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《分割版#2》ニンジャラクシー・ウォーズ【ファースト・エピソード前編:ダーク・カンオケ・バトルシップ】

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【#1】←

2 デス・ハイク・インヘリター

 第15太陽系首都、アナリス中央都市。古式ゆかしい20世紀コンクリートジャングル様式の建造物がひしめく、星系随一のメガロシティである。
 地球連盟による宇宙植民政策の頓挫から数十年を経てなお、この街の活況は続いていた。事実上の棄民となった人々の、それは意地でもあった。

 だが今や、長方形の巨大なシルエットがその上空を黒々と覆い尽くしつつあった。ゴウンゴウンゴウン……全長数宇宙キロに及ぶカンオケめいた巨艦が降下する。ガバナス帝国ニンジャアーミー旗艦「グラン・ガバナス」が、ついに惑星アナリスの大気圏内に到達したのだ。

「アイエエエエ!」「ママどこ? ママ!」「バカな! こんな辺境星系に侵略だなんて!」「通して! お願い通して!」「アイエエエエエ!」「ダメだ! そっちは」「ママーッ!」「アイエエエエエエ!」

 アナリス艦隊全滅の報は、既に宇宙波放送で全星系の知るところであった。恐怖に駆られた群衆が大通りに溢れ返っていた。避難の歩みは残酷なまでに緩慢だ。BE-BEEP! BEEEEP! あちこちで宇宙カーの電子クラクションが響く。

 人々の頭上では、第15太陽系最後の防衛線、テラ・スイフト宇宙戦闘機隊が懸命に抵抗を続けていた。ZAPZAPZAP! 巨艦の偏向シールドに阻まれ、パルスレーザーが空しく火花を散らす。
『隊長! やはりダメージ認められませアバーッ!』KABOOOM! テラ・スイフトがまた一機撃墜された。グラン・ガバナス艦載機の破壊ビームだ!

「クソッ! 続けェーッ!」残り僅かな僚機とともに、テラ・スイフト編隊長は絶望的なドッグ・ファイトを仕掛けた。ZAPZAPZAP! ZAPZAPZAPZAP! しかし敵機は、常識を超えた急旋回で易々とパルスレーザーをすり抜ける!

「バカな……!」編隊長はレーダーUNIXを茫然と見つめた。敵機を示す光点の動きは、ほとんどビデオゲームめいていた。およそ人間に可能なマニューバとは思えぬ。これではまるで……「宇宙ニンジャが乗っているとでも言うのか……!?」

 なす術もないテラ・スイフト編隊に、敵機が殺到した。BEEEEEEAM!
「アバーッ!」KABOOOM! 隊長機撃墜!「アイエエエ隊長アバーッ!」KABOOM! KABOOOM! 残機すべて撃墜! KABOOOOM!

 ZZZOOOOM……最後の一機が地平線の向こうに墜落炎上すると同時に、カンオケ巨艦から轟然たる機械音声が響き渡った。

『ドーモ。余はガバナス帝国皇帝、ロクセイア13世である』

 人々の逃げ足は凍りつき、数百万の目が巨艦を振り仰いだ。「ガバナスだって?」「そんな……あり得ない」「何百年も前に滅んだはずだろ」困惑したざわめきが広がる。

『人民よ。オヌシらは屑である。汚らわしきこの銀河宇宙にはびこり、価値なき生命を撒き散らす屑である』
 
ブゥゥゥゥン……グラン・ガバナスの艦首がプラズマ光を帯びた。
『よって余が、屑どもにふさわしき運命を与える。甘受せよ』

「アイエエエエエ!」市民の一人が凶兆を察して叫んだ瞬間。

 ZAAAAAAAAAAAAP!

 プラズマ光が爆発した。瞬時に拡散した無慈悲な破壊エネルギーは、幾百幾千条もの稲妻と化して降り注ぎ、その一本一本が蛇めいてのたくりながら地上を舐め、薙ぎ払った。

 DOOOOM! DOOOOOOM!「「「アババーッ!」」」」KABOOOM!「「「アババババーッ!」」」」 DOOOOM! DOOOOOOM! KRA-TOOOOOM!

 ZAAAAP……ZAAAAAAAAAP! ナムアミダブツ! 長年の開拓の結晶たるメガロシティが! 宇宙フロンティアスピリッツの継承者たる市民が! 無差別に焼き尽くされ、原子に分解されてゆく! DOOOM! DOOOOOM! DOOOOOOOM……!

