見出し画像

【連載小説】「北風のリュート」第48話

前話

第48話:赤い瘡蓋かさぶた掃討作戦(2)
【6月20日】
「立原、副司令室に行くぞ」
 記者会見翌日の二十日昼過ぎ、龍ケ洞インターでの警備の任務を終え基地に戻るなり、海野一尉に促された。
 何だろう、また、流斗関係だろうか。昨日の会見といい、流斗の活躍ぶりが迅は誇らしくもあり羨ましくもあった。海野と並んで歩きながら、龍ケ洞インターでの市長と暴走車との顛末を話した。「へえ、アンパンマン市長、やるな」海野は操縦技術では飛行隊で群を抜き、兄貴肌で若手からの人望も厚い。迅も海野を兄のように慕っている。
 副司令室には音無おとなし三佐がいた。他にも十名ほどがいる。海野と迅が入室すると、窓辺に佇んでいた池上副司令が振り返った。
「揃ったか。集まってもらったのは他でもない、『赤い瘡蓋掃討作戦』に諸君らの力を借りたい」
 作戦ではイーグル飛行隊として四機編隊の三個小隊を鏡池の南北と東に展開する。西に展開しないのは、東からのペトリオットミサイルの暴発による危険を踏まえてだ。
 作戦メンバーに自分が選ばれたことに迅は驚いた。イーグルドライバーになってまだ一年。迅以外は二尉以上のベテランばかりだ。
「二番隊は、隊長海野一尉、佐藤二尉、梶原二尉それに立原三尉だ」
 音無三佐がメンバーを読みあげると、隣にいた海野に肩を叩かれた。海野隊になれたのはうれしい。だが、自分がなぜ、という違和感が抜けない。その疑問は室内に静かに漂っていた。その空気を池上が掬いとる。
「立原は赤毒風蟲せきどくワームを最初に目撃し、その解明に気象研究官の天馬と尽力した。赤い瘡蓋について熟知しておる。ターゲットについての疑問は立原に訊け」
 部屋中の目が迅に集まる。
「知ってのとおり、ペトリオットは展開すると人の手を離れる。通常の弾道ミサイルの迎撃ならそれでいい。だが、今回の相手は気流と微生物だ。何が起きるかわからん。確実に瘡蓋に穴を開けるには、臨機応変な人の目と手による爆撃が鍵を握る。現場での諸君の判断に委ねる。必ず無事に帰還せよ。そのための訓練を怠るな。以上、散会」
 作戦に参加できる。鏡原の空を救う一翼を担うことができる。
 迅は震えた。
 
 翌日から各小隊は飛行訓練を繰り返した。
 フルスロットルでテイクオフし、赤い雲を斜めに突っ切る。体になじんだGが高速でかかる。不謹慎かもしれないが、この瞬間が好きだ。何もかも吹っ切って飛ぶことだけに集中できる。暗い地上とはまったく違う透明な空が、雲の上にはある。イーグルに乗れば眺めることのできるこの青い空を、レイや鏡原の人たちは三か月近く目にしていないのだ。
 赤い瘡蓋がぴたりと鏡原に蓋をしている。その異様さは上空のほうがよくわかる。どこまでも続く雲海にそこだけ赤い蓋がある。いや、蓋というよりも赤い穴に見える。救援隊のヘリで赤毒風蟲のサンプルを採取したひと月ほど前は、まだ雲の中を赤い球体がぷかぷかと浮いているような印象だった。やがて球体同士がくっつき層をなすと、上部にあった雲は霧散し、赤い蓋だけが残った。蓋の厚さは目測で数メートル。雲の厚さに比べるとかなり薄い。そのためそこだけ、引き込まれそうな赤い闇が丸く開いているように見える。この闇の栓を抜きたい。
「俺たち二番隊は池の南を担当する。一番隊が東、ペトリオットの背後から攻める。三番隊は北だ。飛行隊形は基本のフィンガーチップ。左より、立原、佐藤、梶原の順でしんがりは俺が務める」
 フィンガーチップは、右手の人差し指から小指までの爪の並びに見えることからそう呼ぶ。実戦重視の基本隊形だ。左から二番目が頂点となり、左右に階段状に並ぶ。つまり、一番右外が最後尾を飛ぶことになる。
「長機が隊長ではなく、なぜ俺ですか」佐藤二尉が詰問する。
 フィンガーチップの隊長機は通常左から二番目でトップを位置取り編隊を誘導する。
「今回のミッションで最も難しいのが退避だからだ。それに佐藤は演習で何度も長機も務めている。退避と同じくらい進入のタイミングも難しい。佐藤なら任せられると判断した」
 迅は佐藤二尉の長機の左斜め後ろにつける。佐藤が右旋回に入ったら、前に出ながらミサイルを発射し、機関砲のバルカンを連射する。イーグルにはミサイルを八弾装備できる。
「ミサイル八弾全弾を撃ち終えたら退避しろ。照準はペトリオットが開けた穴の周縁だ。今回の退避は特殊だ。通常は旋回しながら下方へ退避するが、それでは上昇気流をまともにくらう。後方へ旋回しつつ高度をとって鏡原空域から脱出する。秒単位での戦いになる」
 連日、その訓練を繰り返した。

続く

 

サポートをいただけたら、勇気と元気がわいて、 これほどウレシイことはありません♡