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《分割版#3》ニンジャラクシー・ウォーズ【フォー・ア・フュー・スクリューズ・モア】

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◆#3◆

 小さな教会に案内されたハヤト達は、薄暗い礼拝堂の長卓を挟み、今や名ばかりのコロニー町長と会見していた。「コップ一杯の水と一切れのパンで、住民は奴隷のように働かされております。井戸は全てガバナスに管理され、水一滴とて自由にはなりませぬ」俯く町長の頭は心労で真っ白だ。

「近くに大きな川があった筈ですが」ハヤトは訝しんだ。「ガバナスの手で銅山の鉱毒が流されております」「クソッ! どこまで罰当たりな奴らだ」バルーが牙を剥き出す。「なのにどうして、メロス=サンはガバナスに立ち向かおうとしないんですか」「遺恨があるのです」町長は訥々と語り始めた。

「ガバナスがこの地に侵攻して来た時、町民を率いて最も勇敢に戦い、最後まで頑強に抵抗したつわものこそメロスその人でした。彼の妻子はこの教会に隠れ、人々も密かに水や食料を持ち寄り、陰ながらメロス一家を支援しておりました。しかし……」町長の顔に苦渋の色が浮かぶ。

「タイタン長官は町の子供達を捕え、その命と引き換えにメロスの妻子を売るよう、脅迫をかけてきましたんじゃ」「何ですって!?」ハヤトが叫んだ。「ガバナスに寝返ったならず者、ランプめの入れ知恵です」瞑目する町長の瞼の裏に、あの日の悲劇がありありと蘇った。

 表情を殺した町の男達が、メロスの妻と二人の娘を引っ立てる。(((アイエエエ!)))(放して!)(父さん! ジャック!)絶叫する彼女らを住民は遠巻きに見守るばかり。(よォく見ておけ腰抜けども!)レーザー拳銃を手に、ランプは群衆を睨み渡した。(これで貴様らも俺と同じ、ガバナスの犬だ!)

(((アイエエエエ!)))地面に投げ出された母娘が、よろめきながら廃線の上を駆けてゆく。(長官はガキ共をどうぞ。女は俺が)(ウム)ハンティングツアーガイドめいて囁くランプに頷きながら、タイタンは宇宙マシンガンを構えた。遠ざかる背中に二つの銃口が狙いを定め……BLAMBLAM! BRATATATATA!

(((ンアーッ!)))メロスの妻子はスローモーションめいてキリキリと旋回し、血飛沫を撒いて倒れ伏した……。「たまたまメロスに同行していたジャックだけが助かりました」回想を終えた町長が目をしばたたく。「しかしそれ以来メロスはすっかり人間不信に陥り、町を捨てて荒野暮らしを続けておるのです」

「そんな悲しい事が……」「オノレ、ガバナスの悪党ども!」ハヤトとバルーはそれぞれに悼み、憤った。「そのガバナスからコロニーを解放するには、ぜひともメロスの力が必要なのじゃ」町長が深々と頭を下げた。「ハヤト=サン! 貴方のお力で、彼の心の目を覚まさせてやってはくれまいか!」

「気に入らねェな」ハヤトより先に、腕組み姿勢で黙っていたリュウが口を開いた。「話を聞いてみりゃ、そもそもアンタらがメロス=サンを裏切ったのが悪いンだろうが。インガオホーだぜ」「そんな! ヒドイよリュウ=サン! 町の人だって好きでやった訳じゃ」「ンなこたァわかってら!」

「テメェみてえにホイホイ他人のケツを持ってたらなァ、命が幾つあっても足りやしねえンだよ!」「だからってほっとけないだろ!」「待て待て」言い争う二人をバルーが引き離した。「なあ町長さん。もしかして、メロス=サンの女房ってのは」「ハイ」町長は沈痛な面持ちで頷いた。「私の娘です」

「そして……一緒に殺された子供達は、私のカワイイ孫でした」上等な背広の肩が震える。「そうか。アンタそれで」得心するリュウの足元に、町長は身を投げ出すようにドゲザした。「このままでは死んだ娘達に顔向けできませぬ! どうか! どうかメロスとジャックをお救いくだされ! オネガイシマス!」