『屑は屑に還るべし! ムハハハハ! ムッハハハハハハ!』

 DOOOOM……KABOOOOOM……! DOOOOOM……DOOOOOOM……KRA-TOOOOOOM……!

「急げ! みんな急げ!」「ゲホッ……俺はもうダメだ、置いて行け」「バカ言うなオッサン! オイ若いの肩貸せ!」「ハイ!」
 中央都市外縁コンビナート地帯。数百人の工員が助け合いながら、高架ハイウェイを逃げてゆく。遥か背後には燃える都心部。のろのろと随行するトラックの荷台は、動けぬ怪我人で溢れんばかり。

「落ち着いて!」「我々が守ります!」彼らを先導するのは、アナリス防衛軍地上部隊の僅かな生き残りであった。コンビナートに常駐していた彼らの任務は本来災害対応であり、宇宙マシンガンを握る手つきはいかにもおぼつかない。

 ZOOOM、ZOOOOM……逃げる彼らの頭上を、轟音が何度も追い越した。カンオケ巨艦から発進したドロップシップが、大気を震わせながら飛び去ってゆく。おそらくは地上制圧のための兵員を満載して。

 部隊長は沈痛な面持ちでそれらを見送り、目を閉じた。地方の開拓コロニーに置いてきた妻子の姿が瞼の裏をよぎった。もはや再会は叶うまい。

「隊長、あれを!」新兵の一人がドロップシップの一隻を指差した。追い抜きざまに投下された何らかのシルエットが落下してくる。
 それは幾つもの人影だった。「クソッ!」宇宙マシンガンを構える兵士達を部隊長が一喝した。「訓練を思い出せ! 空挺兵の迎撃はパラシュートが開いてからだ! その前に避難民の誘導を……アイエッ!?」

 部隊長の表情が強張った。空中に投げ出された一団はパラシュートを開くそぶりも見せず、飛び込み選手めいた逆バンザイ姿勢を取り、ただ真っ直ぐに落下してくるではないか! KRAAAASH! 数十メートル前方の路面に激突!

 凄まじい衝撃で、もうもうと粉塵が巻き上がった。「「「アイエエエ!」」」群衆の間に悲鳴が走る。地上部隊の兵士は皆、固唾を飲んで宇宙マシンガンを構えた。

 ザッ、ザッ、ザッ。粉塵の中から謎の一団が整然と歩み出し、横一列でアイサツした。

「「「「「ドーモ」」」」」

 オジギ者は僅か数名であったが、異様なアトモスフィアを発散していた。ガスマスクめいたフルフェイスヘルム。オリーブドラブのミリタリー装束に全身を固め、軍刀の類いを背負っている。
 兵士達のこめかみを冷や汗が流れ落ちた。パラシュートもなしに路面に激突した彼らがなぜ無傷なのか、誰も理解できなかった。

 読者の中に宇宙ニンジャ動体視力をお持ちの方がいれば、その理由を見て取れたであろう。彼らは宇宙アスファルト面へ着地した。まずは指先と掌、スナップを使い頭から肩、背中へ。その動きは……前転! 前転である! 前転着地で全ての落下ダメージを無効化したのだ!

 リーダーとおぼしき一人が一歩踏み出し、宣言した。
「我々はガバナスニンジャアーミー、第27空挺部隊です。残存兵力を掃討しに来ました」

 ニンジャアーミー! ニンジャの……軍隊!「「「アイエエエ!」」」避難民が数十人近く尻餅をつき、失禁した。幾人かはさらに嘔吐失神! SNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)症状だ!

 だが、既に死を覚悟した部隊長に恐怖はなかった。決断的に宇宙マシンガンのトリガーを引く! BRATATATATA!「撃て! 宇宙ニンジャだろうが何だろうが、マシンガンで撃てば死ぬ! 撃てーッ!」
「「「ウ……ウオオーッ!」」」BRATATATATATATA! 兵士達も勇気を奮い立たせ、宇宙マシンガンの光弾を撒き散らした。だが!

「「「「「イヤーッ!」」」」」ニンジャアーミーの兵士、すなわちニンジャトルーパーは散開し、稲妻の如きジグザグ走行で駆け出した。光弾が当たらない! BRATATATATA! BRATATATATATA!「アイエエエ畜生!」「クソッ! 当たれ! 当たれよォーッ!」

「「「「「イヤーッ!」」」」」色付きの風と化したニンジャトルーパーの一団が、恐怖に顔を歪める兵士達の間をすり抜けた。
 次の瞬間、「「「「「アバーッ!」」」」」鮮血が噴き上がった。地上部隊の全員が致命傷を受け、宇宙アスファルトに倒れ伏す。ナムアミダブツ……!

