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ファインダー越しの恋(#シロクマ文芸部)

 『文化祭に恋して』とタイトルのついた写真パネルが、2月の部室で冬の午後のあわい陽光をスポットライトのようにあびていた。四つ切サイズのモノクロ4枚の組写真。高校2年の県大会で最優秀賞に選ばれ、全国高校総合文化祭にまで進んだ作品だ。学校はじまって以来の快挙と出品決定を讃える横断幕が、校門のフェンスに掲げられた。
 真彩まあやは4枚ともパネルからはずし、卒業証書とともに手提げ袋に入れる。

 2年の秋、文化祭前のある日。
「文化祭をアオハルコミックふうに切り撮りたいから」と、写真部なかまで親友の明菜にモデルをお願いした。文化祭は週末の2日間、そのうちの土曜だけでいいからと。
「モデルって……どうすれば」ためらう明菜に、
「明菜はふつうに文化祭を楽しんで。あたしがフォーカスして撮るだけだから。望遠も使うし、カメラは気にしなくていいよ」
「土曜だけでいいの?」
「うん。日曜は文化祭の風景を広角で撮るつもり。マンガでもよくあるじゃん。主人公が描かれてない背景だけのコマ。ああいうのを1枚挿し込むとストーリーっぽくなるでしょ」

 明菜は美人でもないし、エロカワでもない。いたって平凡な容貌だが、気持ちがすぐに顔に現れる。表情がくるくると変わる。それが演技ではなくてだから、たった4枚でストーリー仕立てにするにはこれほどうってつけのモデルはいない。
 どこにでもいる女子高生の「今」を切り撮りたくて、明菜がカメラを意識しないよう物陰から隠れてシャッターを切り続けた。翌日の日曜は、文化祭の全景がとらえられる場所を探して遠方から狙った。
 明菜を主人公に全身を入れた1枚と表情に迫ったアップを2枚、それに文化祭の雰囲気を風景写真としてとらえた1枚の4枚組で作品に仕上げた。
 「すぐ隣にいるような等身大の女子高生をみずみずしい感性で切り取った作品」と高く評価された。

 真彩は校舎裏の花壇に向かう。
「遅くなってごめん」
 花壇の前で佇む二人に手を振り駆け寄る。真彩の彼の裕司と明菜だ。
「部室に……これを取りに行ってて」
 息を整えながら、手提げから写真を取り出す。
「それ、まだ部室に飾ってたもんね。忘れちゃ、たいへんだ」
 明菜が屈託なく笑う。
「記念すべき真彩の作品だもんなあ。総文全国大会出品の新進気鋭の女子高生カメラマンの彼って、俺、すごくね?」
 裕司が明菜に向かっておどける。
「卒業したら遠距離になっちゃうけど、真彩みたいな彼女は裕司にはもったいないんだからね。だいじにしなよ」
 明菜が腕を組んで、裕司をにらむ。
「これ、二人に受け取ってほしいんだけど」
 明菜のアップの写真を裕司に、明菜には文化祭の全景の写真を差し出す。
「えっ!」
 二人は目を白黒させる。
「いやいやいやいや。そんなたいせつな作品……」
 裕司は後ろに一歩退いて口ごもる。
「裕司は真彩の彼だから、いいけど。あたしはモデルをしたとはいえ、さすがに総文出品作品をもらうわけには……」
 明菜もとまどいを露わに、顔の前で両手を振る。
 真彩はふっと息をもらす。
「ほら、早く、受け取って」と写真を二人に押しつける。
 2月の風が頬をなで、樫の葉をざわつかせる。
「あのさ、もう、演技しなくていいよ」
 明菜がぽかんとする。真彩の言っていることがわかりません、という表情だ。ほんとわかりやすい表情をするわ。あまりにわかりやす過ぎて、作為がなさ過ぎて、騙されたんだよね、と真彩はため息をつく。

「あんたたち付き合ってるんでしょ、この文化祭から」
 さあああっと風が通り過ぎる。
「な、な、なにを言ってる。俺の彼女は真彩だろ」
 こいつは、本当に演技が下手。あきれるくらい。
「写ってるんだよね、ほら、ここ」
 明菜が手にしている全景写真の隅を指さす。
 校舎の陰でカップルが向き合い顔を寄せ合っている。小さくてはっきりとはわからないが、キスしているようにも見える。
「それは広角だからわかりにくいけど。望遠でも押さえてるから」
 望遠レンズでクローズアップした写真を取り出す。裕司と明菜がキスしているようすがきっちりと写されていた。高校生の甘酸っぱいシーンだ。
「お、お、おまえ……」
 裕司は絶句して、気の毒なくらいぶるぶると震えている。
 一方、明菜は仮面を脱ぎ捨てたのだろう。清々しいくらい不敵な笑みを浮かべていた。
「でね。この4枚の組写真をあらためて見てほしいの」
 明菜の全身をとらえた1枚目の写真を二人に見せる。
「明菜の視線の先をたどると、ほらね」
 真彩が指を写真の上に斜めに走らせる。その先にはたこ焼きの屋台前で売り込みをする裕司がいた。
「このときは、さすがにまだ気づかなかったんだけどね。次で、あれ?ってなった」
 2枚目は明菜のアップの写真だ。なにげない横顔は、看板を持って歩く裕司を追っている。
「そして、その3枚目」と、真彩は裕司に押しつけた写真を指さす。
 明菜は正面を向き、はじけるように笑っている。その笑顔を右斜め後方から裕司が見つめている。
「裕司が見惚れた明菜の笑顔の写真を進呈するよ」
 嫌味をほんのりとふりかけて言う。私もたいがい意地悪ね、と真彩は苦笑する。でも、最後にこれくらいは許されるよね。
「最後がこれ。キスしてハッピーエンド」
「でしょ」っと、二人の顔を覗き込む。
「審査員も気づいてたんじゃない。よく見ると、恋が成就するストーリーになってるって。だから、全国大会まで進めたんだよ」
 二人は口をつぐんだままだ。裕司は耐えきれずに、顔をそらしている。「そんなつもりで撮ったんじゃなかったんだけど。おかげで私は総文の全国大会に出場できた。ありがとう」
 風がまた樫の梢を鳴らす。
「私と裕司が付き合いはじめたのが2年の春だから、つきあってたのは2年くらい。で、明菜とは2年の秋からだから1年半。ほとんどかぶってたんだよね」
 真彩はひとつため息をつき、大きく伸びをする。
「お、おまえ、気づいてたんなら、言えよ……」
 語尾が力なく風に掻き消される。
「私は、裕司がいつ別れを切り出してくれるかを待ってたよ。明菜もよく我慢したよね」
 裕司は口を開けたまま呆然と立ち尽くし、手にした写真の端を無意識にぐしゃりと握りしめている。
「もう、これは私にはいらないし、こんな嘘っぱちの恋もね。カメラがあれば十分。ファインダーは真実を教えてくれるもの」
 残りの2枚の写真をびりびりと破く。2月の風がたちまちに巻き上げる。
 真彩は踵を返すと、背中越しに二人に手を振る。

 足もとの花壇ではアネモネが揺れていた。

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今週は、なんとかまにあいました。
ふつつかながら、参加させていただきます。


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