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《分割版#4》ニンジャラクシー・ウォーズ【ゴッデス・セイブ・ザ・マーチャン】

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◆#4◆

「ハッ、ハッ、ハッ」枯野を掻き分け、パオは走り続けた。両手に抱えた黄金像の重さが全身の筋肉を苛み、肺と心臓が悲鳴をあげる。だが、身体の苦痛と裏腹に、彼の心は清々しかった。「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」湧き出した涙が幾筋も頬を流れ落ちる。

 パオはようやく気付いたのだ。過去から現在に至るまで、神マニヨルのまなざしは絶える事なく己の上に注がれていたのだと。天罰? なくて当然だ。善行も悪行も、神の前には平等なのだから……そして今日、神はついに岩山の奇蹟を顕わされた。信仰を失いかけた哀れな男を魂のジゴクから救うために。

 ZOOM! ZOOMZOOOM! ガバナス戦闘機の禍々しき機影が、次々と頭上を通過した。宇宙スパイダーの脚めいたレーザーステーから破壊ビームが放たれ、地面を薙ぎ払う。BEAMBEEEAM! 燃える炎は壁となり、バリケードめいて行く手を遮る。だがパオは足を緩めない。いまさら何を恐れる事があろう。

 ZZOOOM……! 新たに上空にエントリーした戦闘宇宙船が、両翼の係留アームから小型戦闘機を撃ち出した。KBAMKBAM!「おお!」パオの目に映るその姿は、地球文明圏の誰もが知る伝説の船……3体にブンシンして戦い、ガバナス惑星大要塞を討ち滅ぼしたというリアベ号そのものだ。

 ZAPZAP! BEEAM! 小型戦闘機のパルスレーザーとガバナス機の破壊ビームが、頭上で眩く交錯する。宇宙神話の一場面の如く。「デリ・マノス・マニヨル!」御神体を抱いて駆けながらパオは叫んだ。「これまでの全ての罪、お許しください! このパオめが清浄なる地までお供致します!」

「GRRRR……」リュウ機とハヤト機を射出したリアベ号の操縦席で、バルーは操縦桿を握りながら、棒で叩かれた傷の痛みを堪えた。『蚊トンボ共は俺達に任せろ! お前はパオ=サンを救え!』リュウからの通信音声。「すまねえ、頼む!」反転するリアベ号の後方でドッグファイトが激しさを増す。

 BEEAMBEEEAM! うねる破壊ビームを掻い潜り、リュウ機はヘアピンカーブめいた急旋回で敵機の背後を取った。マンジトモエ・スワールフライト! UNIXターゲットスコープ内で揺れ動くアスキーアートの機影! 中央に捕えてパルスレーザーを連射!「イヤーッ!」ZAPZAPZAPZAP!

 KABOOOM! シュート・ガバナス爆発四散!「ヤッタ! さすがリュウ=サン……アイエッ!?」BEEPBEEP! ハヤト機のコックピットにロックオン警報が鳴り響く。もう一機がいつの間にか後方に!「クソッ……イヤーッ!」ハヤトは渾身の力で操縦桿を引き、エンジンをレッドゾーンに叩き込んだ。

 DDOOOM! 宇宙ニンジャ耐G力をもってしても、極小半径の高速ループは危険なマニューバだ。「イ……イヤーッ!」ZAPZAPZAP! KABOOOM!『ボヤボヤしてンじゃねェぞ!』「わかってる!」ハヤトは鼻血を拭い、リュウの通信音声に叫び返した。「それよりパオ=サンは?」

 低空飛行するリアベ号から、バルーは地上に目を凝らした。「……いた!」黄金像を抱えたパオが枯野を駆けている。だがその先には燃え盛る炎の壁、そして断崖絶壁!「止まれ、パオ!」船外拡声器をオンにしてバルーが叫んだ。『どこかに隠れてろ! ガバナスは俺達が何とかする!』

 ZOOOM……! 残る一機のシュート・ガバナスがリアベ号の背後に迫る。BEEEAM! しかし発射されたビームは武骨な船体を遥かに逸れ、地上に爆発を巻き起こした。KABOOM! KABOOOM!「クソッ! パオを狙ってやがるな!」バルーは旋回してレーザー機銃を乱射! ZAPZAPZAPZAP!