 ゴトンゴトン、ゴトンゴトン……マグロ目の鉱夫を満載したトロッコが列を成し、怪物の口めいて暗く開いた坑道に飲み込まれてゆく。労働者の安全を祈願すべく入口ゲートに飾られていた宇宙シメナワはガバナスの手で無造作に取り捨てられ、いまや見る影もなく路傍で朽ち果てつつあった。

 鉱山の休憩所だった木造小屋の屋根には「第539小国民教育センター」の金属カンバン。「お兄ちゃん!」「パパ!」窓の鉄格子を掴んで子供達が叫ぶ。「大丈夫か!」「パパはここに」「イヤーッ!」「グワーッ!」トロッコから身を乗り出す鉱夫らを、随行トルーパーが宇宙マシンガンの銃床で殴り倒した。

「労働者と生徒は会話禁止だ! 教育に悪い! イヤーッ!」「「グワーッ!」」「「「アアーン!」」」泣き叫ぶ子供達に、「辛抱しろ!」鉱夫の一人が鼻血を流しながら呼びかけた。「大人しく従っていれば、そのうちきっと帰れる!」「会話禁止! イヤーッ!」「グワーッ!」

「許さん! ARRRGH!」「待て!」茂みの陰から飛び出しかけたバルーの首根を掴み、リュウは宇宙ニンジャ筋力で引き戻した。「止めるな相棒!」「見ろよ」指差す先には、足音高く巡回するトルーパー小隊。「奴ら、ああやって睨みを利かせてやがンだ。妙な真似をしたら即座にガキ共をブッ殺すってな」

「まずは人質のガキ共を取り返さにゃ始まらねェ。戻って策を練ろうや」リュウは宥めるようにバルーの肩を叩いた。「GRRRR……わかったよ」バルーが不承不承頷く。「ハヤト=サンがメロス=サンを連れ帰るまでに、俺達が和睦のテーブルを整えておかんとな」「アー……ウン」リュウは歯切れ悪く答えた。

 荒野のどこかに隠れ住むメロスを探し出し、コロニー住民との和解を促す。そう意気込むハヤトを送り出しはしたものの、リュウにとってその案はプランBでしかない。彼の狙いは住民の一斉蜂起。子供達の解放はあくまでその下準備であり……「ン?」リュウは手をひさしにして、遠方に目をすがめた。

 近付いてくる兵員輸送車の助手席には、先刻の下士官が鼻ギプス姿で座っていた。停車と同時に小隊長が駆け寄り、下士官と二言三言会話を交わす。小隊長のハンドサインで巡回トルーパーがセンター内へ突入し、ほどなくして……「「「アイエエエ!」」」子供達が泣き叫びながら次々とまろび出た。

「モタモタするな小国民!」「泣く暇があったら歩け!」「「「アイエエエ……」」」トルーパーの罵声が飛ぶ中、宇宙マシンガンで追い立てられた子供達が輸送車のカーゴに押し込まれてゆく。屠殺場へ送られる家畜めいて。「……」「……」リュウとバルーは鋭い目を見交わし、走り出す輸送車の後を追った。

 コロニー郊外を流れる川辺に屈み込み、ジャック少年は水流にヒシャクを差し入れた。濁った汚染水を汲み上げ、砂、小石、活性炭を何重にも敷き詰めた水槽に注ぎ込む。濾過層に染み通り、静かに排水口から漏れ出した水流は、たったいま岩の間から湧き出したかのように清冽だった。

「この水が自由に飲めたら、町のみんなも助かるのになあ」グラスに汲んだ浄化水を太陽に透かしてひとりごちるジャック。その背後に何者かが立った。「父さん?」振り向いた先にはニンジャトルーパーを引き連れたランプの姿!「よう坊主。サバイバルごっこは楽しいか」「アイエエエ!」

(アイエエエ!)「ジャック!?」洞窟で昼食の支度をしていたメロスが、弾かれたように立ち上がった。引っくり返った鍋がもうもうと煙をあげる。「ジャック、どこだ! ジャーック!」駆けつけた川辺に人影は既になく、破壊された濾過装置の残骸だけが残されていた。「……!」メロスは拳を震わせた。

 川向こうの砂地にガバナス意匠の装飾柱群が円状に打ち込まれ、自らの存在を誇示するようにそびえ立つ。その中心、チャブめいた拷問台の上には……おお、ナムサン……意識を失ったジャックが上半身を裸に剥かれ、手足を放射状に拘束されていた。古代の八つ裂き刑めいて。

