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【連載小説】「北風のリュート」第17話

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第17話:糸口(4)
「四日前に、空の魚がレイさんにコンタクトを取ってきました」
 向かいに座る小羽田夫妻に、流斗はさらりと爆弾を投下する。雅史はコーヒーカップを持ち上げようとして動きを止める。
「いわゆるテレパスで意思疎通をしてきたんです」
 雅史は目を見開き、流斗からレイへと視線を泳がす。
「おそらくイレギュラーなアプローチであったと考えられます。それだけ彼らが危機的状況にあるのではないかと」
「どういうことだ?」
 雅史の声がかすれる。
「絶滅の危機でしょうか。三月以来、鏡原盆地では曇りの日が続いています。すでに連続六十三日です。なのに雨も降らない。類をみない状態です」
「私も」と雅史が流斗に焦点を合わせる。「最近、呼吸困難で搬送される患者の増加は懸念していた。だが、それとこれとは別だ。こんなSFもどきを、君は学者として信じるというのか」
「目に見えないもの、耳に聞こえないものを無視するスタンスは、ぼくにはない、というだけです」
 流斗は雅史に笑いかける。理解してもらえなくてもかまわない。言葉を尽くすだけだ。
「解明されていない科学的真実は無限にあります。医療の分野でも、そうでしょう。すべてを自分たちの物差しで断じ、理解していると思うのは、人間の傲慢です。そもそも脳は情報を電気信号でとらえます。テレパスによる信号もその一つと考えることを妨げるものではないと、ぼくは考えています」
 雅史は流斗に視点を据えたまま黙りこむ。どのくらい、そうしていただろうか。
「君が羨ましいよ」と、ぽつりと吐いた。 
「常識の檻に囚われることなく事実を眺め、真実を見出そうとする。君の前ではすべての事象の重みが等しく同じなんだね。実に羨ましい」
 流斗は頬をほころばせレイに、君のお父さんは話せばわかってくれる人だよ、と囁く。レイは肩の力をほどいて顔をあげる。
「空の魚が伝えてきた内容は、主に四つです」
 流斗は雅史の前に、ひつまぶし屋で入力したタブレット画面を開く。
「レイさんを【龍人】の血を継ぐ娘と呼びかけた。レイさんは龍人の末裔であることを示唆しています。銀の楽器は風龍の神器で【風琴】といい、龍人は風琴を弾くものだといいます。レイさんだけに風琴が弾けるのは、これらより説明がつきます。また彼らは【風蟲ワーム】を食べている。風蟲が生命体かどうかは不明ですが、非常に興味深い。立原さんが目撃した赤いものが風蟲に該当するかも、要検討事項です」
 そこまで一気にまくしたてた。雅史もしだいに身を乗り出す。
「肝心なのは、時間がない、【龍秘伝】を探せと告げたことです」
 流斗は青磁のコーヒーカップに手を伸ばす。
「冷めているでしょう、取り替えますね」と席を立とうとする美沙に、
「お母さんにお尋ねしたいことがあります」と制す。
 美沙は浮かしかけた尻をソファに沈める。
「風琴は母から娘に代々受け継がれてきたそうですね。龍秘伝のありかをご存知ないですか」
 鍵を握っているのは美沙だ。その瞳を射るように見つめる。
「桐箱には入ってなかったの?」
 美沙は流斗の視線をよけて娘に問う。
「風琴の箱も、納戸の荷物も全部調べたけど、見つからなかった」
 そう、と軽く息を吐くと
「ごめんなさい。わたしには心当たりがないわ」と片頬をゆがませた。 


続く


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