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【連載小説】「北風のリュート」第13話

前話はこちら。

第13話:謎の増殖(3)
 流斗は己のうかつさを呪った。レイからの着信は三日前か。
 航空祭で会ったのが2週間前。これまでレイから連絡してきたことはない。立て続けに4回も掛けてきている。何かあったのだ。
 まだ21時過ぎ。女子高生に電話するには、ぎりぎり許される時間だろう。
「ごめん、研究室に泊まり込んでて、スマホを家に忘れて……」
 早口で謝罪を述べ、ごめん、と繰り返しスマホの画面に向かって深々と頭をさげた。
 冷やりとした沈黙が流れた、と流斗は感じた。5秒ほどだっただろうか。それでもきつかった。ごめん、とまた繰り返そうとしたら、
『良か…った……』
 洟をすする音がかすかに聞こえた。
「ど、どうした。何があった?」
『どう……したら…いいか……わからなくて』レイの声がちぎれる。
『相談、できる…人いなくて……天馬さん、とも……つながらなくて』
「ごめん、不安だったよね。なんかあったの?」
 涙をこらえているのだろう、また短く洟をすする音がする。
 目の前で女子高生に泣かれてもおたおたするだけだが、スマホ越しではどうなだめたらいいのかが流斗にはさっぱりわからない。沈黙が怖くて、とりあえずの質問を投げてみる。
「しゃべったって、何がしゃべったの?」
『空の魚が……』
「えっ!」
 さすがの流斗も一瞬、脳が硬直する。スマホを持ちかえ、唇をなめる。
「風の音の、聞き違え? とか、じゃなくて?」
『声を出したんじゃなくて……』
 涙声のままだったが、落ち着きを取り戻したようだ。
 知り合ってまだ2週間だが、わかったことがある。レイは感情の起伏をあまりみせない。そのレイがスマホ越しとはいえ、涙ぐんだのだ。
『テレパスみたいな感じで……頭の中に直接声が響いた』
「テレパスか」
 にわかには信じがたいが、空の魚が見えることで心を閉ざしてきた少女が、唯一の理解者である流斗に嘘をつくとは思えない。
「それで、何てしゃべったの?」
 レイは三日前の夕刻に起こったできごとを、とぎれとぎれに話した。自分が「龍人の血を継ぐ娘」と呼ばれたこと、銀のリュートは「風琴」だということ。タブレットに文字が浮かびあがったことも。彼らのえさを「風蟲ワーム」と呼ぶことも。
『時がない、龍秘伝を探せと言って、消えた』
 途中から通信障害みたいに電波パルスがとぎれとぎれになって、最後はエネルギーを使い果たしたみたいにぐったりして消えた。見えなくなったというより、電力を消費しきって消滅したようだった、とレイは締めくくった。
「風の蟲、ワームというのか。無生物のエアロゾルを食べていると考えてたけど、違うのかもしれない。バイオエアロゾルだろうか」
 興味深いなあ、お手柄だと流斗が昂奮すると
『疑わないんだ』とレイがぽつりと吐く。
 空の魚が見えるというだけで、これまでどれだけ傷ついてきたのだろうと流斗は思った。レイの人づきあいの根っこには「信じてもらえない」という諦めがある。
「確かにね。風の姿が見えるとか、テレパスとか、現代科学では説明できない。けどさあ、AIが構想されてまだ80年ほどだ。それまでは、機械が自己学習するなんてSF小説や映画の世界でしかなかった。100年前にそんなことを言い出したら妄想だとバカにされて信じてもらえなかっただろうね。
 空の魚が見える、声が聞こえたというのは事実でしょ。事実は、事実なんだよ。現代科学では説明がつかないだけ」
 レイはまた涙がこぼれそうになって唇を噛む。ビデオ通話にしてなくて良かった。ありがとうと喉の奥でつぶやき、流斗には見えない涙をぬぐうとレイは話を戻した。
『気になったのは、時間がないということと、龍秘伝を探してということ』
 うん、うん、と流斗が相槌をうつ。
『龍秘伝を探したけど、見つからなくて』
 風琴がしまわれていた納戸を探した。母に知られたくなくて、午後診の間に探したが見つからなかった。本腰を入れて探そうと、翌日、学校をずる休みした。六畳の納戸は、整理好きの母がいつもきちんと片付けている。簡単に見つかると思っていた。一つひとつ箱をあけ、茶碗などを包んでいる鬱金うこん布もはずし、きものの畳紙もほどき、掛け軸も一点ずつ広げて確かめたが、それらしいものは無かった。
『もう、どこを探したらいいか、わからない』
「風琴はお母さんから譲り受けたんだよね」流斗が確認する。
『まだ正式には……だから、こっそり持ち出してて。鳴らせるようになったことも母には話して……ない、です』
「空の魚が見えることは?」
『小さい頃に否定されて、それからは』と語尾を濁す。
 レイと母親の関係におおよその推測がついた。
「明日から名古屋で学会があるんだ。明後日の28日、お母さんに会えないかな。ぼくから説明するよ」
 思ってもない提案に、『へっ?』とレイの声が裏返る。
「手掛かりを握っているのはお母さんでしょ。気象研究官というぼくの肩書が役に立つかもしれない。第三者の客観的かつ専門的意見ということで」
 専門的意見……それは説得力があるような気がする。
「タッチーにも連絡しておくよ。鏡原上空の状態も知りたいから」


14話に続く→


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