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歯医者今昔

月に一度の歯科検診が明日に迫っているので、ここ数日は歯磨きに一層時間をかけている。だからどうなるというわけでもないので、ただ気持ちの問題なのだ。これを付け焼き歯という。

小学生の頃ひどく病んでからというもの、半世紀以上お世話になっている歯医者さんだ。もう何代目になるのだろう。昔の先生は怖かった。大先生(おおせんせい)と呼ばれたおじいちゃん先生は「ちゃんと歯磨きしないからだ」「甘いものばっかり食べているからだ」と容赦はない。おまけにいつから開業していたのだろうと思われる木造の建物と、両側に樹が植えられた玄関までの石畳は、いまにも異界に連れ去られそうな妖気を漂わせている。そして「醫院」という旧字の看板が子どもの恐怖感をさらに高めてくれた。

治療椅子に座れば目に飛び込んでくるのが、物々しい道具の数々。ノコギリ、ゲンノウ、ノミ、キリ、カンナ、バール、クギヌキ、サスマタなんかあったものなら逃げようにも逃げられない。泣くな喚くな男だろ、そもそもこうなったのも自分のせい、大人しく観念しろとギリギリと責められた。「痛かったら手をあげてくださいね」なんて言われるようになったのはいつ頃からだろう。子どもの頃の恐怖体験は、その後どんどん歯医者から遠のかせるのに十分だった。

このままでは遠くない将来に歯は壊滅するといわれて約10年、前歯はほぼ差し歯になってしまったが、メンテナンスのおかげでまだ入れ歯のお世話にはなっていない。サボらず通うようになってからというもの、ひどい痛みに襲われることもない。歯科衛生士の方はいつもやさしくていねいだ。これからも歯の延命治療は粛々と受けさせていただきたいと思う。あきれられないように日々の歯磨きも怠らないようにしよう。

「十八九ばかりの人の(中略)顔愛敬づき、よしと見ゆるが、歯をいみじう病みて、額髪もしとどに泣きぬらしみだれかかるも知らず、おもてもいとあかくて、おさえていたるこそいとをかしけれ」(枕草子)って、なんとサディスティックな清少納言。

見出しのイラストは「杉江慎介」さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。



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