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ニンジャラクシー・ウォーズ【ゴッデス・セイブ・ザ・マーチャン】

◆はじめての方へ&総合目次◆

この宇宙に人類が生き続ける限り、決して忘れてはならない事がある。
本テキストは70'sスペースオペラニンジャ特撮TVショウ「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」とサイバーパンクニンジャアクション小説「ニンジャスレイヤー」のマッシュアップ二次創作であり、(株)東映、石ノ森章太郎=センセイ、ボンド&モーゼズ=サン、ほんやくチーム、ダイハードテイルズとは実際無関係という事だ! ただしリスペクトはある!


◆#1◆

 第15太陽系・第1惑星シータ周辺宙域を、宇宙オーロラの神秘的な輝きが十数年ぶりに覆った夜。シータ洋上に浮かぶデリ島は、時ならぬ賑わいに包まれていた。

 トントコトトン、トントトン。トントコトトン、トントトン。ギーチャカギーチャカギーチャカギー……地球人がタイコを叩き、宇宙猿人デーラ人がギロを掻き鳴らす。天空を彩るオーロラの下で、宇宙民族衣装を纏う人々は朗らかに笑いつつ、輪になってボン・ダンスめいたステップを踏んだ。

 先住民族であるデーラ人の口伝によれば、シータにおいて最初に地球からの移民船団を受け入れた地こそ、このデリ島なのだという。移民達は程なくして各地へ拡散していったが、宇宙猿人のオーガニックなライフスタイルに共感した一部の人々は島に残り、今なお数世代前と変わらぬ暮らしを続けているのだった。

 円形広場の中心に立ち、慈愛の表情で人々を見下ろす大理石像は、デーラ人が信仰する地母神マニヨル。宇宙猿人の神でありながら、なぜかその美貌には地球系人類の面影があった。「デリ・マノス・マニヨル!」「デリ・マノス・マニヨル!」島民は平伏し、女神を讃えるチャントを口々に唱えた。

「聖なるオーロラが戻ってきた! マニヨル様は我等を見捨ててはおらなんだ!」「どうかいま一度のご加護を!」「「「デリ・マノス・マニヨル!」」」人々が叫び、タイコのリズムとステップが激しさを増す。トントコトントコトントコトントコ……人々の宗教的興奮が頂点に達しようとした、その時。

 BRATATATATA! 銃声が夜空を裂いた。島民は水を打ったように静まり、威嚇射撃の主を恐る恐る振り返った。ミリタリー装束とフルフェイスメンポに身を固めた兵士の一団が、宇宙マシンガンの銃口を天に向けている。彼らはニンジャトルーパー。第15太陽系を支配下に置くガバナス帝国の尖兵だ。

 ザッ! 隊列が左右に割れ、宇宙ニンジャの下士官が歩み出た。頭部を紫の頭巾で覆ってはいるが、その下の爬虫類めいた異星人相は隠しようもない。「アール隊長だ」「なぜ監督官が祭りの場に」囁き合う群衆。「フン」下士官は鼻を鳴らした。「アール隊長か……その名前で俺を呼ぶのも最後になるだろう」

「なぜなら! 俺はこれより貴様らのくだらん信仰を根絶し! その功で新たな地位とニンジャネームを得るからだ!」「「「アイエッ⁉」」」人々の間に動揺が走る。宇宙ニンジャは尊大なオジギと共に、下賜内定済みの新たな名でアイサツした。「ドーモ! ニンジャオフィサー・ヘビビトです!」

「5人以上の集会は騒乱罪にあたると再三警告しておいた筈だぞ! なのに何だこの有様は!」ヘビビトは広場に集う群衆を威圧的に見渡した。「斯様な反逆的行為を助長する宗教など、ガバナス治世下に存在してはならんのだ!」「そんなの関係ない!」地球人の青年が叫んだ。

「シータの空にオーロラ輝く時、マニヨルの神来たれり! 七日七晩の祭りでお迎えするのが古来からの……」BRATATATA!「アイエエエ!?」再度の威嚇射撃に青年が腰を抜かす。「もはや愚民の声に貸す耳はない! やれ!」ヘビビトの号令一下、「「「イヤーッ!」」」トルーパー達がフックロープを投擲!

 数十本のロープが石像をがんじがらめに縛り上げた。「セーノ!」「「「ヨイショ! ヨイショ!」」」呼吸を合わせてロープを引くトルーパー。マニヨル像はたちまちグラグラと揺れ始めた。ナムサン! 巨大な石像といえど、統制の取れた集団宇宙ニンジャ筋力の前にはひとたまりもない!

「「「ヨイショ! ヨイショ!」」」「アイエエエ!」「ヤメローッ!」人々の叫びもむなしく、KRAAAASH! 前のめりに倒れた女神は広場の石畳に激突し、木っ端微塵に砕け散った。「ハハハハハ! 神は死んだ!」哄笑するヘビビト。「これで貴様らも、帝国市民の末席を汚す栄誉を得た訳だ!」

「フ……フザケルナ!」先程の青年が震えながら言い返した。「これしきの事で、俺達からマニヨル様を取り上げられると思うのか!」「そうとも! 見ろ!」壮年の男が夜空を指差す。「オーロラは消えていない! あれは恵みの光なのだ!」「「デリ・マノス・マニヨル!」」「「「デリ・マノス・マニヨル!」」」

 人々は喉も裂けよとチャントを唱え続けた。「「「ウオオーッ!」」」「「「WRAAAGH!」」」地球人が叫び、デーラ人が咆える。噴火寸前のマグマめいて高まる反抗の機運に気圧され、「ダ……ダマレーッ!」ヘビビトが絶叫した。真っ赤に裂けた口中、牙の間に小さな稲妻が走る。

 ヘビビトは腰に下げた鞭を掴んだ……否! それは単なる鞭にあらず、宇宙蛇を遺伝子改造した生体ウィップだ!「イイイイイ……」ヘビビトの体内発電器官が生み出した電流を、生ける鞭が生体電磁誘導で伝達!「イイイヤアアーーッ!」BZZZTT!「グワーッ!」鞭打たれた青年が感電痙攣!

「イヤッ! イヤーッ!」ヘビビトは怒りのままにバイオ電磁鞭を振るった。「グワーッ!」「ARRRGH!」BZZZT! BZZZZTT!「「「アイエエエエ!」」」逃げ惑う群衆!「調教してやる!」ヘビビトの双眸が爛々と輝いた。「貴様らが崇めるべきは神ではない! ロクセイア皇帝陛下の威光だーッ!」

「クソッ、もう我慢できない!」広場に程近い岩陰で、端正な顔立ちの青年が腰を浮かせた。「やめな、ハヤト=サン」ジュー・ウェア風ジャケットの男が肩を掴んで引き戻す。「せっかく隠れたのにノコノコ出て行く奴があるか」「でも!」「今ここでコトを構えてみろ、巻き添えで何人死ぬかわからんぞ」

「戻ったぜ、リュウよ」身長7フィート超の屈強なデーラ人が暗がりから姿を現した。「おう。どうだ相棒、例の古いダチは」ジュー・ウェア男が声をかける。「ダメだ、広場のどこにもおらん。ひょっとしてパオの奴、もうガバナスの連中に……!」「バルー=サン……」焦燥する宇宙猿人をハヤト青年が気遣う。

「早合点すンなよ。たまたま祭りに来てなかっただけさ」「パオに限ってそれはねえ! アイツは島一番の信心者でよォ、オーロラが出たとなりゃ、真っ先に音頭を取って……ウウッ」「泣くな泣くな」リュウはバルーの背中を叩いた。「とにかくこの場は退くぞ。ハヤト=サンも堪えろ。いいな」「……ハイ」

 リュウ、ハヤト、バルー。戦闘宇宙船リアベ号を駆り、邪悪なるガバナス帝国と戦い続けている宇宙の男達は、しめやかに闇の中へと退却した。リュウは去り際に振り返り、狂ったように人々を鞭打つヘビビトを見やった。その目がカタナめいて細まる。「……島を出る前に、あのクソ野郎を始末せにゃならんな」