 KABOOOM! 最後の敵機が爆発四散してもなお、パオは走り続けた。着衣が燃えるのも意に介さず、何かに取り憑かれたかの如く。「ダメだ、パオ! 行くなーッ!」バルーは血を吐くような絶叫をあげた。「お慈悲を、マニヨル様! どうか! どうかその男をお召しにならないで下さい!」

「デリ・マノス・マニヨル!」パオは歓喜の表情で炎の壁に飛び込み、この世の最後の数歩を駆け抜けた。黄金像と共に断崖から身を躍らせ、燃えながら海へと落ちていく。「パオーッ! ARRRGH!」滂沱の涙と共に、バルーは繰り返し操縦桿を殴りつけた。「ARRRRGH!」

『パオが! パオが死んだ―ッ! ARRRRGH!』「そんな!」「……なんてこった」それぞれの操縦席でハヤトとリュウが瞑目する。通信回線越しでもなお、バルーの慟哭は心を抉るようだった。「ARRRRRGH! 畜生! 畜生ーッ!」何事もなかったかのように凪いだ海上を、リアベ号はむなしく旋回し続けた。

 夕陽が沈むにつれて空の赤みは褪せ、青から紺、そして薄闇へと沈んでゆく。入れ替わりに輝きを増す宇宙オーロラに照らされ、波打ち際ではデリ島の民が横一列に松明を掲げ、祈りを捧げていた。堕落の果てに神の愛を思い出し、御神体を守って海の藻屑と消えた哀れな商人に、せめてもの救いあれと。

 涙ながらにバルーが語ったパオの死の顛末を、島民はそのように解釈したのだった。「馬鹿野郎……ウウッ」膝を抱えたバルーが嗚咽を漏らす。「不信心者のお前が、誰よりもマニヨル様のおそばに召されやがって……」白い頭巾の少女が彼の傍らに屈み込み、手にした花を海に投げ入れた。

「これでよかったんだよな……なあ、パオ……これでよかったんだよ……」ソーマト・リコールめいて、バルーの脳裏に旧友との思い出がよぎる。貧しくとも穏やかな島での日々。浜辺で獲った魚で飢えを凌ぎ、僅かな儲けでたまに買い込む宇宙バナナが唯一の御馳走だった。二人して笑いながら頬張ったものだ。

「ウッ、ウウッ……」すすり泣くバルーを、リュウとハヤトは言葉もなく見つめるしかなかった……だがその時。ゴーン、ゴーン、ゴーン……岩山で聞いた荘厳な鐘の音が、今度は島中に鳴り響いた。ざわめく島民達。「見て!」少女が指差した浅瀬の水面すれすれに、直径数メートルの光輪が浮かんでいる。

 金色に輝く無数のパーティクルが、リング状に高速回転しているのだ。謎めいた光輪は徐々に縮まりつつ輝きを増し……FIZZ! 一瞬の閃光と共に消滅した。その後に残されたのは……おお、見よ! 黒焦げになって海底に沈んだ筈のパオが、傷ひとつない姿で仰向けに漂っているではないか!

「WRAAAGH! パオ! パオーッ!」バルーは水飛沫をあげながら浅瀬を掻き分け、宇宙猿人膂力で友の身体を引き上げた。「みんな見ろ! パオが! パオが生きとったぞーッ! WRAAAAGH!」松明を手に集まる島民達。「本当か!」「一体どうして!?」「ダイジョブ、パオ=サン?」

 一同が固唾を呑んで見守る中、バルーの手で砂浜に横たえられたパオは朦朧と瞼を開き、焦点の合わぬ視線を彷徨わせ……やがて、己を覗き込む旧友の顔を見出した。「バルー……バルーか……?」「WRAAAAGH!」バルーは涙混じりの咆哮をあげ、パオの身体を折れよとばかりに抱き締めた。

「この野郎! 心配かけやがって!」「許して、くれるのか……俺を……」「当たり前だ! WRAAAAAGH!」「すまねえ……す、すまねえ!」オイオイと泣きながら抱擁を交わす二人。それを見守る島民の表情は暖かい。幾人かはすすり泣きと共に手を合わせ、マニヨルの慈悲に感謝の祈りを捧げた。

「奇跡だ……まさに奇跡だ!」「そいつはどうかねェ」感嘆するハヤトに皮肉めかして答えつつ、リュウは夜空に目を走らせた。「思った通りだ。ホレ、見ろよ」ハヤトの脇腹を小突き、空の一点を指し示す。半透明の光子セイルを煌めかせ、銀色の宇宙帆船がしめやかに接近しつつあった。