 再び元の位置に整列したニンジャトルーパーは、一糸乱れぬ動きで宇宙ニンジャソードを血振りした。「アバッ」その足元で部隊長が事切れた。
「掃討完了。次の指示願います。ドーゾ」トルーパーのリーダーとおぼしき一人が、手首の宇宙IRC通信機に報告した。『ザリザリ……ご苦労』ドロップシップからの通信だ。

『本船は既に予定の作戦領域に入った。引き返して貴様らを回収する余裕はない。速やかに最寄りの降下部隊に合流し、その指揮下に入れ』「捕虜が数百名います。彼らを伴っての移動は困難です」『ならば残存兵力とみなし、掃討せよ。オーバー』ブツン。通信終了。

「了解」ニンジャトルーパーは、一斉に宇宙ニンジャソードを構え直した。「「「「「掃討を再開します」」」」」

「アイエエエ! マッテ!」「俺達は丸腰の一般市民だ!」「抵抗しません!」「殺さないで!」「ヤメロー! ヤメロー!」
 たちまちパニックが駆け巡り、群衆はてんでに来た道を戻り始めた。「「アイエエエ!」」「「「アイエエエエエ!」」」人々の流れが逆巻く中、立往生するトラックの荷台から負傷者の手が伸びる。「タスケテ!」「俺達も連れてってくれ!」だがもはや顧みる者はいない。「「「「アイエエエエエ!」」」」

「「「「「イヤーッ!」」」」」トルーパーの一団が色付きの風と化した。「アバーッ!」「「アババーッ!」」「「「アババババーッ!」」」屠殺場めいて次々と噴き上がる血飛沫! KABOOOM! 爆発炎上するトラック!「「「「アババババーッ!」」」」

 ……数分後、ニンジャトルーパーはいずこかへ姿を消していた。罪なき無数の死体を残して。
 ZOOOOM……都心部からの炎が刻々と迫る。間もなくコンビナート全域は引火炎上し、慈悲深き炎ですべてを焼き尽くすだろう。ナムアミダブツ……ZOOOOM……ZOOOOOM……ZOOOOOOM……。

 ガゴンプシュー。ブリッジの隔壁ドアが開き、コーガー団長より幾分簡素なミリタリー装束の男が入室した。緊張感のない足取りでコーガーに片手を上げる。「どうやらこの星系もベイビー・サブミッションだなァ、兄者」

「陛下が布告される際には同席せよと再三申しておったはずだぞ! イーガー副長!」コーガーは苦虫を噛み潰すように言った。「作戦中は団長と呼ぶように、ともな!」
「アー、すまんな団長閣下。ハハッ」弟・イーガーは少しも悪びれない。「地上制圧部隊はもう出払っちまったか? なんなら埋め合わせに俺もひと暴れ……」

「オヌシには別任務を与える!」コーガーは腰の宇宙ニンジャソードを抜き、モニタの一つを指し示した。ワイヤーフレーム表示された地形の中央に、赤い光点がひとつ。ツーン、ツーン……同心円が波紋めいて広がる。

「辺境の開拓コロニーから超光速通信波が出ておる。地球連盟への救難信号だ」「そんな所から通信ねェ。ひょっとして」「左様。この星系の宇宙ニンジャが、本星との超光速ホットラインを極秘裏に守っておると見た」

 侵略した惑星の宇宙ニンジャクランを解体し、自らの指揮系統に組み込む。拒む者は殺す。それがニンジャアーミーの成長メソッドだ。
「ドージョーを探し出し、放火せよ。通信機は接収。しかるのち、クラン長をドゲザせしめるのだ」「ヨロコンデー」イーガーは凶暴な笑みを浮かべた。「ムカつく奴は殺すぜ?」「程々にせい」

 陽光降り注ぐ惑星アナリスの荒野を、花束を手に駆ける者あり。青年宇宙ニンジャ、ゲン・ハヤトである。彼はいかにしてアナリスへの帰還を果たしたのか?