 時の流れに取り残されたようなデリ島の中にあって、高台に建つその家は一種異様なアトモスフィアを放っていた。宇宙マネキネコ金張りレリーフ、モルタル製メダイヨン、模造ウダツ・ピラーなどの装飾品が、粗末な木造小屋をけばけばしく飾り立てている。その有様は滑稽を通り越し、グロテスクですらあった。

「クソッ! やっぱりダメか」スキンヘッドに口髭の男がペンを放り投げ、狭い室内の大半を占める貴族めいた執務机に突っ伏した。机上の帳簿には減少する月次利益の数字と、急下降の折れ線グラフ。「占領下で取引先は減る一方だ。検閲のせいで荷動きも鈍い……このままじゃ早晩、貧乏暮らしに逆戻りだ」

「いよいよアレに手を出す時が来たか」やがて男は顔を上げ、自らに言い聞かせるように呟いた。「今更何をためらう、パオ……お前にはもう、恐れるものなんかない筈だぜ……!」その時。ドンドン! ドンドン!「アイエッ!?」玄関のドアを激しく叩く音に、男は飛び上がった。「アッハイ! 只今参ります!」

「ドーモ、夜分遅くご苦労様です!」扉の向こうに愛想笑いしつつ、パオは何重もの宇宙南京錠をガチャガチャと開けた。「お待ちしておりました! 実は折り入って重要なお話が……アイエッ!?」立ち竦むパオ。戸口に立つのは完全に予想外の人物だったのだ。「WRAHAHAHA!」

「生きてたかパオ! いやァ無事で良かった!」7フィート超の宇宙猿人が呵々と笑いながらパオを抱きしめた。「バルー……お前バルーか!」パオは身をもぎ離して破顔した。「この野郎! お前こそとっくに野垂れ死んだと思ってたぜ!」「うるせえ! WRAHAHAHA!」「ハハハハハ!」

 バルーがデリ島で過ごした期間は三年あまり。退屈な日常に耐えかねて故郷の村を飛び出したものの、外界は彼の想像以上に過酷だった。下層労働者としてシータ各地を転々とする生活は、しばしば雇用主との暴力的トラブルに発展し……そしてある日、ついに彼の鉄拳は一人のスカム経営者を死に至らしめた。

 不幸にしてその経営者は、給金よりミカジメ・フィーの支払いに余念がない男だった。ケツモチ宇宙ヤクザに追われたバルーは逃亡の果て、俗世と隔絶したこの島へ流れついた。野良犬めいて村落の片隅に住み着いた余所者に、勇気を奮って最初に接触したのが、島民相手の商売を細々と営んでいたパオであった。

 彼と意気投合したのをきっかけに、他の島民との交流も少しずつ進んだ(人々の態度は最後まで、奥ゆかしく余所者との距離を置いたものではあったが)。かくしてデリ島での日々は、バルーの疲れ果てた心身を癒し、マニヨル神への信仰を深める良き日々となったのである……。

「で、そちらの御仁達は? 今の仕事仲間かい」パオは一行を室内へ招き入れた。「ドーモ、はじめまして。ゲン・ハヤトです」「ドーモ、リュウです。航行中に例のオーロラを見た相棒が、古巣の祭りに顔を出すって聞かなくてね」「そうだ……それだ!」バルーの表情が険しさを取り戻す。

「えらいこったぜ、パオ! ガバナスの連中が祭りに乱入してマニヨル様の御神体を!」「アー、ウン……らしいな」パオは曖昧に答えながら、宇宙ワインのコルク栓を開けた。「そんな事より、久々の再会だ。盛大に飲もうや。こいつはアナリス産の年代物だぜ」ボトルを掲げる。

「なあ、パオ……お前ちと様子がおかしかねえか」バルーが眉根を寄せた。「第一、いつの間にこんなカネモチになったんだい」「島のしがない食料品屋がか?」パオはブラインドを開け、高台の麓の道を見下ろした。祝祭を蹂躙されて悄然と帰路につく人々は、まるで葬列のようだ。

「何も特別な事はしとらん。島で採れた作物を安値で仕入れて、相場通りの価格で売り捌いただけよ……掟にちょいと目を瞑ってな」パオはニヤリと笑った。「要するに、島のバカ共があんなカラ騒ぎで浪費するエネルギーを、俺はもっと有益な使い道につぎ込んで来たって事さ」「なッ……!」バルーが目を剥いた。

「なんて言い草だ貴様! 久し振りに帰ってみりゃ、島の皆は相も変わらぬ貧乏暮らしじゃねえか! 少しは儲けを分かち合ったらどうなんだ!」「分かち合う? 冗談はよしてくれ」パオは吐き捨てるように答えた。「商人と泥棒の区別もつかん連中が、俺からカネを受け取ると思うか?」

「そりゃ受け取らんだろうよ、これだけ贅沢三昧してりゃあな!」バルーは高級品まみれの室内を指し示した。「富を貪る者はジゴクに堕ちるべし。それがマニヨル様の教えだろうが!」「何百年前の教えだ! そんなカビの生えたお説教が現代資本主義社会に通用するか!」パオが言い返す。

「利益を出して何が悪い! 島の外じゃ当たり前の事だ。お前もそうやってメシを食ってるんじゃないのか!」「う……うるせえ! WRAAAGH!」「シッ」言い争う二人をリュウが遮った。「取り込み中悪いがな。見ろよ」彼が親指で示す窓の外、接近するヘッドライトはガバナス軍用装甲車のそれだ。

「オイオイ! まさかアイツら、ここに来るんじゃなかろうな」バルーが慌てる。「何かまずい事でも?」「なァに、ちと気が進まねェだけさ」訝しむパオに答えながら、リュウは仲間達に目配せした。「一旦身を隠そう」ハヤトが頷く。「GRRRR」バルーは不承不承に唸った。

「ガバナスのどちら様がお越しか知らんが、俺達の事は内密に頼むぜ。アンタだって面倒に巻き込まれたかねェだろ」「何だって? そりゃ一体どういう……」パオの問いに答える代わりにリュウはニヤリと笑い、音もなく物陰に滑り込んだ。どこに隠れたか、バルーとハヤトの姿も既にない。

 ドンドン! ドンドン! 玄関のドアを激しく叩く音に、再びパオは飛び上がった。「アッハイ! 只今参ります!」玄関に駆け寄り、解錠済みの扉を開ける。「ドーモ、夜分遅くご苦労様です」「……」苦い顔で戸口に立つのは本来の予定にあった訪問者……トルーパーを引き連れた爬虫人類宇宙ニンジャだ。

「お待ちしておりました、アール隊……ヘビビト=サン。実は折り入って重要なお話が」「……」揉み手するパオを無視して、宇宙ニンジャはずかずかと入室した。追いすがるパオ。「そういえば今日は祭りの臨検でしたな。首尾は如何で……」その瞬間。「ダマラッシェー!」ヘビビトが真っ赤な口を開いて叫んだ。

「忌々しい未開人どもめ! イイイヤアアーーーッ!」再燃した怒りにまかせて、へビビトは腰の生体ウィップを振り上げた。「アイエッ!?」咄嗟に身を屈めたパオの頭上をバイオ宇宙蛇が薙ぎ払う。CRAAASH! 背後の棚に並ぶ酒瓶が列ごと砕けた。「イヤーッ!」BZZZZT! BZZZZZT!

 狭い室内を電撃が荒れ狂い、渦状銀河柄の絵皿、「自由経済」の掛け軸、漆塗り書類キャビネットといった高級調度品の数々を次々と破壊していった。「イヤーッ! イヤーッ!」BZZZZZT! CRAAASH!「アイエエエ!」パオは頭を抱えて蹲った。BZZZZT! BZZZZZT! CRAAAASH!

 膨大なカネと時間を費やして築き上げた小さな城とも言うべき居宅が、宇宙ニンジャの鞭の一振りごとに砕け散り、無価値な瓦礫と化す。だが抗う術などなし。「イヤーッ! イヤーッ!」BZZZZZT! CRAAASH!「アイエエエエ!」BZZZZZT! CRAAAASH! CRAAAAASH……!