「アイエエエ……」朦朧と身悶える少年を冷たく見下ろすランプ。背後に控えるトルーパーは直立不動。「ジャーック!」怒りの形相で駆けてくるメロスの姿を認め、ランプは口元に残忍な笑みを浮かべた。「遅かったな。わざわざ目印まで用意してやったのに」背後の装飾柱を親指で示す。

「息子を返せ!」「俺の命令に従うならな」「断る! 俺はもう誰の指図も受けん!」「いつまで駄々をこねる気だ、クソが」ランプはジャックの喉元を指差した。濡れた革紐の首輪がきつく食い込んでいる。「ならば見ろ。ガキをこのまま日照りに放置する。革は肉を斬り、骨を砕くぞ」

「アイエエエ……!」乾いて縮む革紐がジャックの首を締め上げる。「ヤメロ―ッ!」BRATATATA! トルーパーの宇宙マシンガンが火を噴き、駆け寄るメロスの足元に土煙を立てた。「無駄な抵抗はよせ。それとも今すぐガキを始末してやろうか? ン?」ランプはジャックの頭にレーザー拳銃を押し当てた。

「殺るなら俺を殺れ! それがお前の望みだった筈だ!」「事情が変わったんだよ」ランプが手配書を放ってよこす。アスキーアート人相書を広げたメロスは目を剥いた。「バカな! ハヤト=サンが賞金首だと!?」「知らなかったのか。奴は『ベイン・オブ・ガバナス』の異名をとるテロリストの一員だ」

 ランプの目が細まった。「連中を殺せ。貴様が相手なら油断するだろう」「カネが目当てか」メロスが睨み返す。「そうとも、悪いか? 奴等の賞金額は貴様など比べものにならん。そのカネでタイタンから監督官の地位を買い取って、俺がコロニーの支配者になるのさ」

「シェリフのポストは貴様にくれてやる。家族を売ったクソ野郎どもを、思う存分いたぶってやるがいい」「黙れ!」叫ぶメロスに取り合わず、ランプは背を向けた。「ガキの命は保ってあと5時間だ。それまでに奴等の首を取って来い。急げよ」「ヌゥーッ……!」

 一方その頃。メロスとランプの遥か上空に停泊する宇宙帆船のコントロールルームでは、彼らのやり取りの一部始終がモニタに映し出されていた。ブロンドの宇宙美女が眉を顰め、細い指を電子ピアノめいたコンソールに走らせる。ポロンポロンポロン……切り替わった画面には、荒野を駆けるハヤトの姿があった。

「ハァーッ! ハァーッ!」灼熱の太陽の下で、ハヤトの宇宙ニンジャ持久力は急激に消耗しつつあった。走れども走れどもメロス親子の痕跡すら発見できず、いたずらに時間だけが過ぎてゆく……だがその時。崖の上に現れた屈強な人影に気付き、ハヤトは土煙をあげて急停止した。「メロス=サン!」

 笑顔で手を振るハヤトに応える事なく、メロスは無言で崖を滑り降り、彼の前に立った。「良かった! 探してたんだよ」「ネジ作りはやめたと言った筈だ」その表情は依然として険しい。「……頼みがあるんだ」ハヤトは意を決し、改まった口調で切り出した。「町の皆と仲直りして、ガバナスと戦って欲しい」

「……」「町長さんから事情は聞いたよ。でも、悲しみに閉じこもっていたって何の解決にもならないぜ」懸命に訴えるハヤトに、メロスはにべもなく答えた。「俺達の悲しみは俺達だけのものだ」「それは違うよ! だって……」「ハヤト=サン! 俺を説得するのはよせ。俺はもう誰も信用しない!」

「そして……故あって、俺はお前を斬らねばならん」メロスは腰のカタナを抜き、ハヤトに突き付けた。「勝負しろ!」「待ってくれ! 友となるべき者同士がなぜ戦わなければならないんだ!」「問答無用! イヤーッ!」裂帛のキアイで斬り下ろすメロス!「イヤーッ!」ハヤトはバック転回避!

 一瞬前までハヤトのいた空間をカタナが断ち割り、地面に転がる丸太が真っ二つに両断された。年輪!「同志に裏切られた者の苦しみ、お前に判ってたまるか! イヤーッ!」横薙ぎで襲い来る刃を、ハヤトは辛うじてシラハ・ドリで止めた。「違う! 悪いのはガバナスだ!」刀身を挟んで睨み合う二人!