 ハヤトの名を聞いて、リュウ船長の態度が豹変したのだ。アナリス行きを呑んでくれたばかりか、カンオケ巨艦のターゲットとなるであろう宇宙空港を避け、実家に近い座標に強行着陸してくれた。
(航宙法違反? 知った事か。戦争が始まンだぜ)リュウはただ不敵に笑っていた。

 彼は……間違いなく宇宙ニンジャだった。おそらく父と何らかの関わりがあるのだろう。ゲンニンジャ・クランの長である父、ゲン・シンと。だが多くを問う時間はなかった。

(宇宙パイロットスクールを卒業するまで、我が家のシキイを跨ぐことは許さん)ハヤトにそう厳命した父が突然、一刻も早く帰省せよと連絡してきたのだ。絶対に何かある。アナリス全土が蹂躙される前に、是が非でも会わねばならぬ。

 出発前の僅かな時間を縫って、妹のオミヤゲにと買い求めた宇宙フラワーの花束が、風を受けてガサガサと鳴った。常人の三倍近い脚力で、ハヤトはひたすらに駆け続けた。

 アナリス中央都市から離れること数百宇宙キロ。辺境のありふれた農業コロニーから、漆黒の輸送装甲車が列を成して走り去った。その先にはドロップシップがカーゴドアを開いて待っている。荷台にはコロニーの住人が家畜めいて満載され、誰の表情にも恐怖と絶望の影があった。

「ふざけるな! なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ! 俺はコロニーに帰る! 作物が! 収穫期がアバーッ!」

 突如立ち上がりフリークアウトした男が、血飛沫をあげて荷台から落下した。読者の中に宇宙ニンジャ動体視力をお持ちの方がいれば、併走する装甲車からニンジャトルーパーがクナイ・ダートを投擲して、男の眉間を貫く瞬間を目撃できたであろう。

 乾いた大地に転がった男の死体を、後続車が次々と轢き潰した。車輪がリズミカルに通り過ぎるたび、男の死体は赤茶けた砂とネギトロの混合物めいた物体に変わっていった。

 住人を失ったコロニーでは、ニンジャトルーパーが居住ユニットの間を駆け巡り、何かを……何者かを探していた。
 それを尻目に、大通りをぶらぶらと歩くイーガー副長。非ニンジャの開拓民など、戯れに殺す虫ケラ以上の価値はない。各星系の宇宙ニンジャクランを傘下に入れ、アーミーの権勢をどこまでも拡大する事こそ、彼の最大の関心事であった。

 道を塞ぐ住人の死体を欠伸混じりに蹴り転がした時……BEEP、BEEP。ニンジャヘルム内臓式宇宙IRCインカムが着信音を発した。『副長閣下! 救援を要請します。原住宇宙ニンジャの抵抗に遭いグワーッ!』ブツン。

 ようやく本命か。イーガーは凶暴な笑いを浮かべた。

 IRCの発信座標、コロニー郊外の高台に、一軒の家が建っていた。外壁に黒々とショドーされた「幻」のカンジが、他と変わらぬ大量生産居住ユニットに不可侵領域めいたアトモスフィアを醸し出す。

 イーガーは一歩ずつ近づいた。足元で地を這い、緑色の血を流して苦悶するニンジャトルーパー達には一瞥もくれない。

 KRAAASH! 居住ユニットのセキュリティドアが突如吹き飛び、「グワーッ!」くの字に体を折り曲げた下級トルーパーを吐き出した。「フン」イーガーはニヤリと笑い、ニンジャソードを横薙ぎに一閃! SLAAASH! その勢いのまま後ろ回し蹴り!「グワーッ!」

 両断されたセキュリティドアと、緑の血反吐を吐く下級トルーパーが、相次いで地面に転がった。平然と歩みを再開したイーガーに、フルフェイスメンポを赤くペイントしたネームド上級トルーパーが随行する。

「お手を煩わせて申し訳ありません。我らの手に余る相手でして」「気にするな、アカヅラ=サン。まだやれるか」「無論です」「よし、ついて来い」「ヨロコンデー」傷の浅い下級トルーパーが数名、さらに加わる。

 扉を失った入口の奥、居住ユニットのリビングルームで彼らを迎えたのは、サムエめいた宇宙ニンジャ装束をまとう白髪の男だった。その背後で震えながら抱き合う初老の女とローティーンの少女。ともに非宇宙ニンジャ。妻と娘だろう。

「ドーモ、はじめまして。ガバナス帝国ニンジャアーミー副長、ニン・イーガーです。ドージョーに放火しに来ました」
「ドーモはじめまして。ゲンニンジャ・クランの長、ゲン・シンです」