「フゥーッ、フゥーッ……」やがてヘビビトは鞭を納め、息を整えた。「……クソが!」CRAAASH! 蹴り転がされたパオが、ダンゴムシめいてビヨンボ・パーテーションの残骸に激突した。「グワーッ!」「神像まで破壊したというのに、あの狂信者どもめが! マニヨルの神は不滅と抜かしおったわ!」

「この島の教化任務に失敗すれば、俺のニンジャオフィサー昇進は帳消し!  監督官の任すら解かれかねん! そうなれば貴様も路頭に迷うのだぞ!」ヘビビトはパオに指を突きつけた。「知恵を出せ! 長年この島で商売してきた貴様だ。あの連中に信仰を捨てさせる手はないのか!」

 明かすなら今だ。「……一つだけございます」パオは肚を決めて立ち上がった。「マニヨルの神様はまだ生きております」「何だと?」ヘビビトが訝しむ。「この島には、天の岩戸に隠れて陰ながら平和を守ると伝えられる、ダイヤと金からできた真のマニヨル像……真の御神体があるのです」「初耳だぞ」

「島外には秘中の秘。私がタブーを破ったのは、ひとえにヘビビト=サンへの忠誠心ゆえにございます」パオは言葉を続けた。「信仰に迷いし者が祈りを捧げる時、岩戸を開いて御姿を現すと伝えられております……御神体がこの島にある限り、民の信仰はいささかも揺るがぬでしょう」

「その像はどこにある」「ジャングルの奥深く……とある場所に」パオは明言を避けた。正念場だ。「詳しい在処はさておき、皇帝陛下に献上なされば一層のご昇進は間違いなしかと。重要なお話とはその件でして」「フーム」ヘビビトは腕を組み、パオを睨んだ。「で? 貴様、見返りに何を求める」

「島外貿易に課せられるミカジメ・フィーを、しばしご免除頂きたく」「貴様の言葉どおりの品ならばな」踵を返すヘビビト。「明後日に検分する。現地まで案内せい」「ハハーッ!」ドゲザするパオを尻目に、爬虫人類宇宙ニンジャはトルーパーを引き連れて退出した。バタン! ドアが乱暴に閉じる。

「フゥーッ………とうとうバラしちまった」半壊したエルゴノミクスチェアに座り、パオは溜息をついた。「これで俺もポイント・オブ・ノーリターンか……ン?」不穏な気配を感じて天井を見上げる。その先には、太い梁に蹲って怒りの牙を剥くバルーの姿があった。「GRRRR……」「アイエッ!?」

「GRRRAAAGH!」バルーはパオに飛びかかり、喉首をギリギリと締め上げた。「グワーッ!」「待て待て!」「バルー=サン、落ち着いて!」物陰から飛び出したリュウとハヤトが組み付く。「止めるな! WRAAAAGH!」バルーが叫んだ。「マニヨル様を売った裏切り者め! ブッ殺してやる!」

「待てッつってンだろアホウが! イヤーッ!」リュウはバルーの頭上に跳び上がり、脳天に肘打ちを叩き込んだ。「AAARGH!」「イヤーッ!」うつ伏せに倒れた背中を片膝で抑えつける。「WRAAAAGH!」宇宙ニンジャ筋力で拘束されてなお、パオを睨むバルーの形相は凄まじい。

「まさかガバナスと通じていたなんて!」ハヤトがパオを咎めた。「この贅沢はそうやって手に入れて来たんだな!」「……ま、そういうこった。おかげで財産没収を免れて、島での商売を独占できたってワケさ」パオは開き直った口調で己のこめかみを叩いた。「ココの転換よ、ココの。文句あるか」

「あるよ! WRAAAAGH!」「グワーッ!」リュウを跳ね除けたバルーがパオの頬桁を殴りつけた。頭部が120度回転!「この馬鹿ったれが!」「よせよせよせ!」「本当に死んじゃうよ!」「AAAAARGH!」「アイエエエ!」宇宙の男達の乱闘はなおも続き、粗末な木造小屋の柱梁をギシギシと軋ませた。

◆#2◆

 翌朝。灰色の雲が垂れ込める円形広場で、白い頭巾の少女がマニヨル像の欠片を拾い集めていた。「痛かったでしょう……可哀そうに」幼い頬を涙が伝う。「泣くなよ、お嬢ちゃん」バルーが傍らに屈み込み、分厚い掌で少女の頭を撫でた。「これしきの事でマニヨル様は死んだりせんさ」

「じゃあ、マニヨル様は今どこにいるの?」鼻を啜りながら少女が尋ねる。「ン? アー、それはだね……島のどこか秘密の場所で、俺達が幸せになるように見守ってるのさ」「ホントに?」「ホントだとも」いかつい笑顔を作りながら、バルーは内心で呟いた。(この子の為にも、本物の御神体を守り通さんとな)

 リュウとハヤトは周囲を見渡した。「やってくれたな、奴ら」「……ウン」広場に島民の姿はまばらで、散乱する瓦礫を片付けようともせず、茫然と立ち尽くすばかり。「……」バルーは無言で少女を手伝い始めた。(リュウ=サン)遠くの人影に気付いたハヤトが、リュウの脇腹を小突く。

(見てよアレ。どうする?)(俺が知るか)眉を顰めて囁き合うハヤト達。昨夜の彼らは荒れ狂うバルーを引きずるようにリアべ号へ連れ帰り、必死になだめすかしながら朝を迎えた。その元凶のパオが笑顔で駆けて来るのだ。「バチ当たりの商人め」「関わるな。行こう」嫌悪の表情も露わに島民が去ってゆく。

「ホラ、私達も帰るわよ」傍らの少女が母親に抱き上げられて、ようやくバルーはパオに気付いた。「パオ、てめえ! どのツラ下げて来やがった!」険しい形相で立ち上がる。「まだ怒ってるのか」歩み寄るパオに悪びれた様子はない。「島を出て気が短くなったな、お前」「黙れ! WRAAAGH!」

「もう済んだ事だろ? ここはサッパリ水に流して……そうだ!」パオは自らの思い付きに目を輝かせた。「だったら久し振りに浜へ出てよ、オスモウで決着つけようや、オスモウで! な?」「オスモウだと? GRRRR……」唸るバルーの表情が軟化してゆく。「そいつは……アー……悪かねえな」「だろ?」

「ようし決まりだ! 俺がお前の性根を叩き直してやる! WRAAAGH!」「ナメるな、返り討ちだ!」「WRAHAHAHA!」「ハハハハハ!」意気投合する二人。「エェー……?」ハヤトは困惑してリュウを見た。「理屈じゃねェのさ、ああいう時の奴はな」リュウが肩を竦める。「アレでも昔よりか分別がついたンだぜ」

「イヤーッ!」「WRAAAGH!」砂浜に描かれたドヒョー・リングの中央で、パオとバルーが四つに組み合った。「AAARGH!」「アイエッ!?」バルーの背中に筋肉が盛り上がり、パオの足が宙に浮く。「WRAAAAGH!」バルーはそのままクルクルと回転し、遠心力を乗せてパオを放り投げた。

「グワーッ!」SPLAAAASH! 海に落ちたパオの身体が盛大に水飛沫を上げた。見事な飛距離のツリダシ・ジャイアントスイングだ。「マイッタ! ハハハハハ!」「WRAHAHAHA!」二人の男は屈託なく笑い合った。「今度は負けんぞ! もう一番だ!」ずぶ濡れのパオが起き上がる。「おうよ!」

 リュウとハヤトはやや苦笑気味に、もはや何度目かわからぬ二人のトリクミを見守っていた。「決着もクソもねェな、ありゃ」「でも良かったよ、バルー=サンが楽しそうで」「まァな」オスモウに興じる男達の姿は無邪気な悪童のようだ。「AAARGH!」パオの足技が決まり、バルーが笑いながら砂浜に転がった。

 ……カッ! パオの投げたナイフが木製のヤブサメ・ターゲットに突き立った。宇宙オスモウ興行のナカイリめいた、小休止の余興だ。「どうだ、案外いい腕だろ? 坊やもやってみるかい」「坊やだって? 僕は……」ハヤトは言い返しかけて口を噤み、「見てろよ」ヤジリめいた宇宙スリケンを両手に握った。

 狙いを定め……「イヤーッ!」回転ジャンプからの同時投擲! 寸分違わぬ箇所に2枚のスリケンが突き立ち、押し出されたナイフが砂浜に落ちる。「ほう。やるじゃないか坊やも」「何だよ、さっきから坊や坊やって! 僕はこれでもゲンニンジャ・クランの……アイエッ!?」ハヤトの眼前に銃口が光る。

「銃はお扱いになられるかな、宇宙ニンジャのお二方は」黄金色の拳銃を手にパオが言った。「ま、なられん事もないけどねェ」たじろぐハヤトを庇うようにリュウが歩み出た。「勝負なら俺が相手だ」「では早速」パオは三枚の金貨を懐から取り出し、「イヤーッ!」投げ上げると同時に銃を構えた。BLAM! BLAM! BLAM!

