大河ファンタジー小説『月獅』61 第3幕:第15章「流転」(4)
これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。
第3幕「迷宮」
第15章「流転」(4)
ぴぃいいい。雲雀がひと鳴きして空にあがる。
ラザールはそれを一瞥して威儀を正した。この心根のまっすぐな王子に権力の汚辱を開陳せねばならない。
「王の下に廷臣がおり、王が統べているようにみえます。ですが、それは幻影であり、見せかけにございます。王は廷臣の上にまつりあげられた飾りにすぎませぬ」
「飾り……だと」キリトの語尾が跳ねあがる。
「左様。王宮の望楼にはためく双頭の鷲の国旗、あれと同じにございます。政治を行い、国を動かすは臣下でございます。王は国の象徴としてあればよい。極論を申し上げれば、玉座に座ってさえいればよいのです。王が無能であるほど、権力に群がる者どもにとっては都合がよい。これが権力の実でございます」
王とは尊きものと教え込まれてきた王子が、初めて耳にする酷い現実。キリトは唇を引き結び、ラザールを睨む。
「木偶であれというか」
「権力をほしいままにしたき者にとっては」
キリトの眉根がつり上がる。
「初代ラムル王の伝説はどうなるのじゃ。英雄であらせられたラムル王が蛮族を倒し、レルム・ハンを建国されたというではないか。お祖父様のカムラ王も勇猛果敢であったと、ソン爺が言っておったぞ」
キリトはひっしで反論を試みる。納得のいかぬことには一歩も退かない気構えがこの王子にはある。
「ラムル王の事蹟は、六百年以上も昔のことであるため真実はわかりませぬ」
「英傑王といわれておるではないか」
「歴史や伝説は、時の権力の都合の良きように創られるものでございます。ラムル王がいかに勇猛であられたとしても、お一人で建国できたでしょうか。一騎当千であったとしても、戦では鬼神のごときと讃えられようとも」
「兵を率い、軍を指揮され、レルム・ハン国を建てられたのではないのか」
「むろん優れた族長ではあられたでしょう。ただし、王お一人の力に頼る国は脆い。王が斃れてしまえば、国は、部族は瓦解いたします」
キリトは眉間に力を込めラザールから視線を外さない。
「カムラ王がお斃れになられたときが、まさにそうでございました。我が国は存亡の危機に瀕しました。現在の愚かな派閥争いの遠因も、かの折に端を発しております」
「どういうことだ」
「カムラ王がトルティタンとの戦場においてご薨去なされたことはご存知でしょう」
「むろんじゃ」
「あの戦はカムラ王が仕掛けられ、王自らが陣頭指揮を執られておりました。王がお一人で率いておられたのです」
ほら見ろ、といわんばかりにキリトが勝ち誇った笑みを浮かべる。
ラザールはひとつ咳ばらいをして続ける。
「それ故に、王がお斃れになられると軍はたちまち統率を失いました。王の死を秘匿して早々にトルティタンと『イルミネ講和条約』を締結し窮地を脱しましたが、それも王のご遺命であったと聞こえております。条約調印のテーブルに着いたのが王の影武者と露見すれば、我が国はトルティタンの属国になっていたやもしれませぬ。まことに危なき橋でございました」
「カムラ王の勇猛さが、国を存亡の危機に陥らせたというのか」
「いかにも。ラサ王妃様は同盟の証として我が国にお輿入れなされましたが、ありていに申し上げれば人質でございました。ご婚儀の翌日にカムラ王の死が公表され、ウル王が即位されると、トルティタンのムフル皇帝が地団太を踏んだと伝え聞いております」
「だから……次の王はトルティタンの血筋を引くものでなければならぬのか」
「ご明察のとおりでございます。ゴーダ・ハン国とセラーノ・ソル国の脅威がある今、トルティタンとの盟約を反故にはできませぬ」
キリトは爪を噛む。
「吾は……レルム・ハンの王族でありながら、生まれながらの人質でもあり、同盟の象徴でもあるということか」
ラザールは驚いて目を瞠く。なんと聡い王子であろうか。
「ご慧眼にございます」
「アラン兄上もラムザ兄上も身罷られた。吾しかおらぬ」
「左様。そもそも次の王太子はキリト様、一択でございました」
「では、何故、派閥争いが起きたのじゃ。カイル兄上は、臣籍降下して諸国を放浪したいと仰っていた。兄上は王太子の位など望んでおられぬ」
「王子様方のご意思は関係ないと申し上げました」
「ああ、そうであったな」
キリトは細い肩を落とす。そこにラザールは追い打ちをかける。
「やがて、ラサ様が王妃であられることを問題視する声があがりました」
「なぜじゃ。同盟のために、母上は犠牲になられたのであろう」
「王統の純血が保てない、と主張する勢力が現れたのでございます」
はっ?と、キリトがまじまじと目を剥く。
ぴぃいいい。池畔の茂みからまた雲雀が蒼天を衝く。
「それで……カイル兄上の母上サユラ様が後宮に入られたのか。血とは、それほど大事か」
「象徴としての王にとっては」
池を渡る風はぬるく淀んでいる。
「王統の純血を主張した勢力も、おそらく本音では純血に拘泥しておったわけではございません」
「どういうことだ。そちの話は混沌としてわからぬ」
(to be continued)
第62話に続く。
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