(ハヤトは間に合わなんだか)老宇宙ニンジャ、ゲン・シンは、オジギしながら胸中で呟いた。

「超光速通信機はどこだ。放火の前に接収する」イーガーは高圧的に尋ねた。「はて、何のことやら」ゲン・シンは眉ひとつ動かさない。
「俺の部下を叩きのめしておいて、知らんとは言わさんぞ」「アイサツもなしに無法を働いた輩を懲らしめたまで」「我々ニンジャアーミーは下級トルーパーにニンジャネームを支給しておらん! よってアイサツもなしだ!」「それはオヌシらの都合であろう」「ヌゥーッ……!」

 老獪! ゲン・シンは木で鼻をくくるが如き返答を繰り返すのみ。イーガーはこめかみに血管を浮かべて叫んだ。「よかろう! たとえクランの頭領でも、アーミーに従わぬ奴は殺す! それが我らの軍規だ!」
「「「イヤーッ!」」」その言葉を受け、下級トルーパーが一斉にゲン・シンに襲い掛かった。だが!

「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」

 ゲン・シンの決断的カラテシャウト! 一瞬のうちに、ある者は肩口にチョップを叩き込まれ、またある者はアイキドーめいて投げ飛ばされ、冷たい床に崩れ落ちて悶絶した。「アバッ……」「「アバババッ……」」
「バカな!」イーガーは狼狽した。ローカル星系の老いぼれ宇宙ニンジャがこれほどのワザマエを発揮するとは!

 いつの間にか、ゲン・シンの右手には金属製のグリップが握られていた。ボタンを押すとスティック状の刃が飛び出し、ジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀に変形する。

「お引き取り願えますかな」老いた片頬に浮かぶ笑みが、イーガーのニューロンをさらに逆撫でした。
「ナメるなァーッ!」ニンジャソードで斬りつける! 伸縮刀の短い刀身がイーガーの斬撃を受け止めた。チュイイイン! 両者の間に激しい火花が散る。スティック状の刃が超振動を発し、ニンジャソードを削り取っているのだ。

「何ッ!?」イーガーの動揺を、ゲン・シンは的確に捉えた。「イヤーッ!」絶妙な剣捌きでニンジャソードを叩き落とし、部屋の隅に蹴り飛ばす。「イヤーッ!」アイキドーめいたキアイと同時に、イーガーの視界が回転!「グワーッ!?」

 気が付くと、イーガーは宇宙チャブの上に組み伏せられていた。チュイイイイ……喉元に突き付けられた伸縮刀の超振動が、空気越しに伝わってくる。
「お引き取り、願えますかな」ゲン・シンは繰り返した。その目に潜む静かな殺意に、イーガーは危うく失禁を堪えた。

「わかった……か、帰る」

 イーガーはゆっくりと……ゆっくりと起き上がり、ゲン・シンと位置を入れ替えた。脂汗がダラダラと額を流れ落ちる。
 悟られてはならぬ。相手は自分に全神経を集中している。この状態をコンマ1秒でも長く維持するのだ。そのうち、部下の誰かが自分の意をソンタクして……!

「イ、イヤーッ!」「グワーッ!」

 イーガーの目論見は当たった! 上級トルーパーのアカヅラが、生命の果実を刈り取るが如き邪悪な形状の宇宙ナイフを振りかざし、ゲン・シンの背中に突き立てたのだ! 

「ア……アバッ……!」ゲン・シンの手から伸縮刀が落ちた。そのまま力なく倒れ伏す。
「ハァーッ……ハァーッ……」イーガーは身を起こし、震える手でニンジャソードを拾い上げた。束の間の安堵はたちまち消え去り、マグマの如き憤怒がニューロンの底から湧き上がる。

 部屋の隅で震える女達が視界に入った瞬間、イーガーは衝動的にソードを振り上げた。「このッ……クソがァァァーッ!」「「ンアーッ!」」
 怒りにまかせた斬撃が荒れ狂い、母娘の身体をほとんど解体マグロめいて寸断した。生命を失った肉体の破片が、血飛沫と共に床にぶちまけられた。

「オ、オノレ……!」

 苦悶に満ちたゲン・シンの呻き声が、イーガーのプライドを僅かに癒した。「フゥーッ……」深呼吸して、ニンジャアーミー副長にふさわしいメンタルを取り戻す。
「俺をコケにしなけりゃ、女どもは死なずに済んだんだ。インガオホーだな、ゲン・シン=サン」「ヌゥーッ……なんたる身勝手……!」