 砂浜に落ちたコインは、いずれも中心を銃弾に貫かれていた。「ざっとこんな所で」得意顔でリュウに拳銃を手渡し、パオは新たな三枚を取り出した。「俺は一枚でいいよ。カネは大事にしな」「ほう」パオの目が細まる。「ならば遠慮なく……イヤーッ!」一枚の金貨が高く宙を舞った。

 BLAMBLAMBLAM! ……リュウが広げた掌の上に金貨が落ちて来るには、しばしの時を要した。「これは!」覗き込むパオが目を瞠った。一枚のコインに三つの貫通弾痕。しかもそれらは正確無比な三角形を描いている。ワザマエ!「オミソレ・シマシタ……ガバナスと戦ってるって話、まんざら嘘でもなさそうだな」

「嘘なもんか! 僕らはずっと前から……」「ンな事ァいいンだよ」リュウがハヤトを遮った。「それより、俺達の腕を試した理由は何だい」「個人的な相談があってね」パオは声を潜めた。「アンタ達……俺のヨージンボを引き受ける気はないかい」「何ッ?」のんびりと砂浜に寝そべっていたバルーが跳ね起きた。

「ガバナスをどうこうしてくれとは言わん。だが、最近は物騒な取引相手が多くてね。商談の場に宇宙ヤクザを同席させてプレッシャーをかけて来る奴もいるのさ。そこでこっちは、宇宙ニンジャと屈強なデーラ人をだな……」「見損なうな!」バルーが叫んだ。「お前のカネ儲けの片棒を担ぐような俺達と思うか!」

「そんな言い方はないだろ。せっかくお前にも稼がせてやろうってのに」パオが嘯く。「ギャラは相場の1割……いや、2割増しでも構わんぞ」「そういう事じゃねえ!」バルーはパオの両肩を掴んで揺さぶった。「パオ! お前ホントにマニヨル様の教えを忘れちまったのか! このバチ当たりめが!」

「バチ当たりだと……?」パオのスキンヘッドが紅潮した。「お前まで島の奴らと同じ事を言うのか! バチなんざひとつも当たりゃしなかったよ、何度教えに背いてもな! それがどれだけ恐ろしい事か、お前達には判らんのだ!」喚き散らす旧友にバルーがたじろぐ。「待てよ、パオ……一体どうしちまったんだ」

「もういい! 今の話は忘れてくれ!」パオはバルーの手を振り払って吐き捨てた。「とんだ見込み違いだったよ! いまだにカビの生えた神様を信じてるアホウに、現代ビジネスは務まらんよなあ!」「貴ッ様ァーッ!」今度はバルーが激昂する番だった。「WRAAAGH!」毛むくじゃらの鉄拳が飛ぶ!

 CRAAASH!「グワーーーッ!」殴り飛ばされたパオの身体が、キリモミ回転で再び海に落ちた。SPLAAASH!「もう御免だ! てめえのツラなんざ金輪際見たくねえ!」バルーは涙混じりに叫びながら走り去った。「パオの大馬鹿野郎! お前なんか死んじまえーッ! AAAARGH……!」

「……」「……」リュウとハヤトは互いの目を見交わした。彼らはバルーの後を追わなかった。追ってどうする。変わり果てた旧友と罵り、傷つけ合い、長年の友誼を失って去りゆく男の背中に、かける言葉などあろうか。「……バカハドッチダ」のろのろと立ち上がったパオの顎から海水が滴る。

「バルーも島の連中も判っちゃいない……神様なんて居やしなかったんだ……俺達には初めから、天罰も、救いも、導きもないんだ……!」譫言めいた呟きと共に歩き出すパオを、「なあ」リュウが呼び止めた。「アンタ、マジで御神体をガバナスに売る気かい」「……」振り向いたパオの目は虚ろだ。

「売って何が悪い……只の金細工だろ」パオは再び背を向け、悄然と立ち去った。遠ざかってゆくその姿は、昨夜の島民よりもなお打ちひしがれて見えた。

 再び訪れた夜。宇宙オーロラの変わらぬ輝きが、浜辺で膝を抱えて啜り泣くバルーを照らしていた。「なァ、ハヤト=サン」少し離れた場所で相棒の背中を見守りながら、リュウが口を開いた。「奴は今、何に一番苦しんでると思う」「マニヨルの神像……よりもやっぱり、パオ=サンの事だよね」傍らのハヤトが答える。

「だな。古いダチの心変わりが相当堪えたと見える」リュウは顎を撫でた。「問題は、どうすりゃあのオッサンの信仰を取り戻せるかって事だが……ひとつ、やってみる手はあンだよ」「エッ? それってどういう……」ハヤトが聞き返した時、BEEPBEEEP! リュウの腕時計型IRC通信機がコール音を発した。

 ……『ココデス、ココデス』小さな岩山の麓に着陸した円盤型スペースクラフトから、小型ドロイドがヤットコ状のマニピュレータを振った。ジャングルを抜けたリュウとハヤトが歩み寄る。「おう、ご苦労さん」「トント=サン! こんな所で何してるの?」『リュウニ、イワレテ、サガシモノ』

「この場所で間違いねェな」オーロラを背にした小さな岩山のシルエットを、リュウが見上げた。『99.99%、カクジツ』万能ドロイド・トントは、乗機「スペース・ソーサー」のコックピットに自身を直結した。ピボッ。岩山の透視ワイヤーフレームがグリーンモニタに浮かび上がる。

『ナイブ、クウドウニ、キンゾクハンノウ、アリ』「そいつが例の御神体だな。上等だ」「そうか! トント=サンの探し物って……」ハヤトは岩山に駆け寄り、その表面に触れた。「見て、縦に裂け目が走ってる! これが天の岩戸なんだね!」『ジョウクウ、カラノ、スキャンデ、ハッケン、シタ』

「あの岩戸がひとりでに開くトリックを作りたいンだが、できるか」リュウの質問に、トントはサイバーサングラスめいた顔面LEDプレートを01点滅させた。ピボボボ、ピボボボ……演算が進むにつれ、モニタ内のワイヤーフレーム岩戸が開いてゆく。『オモサ、ヤク、100トント、ヨソウ、サレマス。ナントカ、ナルデ、ショウ』

「何をする気?」訝しむハヤトにリュウが答える。「明日ここにパオ=サンが来るだろ。その目の前で岩戸が開いて、御神体おん自ら姿を現してみな。一発で改心するぜ、あのオッサン」『サクセン、リョウカイ』ドロイドの球状頭部が回転した。『トント、バルーノ、タメナラ、ナンデモ、スル』

「いいのかな、そんな騙すようなやり方で」ハヤトは懐疑的だ。「いいも悪いも、バルーがいつまでもあの調子じゃ困るだろうが」ツールボックスを手に、リュウがハヤトの背中をどやす。「トント! 俺達が手を動かす。指示をくれ」『ガッテン』「夜明けまでに仕込みを済ませるぞ、ハヤト=サン」

「待って!」ハヤトが異を唱えた。「パオ=サンと一緒にガバナスも来るじゃないか。そっちはどうするのさ!」「ア? 決まってンだろ」リュウは凶暴な笑みを浮かべた。「全員殺すのよ、俺とお前でな。ザコ一匹生きて帰すんじゃねェぞ」


◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆

◆C◆ テーテテーテテテー ◆M◆


◆#3◆

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……規則正しい足音と共にジャングルの暗がりから姿を現したのは、整然と隊列を組んだニンジャトルーパー小隊であった。先頭を行くのはヘビビト。サファリハットを被ったパオが随行する。太陽は既に中天高く、ギラつく光で岩山の一帯を照らしていた。

 ザッ! 小隊は岩山の麓で停止した。「これか、マニヨルの岩戸とは」「ハッ」「この中に黄金像があるのだな」「間違いなく」岩山を見上げるヘビビトにパオが頷く。「ようし! 速やかに発破の準備を……ム?」掲げかけたヘビビトの右手が止まった。「いかがなされました」「シッ! 黙れ」

 パオを制したヘビビトは、そろそろと右手を下ろしつつニューロンを研ぎ澄ませた。「……そこか! イヤーッ!」抜き撃ちガンマンめいて腰の生体ウィップを繰り出す。蛇頭の鞭は意志あるが如く屈曲し、岩陰に潜んでいた何者かを打った。BZZZTT!「ARRRGH!」感電して転げ落ちる人影!