 船首のバウスプリットからホロ映像が投射され、純白のドレスを纏ったブロンド宇宙美女の姿を結ぶ。『ドーモ、リュウ=サン、ハヤト=サン……ソフィアです』「「ドーモ」」二人はアイサツを返した。「相棒に代わって礼を言うぜ、ソフィア=サン。アンタがパオ=サンを助けてくれたんだな」

『……いいえ』ソフィアはアルカイックな笑みでかぶりを振った。「アレッ? 違うのかよ!」素っ頓狂な声をあげるリュウの肩を、背後からハヤトが掴む。(ちょっとリュウ=サン!)(だってお前、この流れだぞ! 普通そう思うだろうが!)小声で揉める二人を、宇宙美女は静かに見守った。

 島の人々もいつしかソフィアの存在に気付き、遠巻きに畏怖の視線を注いでいた。(バルー=サン、あのお方は?)一人が小声で尋ねる。(ンー……マニヨル様とは違うんだが、俺達の守り神のようなお方よ)実際、彼女が発揮する超時空的パワーに、彼らは幾度も危機を救われているのだ。

『パオ=サンは生まれ変わったのです。島の人々の心も……バルー=サンの献身と、リュウ=サンとハヤト=サンの友情によって』不可思議なエコーを帯びたソフィアの声に、いつしかその場の全員が耳を傾けていた。『信仰は守られ、分断は避けられました。再びひとつになった島の魂は、私達の力強い友となるでしょう』

 ソフィアが胸元の宇宙オーブに触れると、その姿は二重露光めいて薄れ始めた。『カラテと共にあらんことを……』宇宙ニンジャの幸運を祈るチャントを残して、ホロ映像は消失した。「ソフィア=サン」ハヤトが呟く。残り香めいたシンピテキが、一同の間にしばしの沈黙をもたらした。

 キュラキュラキュラ……それを破ったのは、ハヤト達には耳慣れた車輪走行音だった。ピボボボ、ピボボボ。頭部のランプを点滅させながら、小型ドロイドが近づいてくる。「おう、良くやったな、トント=サン」リュウは笑って労をねぎらった。「まァ色々あったが、お前のおかげでうまくいったぜ」

『ナニガ、デスカ』トントは機械的にかぶりを振った。『トント、シッパイ、シマシタ。スペース・ソーサー、トマッチャッテ、イマダニ、シュウリ、チュウ』「待ってよ!」ハヤトが食ってかかる。「おかしいじゃないか! だったらあの岩戸はどうやって開いたのさ!」

『コッチガ、オシエテ、ホシイ』トントの顔面に「DOESNOTCOMPUTE」の文字が流れる。「そんな無責任な!」「待て待て」リュウがハヤトを止めた。「野暮を言いなさンな。ここはマニヨル様の御業ってコトにしとこうや」軽口がふと真剣みを帯びる。「……実際、本当にそうかもしれんぜ」

「「デリ・マノス・マニヨル!」」「「「デリ・マノス・マニヨル!」」」寄せ返す波の前に跪き、バルー、パオ、そして島民達は口々にチャントを唱えた。これからの彼らは海に祈るのだ。神の新たな住まいとなった海に。「……そうだね」ハヤトは微笑んだ。「僕も信じるよ、マニヨルの奇蹟を」

 枯野の炎はとうに燃え尽き、深夜の絶壁に人の姿はない……しかし、宇宙オーロラの光も届かぬ海の底、地上から伺い知れぬ深みには、仄かに脈動する光があった。祭壇めいて盛り上がった岩礁の上に、黄金のマニヨル像はしめやかに立ち、エテルの呼吸めいた明滅を続けるのだった。


【ゴッデス・セイブ・ザ・マーチャン】終わり


マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第13話「神マニヨルの奇蹟」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

キミどっちなのさ:公式資料や怪人図鑑だと「ガバナス忍士・ヘビビト」なのに、劇中では「アール隊長」としか呼ばれない。そこで本作では両方を立てるため、ニンジャネーム「ヘビビト」を下賜されることが内定しているアール隊長……という設定にしました。ちなみに、伸縮刀を口に突っ込まれて漏電死するのは原作ママ。


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