《分割版#2》ニンジャラクシー・ウォーズ【リベレイテッド・ドージョー】
【#1】←
「ほれ、どんどん食え」
平たい岩をテーブル代わりに、バルーが宇宙フルーツを並べた。トントが拾い集めたものだ。ケムリダマのスモーキーな匂いが染み付いていたが、モモチはお構いなしに貪り食った。
宇宙バナナを咀嚼しながら、モモチは背後をチラチラと振り向いた。
峡谷の陰に、武骨なシルエットの戦闘宇宙船が停泊していた。船名はリアベ号。ベイン・オブ・ガバナスとしてニンジャアーミーに恐れられる伝説の船だ。
「宇宙船、好きか」
逞しい体躯をジュー・ウェア風ジャケットに包んだ男が、モモチの前に腰を下ろして笑った。傍らにはハヤトとトント。ハヤトの端正な顔は心なしか青ざめていた。オニビトのジツを破れなかった事実が、彼の胸中に影を落としていた。
「自分の船で銀河宇宙を旅するのが夢だったんです」モモチはもぐもぐと宇宙バナナを咀嚼した。バルーが次の一本を差し出す。「もっと食え」「アリガトゴザイマス」「リュウも食うか」「よせやい。見てるだけで胸焼けするぜ」リュウと呼ばれた男は手を振って苦笑した。
「しかし大したモンだ。三日三晩何も食わずにガバナスから逃げ続けるとはな」リュウの言葉に、モモチは食べながらかぶりを振った。「カイデンした宇宙ニンジャは、十日間飲まず食わずで平気と聞きました。僕なんかまだまだ」
「その事なんだけど」ハヤトが口を開いた。「君はどこで宇宙ニンジャの修業を?」
「オニガ・マウンテンのガバナス・ジュニアドージョーです」
「ハァ?」リュウが素っ頓狂な顔で仲間達を見回した。「オイオイ聞いたかお前ら! ガバナスがガキ向けのドージョーを開いたってよ! ンなモン誰が入門すンだよ、なァ?」
「入学令状が届くんです」モモチは完全に真顔で答えた。「そしたらもう断れません。3日以内に入学しないと、反逆罪で家族全員逮捕だそうです」「マジかよ」リュウの顔から笑いが消えた。
頷くモモチの脳裏に、ドージョーの修業風景が蘇った。
(アークマゴーフク! オンテキタイサン! ハイ!)(((((オンテキタイサン! シチナンレンメツ! シチフクレンショーヒ!)))))
ドージョーの教室に響き渡るオニビト=センセイの声。下級生がそれを必死に反復し、小さな手でニンジャサインを組む。一方校庭では、(((((イヤーッ! イヤーッ!)))))(キアイが足りん! もう1セット!)教員トルーパーの監督下、上級生が過酷なセイケンヅキ・トレーニングを繰り返す。昨日までの日常の一コマだ。
「修行はジゴクだったけど、カイデンすればニンジャアーミーに入れるし、家族もガバナス二級市民になれるって……でも」「でもどうした」
「あの日、オニビト=センセイが……」忌まわしき記憶が蘇り、モモチの身体が震えだした。「き、期末試験の、成績発表だって……」
(((アイエエエ!)))(((アイエエエエ!)))合成ゴザでスマキにされた数十人の生徒を、教員トルーパーは淡々と谷底の激流へ突き落としていった。
(落第刑、まもなく執行完了します)上級トルーパーの報告に、(ウム)オニビトは事もなげに頷いた。(生存者がいたら一応追試に回しておけ。最後の慈悲だ)(((アイエエエ!)))(((アイエエエエ!)))
モモチとサトルは一部始終を直立不動で見ているしかなかった。クラスメイトの絶叫から耳を塞ぎたかった。しかし、無断で姿勢を乱せば自分も同じ運命だ。
オニビトは二人に歩み寄り、肩を掴んだ。(このクラスの合格者はオヌシら二人だ。特にモモチ=サンの成績は抜きんでておる。千人、いや万人に一人の逸材よ)(アッハイ……アリガトゴザイマス)モモチは答えながら、じっとりと濡れそぼったサトルの股間から目を逸らした。
(では最終試験を始める)フルフェイスメンポの下、オニビトの目がにんまりと細まった。(二人で殺し合え。生き残った方が卒業試験に進むのだ)
(君は本当に)(見事なりモモチ=サン!)(夢への第一歩を)(嫌だ!)