「バルー!?」パオが目を瞠った。駆け寄る暇もなくトルーパーが取り囲み、7フィート超の長身を棒で叩く!「「「イヤーッ!」」」「ARRRRRGH!」「お待ちを! どうかお慈悲を!」パオはトルーパーを掻き分け、傷だらけのバルーに屈み込んだ。「バカ野郎、何だってこんな所に!」

「知れた事を!」トルーパーに拘束されながらバルーが吼えた。「俺は命に代えてもマニヨル様をお守りするぞ! お前の為にもな!」「俺の為だと?」「御神体をガバナスに売れば、お前はジゴクに落ちるだろう。断じてそんな事はさせん!」「……」パオは押し黙った。その目に怒りの色が浮かぶ。

「決して友を見捨てないのがデーラ人の誇りだ」バルーは言葉を続けた。「俺達はもはや友ではないが……それでも最後に、俺はお前を救いたい。かつてお前が俺を救ってくれたように」「救いか」パオが押し殺した声で言った。「本気で俺を救う気があるなら……俺と同じジゴクに落ちてくれよ」「何だと……?」

「まずいよリュウ=サン! バルー=サンが!」岩山の陰で様子を伺っていたハヤトが振り返った。後方には待機中のスペース・ソーサーとリュウ。機体から伸びた数十メートルのチェーンはU字型電磁石に繋がれ、鉄分豊富な岩戸の端にがっちりと吸着していた。ガバナス側からは完全に死角である。

 ハヤトの後ろから首を伸ばし、リュウはバルー達の様子を覗き込んだ。「あンの野郎、姿が見えねェと思ったら……誰のせいで苦労してると思ってンだ」「すぐ助けなくちゃ!」「待て待て」駆け出そうとするハヤトの首根っこを、リュウが掴んで止めた。「見な。ちょいと風向きが変わって来たぜ」

「……」パオは岩戸の前に跪き、サファリハットを傍らの地面に置いた。その横顔にはある種の覚悟の色があった。「何をしている、貴様」小隊長トルーパーが咎める。「爆破作業の邪魔だ! そこをどけ!」「構わん。好きにさせろ」ヘビビトが言った。「しかし!」「好きにさせろと言っている」

「アイエッ」金色の瞳に射竦められた小隊長は宇宙ネズミのごとく震え上がり、失禁を堪えた。もっともヘビビトにとっては単なる気まぐれ……この愚かで卑屈な禿頭の男が珍しく真剣な様子で何を始めるのか、ふと気になったまでの事だ。「……そこで見ていろ、バルー」パオの目は岩戸をひたと見据えていた。

「お前にもわからせてやるよ。俺達はもうジゴクにいるって事を……神様のいないこの地上こそ、真のジゴクなんだって事をな……!」パオは両手を差し上げ、朗々とチャントを唱え始めた。「デリ・マノス・マニヨル! 聖なるマニヨルよ! 願わくば我等の前に御姿を現し、お救い下さい!」

 島に伝わる古代語を所々に交えつつ、パオの祈りは続いた。それは作法と伝統に則った敬虔なる儀式であり……同時に、幼い頃から信じていた神への引導でもあった。「デリ・マノス・マニヨル! 御姿を現したまえーッ!」詠唱が最高潮を迎えた瞬間、「よォし、今だ!」リュウはスペース・ソーサーのトントに手を振った。

『リョウカイ……アレッ』起動レバーを引くも機体は無反応。トントの顔面に「??」のアスキー文字が灯る。「オイどうした!」『イジョウ、イジョウ』「今が絶好のタイミングなのに!」ハヤト達がまごつく一方、祈りを終えたパオは周囲を見渡した。変わらぬ静寂。「どうだ、バルー……石コロ一つでも落っこってきたか」

「いくら祈ったところで、神様がいなけりゃ何も起きやせん……お前にもわかったろ、これで」パオが虚ろな笑いを洩らした、その時。ズズズズズ……地鳴りと共に大地が揺れ始めた。「「「アイエッ!?」」」トルーパー小隊が色めき立つ。後ろ手に縛られたバルーがガバと身を起こし、目を輝かせた。「おお!」

 ズゴゴゴゴゴ……! 揺れは激しさを増し、砂礫が岩戸を滑り落ちる。「「「アイエエエ!」」」「静まれーッ!」トルーパーを叱咤するヘビビト。「マニヨル様だ! やはりおいでになったのだ!」「黙れ!」歓喜するバルーにパオが叫び返した。「ただの岩崩れだ! 神の仕業などあり得ん!」

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……。その場に居合わせた全員が……ドロイドのトントまでもが、荘厳な鐘の音を聞いたように感じた。幻聴か、あるいは何らかのエテル波動か。「あれは!」ヘビビトが目を見開いた。おお、見よ! 開き切った岩戸の奥、荒削りの台座の上に立つは……黄金に輝く女神像!

 身長わずか数十センチ余り。だが、その全身から放たれる金色の光は、岩山の内部に穿たれた空洞を余すところなく照らし出していた。要所に奥ゆかしく埋め込まれたダイヤモンドの煌めきがシンピテキをいや増す。「おお、おお……デリ・マノス・マニヨル!」バルーは感極まり、何度も額を地に擦り付けた。

 地鳴りは既に収まっていた。「バカな、あり得ん!」パオは立ち上がり、呆然と女神像を見つめた。「何故ですか、マニヨル様……どうして……どうして今更……」「ハッハハハハ!」ヘビビトが哄笑した。「でかしたぞ、パオ=サン! 貴様の言葉通り素晴らしい品だ。皇帝陛下もお喜びになろう!」

「さあ、その像を持って来い!」「よせ、パオ! それ以上近づくな!」ヘビビトとバルーの相反する叫びがまるで聞こえぬ様子で、パオは立ち尽くしていた。……やがてその足が踏み出され、夢遊病者めいて一歩ずつ、黄金像に歩み寄ってゆく。「そうだ、急げ!」「ヤメローッ! WRAAAGH!」

「……」パオは無言のまま、厳かな仕草でマニヨル像を手に取った。「ようし、それでいい! 早くこちらによこせ!」ヘビビトが両手を伸ばす。だが……静かに振り向いたパオの双眸は、別人のように澄み渡っていた。ソクシンブツ儀式に臨まんとする宇宙ボンズめいて。バルーが息を呑む。「パオ……お前」

「何をグズグズしている! 俺の命令が聞こえ」「ダマラッシェーーー!」パオの口から凄まじき大音声が放たれ、ヘビビトを圧倒した。「「「アイエエエ!?」」」ニンジャトルーパーが一斉に腰を抜かす。「マニヨルは島の魂! ガバナスには渡さん! イヤーッ!」「グワーッ!」

 ブザマに地に転がったヘビビトが、「バ……バカナ!?」瞬膜めいた瞼をしばたたいた。無理もない。一介の非宇宙ニンジャに過ぎぬ男のタックルが、ニンジャオフィサー内定者たる己を跳ね飛ばしたのだ。困惑が恥辱と怒りに変わる。「ええい、貴様ら何をしている! 追え! 追えーッ!」

