見出し画像

差別なき世界(2)

「ナオミ…。」ロックの目の前にいたのは存在するはずのないナオミだった。少しの間、
呆然として我に返った。ナオミのはずがない。彼女は実在する人物じゃないのだから、ただ単に他人の空似という事だとロックは自分を納得させた。しかし、彼女を他人とは思えない。ドリームデバイスから現れるアニメーションだとしても、長い間親密な関係だったナオミ、そのナオミに瓜二つの女性が眼前にいる。たとえアニメーションではなくても、現実の女性ではあれば、目の前の彼女のような容貌をしているはずだ。
「やぁ。」
ロックは自分でもわからないあいだにその女性に声をかけていた。
「ん。」彼女は彼に気づき、ロックの方を見やる。
「ここで何をしているんだ。」
彼女は冷たい視線で彼を見た。そして視線を前に移して、答えた。
「下級民の生活がどんなものか気になって、見に来たんだ。」
彼女はデバイス上の優しい口調ではなく酷く猛々しい言い方だった。
「下級民?どういうことだ。」
彼女は鼻で笑った。
「お前たち、下層で生活する奴らのことだよ。」
「どういうことだよ。」
「お前らは教育を受けていなかったんだな。教えてやる。この世は3つの層にわけられていて、私たち真ん中の階層に生きる中級民を基礎土壌(foundation soil)、ソイルと呼び、お前ら下層に生きる下級民を収穫物(harvest)、ハーベストと呼ぶ。そして、最上位層に住む奴らをファガマ(fagama)、農場主と呼んでいる。」
「そんな情報、全然知らないぞ。」
「もちろんだ。お前たちは犯罪者の子孫、もしくは遺伝子レベルで反乱を起こす可能性のある危険分子なんだからな。ファガマによって、生活区域は振り分けられているんだ。それにそんな危険分子にそんな情報を教えてみろ。たちまち反乱が起こるだろ。だからいらない情報は伝えられていない。自分を見てみろ、たったこれだけの情報でファガマに対する怒りがふつふつと湧いてきただろ。」
ロックはそう言われてはっとした。
「情報の制御が大切だとわかっただろ。」
「そんな平等に扱われてないと知ったら、当然怒りが湧くだろ。君は何も思わないのか。」
「怒ってどうするんだ。お前たちはこの世界で争いや戦争が起きているのを見たり聞いたりした事があるのか。」
「学生の頃、歴史で勉強はしたけど最後の戦争が終わってからもう百年は過ぎているんしゃないか。」
「そうだ。それ以降ファガマの統制のおかげで戦争は起こっていない。現にお前はここで何不自由なく、欲求を満たせているんじゃないか。まぁどう足掻いても無理だろうが、もしハーベストが反乱を起こし革命でも起こったとしよう。その時、お前らは世界を平和に保つことができるのか。お前らの遺伝子、知識、能力では飢え、災害、争いに対応なんてできないだろう。」
ロックは何も言い返せなかった。ただ唇を噛み締めるだけだった。
「ハーベストはハーベストらしく生きていけばいいんだ。抗うな。自らの器を理解しろ。」
彼女はそう言い、虚空を見つめた。ロックはほんの一瞬ではあるが、彼女が悲しげな眼をした気がした。
「所詮、お前にそんな事言っても仕方ないな。理解が難しいことを言ってすまなかった。私はもう少しこの地域を見てまわり自分の居住層に戻るよ。」
そういうと彼女は歩き出した。
「また、ここに来てくれないか。」ロックはそう言って彼女を呼び止めた。
「さっきも言っただろう。私は下層民がどのような生活をしているのか見に来ただけだと。次また来るかどうかはわからん。」
彼女は肯定はしなかったものの否定もしなかった。
「そうか。」ロックは少し嬉しくなった。
「名前を教えてくれないか。」
「また来るかどうかわからん。好きに呼べ。」
「じゃ、ナオミって呼ばせてもらうよ。」
彼女はロックをきっと睨んだ。
「やはり収穫物は気持ちが悪いな。」そう言うと彼女は去っていった。

第一話https://note.com/deni_deni/n/nd6bc8267725c

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?