「アイエエエエ!」モモチは頭を抱えてゴロゴロと転がった。「嫌だ! 僕は嫌だ! サトルは友達なんだ! アイエエエオゴーッ!」
「もういい!」ハヤトは嘔吐するモモチの身体を抱え、背中を擦った。「もういいんだ……ゴメン」「アイエエエ……」モモチは胎児めいて身体を丸め、すすり泣いた。
「貴様も! 貴様も! 貴様も赤点だーッ!」
「「「「「アイエエエエ!」」」」」オニビトに殴り倒された生徒達が、ジュニアドージョーの校庭に次々と転がった。全校生徒を対象にしたヌキウチ=テストの結果は、到底オニビトの満足のゆくものではなかったのだ。
「やはりモモチ=サンの代役になる者などおらなんだわ!」オニビトは忌々しげに吐き捨てた。「もうよい! 直ちに成績上位者でチームを編成し、モモチ=サンの捜索を……」
「何をしておる、オニビト=サン」
「アイエッ」オニビトが振り向くと、漆黒のプレートアーマーと黒マント、大角付きヘルムに身を固めた宇宙ニンジャが傲然と立っていた。
「ドーモ! ニンジャアーミー団長、ニン・コーガーです!」
大音声が空気をビリビリと震わせた。
「「「アイエエエ……」」」生徒達が次々と失禁、幾人かはその場で昏倒した。SNRS(宇宙ニンジャリアリティショック)症状である。日常的にニンジャトルーパーに接し、センセイからインストラクションを受ける身となっても、コーガーの恐るべき宇宙ニンジャ存在感には耐え切れなかったのだ。
地面をのたうつ子供達を一瞥すらせず、コーガーに付き従う女ニンジャが無感情な笑みでアイサツした。「ドーモ、クノーイです」
「ド、ドーモ。オニビトです……予定より随分とお早いご到着で」
へどもどとアイサツするオニビトを、コーガーはギロリと睨んだ。「オヌシが見出したという逸材、名は何と言うたか」「ハッ……モモチ=サンにございます」
「皇帝陛下に拝謁を賜る前にワシが検分しようと思うたが、どうやらこの中にはおらぬようだな」校庭を見渡すコーガーの眼光に、「「「アイエエエ……」」」さらに数人が失神する。
「モモチ=サンはどうした」「ハッ……それは」「逃げたのか」コーガーはニンジャソードの柄でオニビトの喉首をグイと押さえつけた。
「アイエッ……確かに今この場にはおりませぬ。しかし一時の気の迷い故、なにとぞご容赦を」
「ならぬ!」コーガーは宇宙数珠をオニビトの鼻先に突き付けた。
「千人! いや万人に一人の逸材であろうと! ニンジャアーミーを脱走した者には死あるのみ!」「お待ちくだされ団長閣下! モモチ=サンの素質は類い稀なる」「死! あるのみ!」
ゴウ! コーガーの怒気が突風めいて迸り、宇宙数珠を激しく揺らした。108のボンノを象徴する108の石がジャラジャラと鳴り、オニビトを威圧する。「「「アイエエエ!」」」「「「ゴボボーッ!」」」残りの生徒が全員嘔吐失神!
「ハハーッ!」モハヤコレマデ。オニビトは絶望的にドゲザした。「畏まり……畏まりましてございます……!」
這いつくばった身体が震える。恐怖の震えではない。自身の後継者とも目していた生徒を、己の手で殺さねばならぬ無念のわななきであった。
「イヤーッ! イヤーッ!」
岩山がひしめく道なき道を、連続回転ジャンプで踏破する少年宇宙ニンジャあり。
「イヤーッ! イヤーッ!……アイエッ!?」幾度目かの着地でモモチはたたらを踏み、立ち止まった。スマートな宇宙ファッションの人影が、モモチの眼前に立ち塞がっていた。「ハヤト=サン……」
「どこへ行くんだ? 僕らと一緒にいないと危険だぞ」「ダメだよ。一緒だとハヤト=サン達に迷惑がかかるよ」モモチは視線を逸らした。「僕は一人で修業して、宇宙ニンジャになる」
「ガバナスが見逃すと思うのか!」ハヤトはモモチの両肩を掴んだ。「奴らがいる限り、僕達が安心して生きていける場所はないんだぞ!」
「だから僕は家出してジュニアドージョーに志願したんだ!」ハヤトの手を振り払い、モモチは跳び離れた。「ニンジャアーミーに入って、自由に銀河宇宙を駆け巡りたかった! そしていつか、オニビト=センセイのような優れた宇宙ニンジャになって……」
「優れただと?」ツカツカと歩み寄ったハヤトは、「バッカヤロー!」モモチの頬桁にパンチを喰らわせた。「グワーッ!」
ハヤトはモモチの襟首を掴み、引きずり起こした。「優れた宇宙ニンジャが、子供をスマキにするものか!」
「でもカラテは強いだろ!」モモチはヤバレカバレめいて叫んだ。「カラテが強ければ、誰かの言いなりにならずに済むんだ! 父さんや母さんみたいに、毎日ガバナスにペコペコして暮らすなんてゴメンだ!」
「ガバナスから自由になるために、ガバナスに入るのか」
「……それは」自己矛盾を突きつけられ、モモチは俯いた。詭弁を弄して自身を正当化するには、彼のニューロンはいささか幼なすぎた。
沈黙が流れた。いつの間にか追いついたバルーが、森の賢者めいて静かに二人を見つめていた。
「……わかった。君は好きにしろ。どこへでも行くがいい」
ハヤトが言い捨てた。モモチの胸中に、得体の知れぬ恥の意識が湧いた。「ア、アノ……」「でもその前に頼みがある。僕をジュニアドージョーに案内してほしい」「エッそんな!? せっかくセンセイから逃げて来たのに!」
「オニビト=サンは僕が殺る」ハヤトは決断的に答えた。「そしてドージョーを解放する。罪もない子供をスマキにするなんて、この銀河宇宙にあってはならないんだ!」若き宇宙ニンジャの双眸は使命感と怒りに燃えていた。それはモモチの目にひどく眩しく映った。
「アイエッ?」モモチの身体が浮いた。バルーは少年を軽々と抱え上げ、肩車した。「俺達と行こうぜ、モモチ=サン。真の宇宙の男はダチを見捨てねえ」
バルーは返事を待たず、ノシノシと歩き出した。
モモチはしばらく無言で肩車に揺られていたが、やがて意を決してバルーに呼びかけた。「ア……アノ! スミマセン!」
「ン? どうした」立ち止まったバルーに、モモチはおずおずと岩山の向こうを指し示した。
「……ドージョーは、あっちです」
【#3へ続く】
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