「「「ヨロコンデー!……アイエッ!?」」」カカカカカ! ヤジリめいた宇宙スリケンが地面に列を成して突き立ち、駆け出すトルーパー達を足止めした。「イヤーッ!」真紅装束の宇宙ニンジャが回転ジャンプエントリー!「銀河の果てからやって来た正義の味方。ドーモ、ナガレボシです!」

 ナガレボシ……すなわち、ハヤガワリ・プロトコルに則って姿を変えたリュウは、クーフィーヤめいた宇宙ニンジャ頭巾とゴーグルで素顔を隠し、アイサツを繰り出した。プロトコルを遵守する限り、正体を看破することは99.99%不可能だ。右手に握る金属グリップからスティック状の刀身が伸び、ジュッテめいた短刀に変形する。

(ナガレボシ=サンだと!? お尋ね者の反逆宇宙ニンジャが何故こんな僻地に!)ヘビビトは己を強いて内心の動揺を抑え、オジギを返した。アイサツは宇宙ニンジャ絶対の掟だ。「ド……ドーモ、ヘビビトです」「ヘーェ」ナガレボシが挑発的に笑った。「その名前を使うのはちと早かねェかい、アール隊長=サン」

「なッ……貴様何故それを!」「神様の使いだからさ」ナガレボシはヘビビトに伸縮刀を突きつけた。「ガバナスのクソ野郎から御神体を守るため、俺達が遣わされたってワケよ」「戯言を!」へビビトが叫んだ。「今は貴様の相手をしている暇はない! カカレ!」ニンジャトルーパー小隊に号令を下す。

「「「ヨロコンデー! イヤーッ!」」」殺到するトルーパーの一団を前に、ナガレボシは伸縮刀にカラテを注ぎ込んだ。キュイイイ……甲高い音を発する刀身を振るい、「イヤーッ!」駆け抜けざまに超振動斬撃を連発!「「「グワーッ!」」」トルーパー達が一斉に緑色の異星血液を噴き出す!

「ええい邪魔だ、どけ!」「グワーッ!」倒れ掛かるトルーパーを蹴倒してパオを追うヘビビト。その行く手を遮り、「イヤーッ!」白銀装束の宇宙ニンジャが回転ジャンプエントリー!「何奴!」「変幻自在に悪を討つ平和の使者。ドーモ、マボロシです!」その正体はリュウに続いてハヤガワリしたハヤトだ!

「オノレ、次から次へと!」ヘビビトは激昂した。「俺の邪魔をするなーッ!」ニンジャソードを抜き放ちざま、もう一方の手で電磁鞭を振るう!「イヤッ! イヤーッ!」BZZZTT!「グワーッ!」感電硬直するマボロシに、すかさずソードで斬りつける!「死ね! マボロシ=サン! 死ねーッ!」

(((何をしておるナガレボシ=サン! ハヤトを救え!)))ナガレボシのニューロン内に突如沸き上がった幻聴は、ゲンニンジャ・クラン長にしてハヤトの父、今は亡き師ゲン・シンのイマジナリ―叱声だ。(言われなくても!)ナガレボシは毒づきながら既に駆け出している。

(((急げ! 間に合わぬぞ!)))(ああクソッ!)状況判断!「イヤーッ!」「グワーッ!」ナガレボシのドロップキックが横合いからマボロシを跳ね飛ばし、ヘビビトのニンジャソードが空を切った。「コイツは俺が殺る! テメェはザコを片付けろ!」「アッハイ!」マボロシは苦痛を堪えて駆け出した。

 バルーはナガレボシのエントリー時に拘束ロープを斬り払われており、既にニンジャトルーパー相手の大立ち回りを繰り広げていた。「ARRRRGH!」一人の身体を掴み上げ、小隊の只中へ投げ飛ばす!「「「グワーッ!」」」ラグドールめいて吹っ飛んだトルーパー達にマボロシが斬り込む!「イヤーッ!」

 ナガレボシはじりじりとヘビビトとの間合いを保ちつつ、勝機を探った。(((あの程度の電撃で宇宙ニンジャは殺せぬ)))と、ゲン・シン。(((電磁鞭で動きを鈍らせ、ソードで仕留めるのが彼奴の常套手段であろう。イクサを長引かせればジリー・プアー(徐々に不利)ぞ、ナガレボシ=サン)))(そのつもりはねェ)

「イヤーッ!」生体鞭が牙を剥き、ナガレボシの肩口に襲いかかった。「イヤーッ!」ナガレボシはスウェー回避!「イヤーッ!」ヘビビトの手首がスナップすると、バイオ蛇の動きは瞬時に横薙ぎへ転じる!「イヤーッ!」ブリッジ回避!「オノレ! イヤーッ!」さらに反転! 斜め上から打ち下ろす!

 生体鞭が地を打った瞬間を逃さず、「イヤーッ!」ナガレボシはネックスプリングで跳ね起き、その頭部を踏みつけた。電流がアースめいて地面に散る!「イヤーッ!」頭を斬り飛ばすと同時に後方回し蹴り!「グワーッ!」重い一撃をクロスガードで防御したヘビビトが、土煙をあげて後ずさった。

「電気ビリビリで敵を倒せた奴は歴史上存在しねェんだよ」ストリートチルドレン時代に読んだ宇宙カートゥーンの引用で、ナガレボシが挑発した。「ヌゥーッ……!」死んだ鞭を投げ捨てたヘビビトは、ミリタリー装束をはだけて上半身を露わにした。爬虫人類の五体が歪み始める。「ならば……これならどうだ!」

「SHHHHHH!」ヘビビトの頭部が前方に肥大し、真っ赤な口はさらに大きく裂けた。太さを増した首は胴体と一体化。巨大な尻尾が腰の後ろから飛び出し、地を這いながら伸びてゆく。「SHHHYAHHHH!」おお、ナムサン……変異を遂げたその姿は、人間の手足を生やした大蛇としか言いようがなかった!

 牙と牙の間にバチバチと閃くスパークの激しさは、変異前の比ではない。(((ヘンゲヨーカイ・ジツか……否)))ゲン・シンが唸った。(((これはデボリューション・ジツ。肉体を退化させて原始の力を呼び覚ます、忌まわしき身体強化の法よ)))「黒焦ゲニ、ナルガ、イイ!」ヘビビトが不明瞭な叫びをあげた。

「SHHYAHHH!」手足を胴体に沿わせて襲い掛かるヘビビトの動きは、獲物に襲い掛かる大蛇そのものだ。「イヤーッ!」横っ飛びに避けながら伸縮刀を構えるナガレボシに、(((ならぬ!)))ゲン・シンが叫んだ。(((体内に刃を入れれば皮下の発電組織から漏電、感電死は免れぬぞ!)))

(じゃあどうすりゃいいンだよ!)(((創意工夫せよ!)))二人が言い争う間に、ヘビビトは身を翻して再襲撃!「SHHYAHHH!」「イヤーッ!」側転回避したナガレボシが宇宙スリケンを放つも、KILLINKILLIN! 強化された鱗に難なく弾き返される。「クソッ!」ナガレボシは苦し紛れに懐を探った。

「イヤーッ!」咄嗟に投げつけたヒカリダマが、ヘビビトの鼻先で炸裂した。FLAAAAASHH!「SHHYAHHH!」大蛇の巨体が苦痛にのたうった。瞼が退化して目を閉じられぬのだ。「イヤーッ!」連続バック転で距離を取るナガレボシ。「SHHHH……コシャク、ナ!」ヘビビトが鎌首をもたげる。

 原始的生命力によって、ヘビビトの閃光ダメージは既に回復していた。(((だが彼奴は焦っておる)))と、ゲン・シン。(((デボリューション・ジツの使用者は長期戦を避ける。退化状態が長引けば、知性を不可逆的に失うが故にな)))かつて授かったインストラクションの残滓が、ナガレボシの脳裏に蘇る。

(((して、工夫は成ったか)))(……見てな)ナガレボシは半身に構えて左手を伸ばし、伸縮刀を回転させながら投げ上げては、それを受け止める動作を繰り返した。クルクルクル……パシッ。クルクルクル……パシッ。手慰みめいて得物を投げ上げつつ、「なあ、隊長さん」ナガレボシは大蛇に呼び掛けた。

「お互い先を急ぐ身だ。ダラダラやり合うのはやめにして、次の一撃で白黒つけようや……テメェが自分の名前も思い出せなくなっちまう前にな」「SHHHH……良カ、ロウ」数メートルの高みからナガレボシを見下ろしながら、ヘビビトが答えた。蛇型と人型、二人の宇宙ニンジャが睨み合う。

 クルクルクル……パシッ。クルクルクル……パシッ。「……」「SHHHH……」張り詰めるアトモスフィアが極限に達した瞬間!「SHHHYAHHHH!」放電牙を剥き出してヘビビトが襲いかかる。同時にナガレボシが伸縮刀を放り上げた。ひときわ高く! ドクン……宇宙ニンジャアドレナリンが血中を駆け巡る!