「皆と力を合わせるんだ、もう一度!」「黙れ! イヤーッ!」メロスは膂力に任せ、ハヤトもろともカタナを跳ね上げた。「イヤーッ!」空中のハヤトは回転ジャンプで体勢を立て直し、宇宙タタミ10枚の距離に着地した。右手にはジュッテめいた宇宙ニンジャ伸縮刀……一瞬後、両者は互いの得物を構えて突進した!

「「イイイイヤアアアーーーッ!」」激突! 鍔迫り合いに押されながら、ハヤトは伸縮刀にカラテを注ぎ込んだ。チュイイイイン! スティック状の刀身が超振動の火花を散らす。だが刀身を削り折られるより遥かに速く、メロスの巨体がハヤトを圧し拉ぐ!「やらせはせん! イヤーッ!」「グワーッ!」

 その時。「ヌゥッ!?」突如メロスの身体が硬直した。「イヤーッ!……アレッ?」その機に乗じて反射的に逃れようとしたハヤトもまた、五体の自由が利かぬ事に気付いた。両者の周囲にはいつのまにか黄金のパーティクルが渦巻き、不可思議な力場となって二人を拘束していたのだ!

『おやめなさい』地上に投射されたブロンド宇宙美女のホロ映像が、神秘的な声を放つ。「何者だ!」「ソフィア=サンだよ!」叫ぶメロスにハヤトが答えた。上向きで固まった彼の視界は、覆い被さるメロスの肩越しに上空の宇宙帆船を捉えていた。「僕らは何度もそのひとに助けられたんだ!」

『ドーモ、はじめましてメロス=サン。ソフィアです』ホロ映像がオジギした。『貴方はハヤト=サンと協力して、まず息子を救う事を考えるのです』「エッ?」ハヤトは訝しんだ。「ジャック=サンに何かあったの?」『彼はガバナスの人質となっています。このままではあと数時間の命』「そんな!」

「ナンデ教えてくれなかったんだ!」「教えて何になる!」ハヤトとメロスは身動きならぬまま言い争った。「お前も所詮は他人だ! 俺を裏切った奴らと何も変わらん!」「フザケルナ!」ハヤトの双眸が怒りに燃えた。「僕だってガバナスに両親と妹を殺された! 同じ目に遭った町の人も、きっと沢山いる!」

「その苦しみを! 僕らは! 分かち合える筈なんだ!」ハヤトはありったけの宇宙ニンジャ筋力を伸縮刀に込めた。「イイイヤアアアーッ!」カタナが少しずつ押し返されるにつれ、パーティクルが激しく渦巻きながら明滅する。「ヌウウウ―ッ!」メロスの全身の筋肉がパンプアップ!

「イイイイヤアアアーッ!」「ヌウオオオオーッ!」ハヤトが叫び、メロスが吠える。せめぎ合う両者の力に耐え兼ね、KABOOM! 拘束パーティクルはついに爆発四散めいて飛び散り、消滅した。「「グワーッ!」」二人は反対方向に吹き飛ばされ、ゴロゴロと地を転がった。

 ……しばしの後、メロスはよろめきながら立ち上がった。十数メートルの向こうに、大の字に倒れたハヤトが荒い息をついている。ソフィアと宇宙帆船の姿は既になく、乾いた風だけが二人の間を吹き抜けていた。「……」メロスはカタナを拾い上げ、ゆっくりとハヤトに歩み寄った。

 ハヤトは倒れたまま、首だけを傾けてメロスを見上げた。長い沈黙が流れ……「やめだ」メロスは小さくかぶりを振り、カタナを収めて右手を差し出した。「ハヤト=サン。この勝負、俺が預かる」「エッ、なにそれ!?」ハヤトは思わず身を起こして吹き出した。「何がおかしい」「だって!」

「自分で言い出した勝負を自分で預かるなんて、ズルいよ!」「ム、そうか……すまん」生真面目に謝るメロスには、曰く言い難い生来の愛嬌が戻っていた。ハヤトは笑ってメロスの右手を掴み、立ち上がった。握った掌は分厚く、暖かい。「行こう、ジャック=サンを助けに」「ウム」二人は頷き合った。

【#4へ続く】


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