.com/deni_deni/n/n5da96775585e

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