「SHHHYAHHHHHH……」泥めいて鈍化した時間の中、「イイイイイ……」ナガレボシは左足を高く、強く、斜め上に引き絞った。クルクルと縦回転しつつ、両者の間に落ちてくる伸縮刀。その切っ先がヘビビトに向いた瞬間を、ナガレボシの宇宙ニンジャ視力が捉えた!「イイイイイヤアアーッ!」SMAAASH!

 溜めに溜めた宇宙ニンジャ筋力を解き放ち、ナガレボシは渾身のハイキックで柄頭を蹴った。凄まじい速度で撃ち出された伸縮刀が、銀色のレーザー光線めいてヘビビトの口中に飛び込む! 残留カラテ超振動により脊椎を貫通! 後頭部から刀身が飛び出す!「SHHHYAHHHH!」

「SHHHHYAHHH!」ZIZZZZZZ! 全身から青白い電光を迸らせ、ヘビビトは地響き立てて倒れ込んだ。伸縮刀が発電器官をショートさせたのだ。「SHHHHAAバッ! アバッ! アバババーッ!」ZIZZZZZZ! 感電痙攣する身体が爬虫人類のそれへと縮み戻ってゆく。「アババババーッ!」

「ハイクを詠みな、ヘビビト=サン……ン?」ザンシンしかけたナガレボシが訝しんだ。ヘビビトの右手にはいつの間にか携帯ビーコンが握られ、パイロットランプを明滅させている。「ちょッ……オイ待て何だソレ!」「サヨナラ!」爆発四散の瞬間、ヘビビトの口元は邪悪な笑みに歪んでいた。

「やべえ!」ナガレボシは慌てて伸縮刀を拾い、地に転がったビーコンに突き立てた。だが時すでに遅し。ZZZOOOM……信号に導かれて近付く飛行音は、ニンジャアーミー制式宇宙戦闘機「シュート・ガバナス」編隊のそれだ。ハヤトとバルーはいまだトルーパー最後の数人と交戦中。「クソッ……イヤーッ!」

「アバーッ!」トルーパーの一人の側頭部をナガレボシの宇宙スリケンが貫いた。残るは三人。「AAAAGH!」バルーが二人の頭を掴み、カチ合わせて叩き潰す!「イヤーッ!」マボロシの伸縮刀が最後の一人の首を飛ばす!「「「アバーッ!」」」「行くぞテメェら! モタモタすンな!」ナガレボシが身を翻した。

◆#4◆

「ハッ、ハッ、ハッ」枯野を掻き分け、パオは走り続けた。両手に抱えた黄金像の重さが全身の筋肉を苛み、肺と心臓が悲鳴をあげる。だが、身体の苦痛と裏腹に、彼の心は清々しかった。「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」湧き出した涙が幾筋も頬を流れ落ちる。

 パオはようやく気付いたのだ。過去から現在に至るまで、神マニヨルのまなざしは絶える事なく己の上に注がれていたのだと。天罰? なくて当然だ。善行も悪行も、神の前には平等なのだから……そして今日、神はついに岩山の奇蹟を顕わされた。信仰を失いかけた哀れな男を魂のジゴクから救うために。

 ZOOM! ZOOMZOOOM! ガバナス戦闘機の禍々しき機影が、次々と頭上を通過した。宇宙スパイダーの脚めいたレーザーステーから破壊ビームが放たれ、地面を薙ぎ払う。BEAMBEEEAM! 燃える炎は壁となり、バリケードめいて行く手を遮る。だがパオは足を緩めない。いまさら何を恐れる事があろう。

 ZZOOOM……! 新たに上空にエントリーした戦闘宇宙船が、両翼の係留アームから小型戦闘機を撃ち出した。KBAMKBAM!「おお!」パオの目に映るその姿は、地球文明圏の誰もが知る伝説の船……3体にブンシンして戦い、ガバナス惑星大要塞を討ち滅ぼしたというリアベ号そのものだ。

 ZAPZAP! BEEAM! 小型戦闘機のパルスレーザーとガバナス機の破壊ビームが、頭上で眩く交錯する。宇宙神話の一場面の如く。「デリ・マノス・マニヨル!」御神体を抱いて駆けながらパオは叫んだ。「これまでの全ての罪、お許しください! このパオめが清浄なる地までお供致します!」

「GRRRR……」リュウ機とハヤト機を射出したリアベ号の操縦席で、バルーは操縦桿を握りながら、棒で叩かれた傷の痛みを堪えた。『蚊トンボ共は俺達に任せろ! お前はパオ=サンを救え!』リュウからの通信音声。「すまねえ、頼む!」反転するリアベ号の後方でドッグファイトが激しさを増す。

 BEEAMBEEEAM! うねる破壊ビームを掻い潜り、リュウ機はヘアピンカーブめいた急旋回で敵機の背後を取った。マンジトモエ・スワールフライト! UNIXターゲットスコープ内で揺れ動くアスキーアートの機影! 中央に捕えてパルスレーザーを連射!「イヤーッ!」ZAPZAPZAPZAP!

 KABOOOM! シュート・ガバナス爆発四散!「ヤッタ! さすがリュウ=サン……アイエッ!?」BEEPBEEP! ハヤト機のコックピットにロックオン警報が鳴り響く。もう一機がいつの間にか後方に!「クソッ……イヤーッ!」ハヤトは渾身の力で操縦桿を引き、エンジンをレッドゾーンに叩き込んだ。

 DDOOOM! 宇宙ニンジャ耐G力をもってしても、極小半径の高速ループは危険なマニューバだ。「イ……イヤーッ!」ZAPZAPZAP! KABOOOM!『ボヤボヤしてンじゃねェぞ!』「わかってる!」ハヤトは鼻血を拭い、リュウの通信音声に叫び返した。「それよりパオ=サンは?」

 低空飛行するリアベ号から、バルーは地上に目を凝らした。「……いた!」黄金像を抱えたパオが枯野を駆けている。だがその先には燃え盛る炎の壁、そして断崖絶壁!「止まれ、パオ!」船外拡声器をオンにしてバルーが叫んだ。『どこかに隠れてろ! ガバナスは俺達が何とかする!』

 ZOOOM……! 残る一機のシュート・ガバナスがリアベ号の背後に迫る。BEEEAM! しかし発射されたビームは武骨な船体を遥かに逸れ、地上に爆発を巻き起こした。KABOOM! KABOOOM!「クソッ! パオを狙ってやがるな!」バルーは旋回してレーザー機銃を乱射! ZAPZAPZAPZAP!