 ゲン・シンは怒りに震えながら血を吐き、意識を失った。
「カイシャクしますか、副長閣下」「いや待て」宇宙暖炉のマントルピースに飾られたホロ写真を見て、イーガーはアカヅラを制した。この場にいない者が写っている。端正な顔立ちの青年が。

 ニンジャヘルム内臓IRCに着信あり。『コロニーに接近する原住民を一名、目視にて確認。常人の三倍の脚力です』「若い男か」『ハイ』

 イーガーの宇宙ニンジャ第六感に、感ずるものがあった。
「手を出すな。監視を続けろ」続けてアカヅラに命じる。「この老いぼれはまだ生かしておけ。息子には何か吐くかもしれん。歓迎の準備だ」「ヨロコンデー」

「イマカエッタヨ!」

 ハヤトはことさらに平静を装い、トラディショナルなホームカミング・チャントを唱えつつ、実家のセキュリティ・ドアを開けた。
 ロックはかかっていなかった。ハヤトに十分な宇宙ニンジャ洞察力が備わっていれば、そのドアが他の大量生産住宅ユニットから移植されたものだと気付いたであろう。

 ハヤトを迎えたのは、家族の暖かみとは程遠い沈黙だった。薄暗いリビングルームの真ん中にぼんやりと立つ人影。血の匂いが鼻を衝く。

「オヤジ……?」

 ゲン・シンの身体はぐらりと傾き、糸の切れたジョルリ人形めいてその場に崩れ落ちた。「オヤジ!」咄嗟に抱き留めたハヤトの手に、ぞっとするような冷たさが伝わった。父の背中に深々と突き立つは、生命の果実を刈り取るが如き邪悪な形状の宇宙ナイフ!

 もう助かるまい。そう悟りつつ、ハヤトは宇宙チャブの上に父を横たえた。いまだ未熟な宇宙ニンジャ視力が、室内の暗がりに散乱する物体を捉えた。解体マグロめいた人体の残骸。血の海に転がる二つの首。

「オフクロ! リオ!」

 血液が逆流するかのような感覚がハヤトを襲った。
「誰が……誰がこんな惨いことを!」だが、駆け寄ろうとする身体はガクンと引き止められた。父が倒れたまま、ハヤトの手首を掴んでいた。マンリキめいた握力で。

「……ン……は……」

 ゲン・シンの口が微かに動いた。ハヤトの血中に宇宙ニンジャアドレナリンが放出され、メンタルを瞬間凍結めいてクールダウンした。
 父の最期の言葉を、自分は聞かねばならぬ。クランの後継者として。

「……ゲンは……まぼ、ろし……」
 抱き起こされたゲン・シンが、焦点の合わぬ目でハヤトを見た。「……ゲン、は……みなもと……」

 ハヤトは頷き、繰り返した。
「ゲンは、まぼろし……ゲンは、みなもと……」

 ゲン・シンは唇を震わせ、最後に微笑もうとして……力尽きた。

 ハヤトは涙を堪え、ハイクめいたセンテンスをニューロンに深く刻みつけながら、亡骸を静かに横たえた。その時初めて、父の五体のあちこちに絡みつく透明な糸に気付いたのだ。
「これは!」視線で糸を辿り見上げた、その時!

「「イヤーッ!」」

 二人のミリタリー宇宙ニンジャが天井から飛び掛かった。アンブッシュ(奇襲)である!「アイエッ!」ハヤトは反射的に地に転がって避けた。咄嗟に手に掴んだのは……ナムサン! 宇宙フラワーの花束だ!
「クソッ! 来るな! 来るなーッ!」ハヤトは部屋の隅に後ずさりながら、花束を闇雲に振り回すしかなかった。ブザマ!

(こんなんじゃダメだ! 思い出せ! ゲンニンジャ・クランのエマージェンシーマニュアルを!)

 ハヤトは必死にマインドセットを切り替えた。「イヤーッ!」ヤバレカバレめいた前転飛び込み!「「イヤーッ!」」敵が繰り出すニンジャソード斬撃を掻い潜り、父の伸縮刀を拾い上げ、宇宙暖炉のマントルピースに取り付く!

 ガゴン! ハヤトの操作でマントルピースが開き、ハイ・テックな秘密コンパネが露出した。即座にスイッチON! ブガーブガーブガー! アラート音と共に、信頼性に優れたアナログタイマーのカウントが進む。
「「アイエッ!?」」ニンジャトルーパー達が驚愕した、次の瞬間!

 KRA-TOOOOOOM! ハヤトの生家は木っ端微塵に吹っ飛んだ!

【#3へ続く】

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