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スピーチ

当時でも今でも一言も頭に残っていない校長や来賓のスピーチを聞き流して卒業式をぼんやり過ごしていた。途中からクスッ、クスッ、という音がいろんな方向からしていたので、スピーチしてる来賓がいくらハゲてておもろい顔してるからってツボっちゃ失礼でしょと音がしてる方を振り向いたらみんな泣いてた。失礼なのは完全に私でした。すみませんねハゲておもろい顔してる来賓。ふと髪をかきあげるふりして右斜め後ろに座ってる朱美の方を向いた。すると予想外なことに朱美もちゃっかりハンカチを目頭に抑えて涙を堪えている様子が見え複雑な気持ちになった。そろそろ式も終盤に差し掛かり、校歌を歌う時いつも流しがちに歌ってるパリピやギャルも芋も、今日ばかりは希望だの夢だのきらきらしてる校歌を噛み締めるように、ある子は号泣しながら嗚咽まじりに歌ってた。どうか気だるそうに流し気味で歌っててくれって右斜め後ろを恐る恐る振り返るも朱美はやっぱり半泣きになりながら精一杯歌ってた。いつものように口パクで歌ったふりしてる私がバカみたいだった。やっぱり朱美ってこういうのちゃんと泣けて感傷に浸れる派なんだって抜け駆けされたような気分だ。だだっ広い体育館にただひとり取り残された気がしてとても居心地が悪かった。

式が終わりクラスに戻って、これまた当時でも今でも一言も印象に残ってない担任と副担任の先生のスピーチが始まった。こういう重要な儀式的なイベントにはスピーチはつきものらしい。確かにいいともの最終回もスピーチやってた。あーだこーだ担任が満足げに言い終わった後、「みんなひとりひとり教卓の前に立って友達への感謝、自分の叶えたい夢、何でもいいから一分間スピーチをお願いします!」と爽やかな顔でクラスに言い放った。予想だにしていなかった出来事に死刑宣告のような衝撃を受けた。まずそもそも別に感謝も悲しさも何にも感じてないし、あったとしてもみんなに話すこともないし、夢なんて尚更。あと毎回どの当てる系の授業とかでも嫌だったんだけど、名字が「秋草」だから出席番号一番最初な訳で。ということで本日も多分に漏れず必然的に「じゃ、まずは秋草から。」と一番に指名されてしまった。何を言ったのかは他の先生や来賓たちのスピーチのように全く覚えていない。ただただ渋々重い体を教卓の前に持っていき、思ってもない上っ面の感謝の言葉を30秒ほど述べてまだらな拍手が起こってあっという間に次の人の順番になったことくらいだ。その後も他の生徒のスピーチをちゃんと聞くでもなくただただ気だるさといたたまれなさが交錯し、時間は過ぎていった。

「じゃあ最後は、吉川。きちんと締めてくれよ。」とうとう朱美の順番が来た。朱美はクラスの中心にいたりするタイプのキャラじゃないし、表立って話すことに場慣れしてもいない。にも関わらず何かにつけて流さず不器用に一生懸命やり切ろうとしちゃうところがあって、朱美が教壇に向かって歩いてる時は私のことのように、もしくは私の番以上に心臓が高鳴ってきた。緊張した面持ちで朱美が教壇に立つ。その瞬間、朱美と目が合った。その目は、およそこれからスピーチをするようには見えず、泳ぎぎっていて助けを求めているような感じがした。朱美は、う、う、と何かを話し始めようと口をもごもごさせる。次の瞬間どもりがひきつった嗚咽に変わり泣き出してしまった。授業で当てられて発表する時でさせ顔を真っ赤にしてる位だから無理もない。担任が慌ててまあ悲しくて泣いちゃうよな、うん十分気持ちはわかったよありがとう、とフォローし、結局朱美の番は終わった。クラスが終わって帰る時もずっと卒業の悲しさというよりスピーチ中に泣き出してしまったことに関して落ち込む朱美に、誰だって緊張するよ〜すぐみんな忘れるし、みんなとそもそも会わなくなるし、な!と慰めた。でもでもでも〜とぐずる朱美を見てなんだかこーゆーのも最後になっちゃうのかなってちょっぴりセンチメンタルになりながら、降り注ぐ桜が髪に混じり、花びらをかき分けて朱美の頭を撫でながら帰ったことは今でも思い出す。


「それでは、新婦のご友人代表スピーチを、平井さん、お願いします。」
司会が告げるとあの時のように朱美は緊張した様子で立ち上がり、ぎこちなく壇上に向かった。壇上に立ち、スーッと大きく深呼吸をした後こちらに一瞬目をやった。あの時と同じように目が合った。朱美は口角をきゅっと上げ、にこやかに微笑んだ。

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