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【気まぐれ日記】#30「金銭感覚がおかしくなっちゃった話」

百貨店の宣伝課でコピーライターをしていたときの話だ。

当時、制作チームが3つに分かれていた。

 プロパー(いわゆる百貨店の通常売場担当)チーム
 催事(催し会場での催事担当)チーム
 外商(外商顧客向け宣伝物担当)チーム 

およそ1年半ごとにチーム替えがあったのだが、
これは外商チームに所属していたときの話。

* * *

百貨店では、店が抱えている地域にもよるが
外商の売上が店舗の売上をはるかに凌いでいたりする。
それは客単価のちがいが大きい。
だから、外商顧客向けのさまざまなご招待催しというのがある。

私が勤めていたのは、バブル景気の残り火が
まだ、ぷすぷすと燃えさかっている頃だったので、
けっこう派手な催しが多かった。
VIP顧客向けだと、クルーズ船や一流料亭でお食事をご堪能いただき、
その後、商談みたいなのもたくさんあった。

そこまでの特別な催しではなかったが、大きな展示会のできる会場に
宝石、毛皮、高級時計、クロコやオーストリッチなどの高級バッグなどを
一堂に会した催しがあった。

その時の目玉展示は確か、大きなダイヤの原石で1億円近い値が付いていたように記憶している。それほどでなくとも、宝石や毛皮は100万円を軽く超えるようなものばかりだった。

メイン会場の脇に分室のような小部屋があり、
そこで茶器などの美術品が展示販売されていた。

制作したご案内状の反応と、会場の構成を見るために
視察に訪れていた私は、その部屋で、
濃い緋色の油滴天目茶碗を見つけた。

* * *

以前から大阪の中之島にある東洋陶磁美術館に収蔵されている
油滴天目茶碗が好きで、
幾度も東洋陶磁美術館に通っていた。

http://jmapps.ne.jp/mocoor/det.html?data_id=25

本来的には、天目茶碗とは黒釉のものを指すといわれる。
「天目」という名称は、中国の浙江省北部の天目山に由来し、
この辺りで焼かれた黒みがかった焼き物のことをいい、
鉄分を多く含んだ黒っぽい釉薬のことを「天目釉」ともいう。

天目茶碗で最も有名なのは、油滴天目ではなく、曜変天目茶碗
これは世界で3点(4点ともいわれる)しか現存してなくて、
それらすべてが日本にあって、国宝となっている。

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(写真出典:静嘉堂文庫美術館より「曜変天目(稲葉天目)茶碗」

http://www.seikado.or.jp/collection/clay/001.html

曜変天目は茶碗の中に宇宙があるとも讃えられ
その妖しい光にも魅せられるが、
私は東洋陶磁美術館の油滴天目茶碗のほうが好きだ

何よりそのデザイン性に惹かれる。
縁にほどこされた金覆輪と呼ばれる金が
全体を引き締めて、とてもスタイリッシュだから。

「油滴」と呼ばれるのは、黒釉の上に浮かび上がる
金あるいは銀にも見える斑点が
水面に浮かぶ油の滴のように見えるから。

これは釉薬に含まれる鉄分が表面で結晶化したもの

曜変天目にしても、油滴天目にしても
どのような模様が浮かび上がるかは、
焼成による偶然が作り上げるものだけに
できあがってみなければ、わからない。

それは、まるで火の神様からの贈り物であり
いたずらのようなものだ。

* * *

話をもとに戻そう。

黒釉は中に含まれる鉄分が多くなるほど、
酸化鉄の成分が強くなり赤みを帯びて、
俗に「柿釉」と呼ばれる色合いになる。

「柿釉」の色は、まあ言えば、茶色か赤茶色に近い。
レンガ色といえば、わかりやすいだろうか。

私がその会場で見つけた天目茶碗は、
これまで目にしたことのないほど
あざやかな赤色だった。
そう緋色。

だから、厳密な意味でいえば、天目茶碗とは言えないのだが。
でも、器の内側に滴のような斑点が美しく浮かび上がっていた。

「こんな色の油滴天目茶碗、見たことがない!」
しばし、視察の名目も忘れて見惚れていた。

そうして、そこに付けられている値段を見て、哀しくなった。

メイン会場の宝石や毛皮を視察した後だったから、
たぶん金銭感覚がマヒしていたのだと思う。
数百万円を軽く超える宝石や毛皮たち。

比べて、その茶碗は30万円か40万円ぐらいだった。
一桁ちがう金額だっただけに、すごく安く感じたのだ。

作家の渾身の努力に対して、
この値段はあんまりではないかと思ってしまった。

油滴天目にしても、曜変天目にしても。
どのような模様が浮かび上がるかは
焼いてみなければわからない。
それだけに、この一碗に至るまでに
気の遠くなるほど焼いて、割って、また焼いたのかと。
燃え盛る炉の前で、どんな思いで幾夜を過ごしたのだろうかと。
その血のにじむような努力は、
宝石の大きさや、生き物の皮をはぎ取ったコートに劣るのかと。

すごく哀しくなったことを、覚えている。

まあ、でも、冷静になって考えると、
40万円でも十分な高額品ではあったのだが。
数百万(中には1千万近いものもあった)クラスの値札ばかり見て、
きっとその日、私の金銭感覚自体がやばいことになっていたのだと思う。

会場を後にする頃には、お金のありがたさがわからなくなって、
脳内が沸騰しそうになっていた。

「買っちゃおうかな」なんて言わなくて、良かったぁ。

庶民は、美術館に収められた宝を
ありがたく眺めさせていただくだけで
満足してなくちゃね。


* * *

国宝の曜変天目茶碗は、静嘉堂文庫美術館の他の2点は、
大阪の「藤田美術館」と京都の紫野にある「龍光院」に。
ただし、龍光院は観光目的の拝観は受け付けておらず、
特別公開もやっていないらしい。
ということで、静嘉堂文庫美術館か、藤田美術館で
機会があればご覧ください。

http://www.seikado.or.jp/collection/clay/001.html

http://fujita-museum.or.jp/collections_post/151/










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