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差別なき世界(3)

  ソイルの女性と会ってから数日、ロックは今迄にない生きる活力が湧いていた。この世界は上・中・下層の地域に分けられていて、上層民をファガマ、中層民をソイル、下層民をハーベストと呼んでいる。彼は人生で初めてソイルの民と出会った。この世界はファガマによる計算された統制が行われていて、それにより平和が維持されている。最後に戦争があったのも百年も前の話だ。ロックは下層民ハーベストであり、世界が三つにわけられていることやファガマによる統制がされている事などもそのソイルの女性に聞いた。
  彼女はロックのドリームデバイスから現れる女性とアニメーションであるか現実の女性であるかの違いがあるにせよ、とても容貌が似ており、ロックは親しみを込めて彼女のことをドリームデバイスの女性と同様にナオミと呼んでいた。
「ナオミ、早く会いたい。どうすれば、君にまた会えるんだ。」
彼はいつも彼女の事を考えていた。彼女は違う階級の人間、ここにいる間は会える可能性は限りなくゼロに近い。
そんな事を考えながら、工場のAIロボットのメンテナンスを行っていた。

「ロック様、修理ありがとうございます。これでまた仕事に取り掛かれます。」
修復完了したAIロボットが彼に言った。
「礼はいらないよ。仕事だからね。当然のことをしたまでだよ。それに仕事をしないと後で栄養ドリンクをもらえないからね。」
ロックはニコリと笑って言った。
「ははは、そうですか。私と同じですね。私も仕事をしないと充電させてもらえません。」
AIロボットも笑って答えた。
「そういえば、気になっていたんだけど、君はいつもどこに荷物を持って行っているんだ?」
「それは言えない事になっているんです。申し訳ございません。」
「どうしてもか。」
「はい、どうしてもです。我々は言おうと思っても出来ないようにインプットされています。」
「インプットした人間がいるということだな。」
「それも言えません。」
言えないと言ってもそれはそういう人物がいなければ、彼らの行動に制限をかける事など不可能だ。ロックはソイルの女性とAIロボットの発言からこの荷物はハーベストより上の層に運ばれていると予想した。人々は統制されているとわかった今、ハーベストの民は基本的に自分と同じような生活をしているはずだ。金銭がない世界で購入という概念はなく、彼の居住地に届けられたものと言えば、数年も前に届いたドリームデバイスぐらいなものだ。その機器がそう毎日こんなにも運ばれるはずがない。
「わかった、ありがとう。困らせる質問をしてすまなかった。」
「いえいえ、とんでもございません。では私はまた仕事に取り掛からせていただきます。」
「あぁ、頑張ってくれ。」
AIロボットはそういうとまた荷物運びの為に移動を始めた。

AIロボットが離れ、距離が出来たところでロックはロボットを追いかけた。彼はこの工場に勤めてもう久しいが、トイレ以外で自分の持ち場を離れたのは初めてだ。持ち場を出て距離を保ちながら長い廊下を歩いていく。すれ違うAIロボットや人々の視線が気になるが、あえてさりげなく彼らに挨拶をして、自然に振る舞い追いかけた。

  AIロボットはエレベーターのような箱に入った。シャッターが閉まり始めた。ロックは急いでその箱の中に入った。
ガシャン。シャッターが閉まる。
「どうも、ロック様。どうしました。」
「やぁ、ちょっと悪いね。」
彼はそう言うとAIロボットの制御装置を切った。AIロボットがガシャンと音を立て倒れる。彼は長年のメカニックの知識と技術を使い、AIロボットが彼の事を認識できないよう細工をして再び起動させた。倒れた状態でいたらすぐにでも怪しまれるのは火を見るよりも明らかだ。
AIロボットは目をチカチカさせ、起動音を立て先程と変わらないように立ち上がった。

彼らが乗り込んだこの箱は左右の壁面の上半分がガラスで出来ていて外の様子がわかった。箱は上ではなく下に行っているようだった。またガシャンと音が鳴った。どうやら目的層に着いたらしい。ガラスから外を見ると、そこは駅のような所であった。幸いなことに周りには誰もおらず、外には汽車が一台停まっていた。
するとまたガシャンと音がなり、箱は汽車の方に向かい動き出した。ロックの乗った箱は汽車の後方車両に積まれた。そして前方にも後方にも同じような箱が積まれていた。

プシュー。
汽車が水蒸気をふきあげた。
ゆっくりと車輪が動き出す。
ゴッゴッゴッ、車輪が奏でるテンポが速くなる。
汽車は奏でる音に合わせ加速していく。
工場の殺風景な景色が次から次へと後ろに消えていく。
ぶぉっと言う音と共に空気の壁をぶち破る。
すると同時に眩しい陽の光が車両の窓に差し込む。
窓の外に広がる青い世界。それは海というものだった。ロックは人生で初めて海を見た。いつも口にしているドリンクとは違う色をしていた。青かった。そして、陽の光を反射して輝く水面はライトとは違う輝きを放っており、とても暖かかった。
こんな世界があったなんて…。ロックは驚き、呼吸することも忘れて、外の景色を食い入るように見た。

汽車は海の上の線路を走っていった。後ろを見ると、塀に囲まれた島があった。それはハーベスト達の居住地であった。塀と海で島を囲むことで他階級民、地域との隔絶が計られていたのだ。

汽車は数時間の運行の後、ハーベストに似たような塀に囲まれた島に入っていった。
水蒸気と吹き出す音を出して止まる。目的地に到着した。
ガシャン。また音を立てるとロックのいる箱はゆっくりと横に移動し、汽車から離された。箱はベルトコンベアのような床に運ばれある区画にはめ込まれた。

ガチャン。箱は区画に固定されると、上昇して行った。いよいよソイルの地に降り立つ。そしてナオミとも会える。ロックは溢れ出す期待を抑えるのに必死であった。

ガシャン。箱が地上階に到着したようだ。ゆっくりと開くドア。
ロックが外に出ようとする。
「長旅ご苦労だったな。」
ドアの外には腰の後ろで手を組み、スっと姿勢を立てた人物がいた。
彼の左右に二名ずつ衛兵のような人物がロックに向けて銃を構えていた。
「こうなる事くらいわかるだろう。申し訳ないがついてきてもらうぞ。」
衛兵たちが彼の両肩を抱えた。
そのリーダーの男は振り返ると歩き出し、衛兵達もロックを抱え彼の後ろをついて行った。

第一話https://note.com/deni_deni/n/nd6bc8267725c

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