 KABOOOM! 最後の敵機が爆発四散してもなお、パオは走り続けた。着衣が燃えるのも意に介さず、何かに取り憑かれたかの如く。「ダメだ、パオ! 行くなーッ!」バルーは血を吐くような絶叫をあげた。「お慈悲を、マニヨル様! どうか! どうかその男をお召しにならないで下さい!」

「デリ・マノス・マニヨル!」パオは歓喜の表情で炎の壁に飛び込み、この世の最後の数歩を駆け抜けた。黄金像と共に断崖から身を躍らせ、燃えながら海へと落ちていく。「パオーッ! ARRRGH!」滂沱の涙と共に、バルーは繰り返し操縦桿を殴りつけた。「ARRRRGH!」

『パオが! パオが死んだ―ッ! ARRRRGH!』「そんな!」「……なんてこった」それぞれの操縦席でハヤトとリュウが瞑目する。通信回線越しでもなお、バルーの慟哭は心を抉るようだった。「ARRRRRGH! 畜生! 畜生ーッ!」何事もなかったかのように凪いだ海上を、リアベ号はむなしく旋回し続けた。

 夕陽が沈むにつれて空の赤みは褪せ、青から紺、そして薄闇へと沈んでゆく。入れ替わりに輝きを増す宇宙オーロラに照らされ、波打ち際ではデリ島の民が横一列に松明を掲げ、祈りを捧げていた。堕落の果てに神の愛を思い出し、御神体を守って海の藻屑と消えた哀れな商人に、せめてもの救いあれと。

 涙ながらにバルーが語ったパオの死の顛末を、島民はそのように解釈したのだった。「馬鹿野郎……ウウッ」膝を抱えたバルーが嗚咽を漏らす。「不信心者のお前が、誰よりもマニヨル様のおそばに召されやがって……」白い頭巾の少女が彼の傍らに屈み込み、手にした花を海に投げ入れた。

「これでよかったんだよな……なあ、パオ……これでよかったんだよ……」ソーマト・リコールめいて、バルーの脳裏に旧友との思い出がよぎる。貧しくとも穏やかな島での日々。浜辺で獲った魚で飢えを凌ぎ、僅かな儲けでたまに買い込む宇宙バナナが唯一の御馳走だった。二人して笑いながら頬張ったものだ。

「ウッ、ウウッ……」すすり泣くバルーを、リュウとハヤトは言葉もなく見つめるしかなかった……だがその時。ゴーン、ゴーン、ゴーン……岩山で聞いた荘厳な鐘の音が、今度は島中に鳴り響いた。ざわめく島民達。「見て!」少女が指差した浅瀬の水面すれすれに、直径数メートルの光輪が浮かんでいる。

 金色に輝く無数のパーティクルが、リング状に高速回転しているのだ。謎めいた光輪は徐々に縮まりつつ輝きを増し……FIZZ! 一瞬の閃光と共に消滅した。その後に残されたのは……おお、見よ! 黒焦げになって海底に沈んだ筈のパオが、傷ひとつない姿で仰向けに漂っているではないか!

「WRAAAGH! パオ! パオーッ!」バルーは水飛沫をあげながら浅瀬を掻き分け、宇宙猿人膂力で友の身体を引き上げた。「みんな見ろ! パオが! パオが生きとったぞーッ! WRAAAAGH!」松明を手に集まる島民達。「本当か!」「一体どうして!?」「ダイジョブ、パオ=サン?」

 一同が固唾を呑んで見守る中、バルーの手で砂浜に横たえられたパオは朦朧と瞼を開き、焦点の合わぬ視線を彷徨わせ……やがて、己を覗き込む旧友の顔を見出した。「バルー……バルーか……?」「WRAAAAGH!」バルーは涙混じりの咆哮をあげ、パオの身体を折れよとばかりに抱き締めた。

「この野郎! 心配かけやがって!」「許して、くれるのか……俺を……」「当たり前だ! WRAAAAAGH!」「すまねえ……す、すまねえ!」オイオイと泣きながら抱擁を交わす二人。それを見守る島民の表情は暖かい。幾人かはすすり泣きと共に手を合わせ、マニヨルの慈悲に感謝の祈りを捧げた。

「奇跡だ……まさに奇跡だ!」「そいつはどうかねェ」感嘆するハヤトに皮肉めかして答えつつ、リュウは夜空に目を走らせた。「思った通りだ。ホレ、見ろよ」ハヤトの脇腹を小突き、空の一点を指し示す。半透明の光子セイルを煌めかせ、銀色の宇宙帆船がしめやかに接近しつつあった。

 船首のバウスプリットからホロ映像が投射され、純白のドレスを纏ったブロンド宇宙美女の姿を結ぶ。『ドーモ、リュウ=サン、ハヤト=サン……ソフィアです』「「ドーモ」」二人はアイサツを返した。「相棒に代わって礼を言うぜ、ソフィア=サン。アンタがパオ=サンを助けてくれたんだな」

『……いいえ』ソフィアはアルカイックな笑みでかぶりを振った。「アレッ? 違うのかよ!」素っ頓狂な声をあげるリュウの肩を、背後からハヤトが掴む。(ちょっとリュウ=サン!)(だってお前、この流れだぞ! 普通そう思うだろうが!)小声で揉める二人を、宇宙美女は静かに見守った。

 島の人々もいつしかソフィアの存在に気付き、遠巻きに畏怖の視線を注いでいた。(バルー=サン、あのお方は?)一人が小声で尋ねる。(ンー……マニヨル様とは違うんだが、俺達の守り神のようなお方よ)実際、彼女が発揮する超時空的パワーに、彼らは幾度も危機を救われているのだ。

『パオ=サンは生まれ変わったのです。島の人々の心も……バルー=サンの献身と、リュウ=サンとハヤト=サンの友情によって』不可思議なエコーを帯びたソフィアの声に、いつしかその場の全員が耳を傾けていた。『信仰は守られ、分断は避けられました。再びひとつになった島の魂は、私達の力強い友となるでしょう』

 ソフィアが胸元の宇宙オーブに触れると、その姿は二重露光めいて薄れ始めた。『カラテと共にあらんことを……』宇宙ニンジャの幸運を祈るチャントを残して、ホロ映像は消失した。「ソフィア=サン」ハヤトが呟く。残り香めいたシンピテキが、一同の間にしばしの沈黙をもたらした。

 キュラキュラキュラ……それを破ったのは、ハヤト達には耳慣れた車輪走行音だった。ピボボボ、ピボボボ。頭部のランプを点滅させながら、小型ドロイドが近づいてくる。「おう、良くやったな、トント=サン」リュウは笑って労をねぎらった。「まァ色々あったが、お前のおかげでうまくいったぜ」

『ナニガ、デスカ』トントは機械的にかぶりを振った。『トント、シッパイ、シマシタ。スペース・ソーサー、トマッチャッテ、イマダニ、シュウリ、チュウ』「待ってよ!」ハヤトが食ってかかる。「おかしいじゃないか! だったらあの岩戸はどうやって開いたのさ!」

『コッチガ、オシエテ、ホシイ』トントの顔面に「DOESNOTCOMPUTE」の文字が流れる。「そんな無責任な!」「待て待て」リュウがハヤトを止めた。「野暮を言いなさンな。ここはマニヨル様の御業ってコトにしとこうや」軽口がふと真剣みを帯びる。「……実際、本当にそうかもしれんぜ」

「「デリ・マノス・マニヨル!」」「「「デリ・マノス・マニヨル!」」」寄せ返す波の前に跪き、バルー、パオ、そして島民達は口々にチャントを唱えた。これからの彼らは海に祈るのだ。神の新たな住まいとなった海に。「……そうだね」ハヤトは微笑んだ。「僕も信じるよ、マニヨルの奇蹟を」

 枯野の炎はとうに燃え尽き、深夜の絶壁に人の姿はない……しかし、宇宙オーロラの光も届かぬ海の底、地上から伺い知れぬ深みには、仄かに脈動する光があった。祭壇めいて盛り上がった岩礁の上に、黄金のマニヨル像はしめやかに立ち、エテルの呼吸めいた明滅を続けるのだった。


【ゴッデス・セイブ・ザ・マーチャン】終わり


マッシュアップ音源
「宇宙からのメッセージ 銀河大戦」
第13話「神マニヨルの奇蹟」

「ニンジャスレイヤー」


セルフライナーノーツ

キミどっちなのさ:公式資料や怪人図鑑だと「ガバナス忍士・ヘビビト」なのに、劇中では「アール隊長」としか呼ばれない。そこで本作では両方を立てるため、ニンジャネーム「ヘビビト」を下賜されることが内定しているアール隊長……という設定にしました。ちなみに、伸縮刀を口に突っ込まれて漏電死するのは原作ママ。


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